九章 新しい生活と新しいダンジョン
第176話 新しい生活の始まり
王国十剣の称号を得てから一週間。
この一週間は人生で一番大変で忙しない日々だったと言えるだろう。
まず、称号を得た直後に飛び込んで来たのは「屋敷はどうしますか」というお伺いだった。称号を獲得した副賞として王都に屋敷を建設してくれるという話は聞いていたが、それがさっそく進み始めたようだ。
滞在中のオラーノ家へ四人の文官が訪れ、オラーノ侯爵同席の元で話し合いが開始される事になった。
ただ、俺が気になったのは屋敷の必要性だ。オラーノ侯爵の話では、将来的に第四ダンジョンが見つかった王国北部へ派遣される予定だ。
王都に屋敷を建設したとしても、使う暇なんて無いんじゃないか?
「いや、屋敷は必要だろう。将来的に子供が出来たらウルーリカはパーティーから外れるんじゃないか? 妻と子供が暮らす家は欲しいだろう?」
そうだった。その考えを失念していた。もう宿暮らしはダメなんだった。
俺は一家の大黒柱として稼ぎに出なければならないが、子供とウルカが安心して住める家は確かに必要だ。
「王国十剣が賃貸住まいなんて夢がないだろう? それに子供はたくさん作れ。となれば、子供部屋はいくつも必要だ」
前にも言われたが、王国に認められた剣士が街の賃貸住まいなんてカッコ悪い。将来、後に続くであろう未来の王国十剣が「所詮はそんなモンか」と思わない為にも、貴族と同等の「格」と「夢」は必要だと改めて説かれてしまった。
加えて、オラーノ侯爵が告げた「子供いっぱい計画」は女王陛下から言われた件も関係する。ウルカとの明るい夫婦生活を過ごす為には子供をいっぱい作れ、という事なのだろう。
「しかし、そう簡単に建設できるもんなんですか?」
貴族と同等の屋敷ってやつは広くて大きい。そんな巨大な箱をポンと置けるような土地を確保せねばならぬだろうし、建築する大工達だって必要だ。
第四ダンジョン方面の整備が始まれば人手不足になりそうなものだが。
「ご安心下さい。既に土地は確保しております。オラーノ侯爵閣下とベイルーナ侯爵閣下の屋敷からも近い位置を確保しました」
ちょうど窓から見えますね、と文官が部屋の窓を指差した。彼の指差した方向を見れば、オラーノ家から斜め向かい側である。だが、その場所には既に屋敷があるんだが……?
「あの屋敷はアルバス子爵家の屋敷です。今年から領地を持つ事になりまして、王都の屋敷は手放す事になりました」
西側国境付近にある領地を任される事になり、それに伴って王都の屋敷は不要となったようだ。主に維持費の面で手放す事になったようだが、手放すなら引き取ると国側が提案したそうで。
「アルバス子爵は元王都騎士団所属でな。私の先輩でもあった。既にご本人は引退しており、息子が領地持ちとなったのだ」
どうやらオラーノ侯爵と繋がりがあるらしい。それもあって、アルバス子爵家は「王国十剣の屋敷となるならば」と言ってくれたそうだ。
「屋敷のチェックを行いましたが、基礎部分はしっかりしています。全体的にリフォームして、最新式の屋敷にしようかと」
窓から見える三階建ての屋敷は築年数五十年。白い外壁はピカピカだし、庭には適度に緑もあって住むには最適な環境だ。加えて、アルバス子爵家は屋敷のメンテナンスや改築を繰り返していて、建物としては申し分ない状態だそうで。
それを更にリフォームして、最新式の魔導具を備えた屋敷にしてくれるらしい。しかも、費用は全て国持ちだ。一体いくら掛かるのか。恐ろしくて想像もできなかった。
「分かりました。よろしくお願いします」
「ええ。じゃあ、希望の内装や必要な家具などをこちらに記載しておいて下さい」
文官は次の打ち合わせまでに俺が希望する内装や家具等、夢に描いていた理想の家像を全て記載してくれと言ってきた。
「す、全てですか?」
「ええ。理想の屋敷を作りますよ。何でも仰って下さい。まぁ、現実不可なものは却下になると思いますが、妥協案も含めてこちらからも提案させて頂きますから」
つまりは、俺が夢に描く最高の家を造ってくれるって事か。王国十剣の肩書って凄すぎる。
と、まぁ、これが週の頭にあった出来事。
翌日からはオラーノ侯爵と懇意にする貴族への挨拶回りだ。
