第157話 ベイルーナ式仮説 アッシュの能力編


 自分の体に関する検証が始まってから二週間が経った。


 現段階で判明している事は「瞬間的にではあるが、身体能力が劇的に向上する」という点である。


 まずは身体能力が向上する時間であるが、僅か五秒程度であるというのが分かった。数字で見るとかなり短い時間であるが、使い様によっては役に立つ。


 たとえば戦闘中に使用した場合。


「ハッ!」


「ハァッ!」


 木剣を用いての模擬戦中、俺は相手の騎士と鍔迫り合いを行う。このタイミングではまだ身体能力を向上させていない。


 鍔迫り合いを続けた後、互いに距離を取った。通常であれば、ここからは互いに仕切り直しとなる。間合いを計り、相手の挙動を読んで、フェイントなどを絡めながら相手の隙を突くのがベターだろうか。


 だが、ここで「身体能力の向上」というカードを切った場合はちょっと違う。


「フッ――」


 俺は木剣を下段に構えながら相手の間合いに飛び込んだ。相手もそれを待ち構えていたのか、上段に構えていた木剣を振り落とした。


 この場合、能力を得る前の俺は上段から落ちてくる剣を受け止めるか、再びバックステップやらサイドステップやらで躱して反撃を行っていたはずだ。


 しかし、相手の間合いに入った瞬間に能力を使うと――


「あ!?」


 上段から落ちてくる木剣が俺に到達する前に急ブレーキをかけて停止。左足を軸にしながら体を回転させて相手の背後へ回り込む。


 相手曰く、速すぎて目で追えないらしい。当然ながら相手が振り下ろした木剣は空振りだ。空を斬った木剣の先が地面に落ちた瞬間、俺は相手の背中に木剣をチョンと突きつけた。


「使うって分かってましたけど、こりゃもう反則ですよ!」


「あはは……。それは俺もそう思うよ」


 今回の相手には力の応用を検証するべく、事前に使用する事を伝えていた。


 ただ、使うタイミングは伝えていない。相手はどこかで使われると分かっていながらも対応できなかった。


 実際に対峙した騎士が言うように、対人戦においては反則級の手札である。なんたって従来の戦闘における考えや選択肢を一方的に拒否して、尚且つこちらの選択肢を押し通せてしまうのだ。


 一般的に最強と言われる一撃必殺な魔法とは違うし、たった五秒しか機能しないとしても使い様によっては驚異となる。


 そして、検証を続けて判明した事は他にもあった。


 先ほどやった相手の背後へ回る動きであるが、目で追えないほどのスピードで動けば体に負荷が掛かりそうなものだ。特に素早い動きからの急ブレーキなんて足の筋肉にかなりの負荷が掛かると思われる。


 無理な体勢から急な動きを行って、足が故障してしまったなんて話はよく耳にする。他にも硬い物を素手で殴ったら自分の拳を痛めてしまったなども。


 だが、俺の「身体能力向上」に関してはそれらのリスクが一切無い。


 急ブレーキからの瞬間加速を繰り返しても足の筋肉が損傷したり、怪我をする事はこれまで起きなかった。高いところから落ちても着地時に足の骨を折るという事もなかった。


 まぁ、なんだ。自分の得た力を確認していく度に自分自身でも「意味わかんねえ」と思ったね。


 ただ、あらゆることに対して無敵というわけじゃない。


 脚を強化して瞬間的な超スピードが出せるなら、腕や手を強化して怪力となる事も可能なのかと検証を行った。


 結果から言えば「可能」ではあった。


 木造の案山子に木剣を振り下ろしたら案山子が粉砕された。同時に木剣も半ばで折れてしまったが。


 次に同じく木造の案山子を素手で殴ってみると、案山子の胸部分が陥没するほどのパンチ力が出た。しかし、俺の拳は切り傷が出来たり、破損した案山子の破片が突き刺さるという事態に。


 恐らくは骨や筋肉は魔法的効果によって保護されているが、手の皮までは保護されないらしい。あくまでも体の一部、力を再現する際に使用する部分だけがリスクから保護されるだけのようだ。


 なにより、傷を負うという事は無敵とは言い難い。身体能力を向上していれば剣で体を斬られても無敵、槍で貫かれても死なない……なんて事は無いのだろう。


 当たり前かもしれないが防具はこれまで通り必須というわけだ。


 それにこの能力が使い放題というわけでもない。


 身体能力の向上は瞬間的な使い方しかできないし、使用するには回数制限みたいな制約があると分かった。この回数制限を越えると、俺は脱力して飢餓感に襲われる。


 たとえば瞬間的な加速であれば最大で十回程度。


 高いところから飛び降りて着地するという行為は四回程度。


 ただし、着地に関しては高さにも影響するようだ。五メートルくらいの高さでは四回ほど可能だった。ただ、倍の十メートルになると可能であるが二回で力尽きた。それ以上は危険と判断されて検証していない。


