第170話 演劇鑑賞と自分


 御前試合の翌日、俺達はマリアンヌ様と共に王都大劇場で最近流行りの演劇を見る事になった。


 連日大盛況の演劇はチケットの販売が抽選制になっているとも聞いていたが、侯爵家のツテで人数分のチケットを用意してくれたらしい。さすがは侯爵家といったところか。


 前から見てみたいと言っていたウルカは大喜び。マリアンヌ様は大喜びするウルカ、それに遠慮がちなミレイを嬉々として彼女を衣裳部屋へ連れ込む。どうやら劇場へ向かう際のドレスはマリアンヌ様が決めて下さるようだ。


 俺達が座る場所は三階にある貴族用の座席らしい。貴族用の席で見るとなれば正装は必須と言われて、俺とレンも執事さんに正装を用意してもらった。


 男達の準備なんぞ、そう時間は掛からない。正装に着替えた俺達が待っていると――


「どうでしょう?」


 現れたのはドレスに着替えたウルカとミレイだった。


 ウルカは黒色のドレスだった。肩と背中がガッツリ露出するセクシーなタイプ。スカート部分はふんわりしていて、セクシーさと可愛らしさが融合したようなデザインだ。


「似合ってるよ」


 金色の髪もよく映えて、スタイルの良いウルカはばっちり決まっている。この姿で街を歩いていたら振り返らない男なんていないだろう。


 ただ、意外だったのはミレイだろうか。


 普段から男勝りな言動を口にして、日焼けした肌もあってかワイルドさが目立つ。露出の多いドレスなど着るはずもないと思っていたのだが……。


「…………ッ」


 恥ずかしそうに身をよじる彼女が身に着けていたのは白いドレスだ。


 ウルカと同じく肩も背中も出ているし、谷間が強調されている。スカートなんてウルカよりも短い。ただ、胸元には青色のリボンがあって可愛らしさもドカンとアピール。


 正直、もっと、こう……。彼女は控えめな感じで来ると思っていたから驚いた。


「へ、変……?」


「い、いえ! とんでもない!」


 ミレイはもじもじしながらレンに問う。彼女に見惚れていたレンは慌てて首をブンブンと振っていた。なんとも微笑ましいやり取りだ。


「フフ」


 隣にいるウルカは凄く悪そうな顔で笑っていて、マリアンヌ様は口元を手で隠しながら「選んでよかったでしょ」と誇らしげに言っていた。


 彼女が意外性を出したのは二人の仕業か。


「さぁ、行きましょうか」


 公演開始は夕方から。俺達もそれに合わせて屋敷を出た。


 侯爵家の馬車で大劇場まで向かうと、既に大劇場前は演劇を見に来た客で大賑わいだった。


「はぁ~。でっかいし、人もいっぱいだ」


 馬車を降りた直後、俺の口から出た感想は完全に田舎者だったと思う。だが、自分でも止められないほど驚いてしまったのだからしょうがない。


 隣にいたウルカとミレイも巨大な芸術品とも言える大劇場を見上げて感嘆のため息を漏らしていた。


 対照的に慣れた態度を見せるのはマリアンヌ様とレンだ。さすがは王都住まいなだけはある。


「本当に貴族も平民も一緒にいるんですね」


 正面ゲートには貴族用と平民用、二種類の入り口があるものの、正装に身を包んだ貴族らしき人が近くにいても平民達は気にしている様子がない。


 貴族も貴族で普通の恰好をしたまま並ぶ平民がいても全く気にする様子がない。これが王国と帝国の差かと感心してしまった。


「貴族は基本的に二階席と三階席を使うわ」


 劇場側から貴族へ推奨されているのは二階と三階にあるボックス席だ。こちらは貴族用として割り振られていて、料金も平民より少々お高め。


 逆に言うと貴族はボックス席しか選択肢がない。これはプライベートを守る為の配慮であったり、まだ貴族と平民の距離感が遠かった時代からの名残みたいなものらしい。


 ただ、別に平民に混じって一階席で見ても文句は言われない。むしろ、演劇が大好きでたまらない――いや、主演女優や主演男優が大好きでたまらない者は顔がよく見える一階席を選ぶらしい。


「でも、ボックス席ならお酒も頼めるし、くつろげるわよ」


 しかしながら、二階・三階席も料金に見合ったサービスが提供されるようだ。各種サービスや劇場内にあるレストランの代金もチケット代に含まれていて、高級なコース料理も食べられるんだとか。


「さぁ、私達も入りましょう」


 貴族用のゲートに向かい、係員にチケットを見せて劇場内へ。


 劇場一階にあるロビーには休憩用の椅子やソファーが並んでいて、公演を待つ平民達が楽しそうにお喋りしていた。


 他にも施設としてはカフェのようなお店が用意されていたり、トイレや化粧直しに使う個室などがあるようだ。ただ、これらは平民達が使う施設とされている。こちらも別に貴族が利用しちゃいけないわけじゃないが、マナー的には好ましくないとされているようだ。 


