第178話 久しぶりの第二都市


 王城地下の秘密を見せてもらった翌日、俺達は第二都市に向けて出発した。


 移動手段はもちろん魔導列車だ。やはり国内を数時間で移動できるのは便利だし、素晴らしい事だと思った。


 この魔導列車の開発もあの王城地下から始まった事なのだろう。


 王都を出て二時間後、無事に第二都市へ到着。駅を出て都市の景色を目にすると、長い間訪れていなかったわけでもないのに懐かしく思えてしまった。


 到着後、俺達はオラーノ侯爵と共に第二都市騎士団本部へ。


「やぁ、アッシュ。王国十剣の称号、おめでとう」


 本部に到着してベイルと再会すると、開口一番にそう言われた。


 称号授与に対して「君の実力なら当然だろう」とも言われる。嬉しい反面、ちょっと気恥ずかしい。


 ただ、少し前までは「他国の友人」だったベイルと同じ称号を持っていると考えると、俺もローズベル王国の一員として正式に認められた気がしたのも事実だ。


 同時に名実ともに彼と肩を並べられたかな、とも思えた。


「その灰色のマントも似合っているよ。灰色のアッシュ殿」


 王国十剣の称号を与えられてから、騎士団本部や協会に赴く際は分かり易い恰好で行くようにと命じられている。その恰好こそが、授与式に参加した時の「灰色マント」を羽織った格好である。


 オラーノ家から頂いた灰色のマントは上半身が隠れる長さで、右腕も隠せる事もあって丁度良い。何度か羽織ったまま戦闘訓練を行ってみたが、絶妙な作りと留め具があるおかげで剣を振るにも邪魔にならなかった。


 良いマントだろう、と答えて俺とベイルは笑い合う。


 挨拶を終えて、俺達はベイルの執務室へと移動した。そこで最近の状況を聞かせてもらう事に。


「最近はどうだ?」


「ダンジョンは安定していますよ。協会からの素材採取報告も順調だと聞いています」


 第二ダンジョンの方は安定した素材採取の場として成り立ち始めたようだ。現状では第一ダンジョンに続いて金属素材を採取できるダンジョンとしても有名になりつつある。


 王都では蜘蛛型ゴーレムやヤドカリ型ゴーレムの金属素材を使った新型合金の量産も軌道に乗りつつあり、市場用に製品化するか否かを話し合っている最中なんだとか。


「ただ、懸念もあります。上位ハンターの話では、ヤドカリ型の出現数が減っているようです」


 上位ハンターである月ノ大熊からの報告によると、二十一階に出現していたヤドカリ型が三体から二体に減ったそうだ。


「例の製造所か」


 どうにも二十二階の調査を進めた結果、人型ゴーレムの製造ラインとは別の製造ラインが発見されたらしい。初耳だった事もあっていつの発見されたのか問うと、俺が寝ている間に見つかったようだ。


「ヤドカリ型は量産されると格納庫に送られていたんだ。そこから二十一階に送り込まれているらしい」


 らしい、というのは格納庫の中まで踏み込めなかったからだろう。多数のヤドカリ型ゴーレムが格納される場所に足を踏み込んで、いざ戦闘が勃発すれば被害が大きくなりそうだったので保留中なんだとか。


 だったら二十一階で少数との戦闘を繰り返した方が楽だし安全性も高い。俺も現状維持が最適だと思えた。


「新型合金の供給は止まりそうだな」


「ええ。市場に出すという話もありますが、再検討した方が良いかもしれません」


 いつか、蜘蛛型ゴーレムとヤドカリ型ゴーレムが絶滅してしまう日が来るかもしれない。となれば、新型合金の価値は高まるだろう。ハンター達の武器には利用されず、あくまでも国と騎士団専用の物となりそうだ。