 怪力に関してもガントレットで腕を保護しながら三回ほど案山子を殴った時点で力尽きた。


 恐らくは体に掛かる負荷や保護に掛かる力によって消費する魔力量が変動するようだ。


 この消費量は他の魔法使い達に関しても正確な測定が出来ていないらしく、曖昧さがあるとレンが教えてくれた。だからこそ、体感で覚えるしかないとも。


 以上の事から、現実的な使い方は先ほどの模擬戦で使用した「瞬間加速による回り込み」のような脚を使う行動くらいだろうか。


 怪力に関しては使えなくもないが、それなら武器を用いた方が断然楽だろう。いざという時の手段って感じだろうか。


「幅広いように思えて限定的だな」


 身体能力の向上と言えば、物語に登場する英雄の如く人間離れした動きを可能にする超人になれるかと思いきや。実際のところは制約があって、実用できるのは一部の動きだけという結果に。


「むしろ、もの凄い速さで相手の背後に回り込むなんて対人戦では無敵に思えますが」


 ただ、対戦相手であった騎士が言うように有るのと無いのではかなり違う。同等の動きを出来る者には通用しないかもしれないが、こちらの切り札が通用する「普通の人間」相手であれば無類の強さを誇れるだろう。


 回数制限があるけど。


「アッシュさん、魔力量はどうですか?」


「まだ大丈夫だな。感覚的にはあと三~四回使えるように思える」


 検証に同行してくれているレンが俺に問うてきた。その質問に対して、俺は自分の魔力量――空腹具合を感じながら答えた。


 ……傍から見ればかなり情けなく見えないか? 腹が減って動けなくなるなんて。


 ただ、レンは真面目に聞いてくれて頷いた。


「このまま何度も繰り返して、使用回数の制限を体に染み込ませましょう」


「ああ」


 今ではすっかりレンが俺の先生だ。彼がパーティーメンバーとなってくれたのは本当に幸運だったな。


 俺が彼と話し合っていると、本部からウルカとベイルがやって来た。ウルカは手にバスケットを持っている。


「先輩。お腹すきましたか?」


 どうやら俺が腹を空かせていると予想して、パン屋で買い物をしてきてくれたようだ。バスケットの中には色んな種類のパンが詰まっていた。


 俺はウルカに礼を言いつつ、パンを一つ掴んで口に運ぶ。齧ってみると、中にはチョコが入っていた。


 うん、美味い。


「どうだい、調子は?」


 パンをモグモグと食べていると、ベイルが問うてくる。彼に進捗を伝えると「なるほど」と頷きが返ってきた。


「体に害は無さそうかい?」


「そうだな。魔法……と言えるのか分からない能力を使っても、飢餓感に襲われるくらいだ。まぁ、それが厄介なんだが」


 今は飢餓感に襲われるだけでも、使い続けて後々影響が出る場合もあるとベイルーナ卿から忠告は受けている。


 ただ、これについては正直誰にも分からない。俺のような体になった人間、同じような能力を得た人間に前例が無い。


 むしろ、俺が前例を作る側の人間なのだろう。


「ただ、切り札にはなりそうだね。任意で発動は可能なんだよね?」


「ああ。訓練を続けて、意識すれば瞬時に発動できるようになってきた。先生が良いのかな」


 俺はそう言いながらレンに顔を向ける。すると彼は頬を赤らめながら「まさか」と言ってくる。


「まぁ、あまり無理はしないでくれよ? ベイルーナ様にも言われているだろうけど、体に違和感があったらすぐに報告して欲しい」


「ああ、分かっているよ」


 能力について確認を終えたあと、ベイルは本部の建物を指差す。


「ベイルーナ卿が仮説を伝えたいから部屋に来てくれって。あと、今後の検証についても話があるってさ」


 ベイルーナ卿は日々の報告を俺から聞きながら、俺の身に起きた事態について考察を行ってくれていた。それらに対し、一旦の答えが出たのだろうか。


 俺は顔を洗ったあと、皆を引き連れてベイルーナ卿の部屋へと向かった。



-----

 


