第158話 魔法剣の検証


 俺の腕と共に変化したとされる人工魔法剣――いや、魔法剣は現在第二ダンジョン騎士団本部の重要保管庫にて封印状態にある。


 厳重な保管体勢の中、剣に触れられるのは団長であるベイルと王都研究所代表であるベイルーナ卿だけという状態だ。


 どうして封印指定されているかの理由だが、あの剣は国の重要機密兵器扱いとなったかららしい。


 まぁ、俺の腕もそうだが、剣が勝手に変化すればそうなるのも分かる。元々魔法剣を目指して作られたものの、本物の魔法剣に変化してしまうなんて意味不明だ。


「聞いた話によれば凄まじい威力だったと聞く。まさに魔法剣のような威力だったとな。そして、それを振るった直後にアッシュが倒れた事も聞いた。再び使用するのはリスクがありそうなんだが……」


「噂では陛下が強く興味を抱いているという話ですが。かなり詳細な調査を命じられているのですよね?」


 ベイルの問いにベイルーナ卿は無言で頷く。


 彼が聞いた噂通り、女王命令として俺の体と魔法剣に関する詳細を調査するよう強く命じられているようだ。となると「リスクがあるかも」という憶測を含んだ理由で調査を中止しても問題になってしまうだろう。


「剣に関しては他の方が調査するのはダメなんでしょうか?」


 俺が使う事にリスクがあるのならば、別の者が使用して調査すれば良いのでは。ウルカが挙手しながら言うも、ベイルーナ卿は首を振る。


「実はな。アッシュが眠っている間に別の者で試したのだ。だが、剣の魔法効果は全く起動しなかった。魔法使いが使ってもダメだ。ウンともスンとも反応せん」


 普通の人間が剣を握っても反応しない――というか、どうやって起動するのかも分からない。じゃあ、魔力に反応するのかと思えば、魔力を持つ魔法使いが剣を握ってみても反応は無し。


 ただ単に一度きりの起動だったのか。それとも使用者が限定されているのか。最初の使用者である俺が使ってみないと正確な状態が判断できない状況だ。


「なぁ、俺はどんな状況で倒れたんだ? 剣を使ってすぐ倒れたわけじゃないんだろう?」


「ああ、うん。キメラを数十体倒して、最後に巨大キメラを倒した時点で倒れたね」


 目撃していた皆に聞けば、俺は剣を振るってすぐ倒れたわけじゃない。となれば、剣を握って起動するくらいは可能なんじゃないか?


 世話になっているベイルーナ卿が命令違反で咎められるのだけは避けたい。調査を行って何か問題が起きそうでも「これ以上は無理でした」という状況だけ確認できれば陛下も納得してくれると思うんだが。


 そう伝えると、ベイルーナ卿は少し迷ったあとで決断を下す。


「では、まずは起動できるかどうかを確認しよう。一旦、そこで様子を見る」


 まずは起動から。そう決定された俺達は本部一階奥にある保管庫に向かった。


 保管庫の扉は分厚い特殊合金製で、扉の左右にはそれぞれ鍵を差し込む穴があった。この仕様が施された扉は魔法剣を保管する事になってから急遽取り付けられたらしい。


 二本ある鍵をベイルとベイルーナ卿が一本ずつ管理しており、二人が揃った状態じゃないと開けられないようだ。


 二人は管理していた鍵を鍵穴に差し込んでガチャリと鍵を開けた。分厚い扉が開かれると、中は真っ暗だ。


 灯りを点けて中を進むと、最奥に置かれていた合金製の箱の中に剣が保管されていた。


「これはまた……」


 俺は変化した剣の姿を初めてまともに見た。


 改めて見ると確かに人工魔法剣と呼ばれていた頃とは違う。銀色の刀身は灰色になっていて、刀身全体が燃えさしとなったような見た目だ。触れると崩れてしまいそうな雰囲気がある。


「さて、調査は運動場で行うとしよう」


 ベイルーナ卿が剣を持ち上げて、剣を布で包みながら運び出す。


 俺達は彼の後に続き、運動場へ向かった。


 運動場へ向かうと、ベイルは訓練中であった騎士達を全員本部へ引っ込ませた。俺達だけしか残っていない運動場で起動するかどうかの検証を始める事になる。


「では、アッシュ」


「はい」


 剣を包んでいた布を外し、俺に向かって剣を差し出すベイルーナ卿。


 彼から剣を受け取った瞬間、剣がドクンと脈打つように感じた。 


「え?」


「ん?」


 だが、そう感じたのは俺だけのようだ。実際、剣が脈打つなんて事はなかったようだが……。


「け、剣が!」


 ただ、見守っていたベイルが異変に気付いた。


 俺が握った瞬間、刀身の中心が淡い赤色の光を放つ。まるで剣に火が灯ったような雰囲気で、灰の刀身全体が薄く透けていく。剣の中心内部に灯る赤い火がより強く見えるようになった。


