第165話 強さが全て


 王都観光を楽しんだ翌日、俺は午後から王都騎士団本部の運動場でトレーニングを行う事に。


 基本的に王都騎士団本部も関係者以外立ち入り禁止ではあるものの、オラーノ家の執事さんを同行させれば好きな時に入場できるようだ。恐らくは騎士団長であるオラーノ侯爵が指示を出したのだろう。


 執事さんに馬車を出してもらい、俺は「一緒に行く」と言ったウルカと共に騎士団本部へ。到着した後は本部の事務を行う文官に案内してもらい運動場で向かった。


「結構いっぱいいますね」


「だなぁ」


 運動場では多くの騎士がトレーニングや模擬戦を行っていて活気に満ちていた。


 オラーノ侯爵曰く、普段は半数程度が地方にあるダンジョンや他国との国境沿いに赴いて問題が無いかを確認しつつ、王都研究所で開発された新装備のテスト等を行っているという話だ。


 しかしながら、もうすぐ王都で春祭りが開催されるので地方に出張していた騎士達も呼び戻されたんだとか。彼等は警備関連の打ち合わせを終えたあと、問題が起きた時に備えて訓練を行っているのかもしれないな。


「えーっと、確か御前試合で使う武器を確認して欲しいって言われたっけ」


 王都に到着した日、オラーノ侯爵に言われた事を思い出す。その武器はどこにあるのだろうか。俺は近くで休憩していた若い騎士に声を掛けた。


「すいません。オラーノ侯爵に御前試合で使う武器の確認をしてほしいと言われたのですが」


「ん? ああ……。アンタか」


 声を掛けた騎士は俺の顔を見ると不機嫌そうに言った。こっちだ、と言って案内してくれるようだが、それもどこかぶっきらぼうだ。


 普段からこういった態度の人なのだろうか? そう疑問に思いながらもウルカと共に彼の後ろをついていく。


 すると――


「アレが例の?」


「チッ。あいつ、本当に団長と戦う資格あんのか?」


 他の騎士達とすれ違ったあと、後ろからそんな声が聞こえてきた。聞いた瞬間、俺は「なるほど」と納得してしまう。


 この騎士団本部において、俺は「ハンター」であり「お客様」だ。ちょっとダンジョンで活躍したハンター風情が騎士団長様に気に入られた。しかも御前試合までするよう言われたとなれば、真面目に働いてきた騎士達にとって面白くない。


 特にオラーノ侯爵の人望もあるのだろう。尊敬すべき騎士団長が騎士団に所属する騎士達の中から誰かを目に掛けるのではなく、部外者である俺を選んだ。


 そりゃあ、騎士団所属の騎士達からすれば気に食わないだろう。国の中心部で働き、エリートコースを歩む王都騎士団の騎士達からすれば猶更か。


 ただ、陰口? を聞くに俺の身分や人間性から否定しているわけじゃなさそうだ。誰もが「あいつは本当に強いのか?」といった感じの言葉を口にしている。


 ここにいる騎士達は、あくまでも「強さ」を重視しているようだ。王国最強の騎士であるオラーノ侯爵と戦えるほどの強さを持っているのか、それに相応しい資格を持っているのか。それについて疑問に思っているのだろう。


 そういった辺りはさすがオラーノ侯爵率いる騎士団の人間だと思う。


 ただ、あくまでも口に出すのは若い騎士達だ。ベテラン騎士達は黙ったままこちらを観察してくるだけ。目が合うと会釈してくる者もいるし、全員が全員同じ意見というわけじゃないのだろう。


