第171話 老騎士が思い描く将来


「王国十剣、ですか」


「ああ、そうだ。陛下はお前の力をお認めになった。近いうちに称号が授与されるだろう」


 正直言って予想外の出来事だ。


 体の件もあるし、王都研究所の協力者程度といった役割は与えられると思っていたのだが……。


 まさか王国十剣の称号が与えられるとは。


「あの……。称号を与えられて、自分はどうなるんですか?」


 称号の凄さは分かる。


 王国十剣とは過去に存在した十人の騎士を称える称号であり、現在の王国内では「強者」として正式に認められること。つまりは、王国で生きる騎士やハンターからすれば一番の憧れであり、到達点とも言えるものだ。


 ただ、称号を与えられた後が分からない。騎士であればオラーノ侯爵のように騎士団長として就任するといったが見える。ハンターだったら各地で問題が起きた際に招集される重要人物といった感じか。


 しかし、俺はどうなんだろう。ハンターではあるものの、現状では体の事もあって妙な立ち位置にいると言える。


「ハンターである事は変わらん。以前、貴族になるのは嫌だと言っていただろう? だから、王国十剣なのだ」


 オラーノ侯爵曰く、本来であれば貴族位を与えて騎士団所属となるのが先。そこから数年後に王国十剣の称号が与えられて騎士団長へのエリートコースへ――といった感じらしい。


 第二都市騎士団の団長であるベイルはこの流れを歩んでいる、とのこと。


 だが、俺の場合は「貴族になりたくない」という意思を汲んで、王国十剣の称号だけが与えられる事になったようだ。


「ご迷惑をお掛けします」


「いや、過去にはお前と同じような者もいたからな。それに正式ではないものの、伯爵相当の権威は与えられる。政治に関する発言権は無いが、騎士団や協会との連携はやり易くなるだろう」


 逆に言えば、政治に巻き込まれない純粋な戦力と言えるか。無用な派閥争いの枠組みから外れていて、戦力としてはハッキリとした立場になるようだ。


 俺がやるべき事はシンプルで、国家の危機となれば戦争に参加。それ以外はダンジョンの調査。


 この二つだけ。


 そう考えると、オラーノ侯爵としても都合が良いのかもしれない。


「お前が懸念すべき点は戦争への参加だろうが、今の政策方針としては戦争を起こす気はない。国内の技術発展を第一としたダンジョン調査が最優先とされているからな」


「なるほど。そう考えるとこれまで通りですね」


「将来はどうかと問われたら分からないと言わざるを得ないがな。その頃にはもう私は引退している。少々無責任かもしれないが、お前の描く将来を尊重すると現状ではこれが最上の結果と言えるだろう」


 俺がこの先も生きていたら、いつかは世代交代が起きるのは確実だ。


 女王陛下は引退して次代の女王が誕生するだろう。オラーノ侯爵も引退して次の騎士団長が決まる。そうなった際、国の方針がガラッと変わる可能性もあるのだ。となると、戦争が始まる可能性も否定はできない。


「いえ、十分ですよ。その時はその時だと思っていますし」


「そう言ってくれると助かるな」


 オラーノ侯爵は頷いたあと、今後の流れを語り始めた。


「まずは授与式だ。そして、正式に王国十剣となった事が発表されたあと、騎士団と連携して第四ダンジョンの調査に参加してもらう」


「第四ダンジョン、ですか?」


「そうだ。国内で新しいダンジョンが発見された。既に入り口は見つかっていて、内部調査へ乗り出す準備を行っている」


 オラーノ侯爵の話によると、今年は第四ダンジョンの存在が国内を賑わすだろうとのことだ。


 第四ダンジョンは第三ダンジョンのある第三都市から更に北――第三都市からはやや北東にある地域で発見された。ただ、現状ではまだ入り口が見つかって確保されただけ。


 入り口はローズベル王国北部に属する高い山の麓付近にあって、周辺には村すら無い場所なんだとか。これからダンジョンを調査するための拠点を設置して、氾濫の兆候が無ければ第四都市の建設と計画が進んでいくようだ。


 他にも物資輸送用として魔導列車の線路も引かねばならないし、大勢の作業員なども募集せねばならない。


「まずは内部の調査が最優先となるが、氾濫の兆候が無いと判断されたら一気に事が進むだろう。今年はやる事が山積みだ」


 特に問題なのは「誰が第四都市を管理するか」だそうだ。ダンジョン都市を管理する者は苦労と引き換えに多額の利益を得る。それに新たな発見があって国家の利益を生み出せば、貴族として出世する事も可能となるようで。

 

