第166話 春祭り
アルフレート氏と模擬戦を行った日以降も、俺は王都騎士団本部でトレーニングを繰り返していた。
あの模擬戦以降、俺に対する対応は二通りだ。
俺にフレンドリーな対応をする者。もう一方はまだ懐疑的であったり、露骨に怖がる者。
フレンドリーな対応を見せてくれるのはベテラン騎士が多い。彼等は元々俺の実力に懐疑的だったようだが、あくまでも口には出していなかった。露骨な態度を見せていたのは若い騎士達ばかりだったしな。
まぁ、ベテラン騎士達に関しては、実力を見せた事で納得してくれたんだろう。
彼等は積極的に声を掛けてくれて、一緒にトレーニングをしようと誘ってくれる。トレーニングの締めに模擬戦を行ったあと、反省会として積極的に意見を求めてきた。
互いに意見を交換しながら長所と短所の確認を行うのは有意義な時間と言えよう。客観的に見ないと分からない点も多いからな。
もう一方の露骨に怖がる者、まだ俺に対して懐疑的な視線を向ける者達は新兵や若い騎士に多い。彼等は俺に挨拶をしたあと、そそくさとその場から立ち去ってしまう。特に先日、俺に向かって指を差していた新兵なんて俺の顔を見た瞬間に逃げ出してしまった。
「ありゃ、ビビってんのさ。副団長と互角の相手だしな」
ベテラン騎士曰く、アルフレート氏はとにかく強さを重視する人物のようだ。実力が足りない者には徹底的な訓練を施し、その内容は「地獄」であると有名なんだとか。
逆に一定の強さがあって、彼に認められると親身になってくれる。細かなアドバイスや相談にも乗ってくれる理想的な上司といった感じ。
まぁ、彼が強さを重視するのは騎士達が死なないようにという考えからだろう。
騎士団は犯罪者との対人戦闘も重視するし、ダンジョンにも赴いて対魔物戦も行わねばならない。タイプの違う戦闘を行わねばならないし、特に魔物が相手だと常識が通用しないから騎士であっても簡単に命を落とす。
未熟な者達に厳しいのは生き残って欲しいという願いの表れだ。ただ、こういった彼の想いは誤解されがちで、真意がまだ読めない新兵達からは恐れられる存在となっていた。
彼等からすれば「おっかない上に強い人」といったイメージ。そんなアルフレート氏と戦って認めさせた俺も同じ種類の人間なんじゃないかと誤解されているんだとか。
ただ、それでも中には納得していない者も多い。
「まだアッシュさんに懐疑的視線を向ける若い騎士や新兵共は、去年と今年に採用されたエリートコース出身の奴等でな。どいつもこいつも自分に自信があるやつばっかりなんだよ」
早い者だと十代から騎士団に入団する者達もいて、しかも彼等は貴族家出身の者達だ。そういった者達は家や学園から期待されてきたエリート達である。
学園時代も剣術ではナンバーワンになった者ばかり、しかも実力重視な王都騎士団の試験を通った実力者揃いである。だからこそ、自分の実力を第一に信じ切っているので「どうしてハンターが?」と懐疑的な考えが続いているようだ。
ベテラン騎士曰く、まだまだ挫折も知らない自信過剰なヒヨコ共。これから徐々に世間を知っていくだろう、と。
「アッシュさんの顔見て逃げる新兵はちょいと訳アリでな。貴族家出身で親父が軍務省の幹部なんだが、コネで捻じ込まれて来たんだよ」
「腕は良いが、貴族のお坊ちゃんらしさが抜けてなくてね。現在、教育中ってわけだ」
まぁ、王国騎士団に限らずコネ採用ってやつはどこにでもあるだろう。重要なのは本人のやる気と態度であるが、あの新兵は少々問題児らしい。
問題発言の後にゲンコツを落としていた上官に毎日教育されているようだが、なかなか横暴な態度や人を見て態度を変えるクセが抜けないようで。
みっちりしごいておく、とベテラン騎士から謝罪されてしまった。
そんな話を聞いていると、模擬戦を終えた一人の騎士と目が合った。目が合ったのは俺に模擬戦用の木剣がある場所まで案内してくれた若い騎士だ。
彼は俺の顔をじっと見たあと、離れた場所にある水飲み場まで向かって行った。
「あいつは諦めてくれ。副団長相手でも態度は変わらないんだ」
「いつも不機嫌そうだが、そういう顔なんだよ」
どうやら最初に見せた態度は、俺が相手だったからというわけじゃないらしい。ベテラン騎士達が庇うって事は、別に悪い人ではないのだろう。
「いやいや、別に気にしていないよ。俺も同じ立場だったら懐疑的な想いは抱くだろうしね」
