第177話 王城地下の秘密
第二都市へ向かう準備を進めて、終わった後は夜までゆっくり過ごしていると――
「アッシュ、ちょっと良いか?」
夕食が終わった直後にオラーノ侯爵から声を掛けられた。
いつもみたいに「晩酌の誘いかな?」と思ったのだが、どうやら今日は違うようだ。
「以前提案されたサビオラ家の墓参りだがな。最近、ルイゼの体調が悪いらしい。日を改めて欲しいと言われた」
前からオラーノ侯爵にサビオラ家――黒騎士となってしまったと思われる御方の墓に花を供えたいと願っていたのだが、どうやらルイゼ様の体調があまりよろしくないようだ。
「心配ですね。大丈夫でしょうか?」
「彼女は若い頃も体が強いとは言えなかったからな。ただ、そこまで重傷ではないようだ。念のために休養すると言っていたよ」
返答としては、ルイゼ様も一緒に行きたいと申しているそうで「体調が戻ったら一緒に行きましょう」と仰ってくれているようだ。
「それと、もう一つ」
オラーノ侯爵から外出の用意をしてくれないか、と告げられた。剣や防具などは必要なし。それに俺一人だけで、と付け加えられた。
言われた通り、上着を羽織って準備すると玄関前に用意された馬車に乗り込むよう指示された。オラーノ侯爵と共に乗り込むと、馬車は王城へと向かい始めた。
「どうして王城に?」
また女王陛下絡みかとも思ったが、どうやらこれも不正解のようだ。
「第四ダンジョンの探索が本格化する前に見せたい物がある」
一言だけ告げて、オラーノ侯爵は黙ってしまった。沈黙が続く中、馬車は王城に到着。玄関前で降りると、王城一階にあるエントランスではベイルーナ卿が待っていた。
「来たか」
「うむ」
短く言葉を交わした二人は、俺に対して「こっちだ」と告げてから歩き出す。
二人が向かったのは王城地下へ続く階段だった。
王城地下へ続く階段は普段から立ち入り禁止とされていて、王城警備を行う警備担当が立っているのだが……。
「通るぞ」
「ハッ!」
警備担当者に一言告げたあと、二人は俺を連れて階段を降っていく。
オラーノ侯爵の説明によると、地下一階は古い資料を詰め込んだ資料室のようだ。地下二階は旧武器庫となっていて、現在では骨董品扱いされる旧式装備の保管庫になっているんだとか。
そして、俺達がこれから向かうのは地下三階だと言う。
地下二階まではそう遠くなかった。常識的な範囲と言える階段の段数を降るだけ。ただ、地下二階と三階の間にはかなりの距離があって、螺旋状になっている階段を十分くらい降らなければならなかった。
「ここだ」
螺旋階段の終点には無骨な鉄の扉が一枚。
壁と階段部分はコンクリートで出来ているが、地面は自然の地盤を利用したような整備されていない状態だった。
ベイルーナ卿がポケットから取り出した鍵を鉄製のドアに差し込んで開く。中を覗くと真っ暗だ。
「これを持って行ってくれ」
オラーノ侯爵はドアの近くに置かれていたテーブルから魔導ランプを取り、俺とベイルーナ卿に差し出す。三人で魔導ランプを持ちながらドアの向こう側へと進み始めた。
ドアの先にあった通路は大人三人が並んで歩いても余裕がある。ランプの光に照らされた壁はゴツゴツとした岩肌向きだしの壁だった。地面は平であるものの、所々に小さなおうとつがある。
なんだろうな……。地下三階だけは手付かず……。いや、敢えて手を加えていないといった雰囲気が感じられる。
中の様子を見た後だと、入り口の扉は後付けで作られたようにも思えてしまった。
それに――
「ここは、なんだか……」
この雰囲気、似ている。
「ダンジョンに似ている、か?」
オラーノ侯爵に思っていた答えを言われて、俺は無言で頷いた。
「答えはもうすぐだ」
暗い通路を進んだ先にあったのは、白い金属製の扉だった。
扉に近付いたベイルーナ卿は、ジャケットの内ポケットから薄い板を取り出した。
