第162話 王都へ
春の陽気が心地良く感じられる頃、俺は遂に王都へ向かう事になった。
俺の付き添い人としてはウルカが。同じく同行するミレイとレンはあくまでも王都観光という名目だ。
王都へ向かう事が決まった際、レンは少々複雑な顔をしていたが……。まぁ、これは王都にある実家の件があるからだろう。彼がそれでも王都へ向かうと決めたのは、ミレイが「王都を観光したい」と言ったからに違いない。
二人の間にちょっとしたゴタゴタはあったようだが、俺達は当日になるとセルジオ氏を従えたベイルーナ卿と合流。ベイル率いる騎士団が用意した馬車に乗り込み、護衛されながら駅まで向かった。
「じゃあ、アッシュ。気をつけて」
「ああ、ありがとう」
ベイルに別れを告げたあと、俺達は駅へと進入。騎士団が用意してくれた切符を手に王都行きの魔導列車が停車しているホームへと向かった。
「相変わらず凄いよなぁ」
魔導列車に乗るのはこれで二度目か。普段も都市の中から第二ダンジョン都市駅に停車する魔導列車は見かけるが、やはり駅のホームで見るのと外から見るのでは大違いだ。
「特別車両はこっちだ」
今回、俺達が乗る車両は一般車両ではない。貴族が使用する特別車両と呼ばれたハイクラスな車両だ。
特別車両内は一般車両と比べて豪華だった。テーブル付きの客席に使われている素材も一流感が漂っているし、実際に座るとフカフカなソファーみたいな座り心地だ。
しかも、特別車両にはメイドが常駐している。呼べば飲み物や食事まで用意してくれるんだとか。すごい。
「まぁ、王都までは二時間程度だ。すぐに着いてしまうだろうな」
席に着いたあと、ベイルーナ卿はメイドに紅茶を淹れるよう指示を出した。
お茶が配膳された後、タイミングよく発車のベルが鳴る。魔導列車はゆっくりと動き出し、王都へ向かい始めた。
「王都に到着した後の事を確認しておこう」
魔導列車に乗っている間、俺達は今後の予定をおさらい。
「まず王都に到着したら王都騎士団の迎えが待っているはずだ。今日は王都騎士団本部でロイと合流した後、明日以降の打ち合わせを行う」
オラーノ侯爵との打ち合わせは、御前試合の日程や段取りに関する内容だろう。その後についても語られるかもしれないが、まずは御前試合をしてからという話になっている。
「打ち合わせが終わったらロイの屋敷に向かう。夕食には期待しておくと良いぞ」
打ち合わせ後、俺達はオラーノ侯爵の家に招かれる予定だ。王都滞在中の宿泊先も屋敷なんだとか。
王都に来る際、オラーノ侯爵からは「金はいらん」と言われてしまった。全て手配するから心配するな、と。俺のせいで色々迷惑を掛けているので心苦しいが、貴族の好意を断るのはもっと悪いと思って甘える事になっている。
「まぁ、御前試合もすぐにとはならんだろう。ゆっくり観光すると良い」
「確か今年の春祭りは五日後でしたね。王都中が大賑わいとなりますよ」
観光に関してもオラーノ侯爵かセルジオ氏に声を掛ければガイドを用意してくれるんだとか。ありがたい話だ。
その後、セルジオ氏から王都の観光スポットについていくつか話を聞いた。
王都中央にある建国記念公園に美術館、ローズベル王国最大の大きさを誇る王都大劇場など。とにかく、王都には観光名所が盛りだくさんだ。
「最近の王都では、大劇場で行われている演劇が貴族平民問わず人気ですね」
王都では演劇ブームが来ているらしい。
大女優クロシュ・マルーニー主演『悲劇の令嬢』という名の演劇がブームに火を点けて、貴族平民問わず大人気となっているようだ。連日劇場には人が溢れて大盛況なんだとか。
「悲劇の令嬢ってどんな内容なんです?」
演劇に興味を抱いたのはウルカだった。
「確か貴族のご令嬢が王子様に婚約破棄されるところから始まる話ですね。一度はどん底に落ちたご令嬢が自身の才能とカリスマで周囲の人間を引き付けて成功していく話だったかと」
名前を聞く限りでは悲劇的な話かと思ったが、中身は主人公が成功を収めていくサクセスストーリーらしい。
主人公がどんどん成功していく姿に爽快感があると好評のようだ。最後はアッと驚く展開もあって目が離せないんだとか。
「面白そうですね。先輩、時間があったら見に行きましょうよ」