「これが当日使う剣だ」


「お手数お掛けしました」


 案内してくれた騎士が、運動場の外れに建てられた小屋の中から木剣を数本出してきた。俺は騎士に対して礼を告げると、彼は「いや、いい」と言って立ち去っていく。


 それはさておき、当日はこの木剣と同じ物を使うらしい。


 握った感じ、普通の木剣だ。周囲を見ると騎士達が模擬戦で使っている木剣と同じに見える。


 何度か素振りを行っていると――


「俺、アイツに模擬戦仕掛けてみようかな? ねぇ、先輩、俺がアイツに勝ったら団長と戦えますか?」


 わざとらしい大きな声が俺の耳に届いた。声の方向に顔を向けると若い男性が俺を指差して笑っている。


「おい、お前! 馬鹿たれが!」


 すぐに上官らしき男性に頭をぶん殴られているあたり新兵なのかもしれない。


「失礼な人ですね」


「まぁまぁ」


 ウルカはムッとした表情を浮かべるが、俺は彼女をなだめながら苦笑いを浮かべる。ああいった輩は帝国騎士団にもいたしな。


 強気な発言は新兵の特権だ。上官らしき人物が咎めているし、今更俺が怒るようなものでもあるまい。


 いつか理解してくれればいいさ。俺はそう思っていたんだが、そう思わなかった人物がいたようだ。それも意外な人物が。


「アッシュ殿」


 多くの視線に晒される俺へ声を掛けて来たのは副団長のアルフレート氏であった。


「アルフレート殿?」


「うちの隊員が申し訳ない。大変失礼しました」


 彼は新兵に代わって頭を下げた。俺はすぐに「いえ」と言って頭を上げるよう告げる。ただ、俺がそう言うのも織り込み済みだったのかもしれない。


「どうでしょう。ここはアッシュ殿の実力を見せて納得させるのが手っ取り早いと思われますが」


 彼はそう告げた瞬間、目を細めて俺を見つめてきた。剣呑な雰囲気が溢れ出て、一見冷静な態度からは「逃がさない」といった強制力を感じさせる。


 ――これがオラーノ侯爵が言っていた件だろうか。何にせよ、周囲に漂う雰囲気的にも断る事はできなさそうだ。


「……分かりました」


「そうこなくては」


 アルフレート氏は俺が握っていた木剣と同じ物を木箱から取って、俺を運動場中央にある模擬戦場へと誘う。


「お手柔らかに」


 そう言いながら、アルフレート氏は木剣を中段に構えた。


「それはこっちのセリフですよ」


 俺も木剣を中段に構えた。言いながらも彼から視線を外さない。


 互いに構えを取ると、アルフレート氏は部下に開始の合図をするよう指示を出す。


 そして、模擬戦開始の合図がされた瞬間――


「―――ッ!」


「―――ッ!?」


 アルフレート氏は突きの構えを取って一気に飛び込んで来た。一足で突きの間合いまで飛び込み、そこから風を切るような鋭い突きを繰り出す。


 俺は間一髪で彼の突きを弾いた。心底視線を外さずにおいて良かったと安堵する。だが、アルフレート氏の攻撃はそれで終わりじゃなかった。


 恐らくは突きが弾かれるのも想定済みだったのだろう。彼は弾かれた瞬間、即座に間合いから外れるようバックステップ。体勢を整えると、再び前へと飛び出した。


 突風のような連続攻撃が俺を襲う。コンパクトかつ素早い攻撃の連打に見舞われ、俺は足を使って避けつつも要所要所で攻撃を剣で受け止める。


 攻撃を避けながらも、俺は「アルフレート氏は速さと手数を用いた戦法を得意とするのか」と考えた。


 しかし、これもブラフ。


「セェェイッ!」


「ぐっ!?」


 俺がそう考えたのを察したのか、もしくは思考を誘導したのか。不意を突くように上段より強打が落ちる。


 完全に不意を突かれた俺は、剣で受け止めるも上から押し潰されそうなくらい強い力が掛かった。彼はスピードだけじゃなく、力まで強いのか。


 何とか打ち返し、こちらも体勢を整えるべくバックステップ。だが、それを見越して即座に距離を詰めてくるアルフレート氏。


 またもや鋭い突きの一撃。


「フッ!」


「チッ!」


 突きの構えを取りつつ距離を詰めてきたアルフレート氏は直前で急ブレーキ。フェイントを掛けながら剣を下段に下ろして救い上げるように斬り上げた。


 俺は間一髪、体を反らして剣を躱すが――木剣の先が俺の頬付近を掠る。チッと鋭く斬れる音が鳴って、掠った部分が妙に熱くなったのを感じた。


 再度距離を取って逃げた後、俺は掠った部分が気になって手を当てる。どうやら薄く切れたようだ。手には赤色の細い線が付着していた。


「なかなかやりますね。団長が気に入るだけの事はある」


 話し掛けて時間稼ぎ……というわけじゃなさそうだ。あれだけ動いたのにアルフレート氏は息が切れていない。憎たらしいほどに冷静なままだ。


「そうですか。アルフレート殿も……。面白いですよ」


 そう。だからこそ、面白い。これほどまで強い人物は――経験上、ベイルくらいだろうか?


 これまで能力検証に伴う軽い模擬戦や対魔物戦は繰り返してきたが、ここまで熱の入った対人戦は久々だ。ちょっと燃えてきた。


 俺はニヤッと笑ってしまうほど彼との戦いに心が躍る。


「さぁ、次は俺の番ですよ」


 そう言って、一気に前へ。対峙するアルフレート氏にぶつかる勢いで前へと飛び出し、そのまま上段から剣を振り下ろした。


 避けるか? 避けないか? どっちだ?