それを扉の端っこに近付けると「ガチャリ」と音が鳴って、白い金属製の扉が横にスライドしながら勝手に開いていった。
先はまた暗い。だが、先行したオラーノ侯爵が扉の向こう側へ一歩踏み出すと――ガチャ、ガチャ、ガチャと音が鳴って勝手に灯りが点いていく。
俺は勝手に点いた灯りが眩しくて顔を腕で覆った。目が慣れていくと、扉の先にあったのは広い空間だった。
「ここは……」
白い壁に囲まれた空間はかなり広い。加えて、光源の設置された天井もかなり高かった。
中には第二ダンジョン二十二階のゴーレム製造所で発見されたクレーンが置かれていたり、武器保管用の武器棚や防具を飾る為のマネキンやらが置かれている。
その中でも、一際目を惹くのは中央に置かれた白い物体だ。
「あれは……。鎧ですか?」
なんだろう。フルプレートの鎧が両膝を着いた状態で置かれていて、上体がやや斜め前に傾いていた。そのおかげで、兜の外れた首元から白い鎧の内部が覗き見える。
同じ状態の鎧が十着ほどあって、それらは横二列に並べられていた。
「うむ」
そう言って、ベイルーナ卿は俺を鎧の前に連れて行った。
近くで見ると一般的なフルプレートアーマーよりもゴツい作りだ。腕や足の部分なんてかなり厚みがあって、全体的にかなりマッシブなデザインになっている。
びっくりしたのは背中側だ。背中がぱっくりと開いていて、これじゃ背中が剥き出しじゃないかと思うほどの状態である。
ベイルーナ卿曰く、この開いた背中部分から足を差し込みつつ、体全体を鎧の中に収めるらしい。
部位ごとにパーツが外れない作りになっていて、首から下全てが一体化しているそうだ。装着者は首から下を鎧の中に収めたのち、頭に兜を被ったら装着完了となるらしい。
「随分と見ない構造ですね。それにデザインも……」
「そう思うか?」
ベイルーナ卿は俺の感想を聞くとニヤッと笑った。そして、その答えを教えてくれた。
「この鎧は元々ここにあった物だ」
「え? ここって……。この場所にですか?」
「そうだ。ここが発見されたのはローズベル王国が建国された当時だぞ」
って事は、数百年も前からあったって事か? そんな昔からこんな重厚な鎧を造る技術を持って……。
いや、ベイルーナ卿は「発見された」と言っていたな。
まさか、これは……。
「もしかして、古代人が造った……」
俺がそう呟くと、ベイルーナ卿は頷く。
「そうだ。この場所はローズベル王国の歴史上、初めて発見された古代遺跡である!」
興奮気味に答えを告げるベイルーナ卿。この地下三階にある空間は歴史上で初めて発見された古代遺跡なんだとか。
しかし、俺は古代遺跡という点が気になった。
「古代遺跡であって、ダンジョンではないのですか?」
「ああ。ダンジョンと違って魔物が出現せんからな。あくまでも古代文明の名残が残る遺跡、というわけだ」
曰く、王城は全
これは初代国王が決めた事らしく、建国当初は城ではなく王族の家で蓋されていたようだ。時代が進み、女王制となった頃に建築技術も著しく向上した。その結果、今度は巨大な城で存在を隠す事になったという。
時代ごとに改築を進めていって、遂には地下室としてアクセスできるようになったようだ。
「なによりこの古代遺跡の存在は、ローズベル王国が神人教の説を否定して古代人説を支持する理由にもなった。ワシの仮説もこの場所があったからこそ、ある程度の確信を持って進められたという事だな」
王城地下にある古代遺跡は一握りの者しか存在を知らない。その一人であるベイルーナ卿は、この遺跡を見せられてから「ダンジョンは古代人の施設なんじゃないか」という自分の推測に自信を持つ事ができたようだ。
確かにこの遺跡を見たあと、ダンジョン内部を見れば「似ている」と思うだろう。俺の場合は順番が逆だったが、どことなくダンジョンに似た雰囲気を感じられたし。
