第161話 久しぶりの実戦


 今日は実戦による検証が行われる事になっている。よって、本日は朝からダンジョンに潜ることとなった。


 目覚めて以降、初めてダンジョンに入ったが……。なんだか久しぶりに感じられて懐かしい気分になってしまった。


「では、参りましょうか」


「うむ」


 検証へ同行するのはジェイナス隊全員と騎士三名を率いるベイル。加えて、ベイルーナ卿と従者のセルジオ氏。


 全員で二十階へと降りた後、リザードマンが生息する十七階を目指す。


「再度、今回の目的を確認しておこう」


 向かっている最中、歩きながらベイルーナ卿が全員に今回の目的を改めて聞かせ始めた。


「今回はアッシュの実戦検証だ。これまで確認した身体能力向上による戦闘方法と魔法剣による効果を実際の魔物で確認する。他の者達は万が一に備えておくように」


 今日行われる検証はあくまでも俺が「実戦として戦えるか」「検証中に確立した戦法が魔物に通用するかどうか」「能力と魔法剣の併用は現実的か」の三項目を確認すること。


 まぁ、この三か月間やってきた事の総まとめとなるだろう。


 同行している仲間達や騎士達はあくまでも保険とベイルーナ卿の護衛という役割だ。 


「まずはリザードマンを対象に行う。次は二十一階のゴーレムだ」


 最初の相手は肉体を持つ魔物の中でも一番厄介な十七階のリザードマンが相手だ。二十階より上の階層に生息する魔物だと一番手強い。ブルーエイプなど上層の相手だと相手にならないだろう、と予想されてリザードマンが選ばれた。


 十七階に到達すると、十七階にハンター達の姿はなかった。


 普段ならばハンター達がリザードマンの素材を求めて戦っているはずだが、今回は検証用に立ち入り禁止とされているらしい。


 そのせいか、十七階はリザードマン達の楽園と化していた。水気を含んだ草の上に寝そべる個体や立ったまま大口を開けて欠伸している個体。沼には至る所からはブクブクと泡が立っていて、俺達の姿を見つけると一斉に顔を向けて「敵」と認識してくる。


「さて、アッシュ。早速やろうか」


「ああ」


 俺はベイルの合図を受けて、腰にあった魔法剣――灰燼剣を抜く。


 剣の銘は俺が見た幻影がそう告げていたと語ると、そのまま銘として採用された。それで良いのか、と問うたがベイルーナ卿も「その幻影も関連がありそうだし、何より面白い」と言って笑っていた。


「…………」


 剣を抜き、俺は頭の中で「起動しろ」と念じる。


 最近、起動方法に関してもコツが分かってきた。魔法剣には魔導兵器のように起動用のスイッチが無い。その代わり、念じるだけで起動と停止が行える。


 ベイルーナ卿曰く、念じる事で俺の体内にある魔力が魔法剣へと流れ込むんだとか。


 詳しい仕組みはよく分からないが、念じる事で魔法使いが行う魔法発動前のプロセスである「魔力を練る」という方法を無意識に行っているようだ。


 習得したタイミングも不明であるが、恐らくは巨大キメラと戦った際に因るものだろう。……考えてもよくわからないので、そういう事にして自分を無理矢理納得させたというのもあるが。


 とにかく、念じれば魔法剣が起動する。


 起動した証拠は剣の中心に火が灯ったタイミングだ。一瞬だけ剣の中心が強い赤色で光り、刀身全体が透けて内部の火が見える。以降、剣からはチリチリと小さく燃える音が鳴り始める。 