「ぐっ」


 アルフレート氏は俺の攻撃を剣で受け止める。受け止められたと認識した瞬間、俺は彼を突き放すように腕で押す。


 少しだけ空間が生まれ、手首を回しながら剣を横に。そのまま軽く横へ振った。当然ながら彼は剣を下ろして防御。カツンと木剣同士が打ち合った瞬間に俺は体の向きを斜めにして肩を相手に当てた。


 ショルダータックルの体勢で相手の腕を封じながら、相手の足の間に自分の足を差し込む。このまま引っ掛けて倒れてくれたら儲けもの。だが、相手もそれは予測していたのだろう。


 すぐにアルフレート氏は後ろへ下がった。


 だから、俺はまた前へと詰め寄る。


 逃がさないとも。攻めの流れは手放さない。じゃないと、またそちらの流れに飲み込まれてしまうからな。


 そこからは強打を連発してプレッシャーを掛け続けていく。上段、中段、下段、とにかく強打を連打。いつか当たれば致命傷を受ける、と相手に思い込ませたい。


 下手なフェイントも不要。愚直に真っ直ぐ、基本に忠実が良し。


「はっ、はっ、はっ……!」


 決してこの流れは終わらない、目の前にある攻防は果てまで続く。そう思ってくれたのか、アルフレート氏の息が荒くなってきた。


 相手も強打の対処に慣れてきたか。俺は一瞬だけ連打を止めて間を作った。相手のタイミングをズラして一撃を決める。そう思っていたが、さすがは副団長。俺の作った間にも体勢を崩さない。


 さすがだ。じゃあ、また連打開始だ。


 再び強打を繰り返し、攻めの流れを継続させる。どこまで付き合ってもらうと言わんばかりに。


 ただ、ここで仕込みを入れる。先ほどよりも剣を振るスピードを少しだけ緩めた。


 すると、アルフレート氏はそれを感じ取ったようだ。相手の機微に鋭いのは流石と言える。だが、まだブラフかどうか迷っているようにも見えた。


 しかし、このまま続けるのも厳しいと思ったのか。剣を受け止める力が先ほどよりも強く感じられる。その感触を得た瞬間、俺は「ああ、来るな」と思った。


 だからこそ、上段から一撃を放つように構えを取った。そこに合わせて来るのは、最初に見せてくれた突きだ。


 アルフレート氏の突きが俺の胸を捉えようとするも、俺は構えを解きながら体を回転させて突きを避ける。


「なにッ!?」


 避けた後、俺は突き出された剣に向かって剣を下から振り上げた。渾身の一撃を放つと、アルフレート氏の手から剣が弾き飛んだ。


 空をくるくると回転した木剣は地面に落ちた。それを踏みつけながら、俺は彼の喉元に木剣を突き付ける。


「そこまでッ!」


 瞬間、声が聞こえた。顔を向ければ、いつの間にかオラーノ侯爵が立っていた。どうやら試合終了の合図を告げたのは彼のようだ。


「どうだった?」


 すると、彼はアルフレート氏に歩み寄る。問われたアルフレート氏は深呼吸をして息を整えたあと、俺に顔を向けてきた。


「噂に違わぬ実力です」


「だろう。とんだ拾い物をしたとは思わんか?」


「ええ。まったくですね」


 笑いながら言うオラーノ侯爵の言葉にアルフレート氏は肩を竦めながら答えた。そして、俺に向かって手を差し出してくる。


「申し訳ない。挑発的な行為をしてしまいました。ですが、こうした方が早いと思ったのは本音ですよ」


「え、ええ?」


 戸惑いながらも握手を交わす俺に、彼は顎でギャラリーを指し示す。俺が顔を向けると、戦いを見ていた騎士達の顔には驚きの表情が浮かんでいた。


 ただ、模擬戦前に向けられていた懐疑的な視線は完全に消え失せている。


「王都騎士団は何よりも強さを重視します。身分なんてクソだ。騎士ならば強くあれ、が我等のモットーなので」


 だからこそ、アルフレート氏の言う「手っ取り早い方法」で周囲を納得させたのだろう。


「ご配慮、ありがとうございます」


 疲れはしたが、確かに手っ取り早い。御前試合まで運動場でトレーニングを行うならば、周囲を納得させた方が良いのは当然だろうし。明日からは気持ちよくトレーニングできそうだ。 


「まぁ、明日からも揉んでやってくれ。帝国出身のハンターと戦うのは良い勉強になるだろう」


「ええ。是非ともよろしくお願いします」


 そう言って、二人は笑いながら運動場を去って行った。


 俺は二人の背中を見送ったあと、木剣を片付けて運動場を後にする。さすがに疲れてしまった。良い運動どころか、緊張感のある戦いで精神的にもヘトヘトだ。


 ただ、帰り際に若い騎士達からは「こええ」とか「ずっと笑ってた」とか囁かれていた。目を合わそうとするとサッと避けられるし。ちょっとアルフレート氏にとっても想定外の事態が起きているような気もするんだが……。


 逆にベテランの騎士達は納得したような表情を浮かべていた。


「かっこよかったですよ」 


 まぁ、何よりウルカが満足してくれたし。これで良しとしよう。

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