「そして、察しの通り。この鎧は古代人が造った遺物だ」
やはりそうか。
この白い鎧は遺物であり、古代人が造り上げた物か。古代遺跡とされるこの場所に安置されていて、遥か昔にローズベル人が発見したのだろう。
「王都研究所が設立された理由はこの鎧があったから、と言われている」
謂わば、ローズベル王国が魔導具開発を行う事になった理由の原点。
現代の技術では到底作れない、現代人の知識範囲から逸脱した技術の塊。それを発見したローズベル王国の人間は「まだ遺物が残されているのでは」と睨んだのだろう。
「古代人の遺産、遺物の発見、これらを経てローズベル王国はダンジョンに目を付けた。明らかにダンジョンが怪しかったからな。公表されている通り、溢れ出す魔物をどうにかしようとする目的もあったが」
ローズベル王国は古代人の残した遺跡と同じ場所、ダンジョンに目を付けた。同時にダンジョンからは魔物の氾濫が起きて、国民に多大な被害を生み出していた。
じゃあ、制御下に置くと同時に調べてしまおう。そう考えて、ダンジョン制御計画が始まった。
氾濫も防げるし、同時に古代人の技術を探る為にもなる。一石二鳥というわけだ。
「つまり、ここはローズベル王国の原点ですか」
魔導具開発の切っ掛けになっただけじゃない。ダンジョンを制御するという計画の切っ掛けになった場所。
要は一般的に語られているローズベル王国の歴史において、隠されていた最初のピースだ。
ダンジョンから魔物が氾濫していて、国民に被害が出るから制御下に置こうとしたわけじゃない。氾濫を食い止めるべくダンジョンに潜って、計画途中で魔導具の元となった遺物を偶然発見したわけじゃない。
全ては最初から分かっていたのだ。この遺跡を知る一部の者達は、最初から確信を持っていたのだ。
「そうだ。全てはここから始まった。ローズベル王国の技術革新、ダンジョン制御計画の原点はここだ」
ベイルーナ卿がそう明かしたあと、オラーノ侯爵が足で地面をトントンと叩いた。
「さっき、全四階層と言ったな。この下には第二ダンジョンで見つかった巨大な柱と同じ物がある」
「あの柱と同じ物が……?」
オラーノ侯爵は無言で頷いた。
聞かされて、当時見せたオラーノ侯爵のリアクションにも納得してしまう。彼は既に知っていたんだ。柱の存在も、第二ダンジョン内に柱がある事も。
俺が第二ダンジョン内に柱がある事を知っていたか、と問うと彼はまた無言で頷いた。
あの柱も王国が初期から計画していた事の一つなのだろう。どんな使い道があるかは語ってくれなかったが、王国の目指す「古代技術の解明」に必要なのかもしれない。
「つまり、ダンジョンを調査するのは遺物の発見と例の柱を発見する事が目的なのですか?」
「目的の一つ、といったところだな」
オラーノ侯爵はそう告げたあと、俺に「ついて来い」と言った。彼は奥に向かって歩き始め、奥側の壁に到着すると壁に手を添えた。
「これは壁ではない。扉だ」
俺の目の前にある巨大な白い壁は、壁ではなく扉らしい。
「この奥には更に空間があって、中には世界を変える力が保管されているそうだ」
「世界を変える力……。それはどんな物なんでしょう?」
俺が問うとオラーノ侯爵は首を振った。
「分からん。私は前陛下からそう聞かされただけだ」
オラーノ侯爵もベイルーナ卿も、この扉の中にある「世界を変える力」の詳細は知らぬらしい。ただ、前女王陛下から「この扉を開ける事こそが計画の最終目標だ」と説明されたようだ。
当時、この扉を無理矢理開けようと試みた事もあるらしい。
だが、結果は全て失敗。
剣はもちろん、各種道具や過去に発見された魔法剣を用いても傷一つ付かない。魔法をぶっ放しても扉に当たった瞬間に霧散して無効化される。