 起動した魔法剣を下段に構えると、さっそく一匹目のリザードマンがやって来た。大口を開けてドスドスと歩いて来て、餌である俺に喰らいつこうとしているのだろう。


「フッ!」


 軽く息を吐きながら、掬い上げるようにリザードマンを迎撃。脇腹から肩口まで一気に斬り裂くと、リザードマンは両断されて灰に変わった。


 うん。久々に戦うがそこまで違和感は感じない。これも能力の検証を行いながら騎士達に混じってトレーニングを繰り返したおかげだろう。


 俺に両断されたリザードマンは全身が灰に変わって、そのままサラサラと溶けるように崩れた。


 残された魔石が地面に落ちるが……。リザードマンを狩る旨味は奴等の皮だ。収集したい素材ごと灰に変わってしまう点はやっぱり難点だな。


「よし、次!」


 今度は二匹同時にやって来る。これも一匹目は胴を斬り裂き、二匹目は喉元に突きをお見舞いしてやった。


 どちらも灰に変わるが――間髪入れずに三匹目がやって来た。三匹目は鋭利な爪による切り裂き攻撃を行ってくるが、喉元より抜いた剣の腹で爪を受け止めた。


 爪を受け止めると、リザードマンの爪からか細い白煙が上がる。爪が灰に変わる事はなかったが、爪の先端が若干溶けたようだ。防御するだけで少々の攻撃にもなるのは便利だなと思う。


 切り裂きを受け止めると、視界の端に沼から飛び出して来るリザードマンが映った。その数は三匹。


 沼から上がったリザードマンは鳴き声を上げながら俺に向かって走って来る。俺は目の前にいる一匹を殺害した後、向かって来る三匹に向き合った。


 先頭の一匹目は大口を開けての噛みつき攻撃。それをバックステップで避けると、今度は二匹目が爪による切り裂き攻撃。これは剣で爪を受け止めた。


 すると、最後の一匹が大本命と言わんばかりに三匹目が大口を開けて飛び掛かって来る。


 魔物による連携攻撃だ。本能のまま戦っていると思われるが、人間の意表を突く恐ろしい攻撃だと思う。そのタイミングも絶妙で、ソロ活動中のハンターならば避けるにも防御するにも厳しい状況に陥るだろう。