「ああ、いいとも」
その後も王都について話を聞いていると、魔導列車はあっという間に王都に到着。ゆっくり停止し始める魔導列車が完全停止すると、俺達は席を立って魔導列車を降りた。
「王都は駅もデカイのか……」
俺達がまず驚いたのは、地方都市の二倍はあろう駅の大きさだ。国内線用のホームと貨物用ホームも含めると全部で六つもある。
あとは大量の人。地方都市からやって来たであろう人達と王都から地方へ向かう人達が入り混じって、凄まじい数の人間達が駅構内に溢れ返っていた。
「さて、行くか。迷子になるなよ」
大量の人間達に混じりながらも、俺達はベイルーナ卿とセルジオ氏の後に続く。
ベイルーナ卿が言った通り、迷子にならないか心配だ。周囲にいる大量の人間もそうだが駅の構造も第二都市に比べて少し複雑である。
ヒイヒイ言いながら着いて行って、ようやく駅の外へ出た。
「おおー……」
「凄いですねぇ」
駅の外に広がるのは統一された街並みだ。
一般的な家屋、商店等の建築様式は第二都市と変わらない。通り沿いに建物がズラッと並ぶのも、道の途中に花壇や木が植えられているのも同じだ。
ただ、規模が違う。違いすぎる。地方都市の三倍はあるだろうか。見渡す限り、ずーっと奥まで建物が続いているように思えてしまう。
あとは視界内に映るランドマークの数だ。地方都市であれば二つから三つ程度であったが、王都には巨大な建造物がいくつもある。
目玉である王城は勿論のこと、列車内で話していた大劇場もかなり大きい。劇場は円形の建物だというのもあって、王城と同じくらい目を惹く建物だ。他にも美術館だったり、記念公園の中心に建つ時計塔だったり。
「商店っぽい建物は二階建てですが、あの四階建ての建物は? いくつもありますよね?」
「あれは宿ですね」
駅から続くメインストリートの先に見えた四階建ての建物は観光客向けの宿らしい。しかも、一軒だけじゃない。見渡す限り、四階建ての建物は六つもある。それが全て宿なのだろうか。
基本的には二階建てが多いのだが、三階以上を誇る建物が目立つのは王都ならではの光景だろう。
これが第二都市では味わえない『都会感』なのか。
何より品が良いように感じてしまう。街並みも、歩いている人も。第二都市で随分とローズベル文化に慣れたように思ったが、やはり国の中心はワケが違うな。
……だめだ。感想を思い浮かべるほど自分が田舎モンに思えてきた。
「閣下。お迎えに参りました」
「うむ。ご苦労」
俺達田舎者――主に俺とミレイ――が王都の景色に呆けていると、二人の騎士が声を掛けてきた。彼等に先導されながらメインストリート沿いに停車していた二台の馬車に向かう。
二台の馬車にそれぞれ乗り込んで、俺達は王都騎士団本部へと向かい出した。
向かっている最中、俺とウルカはキャビンの窓に釘付けだ。
「第二都市に比べてメインストリートの道幅が広いですね」
「そうだな。王都では馬車の交通量が多い。特に物流関係も多いので、区画整理の際に広くなった」
メインストリートの道幅は馬車四台がすれ違えるほど。物流量の多さから、荷物を運ぶ馬車が路肩に停車していてもすれ違えるようになっているらしい。
「基本的に王都は区画によって住宅や商店などの種類分けがされておらん。現在北区とされる場所、王城のある区画が王都の始まりだ。そこから人口が増えていく度に新しい区画が追加されていった」
現在、北区は区画整理を経て、王城を始めとする国の重要施設のみで構成されている。王都研究所や目的地である王都騎士団本部も北区に存在する。
しかし、駅のある東区の他、中央区・西区・南区には住宅と商店が入り混じった構造だ。基本的にメインストリート沿いに商業施設が集中しているが、路地を通って奥に向かうほど住宅が増えていく。
これはベイルーナ卿が言った通り、人口が増えていくにつれて王都を拡張していった結果だそうだ。
土台となる土地を整備したあと、住宅地となる場所だけを国が設定。余った場所は競売にかけられて各商会が土地を購入した後に店舗を建設していった事で今の状態に仕上がった。
「まぁ、中央区の西側から西区にかけては貴族向けの商業施設が多い。これは西区に貴族の屋敷が固まっているからだな」