「他には……。二十三階ですかね。キメラはやはり見つかりませんでした。指示された通り、壁と地面に張り付いていた粘液は火で除去済みです」 


 次に二十三階であるが、こちらはキメラの生き残りがいないか調査が進められていた。しかし、生き残りは見つからなかったようだ。


 壁と地面に張り付いていた粘液は王都側から「完全除去するように」と指示が来たらしい。年が明けてから除去作業が始まって、最近になってようやく全て終えたとのこと。


「二十四階に関しては学者達から報告を受けて頂けると助かります。未だ研究棟に籠って議論していますから……」


 最後に古代人らしき死体が見つかった二十四階に関してだが、こちらは階層の構造調査と死体の調査が進められている。


 階層の調査については「二十階とほぼ同じ」という結論が出たようだ。


 古代人の死体と思われる骨については、学者達が骨から「古代人とは何者か」という壮大なテーマを解読している最中らしい。


 ベイルは王都に報告したいから議論に関して一旦結論を出せるか? と問うたようだが……。その結果はお察しの通りである。


「……うむ。分かった。簡易報告はここまでにしておこう。次は来年以降の騎士団編成における打ち合わせとなるが」


 そう言って、オラーノ侯爵は俺達に顔を向けた。


「ダンジョンとは関わりのない話になるから退屈させるだろう。私物の配送を手配しに行って良いぞ」


 オラーノ侯爵は気を遣ってくれたようだ。それに騎士団編成の話は俺達が聞くような内容でもないしな。


 お言葉に甘えて、俺達はここで失礼する事にした。


「ああ、そうだ。ついでに協会へ寄ってくれないか。支部長にこのファイルを提出しておいてくれ」


 渡されたファイルには題目が何も書かれていなかったが、オラーノ侯爵が「新しいダンジョンについてだ」と口頭で教えてくれた。ベイルも「今日はオーロラがいるよ」と教えてくれる。


「では、後ほど」


「ああ」



-----



 本部を後にした俺達は契約中の宿へと向かった。


「ミレイ達は荷物多い?」


「いや、小物と武器のメンテ用品くらいかな?」


 二人の荷物はそう多くないようだ。まぁ、衣類は王都に行く際に持って行ったしな。


 俺とウルカも似たようなもんだ。


「じゃあ箱は二箱で足りるかな」


「ああ。十分だろ」


 俺達は宿の受付に向かうと、今日で部屋を解約する旨を従業員に伝えた。手続きを終えて、今月分の家賃を日割り計算した上で差額を返してもらう。 


 終わりに私物を詰める木箱を借りた。これは宿が契約している運送商会が卸している木箱だ。これに荷物を詰めて、引っ越し先を記載すれば宿が運送商会に引き渡して配送してくれるって仕組みである。


 俺達はさっそく部屋に戻って私物を木箱に詰め始めた。


 詰めている最中に「これはあの時に買ったやつだ」なんて昔話をしてしまうのは定番だろう。


「って言っても、まだ一年しか経ってないんだよな」


「そうですねぇ。でも、濃い一年でした」


 ウルカと一緒に整理しながらも、帝国を出て第二都市に移住してからまだ一年しか経っていない。途中から来たウルカやミレイ達はもっと短いか。


 彼女の言う通り、濃い一年だったと言わざるを得ないな。


 荷物を詰め終えたあと、ミレイ達と合流して宿の受付に木箱を預けた。


 これで宿の件は完了だ。宿を出ると、まだ時間は昼前だった。


「協会に行こうか。オラーノ侯爵のファイルを提出すれば良い時間になるだろうし」


 協会に行って提出物を預ければ、昼を食うにも丁度良い時間になりそうだ。


「今日は王都が手配した宿に泊まるんだっけ」


「ああ。夕方にオラーノ侯爵と再合流だな」


 それまで協会にいるであろうタロン達と会って時間を潰すのも良いかもしれない。いや、でも新人教育で忙しいかな? まぁ、時間が無かったら第二都市内で時間を潰せば良いだろう。


 そんな事を言い合いながら、俺達は協会へと向かった。


 協会入り口にあるスイングドアを潜ると――中にいたハンター達が先頭にいた俺に注目してきた。そして、先ほどまで騒がしかった喧騒がぴたりと止む。


「ん?」


 入り口から見た感じ、協会内にいたハンター達の顔ぶれは知らない者ばかりだった。第二ダンジョンの噂を聞きつけて他の都市からやって来たハンター達だろうか?


 彼等は俺を見ながらヒソヒソと話し合っているが……。


「アッシュさん!?」


「あ、メイさん」


 カウンターから身を乗り出しながら声を掛けて来たのはメイさんだった。彼女と会うのも久しぶりに感じてしまう。


 彼女に手招きされたのでカウンターに近付いて行く。近くにいた男性が俺の顔を見ながら「王国十剣?」なんて呟いていたが、もう第二都市まで噂が流れているのか。


「戻って来たんですか!?」

 

