灰色のアッシュ ～騎士団をクビになった男、隣国に移住して灰色の人生をひっくり返す～

第164話 王都研究所と王都観光

　オラーノ侯爵家に宿泊した俺達は、朝食を食べた後に活動開始。

　俺とウルカはオラーノ侯爵とベイルーナ卿と共に王都研究所へ向かう。ミレイとレンはオラーノ侯爵家に勤める執事さんとメイドさんと共に王都観光へ向かう事になった。

　それぞれ準備を行って、いざ出発となった時――

「では、出発するか」

「は、はい。ですが、あの、ベイルーナ卿は……」

　馬車に乗り込もう、と言い出したオラーノ侯爵。そのすぐ脇ではベイルーナ卿がお年を召された女性にガミガミと叱られつつも尻を抓られていた。

「貴方はいっつも、いっつも！」

「すまん、すまんかった！」

　ベイルーナ卿を容赦なく叱っているあたり、あの女性は彼の奥様なのだろうか。

「彼女はミランダといってな。エドガーの妻だ」

　いつも通りだから気にしないで良い、と言うオラーノ侯爵。

　曰く、ダンジョンへフィールドワークやら調査やらでほとんど家に帰らず、王都に帰って来たと思ったら研究所に篭りっきり。もしくは、昨日のようにオラーノ侯爵家で酔い潰れてしまって結局帰って来ない。その度にああやって怒られているらしい。

　しばらくお説教が続き、最後はオラーノ侯爵の奥様であるマリアンヌ様になだめられて終了。これもいつも通りのようだ。

「まったく、酷い目にあったわい」

「そう思うなら、普段からミランダの言う事も聞いておくべきだな」

　呆れるオラーノ侯爵の小言が一言二言続き、ようやく馬車は王都研究所を目指して進み始めた。

　先日も語った通り、王都研究所は王都北区に存在する。騎士団本部の向かい側だ。

　国の最新技術を研究している事から、下手すれば王城以上に警備が厳重だ。たとえ国の貴族であっても簡単には敷地内へ入る事はできず、入場許可書を発行された者以外は入れないのだとか。

　王都研究所入り口に到着すると、守衛を担当していた騎士が馬車に駆け寄って来た。恐らくは馬車に描かれたオラーノ侯爵家の紋章を見てだろう。

「閣下、おはようございます」

「うむ。本日はベイルーナ侯爵と共に重要人物の身体検査を行う。ゲストとして二名連れて来た」

　オラーノ侯爵が俺とウルカの存在を確認させ、彼等が招いた人物であると知らせる。騎士は俺達を確認した後に「承知しました」と言って敷地内へ続く門を開けた。

　馬車は敷地内へと入って「一号棟」と描かれた建物の前で停止。どうやらこの棟で検査を行うようだ。

「では、中へ入ろう」

　一号棟エントランスに入ると「白い」といった印象が飛び込んでくる。壁の色も床の色も白く、天井からは魔導具の光が灯っていた。

　研究所のエントランスや廊下を歩く学者達は白衣を着ていて、片手に書類や魔導具を持ちながら研究室へ向かう様子が見られる。

「検査は一階の奥だ。ああ、予め言っておくが、これから案内する場所以外は立ち入り禁止だ」

　当然ながら他を見学する事なんて出来ない。トイレに向かう際も一言告げるように、と注意された。

　先導するベイルーナ卿に着いて行くと、辿り着いたのは一階奥にあった両開きの扉だった。中はダンスホールのように広く、多数の学者達が案山子を設置しながら準備を行っている。

