第160話 今後の予定
オラーノ侯爵から伝言をもらった日の翌日、俺達は騎士団本部に向かった。
王都騎士団所属の騎士に先導され、オラーノ侯爵専用の執務室へ入室。
「おはようございます、閣下。お呼びと聞きまして参上致しました」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
入室後、俺とウルカが挨拶を行うと彼は執務室のソファーに着席するよう勧めてきた。
オラーノ侯爵の部屋は随分と綺麗だ。ベイルーナ卿の部屋を見た後だと滅茶苦茶そう感じる。机の上に書類の束があるものの、床には何も散らばっていない。いや、それが普通なんだが。
「もうすぐエドガーも来るはずだ」
そう言いながら、オラーノ侯爵は騎士団本部で働く給仕係にお茶を淹れるよう命じる。四人分のお茶と茶菓子が届いたあと、ベイルーナ卿も遅れて入室して来た。
ベイルーナ卿はオラーノ侯爵の横に着席すると、まずは俺の体調を問うた。
「問題ありません。先日も食事を行った後に眠ったら元通りになりました。能力を使っても剣を使っても反動は同じように感じられます」
「ふむ……。となると、やはり魔石に貯蔵された魔力を使っているのだな。次は剣を起動しながら能力を使えるか試してみたいところだが……」
「あれから皆と話し合いましたが、今後どうなろうともコレとは付き合っていく人生になるでしょう。いざという時の為にもどこまで使えるのか試したいと思います」
命の危険性があると懸念したベイルーナ卿に「自身も知っておきたいので遠慮は無用」と伝えた。検証中に死ぬのは勘弁願いたいが、さすがにベイルーナ卿もそこまで無理はさせまい。
「分かった。だが、見極めは無理をしない範囲でやっていく」
「はい」
と、一旦ベイルーナ卿との話が纏まったところで、今度はオラーノ侯爵が呼び出した理由について語り始めた。
「実はな……。非常に言い難いのだが……。少々、面倒な事になった」
いや、オラーノ侯爵滅茶苦茶言い難そう。マジでヤバそう。かつてないほど眉間に皺を寄せているじゃないですか……。
「その、女王陛下がな……。アッシュに興味を抱いて……」
語られたのは、これまで王都へ戻っていたオラーノ侯爵が陛下と交わした会話の内容だった。
元々オラーノ侯爵が王都へ戻った理由は、女王陛下に王城に勤める王族専任の治癒魔法使いを第二都市へ派遣させた件について説明する為だったらしい。
「え? 俺は、その……。王族の身を守るためだけにいる治癒魔法使いが治したんですか?」
「そうだ。中央医療会の院長が視察で不在だったのでな」
つまり、オラーノ侯爵が咎められる事になってしまったのは俺のせいだ。
だが、オラーノ侯爵が無茶をしたおかげで俺は一命を取りとめた。非常に複雑な想いであるが、ここは感謝すべきだろう。
「いや、それに関してはもう問題無い。結果としてお前は国に保護されるべき人物であると認められたからな」
保護するかどうかの承認が事後になってしまっただけ、そう言って彼は笑う。しかし、そうは言われても俺にも責任はあるだろう。
「ただ、な。治癒魔法使いの件から話が発展して、お前を陛下の前に連れて行かねばならなくなった」
治癒魔法使いの件でオラーノ侯爵がアッシュという人物について説明を行ったらしい。
それは当然だ。どうして派遣したのか、その必要性を説かなければならないし。
話していると、最初は「希少価値の高い人間だから研究に活かせ」という判断だったようだ。
まぁ、これも当然だろう。国のトップたる女王陛下が突然腕から魔石の生えた男に対して、国の発展になれば良し程度にしか思わないのも頷ける。元々は他国からやって来たただのハンターだしな。
だが、問題はその翌日だった。オラーノ侯爵も「分からん」と言っているが、急に意見が変わって「アッシュという人物を見てみたい」と言い出したようだ。
前にベイルーナ卿から少しだけ聞いていた話の経緯を聞き終えても、俺は首を傾げる事しかなかった。
「どうして急に心変わりされたのでしょう?」
「そこが分からんから問題なのだ。一体、何をお考えになっているのか」
本意が読めないからこそ怖い。オラーノ侯爵はそう言った。
「…………」
横に座るベイルーナ卿が何か言いたそうにオラーノ侯爵を見つめていたが……。何だろう?