 そういった点からダンジョン都市を管理したいと思う貴族は多いらしい。そこに派閥やら何やら様々な思惑が混じり合って――大変な状況になるんだとか。


 想像しただけでも恐ろしい。


「安心しろ。お前は騎士団と連携する国家戦力となる。謂わば、女王陛下の戦力と言っても良い。先ほども言ったが、政治には巻き込まれんよ」


 どうやら顔に出てしまっていたようだ。オラーノ侯爵は苦笑いしながら教えてくれた。


「ああ、そうだ。王国十剣となるとダンジョン調査への参加は強制。そして、特別報酬が出ないのは了承してくれ」


 これは王国十剣の立場が騎士と似ているからだ。王家に認められ、王家に仕える一員として「国家に利益を齎すのは当たり前」となる。


 素材の買取制度は変わらないが、努力と貢献の証として与えられる特別報酬は無くなるんだとか。


「その代わり、王都に屋敷を与えられる。他にも子供は王立学園の貴族コースへ入学できたりと、貴族同様の待遇だ」


 目立つメリットとしては王都に屋敷を構えられること。王国十剣ともなった者が賃貸やら宿住まいでは恰好がつかない、という理由らしいが。


 あとは子供がより良い教育を受けられる事になる。


 ローズベル王国最高の学び舎である王立学園に設立された貴族コースへ進学できる。更に俺が死亡、もしくは代替わりを宣言した後に子供が望めば正式に貴族位を授けられるんだとか。


 子供が貴族になるか否かは本人次第であるが、高い教育を受けられるのは良い事だろう。子供が将来どの道を歩もうと、色々学んでおいて損は無いからな。 


「まぁ、あとは一部の税金免除やら細かいメリットは多くある。この辺りは授与されてから教えられるだろう」  


「承知しました」


 そこまで語って、オラーノ侯爵は椅子から立ち上がった。彼は壁際にある棚を開けて、一本のウイスキーを手に取る。傍にあったサイドテーブルからグラスを二つ取って、再び執務机に戻った。


「少し、私が今思い描いている将来について語っておこう」


 そう言いながらグラスにウイスキーを注ぎ始めた。


「この先、ローズベル王国は大きく変わるだろう。今年から始まる第四ダンジョンの調査がその先駆けだ。ダンジョンで得た素材を研究して、もっと便利な魔導具が生まれる。戦闘面に関しても魔導兵器はより強く進歩するだろう」


 二つのグラスにウイスキーを注ぎ終えると、オラーノ侯爵は俺の目を見つめた。


「あと二年もすればベイルが出世する。バローネ家はヤツの代で侯爵位に上がる予定だ。そのタイミングで王都騎士団副団長に就任する」


 あと二年後……。まだ先の話だが、そう遠くない未来だ。


「アルフレート氏はどうなるんです?」


「奴は聖王国との国境付近にある国外対応部隊の司令官だ。本人の希望でもあるが、奴は騎士団というよりも軍務省向きだからな」


 言われても深くは理解できないが、どちらかと言えば政治屋向きって事だろうか? ただ、オラーノ侯爵の教えを得た彼が国外の対応をしてくれるのは良い話に聞こえた。


「副団長に就任したあとは騎士団長となる。つまり、私の後釜だ。お前が王国十剣として活躍している最中、ベイルが王都騎士団の団長。その意味は分かるな?」


「ベイルと連携しろって事ですね?」


 俺が答えると、オラーノ侯爵は強く頷いた。


「将来、ベイルが王国を守る中心人物となるだろう。お前は王国十剣、最強のハンターとして奴を支えてやってほしい」


 ベイルは騎士団という組織に所属して、政治中枢の内側から国を守る。そして、俺は王国十剣という政治には関係しない外側から国を守る。


 内外に最強を配置する。オラーノ侯爵はそう言った。


 彼が俺の希望を汲んで貴族とせず、王国十剣の称号だけを与えたのはこれが理由なのかもしれない。


「私の知る最強の男達が国を守ってくれるのであれば、安心して引退できるというものだ」


 ニヤリと笑った彼は、グラスの一つを俺に差し出した。俺はそれを受け取って、彼と同じようにグラスを掲げる。


「頼むぞ、アッシュ。王国の未来を担うのはお前とベイルだ」


「はい。任せて下さい」


 俺はそう言って、オラーノ侯爵と共にウイスキーを一気飲みした。


 上等な酒を共に飲み干したあと、オラーノ侯爵は「忘れていた」と言葉を漏らす。


「アッシュ。これはベイルにも言うつもりだが……。私からのアドバイスだ」


 彼は二杯目をグラスに注ぐと、とっても嫌な記憶を思い出したような表情を浮かべて言った。


「女王陛下には気を付けろ」


「え……?」


 その時、オラーノ侯爵が告げた意味は理解できなかった。


 だが、この日から一週間後。王国十剣という輝かしい称号を授与した日に意味を知る事となる。

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