第159話 友達との語り合い


 協会が新人ハンター用の教育施設として用意した場所は、ダンジョン入り口の近くだった。


 現状では即席的に用意された場所であり、まだまだ施設としては何も揃えられていない。都市の外にある土地を利用した野外施設……いや、隔てる壁すら無いので施設と呼ぶのもどうかと思うが。現状だと青空教室状態だ。


 教官であるタロンと数名の協会職員が装備類などの備品を用意して、受講者である新人達は剥き出しの地面に座りながら講義を聞く。あとは対魔物戦を意識した戦闘訓練を行っているといった感じ。


 これまで行われた講義の内容をレンからざっと聞くと、タロンが教えるのはハンターの基礎だ。


 ダンジョンにはどんな脅威が潜んでいるか、どのような状況が起きやすいのか、どのような知識や道具が必要なのか等を教えていく。そして、ダンジョン内で起きる問題を対処するにはどうすれば良いかを実戦形式で教えているようだ。


 片腕を失って現役を退いだタロンであるが、元々は国の調査にも参加する上位ハンター。第二都市じゃ名を知らぬ者がいない凄腕のハンターである。


 故に彼から聞ける知識は非常に有益だ。新人だけじゃなく上位を目指す中堅ハンター達もたまに講義へ参加しているんだとか。


 教官であるタロンは上位ハンターとしての経験を活かして後続する新人達に知識を授け、講義内容を踏まえた戦闘訓練に関しては時々現役ハンターを特別教官として招いて行っている。


 そういった経緯もあって、本日の特別教官として呼ばれたのがミレイだ。タロンが直々に依頼して招いたそうだが。


「ミレイさん、大丈夫かな……」


 彼女を迎えに行っている途中、レンがそんな事を言い出した。


「ん? ミレイなら帝国でも新人教育を行っていたし問題無いと思うが?」


 しかし、レンは首を振った。


「いえ、新人ハンターの人達がです」


「ああ……」


 そっちの心配か。


 彼自身、ミレイの地獄訓練経験者だ。第一ダンジョンで行われた訓練を思い出したのか、身をぶるりと震わせた。


 そのまま俺達は南区にある門を潜り、ダンジョン区画へと向かう。ダンジョン入り口まで続く石畳の道の左右には相変わらず屋台や出張店が並んでいる。


 そんな屋台通りの更に左手側に協会の教育施設があった。


 レンの話によると、普段は屋台で販売されている軽食を片手に新人教育を見守る見学者が多数いるんだとか。


 ただ、今日に限ってはそれがない。


 その理由は――


「オラッ! 立てッ! ダンジョンの中にいる魔物は待ってくれねえぞッ!」


「ひ、ひぃぃ!」


 槍の代わりに訓練用の長い棒を持ったミレイが鬼の形相で新人達を睨みつけていた。ほとんどの新人ハンターは地面に倒れてぐったりしており、たった今悲鳴を上げた若者も顔を真っ青にしながら尻餅をついていた。


 どうしてこうなった。タロンは止めないのか? そう思いながら彼を探すと、タロンは尻を上げたまま顔を地面に付着させて倒れているではないか。


「やっぱり……」


 惨状を見てレンが大きなため息を零す。彼は「だからタロンさんにも止めた方が良いと言ったのに」と小声で漏らした。


「おーい、ミレイ」


「おう、アッシュ」

 

 たまらず声を掛けると、ミレイはニコリと笑いながら手を振ってきた。この変わり様が余計に怖かったのか、尻餅をついていた若者は短く悲鳴を上げる。


「一体、どうしたんだ。これは」


「新人共に現実を教えてやっただけだ」


 ミレイ曰く、タロンとミレイは講義中に「ダンジョンは危険がいっぱい」「どんなに凄いヤツでも怪我を負って引退する事もある」と現実的な話を聞かせたようだ。


 要はダンジョンハンターとして活動していく上での心構えを説こうとしたのだろう。


 だが、新人ハンター教育に参加する若者達は声を揃えて「有名になりてぇ!」だとか「億万長者になりてぇ!」だとか言いながら、ダンジョン内に出現する魔物に対して「余裕っしょ! 俺達サイキョー!」みたいな態度だったらしい。