これだけ大所帯なんだ。色々な人間がいてもおかしくはない。
休憩の合間に騎士達と話していると、俺の傍に近付いて来たのはアルフレート殿だった。
「アッシュ殿。これから一本、どうですか?」
あの戦い以降、アルフレート氏とよく模擬戦を行うようになった。
「ええ。是非とも」
彼は強い騎士だ。彼との戦いは己を高めるにもってこい。毎度毎度「そうくるか」と驚かされる。互いに研鑽していると感じられるのが心地良い。
今日もアルフレート氏と模擬戦を行った後、タオルで汗を拭きながら顔を洗っていると、明日開催される春祭りの話題になった。
「明日は春祭りですね。観光するのでしょう?」
「ええ。そのつもりです」
騎士団は全員が警備やら雑務に追われるらしい。ちょっと心苦しく感じるが、皆から「是非楽しんで」と言われているしお言葉に甘えるつもりだ。
「どんな感じなんですか?」
「うーん、そうですねぇ……。とにかく大騒ぎって感じでしょうか。メインストリートは全域で歩行者天国になりますし、通り沿いには屋台がたくさん並びますよ。普段は売っていない珍しい食べ物や飲み物も出ますし、地方からの特別販売も開催されますね」
曰く、春祭りの起源は年を越え、寒い冬を無事に乗り切ったお祝いとして開かれた宴だそうだ。一年に一度、贅沢が出来る日とされていたんだとか。
時代が進むにつれて、春の到来と今年一年のスタートを祝う祭りに変わっていった。無事に年も越せて温かくなってきたし、今年も一年頑張ろう! 新しい年は良い事があるといいな! って感じの意味合いだ。
贅沢をする、という部分はそう変わっていない。貴族も平民も一年に一度の散財日和という認識が強まった。
物を売る側も「売り尽くしセール」だとか「新製品のお披露目」といった感じの謳い文句を付けて集客に掛かる。祭りという事でタガが外れた客達がこぞって散財してくれるのだから商会側も気合を入れるというもの。
しかも、地方商会までもが「特別販売」という形式で参加するとなれば大賑わい。地方の名産や隠れた珍味は勿論の事、地方料理を売る屋台も出たりと地方の良さをアピールする場にもなっているようだ。
普段は仕事で忙しくて地方旅行へ行けない王都民も地方料理や名産を味わえるし、いつか旅行に行きたいと思うはずだ。
王政側も国内経済を刺激する良いイベントだと思っているのかもしれない。
「おすすめは南部地方の店が出すシナモンロールですね。出張パン屋として毎年出店しているのですが、出来立ては絶品です」
「ほう……」
シナモンロールか。レンが甘い物好きだし良い事を聞いたかもしれない。というか、アルフレート氏も甘党なのかな?
その後、いくつかオススメを聞いたが全部甘い物だらけだった。やっぱり甘党なのかもしれない。
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翌日、遂に王都では春祭りが始まった。
一日だけの開催とあって、地方からも大量の人間が王都へ詰めかける。この日だけは魔導列車もフル回転の運行を行っているようだ。
王都内もとにかく人の数が凄まじい。メインストリートは歩行者天国状態であるが、完全にキャパを越えている。あれだけ広い道幅が全部人で埋まっていて、通り沿いの屋台で足を止める人、それを追い越す人といった波が出来上がっている。
俺達もその波に乗りながら観光を続けているが、先導してくれるメイドさんが何度も背後にいる俺達へと振り返って確認している状態だ。
俺とウルカは腕を組みながら歩いていて、レンはミレイの服を摘まみながら歩いている状況である。
「うっめえ! マジで天国!」
「ミレイさん! 立ち止まったら置いてかれちゃいますから!」
早くも顔を真っ赤にするミレイは、屋台で販売されている酒をとにかく飲んでいた。
地方から運び込まれたワイン樽を大胆にも路上に置いて、屋台形式で一杯ずつ販売している店が多い。ミレイはそれを片っ端から購入して「ここが私の天国だー!」と叫び声を上げる。そんな彼女に対して恥ずかしそうに周囲を見やるのがレンといった感じ。
「おい、あそこはハチミツ酒が売ってるじゃないか! 行くぞ!」
「ちょっとミレイさん!」
少し先にある屋台ではハチミツ酒が売っているようだ。ミレイはメイドさんに向かう先を告げた後、走って行ってしまった。レンは慌てて彼女を追いかける。