 そういった点もあって、俺達の本命は二階から。階段を登って二階へ向かうと――


「すごいな……」


 劇場二階を一言で表現するならば美術館だろうか。


 壁には多数の絵画が飾られていて、他にも美術品が展示されていた。これらの中で気に入った物があれば買い取る事もできるようだ。


 他にはカフェとレストラン、小さな洋服屋が用意されていた。こちらは完全に貴族をターゲットとしているようで、店構えからして高級感は溢れている。


 特に洋服屋は王都で有名なデザイナーの店が出張出店しているらしく、貴族の女性に大変な人気があるそうで。


 そんな超場違いなフロアを見渡していると、奥にいた男性がこちらを向いた。こちらを向いた瞬間、何かに気付いた様子を見せて俺達の方へと歩いて来る。


 やばい、何か粗相をしてしまっただろうか。


「マリアンヌ様ではありませんか。ご機嫌よう」


「ご機嫌よう、マトワーヌ伯爵。貴方も悲劇の令嬢を見に?」


 どうやら男性の目的はマリアンヌ様への挨拶だったようだ。ホッと胸を撫でおろし、俺は邪魔にならないよう影に隠れていたのだが……。


「はい。演劇も楽しみですが、まさかここで出会えるとは思いませんでしたよ」


 そう言ったマトワーヌ伯爵の顔が俺に向けられた。どうしてだ? と内心で首を傾げていると、彼は笑顔で俺に手を差し出してくる。


「まさかオラーノ団長と互角に戦った剣士と会えるとは。あの戦い、見ていたよ。実に見事な戦いだった」


「え? あ、ありがとうございます」


 マトワーヌ伯爵は御前試合を観戦していたようだ。握手を交わすと興奮気味に試合の感想を告げられて、逆に俺が圧倒されてしまった。


「うちの人の鼻っ柱を折ってやってとお願いしたのよ。見事に応えてくれたわ」


 旦那も家でアッシュさんを褒めていたわ、と口にするマリアンヌ様。確かに御前試合を行った日の夜にオラーノ侯爵から改めてお褒めの言葉を頂いた。


 ただ、勝ってもないし、鼻っ柱を折られたのは俺の方だと思うんだが……。


「はっはっはっ! マリアンヌ様は相変わらずですな!」


 マトワーヌ伯爵とは少しだけ談笑して別れたのだが、それ以降も俺の姿を見つけた貴族から握手を求められた。中には貴族家のご令嬢からも握手を求められてしまい……。


「大人気ですね」


 隣にいるウルカの機嫌が悪い。


「さっきの女性なんて完全にメスの顔してましたよ」


「おいおい……」


 言われながら、組んでいた腕をぎゅっと引き寄せられた。頬をぷくっと膨らませながら怒る彼女を見て、可愛いと感想が浮かんでしまう。


「まさか。俺はウルカだけだよ」


「本当ですか?」


「ああ。当然だろう」


 そう言うと彼女は俺の耳に口を寄せた。そして「今夜、証明してもらいます」と囁くのだ。




-----




 ひと悶着? あったあと、俺達はボックス席に移動して演劇を鑑賞し始めた。


「マリー、君との婚約は破棄されてもらう!」 


 王子役の男優が放つ衝撃的な一言から始まり、主演女優であるクロシュ・マルーニー演じるマリー・エンジェット嬢が俯いた。


「理由をお聞かせ下さい」


「君はコソコソとルーシーをいじめていたそうだな! 見損なったぞ! 貴様は国外追放だ!」


 冷静に理由を問うマリーであるが、王子の一方的な処罰は止まらない。その後は家族からも見放され、主人公であるマリーは国を出て行く事になってしまった。


 何だろう。なんだか自分と重なる部分がある。


 だからか、演劇にはあまり興味を抱いていなかった俺も物語にのめり込んでしまう。


「あのクソ野郎ッ! 絶対に私は生き抜いてやりますわッ! 最高の人生を歩んでやりますのよッ!」


 次のシーンでは、国外追放されて孤独となったマリーが再起を図る様子が演じられた。


 優雅な暮らしから一変、最早平民以下となったマリーの持ち物は僅かな金銭と家から持ち出した剣一本だけ。彼女はローブで身を包み隠し、隣国を旅する事になったようだ。


 旅の途中で魔物や野盗と出会うも、彼女は懸命に戦って生き延びた。主演女優と野盗役の男優達が繰り広げる戦いも見事な出来だった。


 あと、小道具として作られた魔物も。ブルーエイプに似てたな。


 シーンが切り替わり、彼女は旅の途中で野盗に襲われている馬車を見つけた。


 騎士達が必死に馬車を守るも、野盗が異常に強くてやられてしまう。そこに助太刀したのがマリーであった。彼女は無事に馬車を守ると、馬車の中にいたのはまだ幼い隣国の王子様だった。