 まぁ、彼等がそう言うのも分からんでもない。見た感じ、新人ハンター達はまだ十代のようだ。


 夢と希望、憧れを胸にハンター業界へと飛び込んで来たばかりの者達だ。自分達ならやれると思い込んでいてもしょうがない年代だとも言える。


 故にミレイは模擬戦という形で現実を教え込んだらしい。完全にやりすぎだと思える状況だが。


「私はどんなに強いヤツでも死にそうになると教えたかっただけだ」


「うん、まぁ……。言いたい事は分かるよ」


 俺自身、体験者だしな。ミレイが言いたい事はよく分かる。


「タロンは?」


「現実を教える上で、最初にぶっ飛ばした」


 どうして……。俺はタロンが可哀想で仕方なかった。


 無残な恰好で倒れる彼に同情していると、タロンがムクリと起き上がる。首を回して俺を見つけた瞬間、彼の目尻に涙が浮かんだ。


「ア、アッシュさん! このゴリラみてえな女を止めてくれよぉ~!」


「誰がゴリラだ、テメェッ!」


 タロンはすすり泣きながら俺に縋りつき、ミレイがどれだけ容赦無かったかを語っていく。隣で話を聞いていたレンの口元は完全に引き攣っていた。


「今日はもう終わろう、な?」


 すすり泣くタロンに言える言葉はこれだけしかなかった。嫌な事は酒で忘れて欲しいと願う。


 奢るから。もう泣くなよ。


「あ、あの……」


 俺がタロンとミレイをなだめていると、死屍累々だった新人達が回復したのか声を掛けてきた。


 彼等の視線は俺に向けられていて――


「あの、貴方は巨人狩りのアッシュさんですか?」


 と、問われる。


「巨人狩り?」


 聞いた事もない異名に首を傾げるが、横にいたウルカが「巨大キメラの事です」と耳元でコソリと教えてくれた。


 なんでも、キメラの存在はまだ国によって秘匿されているらしい。外部には噂だけが蔓延して、いつの間にか「ダンジョンの奥には凶悪な巨人がいた」という話になっているんだとか。


 そして、騎士団でも手を焼いた巨人を倒したのが「アッシュ」という人物であるという噂も流れているようだ。


 ……重要な事実は上手く隠せているが、微妙に正解な部分もある。事実を知る者が聞けば、どこか重要機密を隠すべく実行されたようなだ。どこぞの情報部隊が絡んでいるように思えてしまった。


「そう、なのかな?」


 退院した後から宿と騎士団本部を行き来する毎日だったし、実際に俺がそう言われているという自覚はない。


 だが、ウルカやタロンのリアクションからするに俺である事は確かなようだ。


「やっぱり! すげえや! 本物だ!」


「凄い魔物を倒すとすごい額の報奨金が出るってマジですか!?」


 新人達はここぞとばかりに質問を投げかけてきた。


「そりゃそうだろ。調査隊で一番成果を上げたのはアッシュさんだったからな。俺から腕を奪いやがったヤツを倒してくれたのもアッシュさんだ」


「おい、タロン」


「いいじゃねえか。事実なんだからよ」


 目覚めた直後、俺に対して真っ先に礼を言ってくれたのはタロンだった。


 本人だって望んでハンターを引退したわけじゃないのに、悔しさを後回しにしながら礼を言ってくれたのだ。おかげで吹っ切れたとも言ってくれた事は、俺に対しても身にが軽くなる想いだった。


「僕もアッシュさんみたいに有名なハンターになります!」


「いや、俺も死にかけたから――」


「んじゃ、次の特別教官はアッシュさんに頼むわ。暇な時で良いからよ」


 新人達に言われ、俺が止めようとする前にタロンが宣言してしまった。新人達は大盛り上がりしてしまい、もう断る事ができない雰囲気に。


 タロンから小声で「悪いけど頼むぜ、奢るからよ」とも言われてしまった。


「まったく、しょうがないな。騎士団の方が落ち着いたらで良ければ引き受けるよ」


「そうこなくっちゃ!」


 大盛り上がりする新人とタロン達。その脇で鬼の形相を浮かべながら「私の時とは態度が違うじゃねえか」とブチギレしているミレイは見なかった事にした。




-----


  

 

 新人教育の場が解散となって、俺達はミレイとタロンを誘って食堂に移動した。


 移動後、最初の話題は俺の腕に関して。食堂内に響き渡る喧騒の中、俺達はテーブルに頭を寄せ合いながらも重要な事はボカしつつ小声で話し合っていた。


 ベイルーナ卿に言われた話――俺の腕に関する事項は世間に対して秘密となっている。騎士団では箝口令が敷かれているし、同じ調査隊として関係者でもあるタロンやターニャ達も中央騎士団や王都研究所から機密情報に関する書類にサインを求められたそうだ。


 俺自身としては、外を出歩く際は腕に包帯を巻いて隠している。最近はまだ気温が低いこともあって長袖シャツとジャケットを着用する事も多いので上手く隠せている状態だ。温かくなってきたら別の手を考えなければならないかもな。 


