第172話 王国十剣


 本日、遂に俺は王国十剣の称号を授与される事になった。


「先輩、大丈夫ですか……?」


「あ、ああ……」


 正直に言おう。俺は無茶苦茶緊張している。


 オラーノ侯爵に授与を知らされて以降、なるべく重く考えないよう努めてきた。だが、日を追う毎に緊張感は増していき……。昨晩なんて一睡もできなかった。


「緊張するのも無理はないが、顔色が悪いぞ」


「そ、そうか?」


 ミレイに言われ、俺は強がるように笑ってみせた。だが、俺の作った笑顔は相当酷かったらしい。俺の笑顔を見たミレイが「こりゃだめだ」とため息を吐いてしまった。


「アッシュ君、準備終わっている?」


 屋敷の二階から降りて来たマリアンヌ様が俺の様子を見に来た。滞在から結構経つが、マリアンヌ様とも随分打ち解けた。


 だからだろうか。俺は今の情けない姿を見せても「しまった」とは思わない。むしろ、助けてくれてと懇願したくなる。


「うん。いつも通りの服装ね。これに胸当てを装着するのよね?」


 本日の授与式は「普段通りの恰好で」と言われている。騎士が授与するならば制服になるようだが、俺はただのハンターだ。そういった人物が称号を得る時は、普段の恰好が「正装」となる決まりらしい。


「はい、そうですね」


 マリアンヌ様は俺の服装を見たあと、横にいたウルカへ問う。支度の準備を手伝ってくれるウルカも胸当てを片手に頷いた。


 さっさと装着しなさいと促され、俺は胸当てを装着した。あとは腰に剣を差せば支度は完了なのだが――


「はい。じゃあ、これは私達オラーノ家からのプレゼント」


 そう言って、マリアンヌ様は箱を持ったメイドを呼んだ。メイドさんの持っている箱を開けて、中から取り出したのは灰色のマントだった。


 マリアンヌ様自らの手で俺にマントを装着してくれる。


 マントの丈は膝上辺りまで。両サイドには留め具があって、それを合わせると俺の体は灰色のマントですっぽり隠れた。


 腕を動かしても捲れて邪魔にならないし、激しく動くと留め具が外れるようだ。これなら咄嗟に剣を抜いても平気だろう。


「これで腕も隠せるでしょう? うん、似合っているわ。灰色の騎士って感じね」


 ちょっと旅人っぽいけど、それはそれでミステリアス感がある。そう付け足しながらマリアンヌ様はニコリと笑った。


「先輩の髪色と同じで似合ってますね」


「確かにアッシュさんにはピッタリかもしれません。灰色の騎士、正しくって感じですね」


 皆に似合っていると言われ、最後にマリアンヌ様から背中をポンと叩かれた。


「堂々としなさい。貴方は女王陛下から王国十剣の一員と認められたのよ? ガチガチに緊張していては恰好が悪いわ」


 随分と無茶を仰る。そう思いもしたが、王国最強の一員が情けないところを見せれば他の人達にも迷惑を掛けてしまう。


 特にオラーノ侯爵やベイルの顔に泥を塗るのは避けたい。俺は大きく深呼吸を繰り返して、緊張感を紛らわした。


「うん。らしい顔になったじゃない」


「そうですかね?」


「そうよ。ねえ、ウルカちゃん?」


「はい。いつもみたいにカッコイイですよ」


 ウルカの笑顔を見て抱きしめたくなった。だが、ここは我慢だ。


「さぁ、王城へ行きましょうか」


「はい」


 俺がマリアンヌ様に頷くと、隣にいたウルカがぎゅっと手を握ってくれる。


「いってらっしゃい。待ってますからね」


「ああ、行ってくるよ」


 授与式に参加できるのは貴族だけ。仲間であるウルカ達は参加できない。少し寂しいが、屋敷で応援してると言ってくれた。


 ウルカ達に「いってくる」と挨拶をして、俺はマリアンヌ様と共に馬車へ乗り込んだ。




-----




 俺とマリアンヌ様を乗せた馬車は王城の巨大門を潜り、内部へ進入していく。


「王城の玄関で案内人が待っていると主人が言っていたわ」

 