 ベイルーナ卿の部屋の中に入ると、彼は黒板に絵や文字を書いている最中であった。 


「よく来た。まぁ、座ってくれ」


 俺達四人がソファーに着席すると、彼は黒板を机の上に立て掛けながら語り始めた。


「本日、皆を呼んだのはアッシュの体に関する仮説を発表するためだ。ただ、前提としてあくまで仮説である事を理解してもらいたい」


 あくまでもベイルーナ卿がこれまでの報告や経過観察を行った上で推測した事である、と前置きをする。


「だが、私の仮説が正しければアッシュの得た能力は諸刃の剣であると推測される。ミレイは不在のようであるが、パーティーメンバーである君達と騎士団長であるベイルも注意してもらいたい」


 本日、ミレイはタロンに乞われて新人教育の特別教官を行っているため不在。よって、今から話す事はあとで聞かせておくようにと言われた。


 一度咳払いをしたベイルーナ卿は黒板に描いた人の絵をペンで指し示した。そして、彼は心臓付近をペンで丸くなぞる。


「魔法使いと呼ばれる人間は魔力器官という特別な臓器を持っている。丁度、心臓の脇にある臓器だ。この臓器に魔力を貯蔵させておき、発動する際に貯蔵した魔力を引き出して発現させる」


 魔法使いとそうじゃない者の違いは、この魔力器官の有無だ。これが無ければ魔力を体の中に貯めておけない。だから、魔力器官を持たない人間は魔法が使えない。


「恐らく、アッシュにもこの魔力器官がない。器官の有無は体を掻っ捌いて確認せねばならんが、それは流石にできんからな。それに元々が普通の人間だった事も加味して、無いものを前提として話を進める」


 さすがに体を開いて確認するのは御免だ。いくらローズベル王国の医者が優秀であっても、治癒魔法使いがいたとしても、想像するだけで怖い。


「しかし、アッシュが身体能力向上を行うと、我々魔法使いには魔力の発散が確認できる。魔力器官が無いのにどうして魔法を使っているのか? と疑問に思ったわけだな」


 これは魔法使いであるベイルーナ卿とレンが最初に確認した現象だ。その後、王都研究所に勤める魔法使い数名にも確認してもらったが、全員が「魔力を使用した痕跡が見える」と答えを出した。


 だがしかし、俺は元々魔法使いじゃない。通常ならば使えると言われる四元素魔法も相変わらず使えない。


 じゃあ、どうして魔法が使えるようになったのか。


「アッシュが限定的な魔法を使えるようになったのは右腕に生えた魔石が原因である事は明らかだ。そこで、ワシはこの魔石が魔力器官と同じ役割を持っているのではと仮定した」


 彼は俺の腕に生えた魔石が魔力器官が持つ機能の一つである「魔力貯蔵」と同様の性質を持っているのでは、と言う。


「臓器は持たぬが、腕の魔石に魔力を貯蔵しているというわけだな。魔石自体に自然回復機能を有しているか否かは不明であるが、現状の報告から推測するに色付き魔石と同じ性質も持っているかもしれない」


 色付き魔石は内部の魔力を発散した後、空気中の魔素を取り込んで自然回復する。


 これと同等の機能があるかはまだ不明だと彼は語った。ただし、あくまでも魔石自体に回復機能が備わっているかどうかという点が不明なだけだ。


「だが、アッシュの場合は他の魔法使い同様に魔力回復を促す欲求の発現が見受けられる」


 魔力回復を促す行為、それは食事だ。


 腕の魔石に貯まった魔力が少なくなると飢餓感に襲われる。そして、腹を満たせば魔力が回復する。


 だが、この点についてベイルーナ卿は「少し怪しい」と言った。


「他の魔法使いに比べてアッシュは異質だ。四元素魔法を使えない点もそうだが、総魔力量はかなり少ないように思える」


 瞬間的にしか使用できない点、発動時間が短い点、四元素魔法が使えない点など。通常の魔法使いには見られない点が多い。


 加えて、魔力の回復についても疑問があるようだ。


「通常の魔法使いも魔力回復に繋がる行動を取るが、あくまでもそれは回復力を高めるだけ。個人差はあれど、一日かけてゆっくり戻っていく。長い者だと三日掛かる者もいるのだ」


 次に色付き魔石の回復量も同じだと語る。


「色付き魔石も空気中の魔素を吸収しながらゆっくりと回復していく。人工魔法剣も一日経たんと使えなかったろう?」


 そのタイミングでベイルが「どんな問題が?」と問う。すると、ベイルーナ卿は大きく頷いた。


「以前、魔力切れを起こしてからのプロセスを観察させてもらったろう?」


 あれは検証開始から二日後の出来事だ。俺はベイルーナ卿に魔力切れを起こし、飢餓感に襲われたあとの事を報告した。


 馬鹿みたいに飯を食って、眠くなったから寝た。翌日には元気になったと簡単な報告だったのだが……。ベイルーナ卿は一連の流れを観察したいと言い出した。


 よって、俺はまた魔力切れを起こすまで能力を使った。その後は、ベイルーナ卿に見守れながら飯を食い、また見守れながら眠ったのだ。それを三日ほど続けた。


 妙に緊張した日々だったと今でも思い出せる。


「お主が魔力切れを起こすと腕の魔石は色を失う。この点は色付き魔石に似ていると言えよう。だが、食事を行い始めた直後から徐々に色が戻り始めているのだ。そして、完全に色を取り戻すまでの時間は四時間。これは時間にバラつきが無かった」