「なるほどねぇ。他人事みたいで申し訳ねえが、それはそれで大変だな」


 現状を聞いたタロンがそう言いながら酒を一口飲んだ。


「まぁ、切り札にも成り得るが諸刃の剣であるのは間違いないな」


「だよな。要は使い方なんだろうけど」


「まぁ、確かに使わない手は無いよな。使いこなせるに越した事はないし」


 俺が得た力にはデメリットがある。しかも、下手をすれば死に直結しかねない内容だ。しかし、これからの人生において共存していかなければならないのは確実。


 タロンとミレイが言うように使い方次第だろう。


「諸刃の剣であっても今後も付き合っていかねばなりませんし。いざという時の為に今後もまずはギリギリのラインを見極める必要はあるでしょうね。どのくらいまで平気なのか、どこまでがダメなのか。体に染み込ませる必要があります」


「レン君に同意です。力を使う使わないは別にして、完全に把握しておくべきだと思います」


 魔法使いの先輩であるレンが具体的な方向性を示し、ウルカは心配だけど知らないのも問題といった感じ。


 身体能力向上の能力については話はここでひと段落して、次は最近のダンジョン事情についてに話題が移る。


「最近、ダンジョンはどうなんだ? 俺が眠ってからの事はターニャからある程度聞いたが」


 俺は巨大キメラ戦後にドロップアウト。二十三階と二十四階の様子についてはターニャから話は聞いている。


 二十四階で古代文明においての重要な証拠が見つかったとかで学者達が大忙しらしいが。あと、二十五階は立ち入り禁止状態になっている件か。


「最近は二十一階のゴーレム狩りが上位陣の定番かな。女神の剣は学者達の調査に同行しているらしいが」  


 協会の職員扱いであるタロンによると、最近では月ノ大熊だけじゃなく、協会から新たに認められた上位ハンター達が誕生したらしい。彼等は二十一階でゴーレム狩りを依頼されていて、新素材の収集に勤しんでいるんだとか。


 ターニャ率いる女神の剣は学者達や騎士団と協力して、相変わらず二十二階や二十三階の調査に護衛役として同行しているようだ。


「まぁ、山場は終わったって感じだろうな。聞いた話じゃ、二十五階以降は無さそうだってよ」


 タロンはそう言いながら、口の中にピーナッツを放り込んだ。


 最下層付近はまだ調査が必要なものの、大規模調査としては終了とされたようだ。


 第二ダンジョンは以前のように素材収集を目的とする場所へと元通り。今後は新たな発見よりも安定した素材の供給を目的とする場に変わっていくといった感じか。


「ハンターには復帰すんだよな?」


 タロンからそう問われ、俺は肉に喰らいつきながら頷く。


「うん。生活費も稼がなきゃだし」


「いや、調査の報酬がたんまり入るだろ。例の研究協力も謝礼が出るんじゃねえか? それこそ、もう一生働かなくても良いんじゃねえかと思うがね」


「いや、それこそ無いだろ」


 今は貯金や騎士団の保護によるところがあるが、それもいつかは終わるだろう。


 このまま一生タダで飯を食えるって保証はされていないんだ。貯金だっていつかは尽きる。となれば、ダンジョンに潜っては金を稼がねば生活できない。


 将来の事も考えるとたくさん稼がないとな。そう思いながら、チラリとウルカを見た。


「へっ。お熱いことで」


 どうやら俺がウルカの顔を見たことがバレたらしい。タロンは揶揄うように言いながら酒を一気飲みした。


「まぁ、でも、復帰は許可が降りてからだろうね」


「そうですね。今はベイルーナ卿の指示に従っていますし」


 何にせよ、自由に動けるようになるのはベイルーナ卿が満足してからだろう。そのあと、国から色々指示を受けるかもしれないがこれに関してはまだ不明だ。


 今後どうなってしまうのか、なんて皆で話し合っていると――食堂が更に騒がしくなった。どうしたのかと周囲を見渡すと、皆が食堂の入り口に顔を向けている。


 俺達も揃ってそちらに顔を向けると、入り口には王都騎士団の紋章が入った鎧を身に着ける騎士が立っていた。騎士は俺達の存在に気付き、テーブルまで歩み寄る。


「失礼、アッシュ殿に伝言がありまして参りました」


 騎士はポケットから二つ折りにしたメモを取り出して俺に差し出して来た。


 中には簡単に「明日、午前中に騎士団本部で話がしたい。ウルーリカも一緒に来て欲しい」という内容とロイ・オラーノという署名のみ。どうやら正式な要請による呼び出しではないように思えるが。


「閣下からですか。本日向かうのも可能ですが……」


「いえ、明日でよろしいとのことです。お茶しながら話したい、と申しておりました」


 本当に緊急の内容ではないようだ。ちょっとした雑談的な感じだろうか? もしかして、俺の状態や近状を聞きたいのかな?


「承知しました。わざわざ足を運んで頂き、申し訳ありません」


「いえ、とんでもない」


 俺が礼を告げると、騎士は騎士礼をとって去って行った。


「どんな話でしょう?」


「さぁ?」


 呼び出された俺とウルカは顔を見合わせた後、互いに首を傾げた。

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