 どうやら王城玄関でマリアンヌ様とは別行動になるらしい。聞いた途端、俺は親と別れる子供のように不安が込み上げてきた。だめだ、まだ緊張しているらしい。


 王城の玄関前に馬車が停止して、俺は先に降りてからマリアンヌ様へ手を差し出した。彼女は手を添えながらゆっくりと馬車を降りてくる。


 俺達が玄関の中に入ると、俺達の姿に気付いて近寄って来る騎士達が。騎士達の中にはアルフレート氏の姿もあった。


「マリアンヌ様、アッシュ様。お待ちしておりました」


 アルフレート氏率いる騎士達は綺麗な騎士礼を行い、俺達を迎えてくれる。しかし、マリアンヌ様を様付けするのは分かるが、どうして俺まで? 聞き間違えか?


「マリアンヌ様はこちらの騎士達が控室までお送り致します。アッシュ様は私と共に参りましょう」


 どうやら聞き間違いではないらしい。どうしてと問う前に、マリアンヌ様は「じゃあ、頑張って」と俺の肩を叩きながら騎士達と共に行ってしまった。


 俺は素直にアルフレート氏の案内に続くが……。


「あの、どうして俺まで様付けなんです?」


 アルフレート氏に問うと、彼は普段と変わらぬ表情のまま振り返った。


「もちろん、王国十剣となられた方だからです。我々王国騎士達からすれば尊敬すべき人物であり、伯爵相当の権威をお持ちですから」


 ああ、やっぱりかと思った。特に後半部分が様付けの原因だろう。


「そう難しい顔をしないで下さいよ」


 アルフレート氏が苦笑いを浮かべて言ってきた。どうやらまた表情に出ていたらしい。


「そう言われても慣れませんよ……。頼むからいつも通りでお願いします」


「はは、これからもっと増えますよ。今のうちに慣れておくべきです、アッシュ殿


 ようやく普段通りに戻してくれたが、正式な場では様付けになると改めて言われてしまった。王国十剣ともなればこのような出来事も多くなるとも。


 俺はもう「ただのハンター」じゃなくなってしまったんだ。アルフレート氏に言われて、半ば強制的に自覚してしまった。


「時と場合によっては相応の振舞いが必要でしょう。ですが、アッシュ殿らしくで良いと思いますよ」


「助言、助かります」


 アルフレート氏の後に続き、俺は専用の控室へ。中に入ると、正装に身を包んだベイルーナ卿が待っていた。 


「おお、アッシュ。そのマント、似合っているな」


「ええ、オラーノ侯爵から頂きました」


 そう言うと、ベイルーナ卿は「なるほど」と頷いた。


「既に貴族の間では灰の騎士やら元騎士やらと囁かれているが、ますます定着しそうだな」


 例の御前試合を見た貴族達の間で、俺は「灰の騎士」「灰色の元騎士」などと異名が既に囁かれ始めているらしい。灰色のマントを身に付ければ、ベイルーナ卿が言ったようにトレードマーク化しそうだ。


「ただ、的を得た異名だとは思うがな」


 そう言って笑ったベイルーナ卿は、控室のテーブルに置かれていた木箱を開ける。中から取り出したのは魔法剣――灰燼剣だった。


「敵を灰に変える魔法剣を振るう、灰色の髪を持った元帝国騎士。正しく、の騎士であるな」


 言いながらも、俺に魔法剣を差し出してくる。本日の授与式には灰燼剣を携えて出席せよ、との事らしい。


 ただ、ベイルーナ卿はまだ異名について考えているようだ。


「ふぅむ。だが、灰の騎士と異名が轟けば、いつかそれが不利になりそうではないか?」


 ベイルーナ卿の懸念は「灰の騎士」から連想される魔法剣の能力について。灰と冠しているからには燃えた後に残る「灰」が連想されやすいのでは、と。


 他国からのスパイ――特に敵国と認定している聖王国の事を考えると、灰燼剣の実態が漏れるのは国にも俺自身にもメリットは無い。


「そう考えると灰色の方が良いだろうな」


 灰よりも灰色。そうなると、今度は俺の髪色に注目がいく。少しでも魔法剣から注目を逸らした方が良いとベイルーナ卿は提案した。


 いや、提案されても俺はどうする事もできないと思うのだが。既に貴族の間で囁かれているわけだし。


「案ずるな。ロイに伝えておく。それでどうにかなるだろう」


「では、私が伝えて参ります」


 さっそくとばかりにアルフレート氏がオラーノ侯爵の元へと向かった。本当に実現するのだろうか?