何度か試した後、前女王陛下は「同じ古代人が建造した施設であるダンジョンに開ける方法があるはずだ」とアプローチを変えたようだ。
「クラリス女王陛下の推測によれば、この中にあるのは古代人の技術を掌握できる何か、なのではないかという話だ。それを手に入れて解析すれば、国民の生活はより豊かで便利なものとなるだろう」
全ては国と国民のため。
二人が関わった王家は全員そう言ってダンジョンを調査するよう命令を下している、と聞かされた。
「いつ開けられるかは分からない。私が生きているうちに開くのか、それともお前達の代か。それとも孫の代で開くのか。何にせよ、我々の目標はこの扉の中身だ」
そう言って、オラーノ侯爵はダンジョン調査における最終目標を俺に教えた。
しかし、どうして俺に教えてくれたのだろうか。それについて素直に聞くと、彼は「フッ」と笑った。
「これから調査が始まる第四ダンジョンもそうだが、きっと古代文明についてのヒントが得られるだろう。そうなった時、最前線にいる者から正確な情報が欲しい。事情が事情なだけに限られた者にしか話せんしな」
王国十剣となった俺は第四ダンジョンの調査へ向かう。別のダンジョンが発見された場合も俺は新しいダンジョンに派遣される事になるだろう。
となると、王都で騎士団の指揮を執るオラーノ侯爵や研究も進めなければならないベイルーナ卿よりも早く「ヒント」を発見する機会がある。
事情を知っていればダンジョン内での見落としも減るだろうし、二人はいち早く情報を得る事ができるってわけだ。
「しかし、一番は信用しているからだ。これら王国の機密事項を話すに値する人物だと信じている」
王国十剣の称号を得た事も関係するだろうが、オラーノ侯爵は俺を信じていると言ってくれた。
そう告げたあと「第二ダンジョンで柱を見つけた時に言ったな」と告げる。
「あの時は言葉足らずに押し通すしかなかった。だが、私は本当に無駄じゃなかったと証明したかったのだ」
多大な犠牲者を出してでも、調査する価値はあったのか。この柱にその価値はあるのか。そう問うた俺に対し、誠意を見せたかったと言うオラーノ侯爵。
「アッシュ。私は国を守りたい。私の息子や孫、お前達の間に生まれるであろう子供達が安心して生活できる国を守りたいのだ。その未来を実現する為にはお前も必要だ。だから明かした」
「閣下……」
俺が呟いたあと、ベイルーナ卿が俺の肩に手を置いた。
「犠牲は無駄ではない。長年謎だったあの鎧に関しても、もうすぐ解析が終わる。日々生活を豊かにする魔導具も作られている。我々の歩みは決して無駄ではないのだ」
そう言って、ベイルーナ卿はオラーノ侯爵の隣に並んだ。
「我々は道半ばで死ぬだろう。だからこそ、お前達の世代がその先を歩んでくれ。これは爺共のお願いだ」
二人は真剣な表情で語った。自分達の見る未来について。
もうすぐ引退を匂わすような二人の言葉を聞いて、俺は少し寂しくなってしまった。だからこそ、俺はゆっくりと首を振る。
「……分かりました。ですが、引退には早すぎます。もう少し道の先を歩いて頂きたいものですね。まだ俺は王国十剣の称号をもらって一ヵ月も経っていないヒヨコですよ?」
最後に肩を竦めると、二人は顔を合わせて笑った。
「まったく、ジジイ二人を使い潰すつもりか」
ベイルーナ卿は笑いながら肘でオラーノ侯爵を突いた。オラーノ侯爵も「お前も容赦がないな」なんて言って笑う。
「まさか。まだまだ多くを学ばせてもらいます。王国の将来のためにも」
三人で笑い合ったあと、俺達は王城地下を後にした。
しかし、扉の先には何があるのだろうか。
世界を変える力とは、一体何なんだろうか。
何にせよ、俺は二人の言う王国の未来を実現させたいと思った。
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