「とにかく、お前は王都に行ってもらう。そして、陛下の前で私と戦うのも決定済みだ。そこから先はどうなるか……。いくつか想定はしているが、本当のところは予想できん」
「閣下が想定している事態はどのような事でしょう?」
俺が問うと、オラーノ侯爵は腕を組みながら語り始める。
「まぁ、最初に想定できるのは貴族として取り込む事だろう。これはお前が陛下に認められればの話だがな」
優秀な人材を囲む為に貴族位を授けて国に貢献させる。まぁ、これはどの国もやっている事だ。
「次はハンターを辞めさせ、騎士団の一員として働かせる。もしくは王都研究所所属の戦闘員として登録しておき、腕や魔法剣の研究を行いながら新型魔導兵器のテスト要員になる事だな」
こちらについては貴族の件よりも一段落ちる。騎士団や研究所といった組織の一員にして人材を確保するといった感じ。
どちらにせよ組織の一員になる事で、これまでのような自由なハンター生活は謳歌できなくなるだろう。
「あの、閣下。もしかして、これが前に言っていた……?」
二つ目の想定を聞いたあと、ウルカが恐る恐るといった感じで手を挙げて発言した。
「どうした?」
前に言っていた、とは何の話だろう? 俺が問うとウルカは当時の事を話してくれた。
「いえ、先輩が病院に運ばれた時に閣下が仰っていたんです。今後、もしかしたら私達の身に何か起きるかも、と。それでも先輩を救いたいかと……」
「ああ、あれは治癒魔法を使った事でアッシュが国の保護下、もしくは監視下に入るかもと想定していてな。ハンターは辞めてもらう可能性が高いと思って先に聞いておいた」
と言っても、ウルカにしてみれば選択肢は一つしかなかっただろう。俺だってウルカの立場になれば「今後どうなっても良いから救ってくれ」と言うに違いない。
「そうか。ありがとう、ウルカ」
「いえ。当然です」
俺が彼女の判断に礼を言って、お互いに笑い合う。そんな姿を見たオラーノ侯爵は非常に気まずそうな表情を浮かべるが……。
「すまんが、王都に行って何が起きるか分からない。そこだけは理解しておいてくれ」
「はい。ですが、私は救われた身ですからね。私の力が必要になるならご協力します」
「う、うむ……」
あれ? どうしてオラーノ侯爵はそんな浮かない顔を……?
「いつ王都に?」
「オホン! そうだな……。エドガー、どうだ?」
俺がいつ王都に向かうか問うと、オラーノ侯爵は咳払いをしてからベイルーナ卿に問う。恐らくは彼の研究や検証に対する進捗具合を聞きたいのだろう。
「うーむ。とりあえず、アッシュがどうやって魔法を使っているかの仮説は立てた。身体能力向上の概要と向上幅も検証したし……。剣の起動も行ったし……」
ベイルーナ卿は頭の中にある項目リストを口に出しながら考え始めた。
「身体能力向上と剣の併用検証。魔物による実践検証。それにアッシュの限界と体への負担や異常が無いかを十分に見て……。四月でどうだ?」
日数にしてあと三ヵ月と半分。彼の判断を聞き、オラーノ侯爵は頷きを返した。
「丁度良いだろう。四月になると王都では春を祝う祭りも行われるからな。アッシュ達もついでに観光と祭りを楽しむと良い」
丁度、王都でも大きなイベントが行われるようだ。確かに王都も観光してみたいし、タイミングとしてはバッチリか。
「わかりました。それまでに自分を仕上げておきます」
「ああ、頼む」
こうして、オラーノ侯爵との打ち合わせは終了した。
翌日になるとオラーノ侯爵は王都へ戻り、俺は四月の再会を約束して検証と能力の把握に努めた。
ベイルーナ卿監督の元、様々な検証方法やトレーニングを繰り返して――
「では、最終判断に入ろう」
「はい」
三ヵ月後。王都へ向かうまで残り半月になった頃、俺は仲間達やベイル、ベイルーナ卿を加えてダンジョンへと向かうのだった。
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