「さて、時間まで爺とお茶しながら時間を潰そうではないか」


 その後、三十分ほどベイルーナ卿と共に控室で時間を潰した。そして、遂に俺は授与式へと向かう事に。


「こちらでお待ち下さい。合図がありましたら扉が開きますので、扉が開いたら真っ直ぐお進み下さい」


「は、はい」


 謁見の間と呼ばれる場所の扉前で、俺は王城の文官に手順を説明された。一言一句聞き逃さず、何度も頭の中で練習を繰り返すが……。もう心臓が破裂しそうなくらい鳴っている。


 深呼吸を繰り返して待っていると、遂に扉が開かれた。


「―――ッ!」


 扉の先には赤い絨毯が真っ直ぐ敷かれていて、絨毯の先には玉座があった。玉座に足を組みながら座るのは一人の美女。


 燃えるような赤い髪を持ったクラリス女王陛下がじっと俺を見つめている。


 絨毯の左右には王国貴族が並んでいて、女王陛下の座る玉座のすぐ傍にオラーノ侯爵の姿があった。


「……お進み下さい」


 扉を開けてくれた騎士が小さな声で囁く。彼の声を聞いて、俺はようやく絨毯の上を歩き始めた。


 歩いて、どうするんだっけ。ええっと、確か、玉座の前まで行ったら跪いて……。


 文官から聞いた手順を必死で思い出し、俺は教えられた通りの位置でピタリと停止。そのまま跪き、頭を垂れた。


 俺が頭を垂れると、玉座の方から「では、女王陛下」と告げる男性の声が聞こえて来る。恐らくは女王陛下の隣にいた男性だろう。


「うむ」


 女王陛下の声が聞こえ、直後に「コツ」とヒールの音が鳴った。


「今日は素晴らしき日だ。我が王国に新しい強者が生まれた日である」


 玉座から立ち上がったであろう女王陛下は、周囲で見守る貴族達に向けて語り始めた。


 そして、今度は頭を垂れる俺に向けて語り始めた。


「灰の騎士――いや、灰色のアッシュよ。貴様は私の前で自身の力を示した。貴様の能力と才能を、この私クラリス・ローズベルが認める。本日から貴様は王国十剣の一員だ」


「……ありがたき幸せ」


 ありがたき幸せ、で良いんだっけ!? 謹んでお受け致しますって言うんだったっけ!?


 文官に返答の仕方を教わったが、緊張で完全に頭から抜け落ちた! 大丈夫!? 間違ってない!?


 だが、俺が言葉を告げた途端に貴族達から盛大な拍手が鳴り響いた。


 よ、良かった。あ、合ってたのか?


 拍手が鳴ってホッとしていると、スッと拍手が鳴り止む。


 きゅ、急に止まらないで……。


 ドキドキしていると、コツコツとヒールの音がまた鳴った。どうやら女王陛下が近付いて来ているようだが。


「アッシュ、顔を見せろ」


 言われて、俺はゆっくりと顔を上げた。


 女王陛下が俺を間近で見下ろしていて……。


 とんでもない美人だ。女王陛下は怖いくらいに美しい。しばし見つめ合った後、女王陛下は俺の顎をクイと持ち上げて「ニタァ」と笑った。


 不敬だとは思いながらも、凄い邪悪だと思ってしまった。


「あとで話をしよう。私の部屋に来い」


「は、はひ……」


 反射的に情けない声が出てしまった。貴族の方々に聞こえていなければ良いが。


 俺の顎を解放した女王陛下は「これにて授与式は終了だ!」と高らかに宣言。その足で謁見の間から出て行ってしまった。


 状況についていけない俺はそのままの姿勢でオラーノ侯爵に顔を向けた。すると、首を振りながら大きなため息を吐く姿が目に映った。


 もしかして、どこか失敗してしまったのか?


 お、俺はどうすれば……? 立ち上がって良いの……?

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