 つまり、回復に掛かるまでの時間が一定かつ早すぎると彼は指摘した。


「どうしてアッシュだけ早いのだ? 魔法使いは何人も見てきたが、これほど早く魔力を回復する者はいない。腕の魔石が色付き魔石と同じ性質を持っているなら、もっと緩やかに回復していくはず」


 結論から言うと、ベイルーナ卿が行き着いた答えは「空気中に含まれる魔力を吸収していないのではないか」という考えだった。


「魔法使い、そして色付き魔石は空気中に含まれる魔素を吸収して魔力に変換する。魔力切れを起こした本人がアクションを起こすのは、効率的に魔素を吸収するためだ」


 じゃあ、空気中の魔素を吸収していないならば、どうして魔法使い達のように欲求が膨れ上がるのか。どうして俺は強烈な飢餓感に襲われるのか。


「あれは吸収を促しているのではなく、しているのではないか? 空気中から魔素を吸収できない代わりに、アッシュが食事や睡眠で得られる人間本来のエネルギーを魔力に変換していると考えればどうだ?」


「人間本来のエネルギー、ですか?」


「ああ。我々は食事を摂り、水を飲み、睡眠を行って生命活動を行っている。これ等の行動から得られる力を生命エネルギーと仮定しよう。これら人間誰もが備わるエネルギーを魔力に変換していると考えたら納得できんか?」


 俺の体は魔石が生えた事で魔力を貯められるようになった。だが、空気中に含まれる魔素を吸収するための機能がない。その代わり、人が活動する為のエネルギーを魔力に変換している……という事か。


 だからこそ、魔力切れを起こした俺は腹が減る。生命エネルギーを補充しようと体が警告を出して、大量の食事でエネルギーを作ろうとしている。エネルギーの元となる食べ物を摂取したあと、急激に眠くなるのは体が変換機能に注力しているからではないか。


 腕から生えた魔石が貯蔵タンクとなっているせいで総魔力量が少ない。故に使用には回数制限が発生する。


 だが、体全体が変換機として機能しているので、他の魔法使いよりも効率良く魔力への変換が行われる。故に回復スピードが早い。


 以上の事から、厳密に言えば王国が定義する「魔法使い」とは違うのかもしれないと仮説の発表を締めた。


 語り終えた上で、俺達に警告を行う。


「魔力切れを起こして飢餓感に襲われるまではまだ良いかもしれない。だが、その状態になってから魔力を使おうとするのは危険だ。最悪、死ぬかもしれん」


 魔法使いも魔力切れになった上で魔法を使おうとすると命に係わる。実際に死亡した事例は多いようで、魔法使い達は「絶対に止めなさい」と最初に学ぶ。


 だが、どうして命に係わるのか、最悪死亡してしまうのか、正確な答えは長年導き出せなかった。


「しかし、これも仮説が正しければ共通事項に成り得る」


 通常の魔法使いも体に貯めていた魔力を使い果たし、限界を越えても魔法を発動させようとすると、空になった魔力の代わりに生命エネルギーを使用する。だから死に至るのかもしれない、と。


 この仮説が正しかった場合、俺は特に危険だと言われた。


 魔法使い達が生命エネルギーを使用するのは「奥の手」みたいなもの。だが、俺の場合は最初から「奥の手」を魔力に変換しているのだ。 


「よって、今後は注意してもらいたい。絶対に限界を越えて使おうとするな」


 ベイルーナ卿にかなり強く念を押された。 


 俺も素直に頷いて、必ずセーブすると誓う。せっかく拾った命を無駄にしたくはないしな。


「仮説の発表と警告はこれで終わりだ。ただ、ここまで語っておいて……。まだ陛下から命じられた検証が一つ残っていてな……」


 危険性を説いておきながら、まだ検証せねばならぬ事があると言うベイルーナ卿は、ため息を零しながら片手で顔を覆った。


「魔法剣ですか」


「ああ」


 答えを口にしたのはベイルだった。彼の答えにベイルーナ卿は頷きを返しながらも、もう一度大きなため息を吐いた。

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