「ああ、荷物を取りにね。オラーノ侯爵と一緒に来たんだ。明日には第三都市に向かうよ」


 そう言いながら、俺はカウンターにファイルを置いた。オラーノ侯爵から受け取った旨と支部長へ渡したい事を告げると、上の支部長室にいると教えてくれた。


「もう第二都市には戻って来ないんですよね?」


 メイさんは「せっかく凄腕のハンターとして登録してくれたのに」と肩を落とした。


「ごめんね。正直、俺もこうなるとは思わなくて」


 肩を落とす彼女に申し訳ないと告げると、彼女は慌てて首を振った。


「いえ! めでたい事ですよね。第二都市に登録していたハンターが王国十剣になったんですから。改めてお祝いさせて下さい」


「ありがとう」


 メイさんと握手を交わし、これからも頑張って下さい。応援していますとエールをもらった。横にいたウルカがムスッとした顔で俺とメイさんの手を睨みつけていたが……。見なかった事にしよう。


 彼女と握手を交わし終えて、俺達が支部長室へ向かおうとすると――


「おうおうおう! 噂の王国十剣様じゃねえか!」


 背後から馴染みの声が聞こえてきた。思わずニヤッとしてしまい、そのまま後ろを振り返る。


「やぁ、タロン」


「おう、アッシュさん。いつ帰って来やがったんだよ!」


 ニカッと笑うタロンと握手を交わして、久しぶりの再会を喜び合う。


 どうやら彼は新人教育から戻って来たところらしい。


「そういや、ターニャの奴も……。ほら、来たぞ」


 そう言って、彼は入り口に顔を向けた。すると、直後に女神の剣が協会内に入って来た。先頭にいたターニャは俺に気付くと「おや」と声を漏らして、ズンズンと近付いて来た。


「これはこれは。王国十剣様じゃないか」


 彼女はそう言って、ちろりと舌で自身の唇を舐めた。そのまま俺の首に腕を回して、体を密着させてくる。


「やっぱりお前は私の見込んだ通りだったな。余計に欲しくなった。どうだ? 今夜辺りにでも一緒に過ごさないか?」


 かなり挑発的な提案だ。


 しかし、俺が断る前にウルカが間に無理矢理割り込んだ。


「ちょっと! ターニャさん!」


「おや、いたのか」


 挑発的な提案はウルカを揶揄うためだったのだろう。すぐに離れた彼女はクスクスと笑いながら、ウルカにも「久しぶりだな」と告げた。


「油断も隙もない!」


「もうパーティーに誘うのは諦めたんだから、一晩くらい良いじゃないか」


「よくない!」


 ぐるる、と獣のように威嚇するウルカ。俺は彼女をなだめながら久しぶりの再会を楽しんでいると――


「聞いた事のある声がすると思ったら、やっぱりアッシュさんね」


 上から支部長まで降りて来た。騒ぎすぎて仕事を邪魔してしまったのかもしれない。


「すいません、邪魔しちゃいましたか」


「いえ、そうじゃないのよ。本当に声が聞こえたから。王国十剣、おめでとう」


 オーロラさんとも握手を交わして、俺は彼女にファイルを手渡した。


「オラーノ侯爵からです。渡しておいてくれって」


「あら、ありがとう」


 他にも何か言ってたか問われたが、特に無いと告げる。頷いた彼女は「ゆっくりしていって」と言いながら上に戻って行った。


「だから! アッシュさんは私のですから!」


「ハッ! 束縛しすぎると男は逃げるって事を知らんのか?」


 オーロラさんを見送った後でもウルカとターニャはやり合っていた。そろそろ間に入ろうと動き出した直後、また入り口から懐かしい声が聞こえて来た。


「おう、アッシュさん! 戻ってたのかよ!」


 今度は顔馴染みの中堅ハンター達だ。彼等は朝からダンジョンに潜っていて、たった今戻って来たところなのだろう。


 彼等の登場によって更に周囲は賑わっていく。


「よっしゃ! 今日はもう終わりだ! 終わり! 全員で酒場行くぞ!」


「お、良いねえ! 祝い酒飲もうや!」


 タロンが高らかに提案して、仲の良いハンター達がそれに賛同する。俺はタロンに捕まって「行くぞー!」と半ば無理矢理酒場に連れて行かれる事になった。


「最初の一杯は俺が奢る! 次からはアッシュさんの奢りな!」


「おいおい、祝ってくれるんじゃないのか?」


「はは! 祝うとも! キープしてる上等な酒を飲ませてやらぁ!」


 酒飲み共に強制連行。ウルカ達もターニャに背中を押されて共に連れて行かれる。


 昼間っから賑やかで全く遠慮がない。


 だけど、俺はとても嬉しく感じた。たとえ称号を得たとしても、彼等は変わらないでいてくれるのだと。


 彼等はずっと仲間なんだと再確認できた日だった。

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