「ありがとうございましゅ……」


「きゅん」


 超美少年な王子様にホの字になったマリーは王子様に同行する事になった。この時点で、俺は横目でレンとミレイに視線を送ってしまったのは内緒だ。


 王子様の旅に同行したマリーは王都に到着して、彼女は王子様を守る女騎士になる。物語はなんやかんやあったあと、マリーが騎士となった隣国と故郷である祖国の間では戦争が開始。マリーはその戦争に巻き込まれる事になった。


 戦争を続けている間、マリーは様々な武功を立てた。同時に彼女のカリスマ性がどんどん明るみになっていき、次々に頼もしい仲間が増えていく。


 なるほど。確かにサクセスストーリーだ。主人公のマリーが成功していき、どんどん成長していくのは爽快だった。


 かくして、マリー率いる軍団は祖国の軍勢を打倒する。遂には城にまで攻め込み、戦争の原因となった王族の首を討ち取りに向かったのだ。


 城へ攻め込んだマリーが見つけたのは、かつて彼女との婚約を破棄した王子だった。


 マリーと再会を果たした王子は、舞台上で後退りしながらマリーへ必死に命乞いする。


「マ、マリー! 僕と君の仲じゃないか! 助けてくれ!」


「ハァ~ン? 私を一方的に悪と決めつけた芋野郎がよォ~? 今更命乞いかよォ~?」


「ま、待ってくれ! ほ、本当は! 本当は君を愛しているんだ!」


「今更うるせえんだよォ! タマ取ったらァァ!」


 マリーは上段に構えた剣を元婚約者に向かって振り下ろした。


 ズバァ! と剣で王子を斬ると同時に舞台からは「ジャジャジャジャーン!」と効果音が鳴る。続いて多数の楽器が織り成す音楽が鳴り始めて、一刀された王子はマリーに腕を伸ばしながら倒れた。


「フン。あの世でビッチと仲良くしなァ」


 彼女は王子を斬る事で過去の因縁も一緒に断ち切った。


 マリーは剣を肩に背負いながら堂々と舞台袖へと退場していき、音楽が終わると舞台が暗転してラストシーンに切り替わった。


 ラストシーンは幼い王子様と結婚式だ。十歳以上も離れた歳の差婚を成し、マリーは次期王妃として暮らすのでした。


 めでたしめでたし。


 ……という、内容だった。


「うーん、面白かったわね。流行るのも分かるわ」


「ですね。主人公のマリーが周りに振り回されず、自ら戦うのは見事でした」


 演劇が終わったあと、俺達は馬車に乗り込んで屋敷へ向かう。その途中でマリアンヌ様とウルカが演劇について熱く語り合っていた。


 確かに女性が活躍する物語というのは新鮮に思えた。英雄譚や御伽噺では男性が主人公になる物が多いし。


 それにストーリー自体が分かり易く、演劇初心者でも鑑賞しやすいのが良かった。途中途中であっと驚く展開もあった。見ていてハラハラするシーンもあったが、基本的には成功して終わるので安心感もある。


 分かり易くも緩急のある内容もそうだが、やはり一番は主演女優の演技力だろう。聞いた話では騎士から直々に剣術を習って、それを芝居に取り入れているようだ。他のシーンも感情がよく伝わってきて見事なもんだと感動すら覚えた。


 これなら貴族平民問わず人気になるのも頷けよう。


「女性が主人公なのは王国が女王制だというのも影響しているのでしょうか?」


「それもあるかもしれないわね。これまでも女性が主人公の演劇はいくつもあったけど、どれも恋愛が主体の話ばかりだったわ」


 今代の女王陛下は魔法使いとしてもかなり優秀だと聞く。その影響もあるのかもしれない、と納得してしまった。


 ウルカとマリアンヌ様の演劇談義を聞く一方で――


「レン、面白かったな」


「はい、そうですね」


「……なぁ。強い女は嫌いか?」


「え……? き、嫌いじゃないですよ? どちからといえば……。その、強い女性の方が……」


 ミレイとレンも演劇の内容を交えながら、実に微笑ましい会話を繰り広げていた。


 屋敷に到着して正装から普段着に着替えると、丁度オラーノ侯爵が帰って来た。彼に挨拶を告げると、そのまま話があると言われて部屋へ連れて行かれた。


「アッシュ。お前の今後についてだが……。どうなるか想像はしているか?」


 そう問われて、俺は「はい」と答えた。


「自分の身に起きた事が王国にとって少しは価値があるものだと考えています。少なくとも、王都研究所は能力と現象を解明したいと望んでいるのは理解していますし、協力もするつもりです」


 俺が自身の考えを告げると、オラーノ侯爵は無言で頷いた。


「……そうか。改めて聞こう。お前は王国貴族になる気はないか?」


「貴族は……。ご遠慮します。できれば、これからもハンターとして活動しながらウルカや仲間達と暮らしていきたいです」


 オラーノ侯爵は再び「そうか」と呟いて、たっぷりと間を空けた。


 そして、彼は俺に告げたのだ。


「アッシュ。お前は王国十剣の一員となる事が決定した」


 彼の言葉を聞いて、俺は一瞬だけ固まってしまった。


 直後に頭の中で浮かんだのは、幼い王子様から剣を託される演劇のシーンだった。

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