 ただ、今の俺にはこの連携攻撃を躱す手段がある。


 俺は自身の目と足に力を注ぎ込むように集中する。すると、次の瞬間には目の前にいるリザードマン達の動きがスローモーションに変わった。


 直後、俺は横へ飛ぶようにステップ。飛び掛かりの射線上からズレて、そのままリザードマン達の背後へ回り込むように移動した。


 背後を取った瞬間、集中力を一瞬だけ解く。スローモーションだった視界が通常状態に戻った。


「クロロッ!?」


 目の前にいた俺の姿が消えたと思ったのか、リザードマン達から鳴き声が上がった。


 残念ながら後ろだ。俺はそれを教えるように、背後からリザードマン達を斬り裂いた。


 その後も何匹かリザードマンを狩ったところで、ベイルーナ卿から終了の合図が入った。俺は仲間達や騎士に混じって魔石を回収して、皆で安全圏である十八階へと引き返す。


「どうだ?」


「体の違和感はありませんね。剣も前のように振れてます。魔力の消耗具合は……。三割くらいでしょうか」


 何度も魔力切れによる飢餓感を体験した事で、最近になってようやく自分自身で魔力残量を感覚で感じられるようになってきた。


 これが分かるようになったのも、ベイルーナ卿やレンといった魔法使いの先輩方による指導のおかげだろう。有難い話だ。


 因みに、六割を越えると「腹が減った」と感じてくる。八割減るともう地獄の一歩手前だ。


「そうか。では、次は二十一階へ向かおう」


 来た道を戻り、そのまま二十階へ。


 戻ると、協会が設置した休憩用タープの下には月ノ大熊ともう一組のパーティーが椅子に座りながら雑談していた。


「あ、アッシュさんだべ。おはようございますだ」


「やぁ、おはよう」


 月ノ大熊のリーダーであるカカさんが俺に気付いて挨拶してきた。隣にいたもう一組のパーティーも会釈してくる。


 彼等は遅れてベイルやベイルーナ卿に気付き、慌てて礼儀正しい挨拶を行った。


 どうやら彼等は俺達の検証が終わるのを待っているらしい。申し訳ないと一言告げて、俺達は二十一階へ続く階段へと歩き始めた。


「カカの隣にいたパーティー、最近になって上位へ認定された奴等だよ」


 そう告げたのはミレイだった。


「へぇ。随分と若そうだったよな? 大したもんだよ」


 カカさんの隣にいたパーティーは男性二人、女性二人で構成されていた。顔を見る限り、全員揃って二十代前半のように思えたが。


「男二人がローズベル王国人。女二人は隣国から来た外国人なんだとさ。元々別々で活動してたようだが、ちょっと前にパーティーを統合したんだと」


「ミレイ先輩、詳しいですね」


「ああ。アッシュが寝ている間にダンジョン行こうとしたら誘われたから」


 どうやらミレイは彼等にパーティーの一員にならないかと誘われたそうだ。


「なんだっけな。新緑のうんちゃらというかパーティー名だったような」


 誘われておきながら相手のパーティー名を覚えていないのもミレイらしいが。


 ただ、レンも含め他パーティーからも勧誘があったようだ。


 勧誘された理由は俺が寝たきりになったからだ。一時、負傷した俺は「ハンターを引退するんじゃないか」といった噂が出回ったんだとか。そこで、上位パーティーに所属していたミレイとレンを引き抜こうと思っての事だろう。


 ミレイとレンは誘いを断ったようだが、今思えば有難いことだ。俺がいつ目覚めるかも分からないまま、勧誘を断ってくれたわけだし。


 とまぁ、そんな話をしながら二十一階へ到達。


 ここでの目的は「魔法剣の効果がゴーレムにも効くかどうか」である。つまり、金属の体を持つゴーレムも灰に出来るかどうかという話だ。


 二十一階を進み、手頃な位置に蜘蛛型ゴーレムを発見した。


「では、検証を行おう。アッシュ、頼んだぞ」


「はい」


 俺は魔法剣を起動して蜘蛛型ゴーレムに戦闘を仕掛けた。


 結果から言うと、ゴーレムであっても灰に変わってしまう。もちろん、蜘蛛型ゴーレムだけじゃなくヤドカリ型でも同じだ。


「ううむ。やはり魔法剣とは凄い物だな。魔導兵器とはワケが違う」


 金属を灰に変える、という自体がおかしな現象だ。金属ならば灰になんてならず、ドロドロに溶けるのが普通の現象じゃないだろうか?


 そういった常識的な部分を一切無視して、剣の持つ能力の結果へと変えてしまう。これこそ、魔法剣が本物の魔法とそう変わらない能力を持っているという証拠になり得るのではないだろうか。


「よし、検証は終了とする。本部へ帰還するとしよう」


 ベイルーナ卿も検証に満足したようだ。俺自身も久々に実戦が出来て満足できた。


 今回の件で改めて学んだ事は、俺が手に入れた能力は実戦において非常に役立つという事。確立した戦い方は実戦でも通用したし、非常に効果的であると確認できた。


 諸刃の剣である事は間違いないが、使い方と使い所を間違えなければ強力な手札になる。


 しかし、恐らくは灰燼剣はこのまま国によって封印保管されるだろう。なんたって貴重な物だしな。


 ただ、俺の体に宿った魔力と能力は俺のモノと言っても良い。この力を切り札とした戦い方をより深めていくべきだな。


 そんな事を考えながら二十階へ向かっていると、ベイルが「そういえば」と話題のタネを口にした。 


「整備の際に設置したランプはどうして蜘蛛型ゴーレムに齧られないのでしょう? 通常の装備品や魔導兵器は狙われますよね?」


「ああ、恐らくは蜘蛛型ゴーレムが武器というモノを知っているからだろうな」


「武器を知っている?」


 ベイルが聞き返すと、ベイルーナ卿は「うむ」と返事を返した。


「まだ研究中であるが、恐らくは当たっているだろう。蜘蛛型ゴーレムは剣や槍といった形状を認識している。自分達の知っている武器の形状から外れるランプはダンジョン内の一部とでも思っているんじゃないだろうか」


「そういった知能を持っていると?」


「ああ。じゃないと、蜘蛛型ゴーレムによってダンジョンがボロボロになってしまうだろう? 同族同士で食い合いが起きないのも互いを知っているからではないか?」


 加えて、ベイルーナ卿は「ゴーレムが死亡した際の状態も認識しているに違いない」と語る。要は害のあるモノ、死亡した同族など「回収しても良い物」かどうかを判断する知能があるんじゃないか、と。 


「さすがは古代人が造ったモノ、というわけですか」


「まだ確定ではないがな」


 ワシが生きている間にダンジョンの謎が解ける事を願っている。そう言ってベイルーナ卿は笑った。

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