ただ、西区だけは貴族用に用意された区画らしい。それもあって、中央区の中心にある記念公園から西側は貴族向けの商店が立ち並ぶ。逆に東側は平民向けの施設が多い。
といっても、厳密には区別されていないようだ。平民であっても中央区の西側にある店を利用する者もいるし、貴族平民問わず足を運ぶ劇場も中央区西側にある。
「東区は駅があるので物流拠点となる倉庫が多いな。騒音もあるので貴族があまり住みたがらない。よって、平民向けの住居が多い」
当然ながら区画の特徴だったり、区画内でも利便性によって土地の価格や賃貸価格等も変動する。
別に貴族が平民の多い東区や南区で暮らしてはいけないという法律はないが、やはり社会階級によって住む場所に違いが出るのは当然の流れなのだろう。
そういった事もあって、国としては区別しているつもりはないのだが、王都民のイメージでは東区と南区は平民向けの区画として認知されているようだ。
「貴族の中には平民を相手に教鞭を執る者もいるからな。そういった者達は西区の屋敷で暮しつつ、職場としては東区や南区の教育施設というケースもあるだろう」
要するに重要施設が固まっている北区を除き、王都全体で貴族や平民の行き来があるという話だ。
この辺りが帝国とは違う文化だろう。あっちは完全に貴族と平民で区別されているからな。そう考えると、やはりローズベル王国は階級格差による温度差があまりないと改めて感じられる。
『ピー!』
俺達を乗せた馬車は中央区内へ。記念公園と呼ばれる大きな公園の手前で停止して、メインストリートの十字路中心には笛を吹きながら腕を動かす騎士がいた。
あれは以前、王都騎士団所属の騎士から聞かされた交通整理役だろう。
丁度ここは四方向へ向かう為の合流地点とあって、行き交う馬車と歩行者の数が凄まじい。彼等の指示に従いながら俺達の馬車は記念公園を迂回しながら北区へと進入した。
「あれが騎士団本部だな。道を挟んで反対側にあるのが王都研究所だ」
「どちらも大きいですね」
道の先には巨大な城。その途中、左側にあるのが王都騎士団本部のようだ。
王都騎士団本部も第二ダンジョン都市騎士団本部よりも大きい。建物は三棟あって、手前に一棟、奥に二棟と並んでいた。手前は本部としての建物、奥側二棟は所属騎士達の兵舎になっているらしい。
そして、道を挟んで反対側には王都研究所。こちらも敷地内には背の高い建物が三棟あった。三つの建物にはそれぞれ番号が描かれている。
……いや、奥の離れた場所にもう一棟あるな。あれはなんだろうか? 番号も描かれていないようだが。
離れの一棟を目で追いつつ、馬車は王都騎士団本部の敷地手前で停車した。
入り口である門の前に立っていた騎士達がキャビン内の俺達を確認すると「門を開けろ!」と声が聞こえて来る。
馬車は門を通過して敷地内へ。敷地内も第二騎士団本部とはかなり違う。まさか、騎士団本部の敷地内に小さな庭園があるとは思わなかった。戦いに疲れた騎士達の精神を癒す憩いの場なのだろうか。もしくは、都会ならではの様式なのか?
そういった部分に驚きながらも、馬車は本部入り口前で停車する。
俺達が降りると、入り口には迎えの騎士らしき男性が一人立っていた。彼は俺達全員が下車したところで歩み寄って来る。
「ベイルーナ侯爵閣下。お待ちしておりました」
男性は綺麗な騎士礼を取り、まずは侯爵であるベイルーナ卿に挨拶。次に俺達へと顔を向けて自己紹介を始めた。
「私は王都騎士団副団長、アルフレート・ベイルガーツと申します」
まさかの出迎え役が副団長だとは。
しかも、家名が
「私に関しましては、是非名前で――アルフレートとお呼び下さい」
「よろしいのですか?」
「はい。王都騎士団でベイルを含んだ名を呼べば五人は振り向くと思いますので」
どうやら本当に英雄譚の影響力は凄まじいらしい。ベイルという名もそれを含んだ名前や家名もかなり多いようだ。
「ワシも学生時代はよく間違われたもんだ。人伝に受け取った恋文が別のベイルだったりな!」
ハハハ、と笑うベイルーナ卿。
これは王都あるある――いや、ローズベルあるあるなのだろうか。
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