 その後は一瞬だけ内部の火がボウと燃える。透けていた刀身は灰色に戻って、刀身の中心から全体に赤い亀裂が入る。


 そして、起動が完了したと言わんばかりに剣からはパチパチと何かが燃えるような音が小さく鳴り出した。


「……やはり、使用者を限定するか」


 他の騎士、魔法使いが剣を握った際はこうならなかったと言うベイルーナ卿。ベイルやウルカ達も「まさにあの時と同じ」と口にした。


「この剣はアッシュ専用なんだろう。見ろ、腕の魔石を」


 言われて、俺は初めて気付いた。剣を握った状態だと腕にある灰色の魔石が淡く光っている。まるで魔法剣と連動しているかのようだ。


「恐らくはこれが起動した状態なのだろう。どうだ? 体に違和感はあるか?」


「いえ、ありません。むしろ……。何だかしっくりくるんですよね」


「しっくりくる?」


「はい。他の剣よりも手に馴染むというか、手と剣が一体化したような……」


 上手く口にできないが、なんだか凄く手に馴染む。剣を持っているという感覚が薄いというか、妙に軽く感じるというか。剣からも重量感を感じない。すごく軽い物を持っているような感じだ。


 少し素振りしてみてくれ、と言われて俺はその通り素振りを開始した。


 うん。やっぱり他の剣よりも振り易い。


 魔法剣を起動して、体には異常がないと申告すると検証を続ける事になった。


「あの時は斬ったモノを灰に変えていたが、同じ効果が現れるのだろうか?」


 次は魔法剣の効果を見ることになり、実際に案山子を斬ってみることにした。


 最初は木造の案山子だ。剣を振り上げ、肩口から斬り裂くように振り下ろす。


「お? おおッ!?」


 剣が案山子に当たった瞬間、ほんの少しだけ「当たった」という感覚が手に伝わる。その直後、剣はスルスルと案山子を斬り裂いた。


 斬った時の感触もそうだが、俺の目には斬り口に火が灯るのが見えた。


 剣が斬り裂く瞬間、切り口が僅かに燃える。次の瞬間には斬り裂いた部分から灰に変わっていき、やがて案山子全体が灰になった。


 そよそよと吹いていた風に灰が攫われて、サァと溶けるように案山子だった灰が風に流されていく。


 すぐ灰に変わったのは案山子が木造だったからではないか。そう思い、今度は鋼鉄製の案山子で試す事に。


 だが、結果は同じだった。木造だろうが鋼鉄製だろうが、剣は全てを斬り裂く。そして灰に変えてしまう。


 じゃあ、剣で打ち合ったらどうなるのか。


 合金製の剣を用意して、案山子に剣を縄で括りつけた。剣同士を打ち合わせて鍔迫り合いを行うという想定の元で試してみると――カチンと一瞬だけ当たった音が鳴るも、案山子に括りつけた剣は切断されて灰に変わった。


「……これは凄まじいですね」


「うむ。まさかこれほどとはな」


 魔法剣は起動していると全てを灰に変えるようだ。効果を見ていたベイルとベイルーナ卿が言ったように、恐ろしいほどの威力である。


 これを魔物に振り下ろせば魔物が灰に変わるのだろう。人間に対して振るえば……同じ結果になるに違いない。 


 ただ、やはり何事にも弱点はあるわけで。


「あ、ヤバイ……」


 魔法剣を起動して二十分程度だろうか。俺は恐ろしいほどの飢餓感がやって来るのが分かった。


 思わず剣を離して、その場に座り込む。息が荒くなっていき、喉の渇きと飢えが同時に襲い掛かる。


「先輩!」


 慌てたウルカがバスケットの中から水筒を取り出した。蓋を開けて俺に差し出してくれて、俺は水筒を掴むと中の水をガブガブと飲み干した。


 喉の渇きを癒したあと、バスケットの中にあったパンを両手に持って喰らいつく。残っていたパンを全て食い尽くし、水筒の中身を全て飲んだ事で多少は焦燥感は和らいだが……。


「やはりアッシュの魔力を使うか」


「夢中になって限界を越えてしまいそうな危機感はありますね……」


 ベイルーナ卿の言葉に頷く俺は、最悪の結末を想像してしまった。この剣は切り札になる一方で自分の身を滅ぼしかねない。


 いや、でも、既に国の重要機密扱いで俺の手から離れているのか。だったらこのまま調査を終えたら封印されるかな?


「うーむ。ただ、起動はできたな。今回の件は調査結果として国に提出しよう」


 起動時間に限りがあって、使用者である俺の体は飢餓感に襲われてしまう。それは体が発する警告だと推測されていた事もあって、これ以上は使用できない判断された。


 また検証する事項が発生した際は、俺の状態が万全である事を確認してから行うと決定が下る。


 まぁ、あとは陛下のご判断次第だろう。


「とにかく、今日はこれまでとしよう。今日一日の経過を見て報告してくれないか?」


 剣を使用した事で後々異常が出ないかどうかを見守りつつ、明日にまた詳しく状態を教えてくれと言われて解散となった。


 魔法剣を回収して本部に引き上げて行くベイルとベイルーナ卿を見送った俺達は――


「先輩、これからどうしますか?」


「腹が減った」


 ぐぅ、と鳴る俺の腹。


「ミレイ先輩を誘って食堂に行きますか。そろそろ教官役も終わるでしょうし」


「そうしよう」


 俺達三人はミレイを迎えに協会へと向かい始めた。

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