王国十剣の称号を得たわけだが、俺はあくまでも称号を得ただけで貴族じゃない。だが、称号を得たからには貴族と接する機会も今後は増える。
積極的に関わりにいかなくても良いが、顔と名前くらいは把握しておいた方が良い。特に関係者ともなろう貴族家出身の騎士や軍務省関係の貴族とは繋がりを表面化しておいた方が良い、とオラーノ侯爵にアドバイスされた。
そこで手っ取り早く挨拶を終える為にオラーノ家で夜会を開く事になったのだ。夜会用のスーツを用意したり、挨拶のマナーなどを三日間で頭に詰め込んで、いざ本番となったわけだ。
俺の右隣にはオラーノ侯爵。左隣にはドレスを着たウルカという布陣で挨拶回りを行ったが……。
正直に言おう。覚えられる気がしない。
だって人数が多すぎる。貴族本人ならまだしも、奥様や子供の名前まで覚えられるか! 早々にギブアップしそうになったのだが、そこは隣にいたウルカが助けてくれた。
「先輩は本人だけ覚えて下さい。奥様とお子さんは私が覚えますから」
彼女のお言葉に甘えて最も重要な本人だけを必死に覚えた。なんとか夜会を乗り切って、疲労困憊な俺がベッドに沈んでいると……。
「先輩、これ」
寝る前にウルカから渡されたのは革のカバーが装着された手帳だった。中のメモには今日挨拶回りした全貴族家の名前と特徴、家族構成までもが簡単に記載されていた。
「ウルカが書いたのか?」
「はい。忘れないうちにメモしておきました」
そう言われて、俺は泣きそうになった。なんて出来た彼女なんだ。
「ウルカァ!」
「きゃっ♡」
こうして彼女に覆い被さったのが週の真ん中あたりだ。
もうこれ以上は無いかと思ってたが、次の日は王都騎士団へ向かう事になった。オラーノ侯爵に呼び出された時は第四ダンジョンに関する打ち合わせかと思っていたのだが……。
「アッシュ殿! 今日は頼みますよ!」
「え、ええ……」
その日行われたのは、オラーノ侯爵の息子であるロウ氏の研究用データ収集だ。
彼は騎士をリタイアした後、王国剣術を研究しながら効率的かつ強力な剣術を生み出そうと研究を行っている。要は「最強の剣術」ってやつを創ろうとしているわけだ。
そういった事もあって、彼は騎士からハンターまで珍しい戦い方を行う者の動きを記録して「何が最適か」「どう動けばより効率的なのか」を調べている。
俺の動きは王国騎士団が学ぶ「ローズベル王国剣術」とは違う。帝国式と父親から習った動きをミックスしたような感じである。
前々から願われていた通り、それを見たいと要請された。
ここまでは良い。
問題は「データ収集として、王都騎士団選抜百人との模擬戦を行ってくれ」という点である。
「皆にも良い経験になるだろう」
「ええ。王国十剣と戦えるなんて、またとない機会になるでしょうね」
更に問題なのはオラーノ侯爵とアルフレート氏がノリノリな点である。
選抜された百人達も、さすがはオラーノ侯爵とアルフレート氏の教育を受けて来た者達だと言わざるを得ない。だって、滅茶苦茶やる気だもの……。
結果、俺は言われた通り百人抜きした。称号に恥じぬよう、百人抜きは達成したが二度とやりたくない。もう体力も精神力も限界だ。
終わったら、今度はロウ氏からの質問タイム。色々聞かれて夕方まで掛かった。その後、屋敷に帰ってからも続いた。
そして、次の日はまた屋敷に関する打ち合わせ。夕方からはオラーノ侯爵に連れられて貴族家の夜会に出席。
その次の日は王城で第四ダンジョンに関する打ち合わせ。
打ち合わせに関しては第二ダンジョンの大規模調査に参加したハンターからの目線と意見、といった形で求められた。どういった箇所に気を付けたか、対魔物戦で騎士との連携を取る際の注意点など。細かい意見を赤裸々に語れたと思う。
別に意見を求められるのは良い。経験を元に思った事を告げるだけだしな。
しかし、相手が全員揃って貴族関係者ってのがキツイ。もう常に「不敬じゃないかな?」と気を遣いすぎて頭がおかしくなりそうだ。
ハンターとしてダンジョンに潜るよりも数倍疲れる。魔物と戦う方がよっぽど楽だ。
そして、週の終わりを迎えた本日。俺は朝から「一歩も外へ出たくない……」と零しながらベッドで横になっている――というわけである。
「もういやだ……」