「先輩、私達はスコーン食べませんか? 好きなジャムを選べるらしいですよ」
「うん、いいよ」
「僕のも買っておいて下さい! ジャムはイチゴで!」
すれ違い様に俺達の話を聞いたのか、レンはミレイを追いかけながら叫ぶように告げる。彼の分もスコーンを買って、再び合流を果たした。
「例のシナモンロールはどこに売っているんでしょう?」
あむあむとスコーンを食べ歩きしつつ、レンがシナモンロールの売り場を問う。メイドさん曰く、南区方面で売っているようだ。
「早く行きましょう。ミレイさんが路上で眠る前に」
レンからは絶対に出来立てのシナモンロールを食べたいという情熱と決意を露わにした。というか、昨晩にオラーノ家の屋敷でシナモンロールについて教えてからずっとこんな感じだ。
酒を飲みまくるであろうミレイに「絶対食べますからね!?」と何度も何度も告げていたっけ。
屋敷のある西区から出発して、中央区を通って南区へと向かう。この間、目に付いた屋台で買い物していた事もあってか南区まで行くのに二時間も掛かってしまった。
そして、噂の出張パン屋が見つかった。
どうやら南区にあるパン屋と合同で出店しているようだ。店の中にある設備でパンを焼き、焼きたてのパンを外の屋台に出して販売するという方法。
ただ、これが効果抜群。
焼きたてのパンが放つ美味しそうな香りが通りを行く人々の鼻を直撃。美味そうな匂いは鼻から入って胃を刺激する。パン屋近くを通った人々が何人も足を止めたり、少し戻ったりしてパンを購入していた。
そして、やはり皆のお目当てはシナモンロールだ。特に子供や女性からの人気が高い。レンも見つけた瞬間に走り出し、会計していた女性の後ろにササッと並び始めた。
無事に全員分のシナモンロールを購入して、俺達は建物と建物の間にある小道へ避難した。そこで購入したシナモンロールを食べることに。
「うまっ! 最高です!」
両手に一つずつシナモンロールを持ったレンが目を輝かせながら感想を告げる。
確かに美味しい。まだアツアツなパンにとろりと溶けた砂糖。シナモンの香りが食欲をそそる。
甘さも丁度良く、ただ単に甘いというわけじゃない。シナモンの味を引き立てる上品な仕上がりになっていた。
「もう一個買ってきます! 屋敷で食べる分も!」
二個とも食べ終わったレンは追加の分を買いに走り出した。
「屋台もいいですけど、安売りしているお店も行きたいですね」
「私は酒~!」
とまぁ、こんな感じで夜まで春祭りを楽しんだわけだ。
屋敷に帰る頃は両手で袋を抱えている状態だった。ウルカは気に入った服を買っていて、レンの紙袋にはお菓子やら甘い物がいっぱい詰まっている。
ミレイは全部酒だ。彼女に限っては酒しか買ってない。いつもの事だが。
「楽しめたか?」
「ええ。ありがとうございます」
仕事から帰還したオラーノ侯爵にも買っておいた地方のお酒を披露して、味見をしようと晩酌に誘う。マリアンヌ様も呼んで地方のお酒を楽しむ会が始まった。
「ううむ。このウイスキーは私好みだな。どこ産だ?」
「北部の街で作られたようですね」
オラーノ侯爵が「好みだ」と言ったウイスキーに付属していた名札を見ると、北部にある街で作られているようだ。まだまだ生産が始まったばかりで、今回は「試し売り」と作り手からのメッセージカードが添えられていた。
「マリアンヌ。このウイスキーに投資したい。屋敷にもストックしておいてくれ」
「わかりました。手配しておきますね」
さすがは貴族様だ。数本だけ買うのではなく、投資して将来性と確実性を得るつもりらしい。
ただ、地方の生産者にとって春祭りは、こういった機会にも巡り合えるのだから歓迎すべきイベントなのだろう。
隠れた名産が見つかって流行になったり、まだまだ芽の出ていない良品を見つけて貴族が投資したり。王国経済はこうして上手く回っているのかもしれない。
さすがだな、と思いながらも、俺は地方の珍味を手に取って齧りついた。
これまた酒に合う。美味い! 春祭りは最高だ!
……ただ、春祭りが終わったという事は、例の御前試合ももうすぐというわけで。俺はウイスキーを飲み込みながら内心で大きなため息を吐いた。
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