「ベイルーナ様。オラーノ様。お待ちしておりました。こちらの方が？」

「ああ、彼がアッシュだ」

　二人に声を掛けてきた中年男性は俺の顔を見ると手を差し出してきた。彼と握手しながら「よろしくお願いします」と互いに挨拶を交わす。

　ベイルーナ卿の紹介によると、彼は現在の研究所所長なんだとか。つまり、ベイルーナ卿に役職を押し付けられた被害者である。

「早速始められますか？」

「はい。分かりました」

　まずは身体検査から。といっても、魔石が生えた右腕を見せるだけのようだが。

　俺はジャケットとシャツを脱ぎ、魔石を隠す為に巻いていた包帯を解く。学者達の前に腕を晒すと、彼等は俺の右腕を齧り付くように観察し始めた。

　その間に「痛みはないのか？」や「普段の動きに支障は？」などと質問が飛んで来る。それら全てに答えながら、右腕の観察会は終了。

　その後、実際に「身体能力向上」の能力について披露した。

　これについても学者達は驚きの声を上げる。俺にとっては数ヵ月前のやり取りを繰り返しているだけだが、彼等にとっては実際に見るのも初めてなのだから仕方がない。

　実際に使用して見せたあと、学者達の要望に応えるよう動いていく。あとは使用後の問診等を行って能力については終了となった。

「四元素魔法は使えないのですよね？　そこがまた不思議だ」

「何というか……。騎士の能力に特化したような魔法ですよね」

　そして、どの学者も「騎士や剣士に特化した魔法だ」と口にした。

　まぁ、確かにそうかもしれない。レンのように遠距離攻撃はできないが、その分だけ早く走れる。剣を持って最速で相手の間合いに飛び込み、そこから更に回り込みなどで不意を突けるのだ。

　剣を持った相手との戦いならば有利状況を取れるだろう。

「では、例の剣を」

　研究所所長の合図で厳重に封印された木箱が運び込まれた。中に入っているのは灰燼剣だろう。

　学者達が木箱に巻かれていた鎖を外し、バールで蓋をこじ開ける。布で何重にも包まれた灰燼剣を取り出すと「起動して下さい」と言われた。

　第二都市で検証していた時と同じように剣を起動すると、再び学者達から声が上がる。

「本当に起動した！」

「腕の魔石が光ってるぞ！」

　言いながらも、学者達は手元の紙に素早く何かを書き込んでいく。

　その後、起動した剣を使って案山子を斬った。灰に変わった案山子を見て、狂乱するような声を上げたのは魔導兵器開発室の主任だそうだ。

　彼は「灰になったァ！　本当に灰になったァ！」などと目を血走らせながら叫んで、床に散らばった灰を手で触り始めた。

　こわい。

　他にも「本格的に腕を解剖したい」だとか「腕の魔石を採取して研究したい」「腕丸ごと欲しい」なんて言い出す学者達まで。

　こわい。

　比較的真面目だった質問は「起動時に何か感じるのか」や「使用後の体への負担はどうか」などだろうか。

　実際、この辺りは既にベイルーナ卿へ回答済みであるが、繰り返し答えていく。

　あとはどの程度まで灰に出来るのか、という検証も行われた。

　先ほど斬った木造の案山子から始まり、鉄・鋼・合金・新型合金と順に材質の違う案山子を斬っていく。どれも例外なく灰に変わって、結果を見た学者達は疑問を抱きながらも満足している様子だった。