「ふふ。先輩、お疲れですね」
ベッドに寝転んでいると、隣で寝ていたウルカがコロリと転がって密着してきた。そのまま彼女は俺の上に覆い被さってきて、朝のキスをした後に俺の首元をフガフガと嗅ぎ始めた。
「今日は一日予定もないですし、ずっとベッドにいましょうか?」
「いや、さすがに閣下の家でそれはどうかと……」
「えー……。良いじゃないですかぁ……」
俺達が恋人同士らしい朝を過ごしていると、ノックも無しに部屋のドアが開いた。
「おーい。アッシュ、ウルカ。そろそろ起きて――ってうわあ!?」
部屋のドアを開けたのはミレイだった。彼女は俺達の姿を見て、顔を赤らめながら驚きの声を上げる。
いや、ドアをノックしなかったのは君じゃないか。そう文句を言うと、彼女は「したよ!」と反論してきた。
「と、とにかく! オラーノ侯爵が呼んでるから! すぐ来いよ!?」
顔を真っ赤にしたミレイは勢いよくドアを閉めて立ち去った。
「……今日もゆっくりできなさそうか?」
「かもしれませんね」
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身支度を終えて食堂へ向かうと、朝食を食べ終えたであろうオラーノ侯爵が新聞を読んでいた。
「おはよう。今週は疲れたか?」
「ええ、はい……」
どうやら現れた俺の顔色で察したらしい。オラーノ侯爵は苦笑いしながら新聞を畳む。同時に俺とウルカが席に着くと、メイドさん達が朝食を運んで来てくれた。
オラーノ侯爵は朝食を食べながら聞いてくれ、と言って語り始めた。
「明日、私は第二都市へ向かう事になってな。ついでにお前達も一緒に行くか?」
オラーノ侯爵曰く、第二ダンジョン騎士団と現地の学者から色々と報告を受けるようだ。そのついでに俺達も第二都市へ戻って、宿の契約解除やら私物の回収をしたらどうだと勧められた。
「今後、大規模な調査は第四ダンジョンへと移行する事になるだろう。第二ダンジョンも落ち着いてきたし、あそこは現地のハンター達による素材採取場となるだろうな」
そういった背景もあって、王国十剣の称号を得た俺は第四ダンジョンへと回される。今後は何か問題が起きぬ限りは俺が第二ダンジョンへ潜る事もないだろう、と。
ちょっと寂しさもあるが、こればかりはしょうがない。もう自由なハンターではなく、国の戦力として数えられているわけだしな。
「第二都市にある私物を屋敷に送る手配をして、その足で第三ダンジョン都市へと向かう。そこから第四ダンジョンの現地視察だ」
俺達を誘う理由の本命は後半部分だろう。
オラーノ侯爵曰く、まだ第四ダンジョンまでの道は整備されていない。まずは第三ダンジョン都市で準備を整えて、そこから一日から二日掛けて現地まで向かう計画らしい。
今後の主な活動拠点となる場所なだけあって、先に視察できるのは有難い話だ。決して、王都にいたら貴族達に絡まれそうだなんて思っていない。
「今週忙しくさせた礼もしよう。第三都市で美味い飯を食わせてやる」
ニヤッと笑ったオラーノ侯爵は、手でグラスを傾けるジェスチャーをした。どうやら美味い酒も知っているようだ。
俺は即決で「行きます」と返答すると、彼は「よし、決まりだ」と笑う。これは楽しみになってきた。
男二人でニマニマしていると、奥のキッチンからマリアンヌ様が現れた。
「アナタもアッシュ君も飲み過ぎないように。ウルカちゃん、しっかりと見張っていてね?」
俺達の話を聞いていたらしく、彼女はニコリと笑って言った。
「はい。任せて下さい」
すっかりウルカとマリアンヌ様は仲が良くなった。こうして見ていると母と娘のようだ。マリアンヌ様本人も「娘が欲しかった」と言ってウルカとミレイを可愛がっていて微笑ましい。
「では、今日一日は準備しておけ。余った時間は寝ていて構わん」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
こうして、俺達は一旦王都から離れる事になった。
久しぶりにベイル達にも会えるだろう。あったら何と言われるかな。
ちょっと楽しみだ。
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