「では、以上で検査を終了する。全員、研究室に戻るように」

　所長に言われてゾロゾロと帰って行く学者達。もう検査というよりもただのお披露目会に近かったんだが……。

　俺も灰燼剣を箱に戻して、お役目も終わりだ。

　終了した後、時計を確認すると丁度昼だった。しかし、早くも今日の予定は終了してしまったな。

「この後はどうする？　ミレイ達と合流するか？」

　オラーノ侯爵とベイルーナ卿は仕事があるようで、ここで一旦お別れとなるようだ。となれば、ミレイ達と合流した方が良いだろう。

「はい。そうします」

「わかった。では、馬車を手配しよう」

　俺達は研究所が使用する馬車を手配してもらい、それに乗ってミレイ達と合流する事になった。

-----

　研究所を後にして、俺とウルカが向かったのは王都中央区。

「おーい！　こっちこっち！」

　記念公園から南にあるレストランにミレイ達がいると情報が入り、彼女達が入店した店で合流となった。

　ミレイ達はテラス席に座っていて、俺達も同じテーブルに着いた。オラーノ家の執事とメイドさんは別の席で待っていてくれているらしい。

「研究所はどうだった？」

　席に着くとミレイが研究所の事を問うてくる。

「第二都市でやった検証の再確認って感じかな」

「そっか」

　大まかな内容を告げて、俺は席にあったメニュー表を手に取った。どれが良いかと悩んでいると、横からレンが「これがオススメらしいですよ」と教えてくれた。

　店のオススメ料理は第三都市で誕生した肉料理らしい。オススメしてきたウェイター曰く、ハンバーグの中にチーズが入った料理なんだとか。

　この店の料理長が第三都市の出身者らしく、料理に使われているチーズや肉の種類も出身者の利点を生かして厳選しているようだ。

「じゃあこれにしようかな」　　

「私はパスタにします」

　ウルカはカルボナーラにしたようだ。こちらも第三都市で生産された材料を使っているらしい。第三都市は飯が美味いと聞くしな。期待大だ。

「ミレイ達はどうだった？　どこを観光したんだ？」

　俺が別行動になっていたミレイ達について問うと、レンが「聞いて下さいよ！」と呆れるように言い出した。

「ミレイさん、もうお土産買うとか言い出したんですよ。まだ二日目ですよ？　早いと思いませんか？」

「馬鹿！　酒なんだから買っても大丈夫だろうが！」

　別行動していた二人は中央区の商店を見て周っていたようだが、ミレイはそこで見つけた酒を片っ端から買い漁っていたらしい。

「第二都市じゃ買えないヤツか？」

「そうそう。ダンジョン都市じゃなくて、地方の街にある小さなワイナリーとかで作られたワインとかな。店員に聞いたら入荷本数も少なめだって言うから」

　店員曰く、もうすぐ春祭りで多方面から人が王都へやって来る。となると、本数の少ない酒は売れてしまって入荷待ち状態になってしまう。だから、今が買い時ですよ、と言われたらしい。

　……言い分は分からなくもないが、まんまと乗せられた感も感じられる。まぁ、購入者であるミレイが満足しているようだから問題なさそうだが。

「お土産と言いつつ、どうせすぐに飲んじゃいますよ」

「だろうな。絶対我慢できないだろ」

　ミレイをよく知る俺達からしてみれば、王都滞在の最終日まで残っている気がしない。

　本人はタロンへの土産として買ったようだが、我慢できなくなったミレイが全部一人で飲んでしまいそうだ。そして、最終日に慌てて別の酒を買い行く……なんて絵が脳裏に浮かぶ。

「ば、馬鹿……。そ、そんな事……ねえよ」

「はぁ……。お願いですから侯爵家の客室を酒臭くするのだけは止めて下さいね？」

　呆れるレンに釘を刺されるミレイを笑いながら、俺達はテーブルに届いた料理を食べ始めた。

　うん。美味い。やっぱり旅行に行くなら第三ダンジョン都市に決定だな。

　昼飯を食べたあと、俺達はオラーノ家の執事さんとメイドさんの案内で観光を続ける事に。

　といっても、中央区を南下しながら気になった店に入店していくってスタイルだったが。

　驚いたのは支払いに関しては全て侯爵家が持ってくれるらしい。昼飯もそうだが、現在進行形でミレイが馬鹿みたいに買い漁る酒代も全部オラーノ家持ちだ。

　執事さんとメイドさんが「遠慮せずに買って良いと言われています」なんて言っているが、正直本当に甘えて良いものか悩む。

「ところで、王都は帝国と比べてどうですか？」

　次の店に向かっている最中、レンがそんな事を聞いてきた。

「うーん。正直言うと王都の方が綺麗かなぁ……」

「だな。馬鹿みたいに店がキンキラキンじゃないし、品があって落ち着いてる。でも活気もあって楽しい」

「ですね。向こうは歩く度に不快な光景を目にしますし」　

　俺達が揃って感想を言うと、レンは苦笑いを浮かべながら「そこまでですか」と口にした。

「王都ってスラムは無いよな？」

「ありませんね。王国は領土全域で街の一部がスラム化するのを防いでいますし」

　孤児に対しても手厚い保護と教育を施しているし、国民に対して最低限の衣食住ができるよう支援制度も整っている。仕事だって斡旋所に行けばいくらでも見つかる。

「一番の違いはそこだな。帝国は貴族が満足に暮らせればそれで良しって感じだ。向こうは階級格差が酷くて貧富の差が激しすぎる」

　貴族こそが至高。その他はただの労働力。帝国を簡単に言うならば、このイメージが正しい表現となるだろう。

「……帝国には行きたくありませんね」

「もう戻る気なんて全くないよ」

「ですね。もう王国の暮らしに慣れちゃいました」

「今更戻るとかあり得ねえ」

　俺達はもうすっかりローズベル王国人だ。今更戻ろうなんて気は全く起きない。

「あ、服屋さんがありますね。覗いても良いですか？」

　ウルカに手を引かれて、俺達は見つけた服屋に入って行った。

　今考えれば、帝国から飛び出したのは良い判断だったのだろう。当時の自分が下した判断を褒め称えたい。

　ローズベル王国に来てから色々あったし、ハンター稼業を続けて怪我する事もあった。俺の自身の体に魔石が生えるなんて異常事態も起きてしまった。仲間を失う悲しい出来事もあった。

　だが、間違いなく言える事は「今、俺は幸せである」という事だ。

「先輩、これ似合いますか？」

「ああ、似合っているよ」

　服を自分の体に合わせながら笑うウルカを見て、俺は心の底からそう思った。