第156話 身体検査開始 2


 俺は魔法を使った自覚がない。だが、二人は魔法を使ったはずだと言い張る。


 自分の身に起きた事を想い出しながら「迫って来るボールがスローモーションに見えた」と伝えた。ただ、この現象に関しては右腕がこうなる前に何度か経験した事がある。


 見ている景色がスローモーションに見える現象は、集中力が極限にまで高まった結果だと言われていた。これに関しては帝国でもそう言われていたし、他にも同じ経験した人を知っているので魔法とは言い難い。


「いえ、たぶんその後です。アッシュさんの動きがもの凄く速くなって……。常人が見せる速度ではありませんでしたよ」


 二人が問題とする点は、俺の見ている景色がスローモーションに変わった後の事だろう。迫り来る二つのボールを躱した瞬間、二人は魔法発動時に起きる魔力の発散? を俺の体から知覚したらしい。


 その魔力の発散についてレンに問うと「なんだかアッシュさんの体からブワーッと白い煙が噴出したように見えた」と彼は言う。


「腕に魔石が生えたせいで魔法が使えるようになったのか……?」


 二人の意見が正しいならば、原因は右腕の魔石に違いない。レンとベイルーナ卿は「少し試してみよう」と言って、俺に魔法使いが行う基礎訓練を試すよう勧めた。


「頭の中にマッチを擦って火を点けるイメージを思い浮べて下さい。出来ましたか? 次は、自分の指がマッチになったと仮定して、擦り合わせる事で火が点くイメージを浮かべてから試して下さい」


 レンが試してみてと言った方法は、魔法使いの子供が行う初歩的な魔法発動に関する訓練方法らしい。


 魔法とは自分の中にある魔力を燃料にして、自身が思い浮べるイメージを具現化させる神秘だ。故に魔法発動に対して一番重要なのはイメージ力だと語る。


「……点かないね」


 言われた通りに何度か試してみるものの、残念ながら火は生まれなかった。他にも水・風・土といった各種類による初歩発動訓練を試すも不発。


「四元素魔法の適正は無いのでしょうか?」


「いや、普通はあり得ん。魔法使いならば、誰でもどれかは使えるはずだ」


 たとえば治癒魔法使いであっても「火・水・風・土」の四種類、四元素と呼ばれる種類の魔法は使えるそうだ。これら四元素は魔法使いにとって基本的な魔法の種類であり、優秀な魔法使いは四元素の他に特別な魔法を使える事が多いんだとか。


 身近な存在だとレンが良い例かもれない。彼は四元素のうち土以外は発動できる。ただ、四元素魔法のうち三種類を発動できるものの戦闘で使用できるレベルではない。


 しかしながら、彼には特別な魔法でもある「雷」を操れる。彼の場合は四元素の出力が弱い分、雷を操る事に秀でているのだとか。


「うーむ。じゃあ、次は速く走れると思い込みながら走ってみてくれないか?」


 しばし考えたベイルーナ卿は、俺にそう告げる。四元素魔法に関する事は置いておいて、俺が見せた動きに関連する方法で確認しようという事だろうか。


 ただ、彼の言った方法は見事に的中した。


 俺は運動場の端っこに行くと「速く走れ」と頭の中に念じながら走り出す。すると、今度は自分でも自覚できるくらい速く走って運動場の反対側まで到達したのだ。


「……できちゃった」


「……ですね」


「……だな」


 自分のした事に呆気にとられながらも二人の元へ戻ると、二人も俺と同じようなリアクションを見せた。


「もしかして、アッシュの魔法は自身の身体能力を向上するモノなのではないか?」


「身体能力の向上ですか?」


 ベイルーナ卿の仮説を聞いて、俺が繰り返すと彼は頷く。


「我々がよく知る魔法使いは四元素魔法を操りつつ、一部の者だけが特別な魔法を可能にさせる。ただ、これは元から魔法使いとして生まれた者に当てはまる考えだ。しかし、アッシュは元々魔法使いではなかった。事故のようなもので魔法使いになっただろう?」


 つまり、これまで王国が蓄積させてきた魔法使いに関する情報に俺は適応されない可能性がある。故に四元素魔法を使えず、特殊な魔法だけが使える者になってしまったのではないか、と。


「そんな事あり得るんでしょうか?」


「現状を見る限り、そう仮定した方が納得がいくだけなんだがな。もしかしたら、今後の訓練次第では四元素魔法も使えるようになるかもしれん」


 レンが首を傾げながら問うとベイルーナ卿は「今のところ」と念を押した。


 まぁ、結局はまだ分からないって事だな。


「とにかく、今は何が出来るのか、何が出来ないかを判明させる事が先だろう」


 俺の得た魔法を「身体能力の向上」であると仮定しつつ、仲間達に協力してもらいながら色々な事を試してみた。


 先ほど行った「ダッシュ」に関して。こちらは長時間の加速はできなかった。あくまでも瞬間的な加速が可能で、大体百メートルくらいまでは加速が効く。以降はぐんと速度が落ちて、通常時の速度に戻ってしまった。


 次に「ジャンプ」だ。垂直に飛ぶのは危ないとされ、助走無しの幅飛びを行う事に。指定された場所からどこまで飛べるのかを試す。


「ジャンプ、飛ぶ、いっぱい飛ぶ……」


 ぴょーんと大きく飛ぶイメージを頭の中に浮かべながら、その場で前に向かってジャンプ。すると、十メートルほど飛べた。助走無しでだ。


 着地した場所から後ろを振り返って、自分でも乾いた笑いが出てしまった。


 ダッシュの応用として、瞬間加速からの急ブレーキ、そしてまた加速するという組み合わせも行ったがこれも可能だった。途中途中に物を配置して、物にぶつからないようブレーキを掛けながら間を縫って走るという行為も可能だった。


 まるで稲妻のようにジグザグに動いていると賞賛されたのは正直嬉しかった。


 しかしながら、検証開始から一時間ほどで俺の体に異常が起きる。


「う、うぐっ!?」


「先輩!?」


 また瞬間加速しようとした時だ。急に足に力が入らなくなった。それどころか、体中の力が抜けてその場に倒れてしまう。


 慌てて駆け寄って来たウルカに抱き起されるも、立つ事すらできない。


「大丈夫ですか!? どこか痛い!? それとも――」


「い、いや、違う。痛くはないんだ。ただ、力が入らない……」


 体のどこかが痛むというわけじゃない。息苦しいだとか、疲労感を感じているとかもない。ただ体に力が入らないのだ。急に脱力してしまって、それを自分が制御できないと言えばいいだろうか。


 あとは……。何故だか無性に腹が減ってきた。そこまで激しい運動はしていないし、まだ昼の三時だというのに。


「うーむ……。腕の魔石から色が抜けておる」


 同じく駆け寄って来たベイルーナ卿が俺の右腕を見ながらそう言った。どうやら俺の右腕に生える魔石は灰色から透明に変わってしまっているようだ。


「まるで色付き魔石と同じ……。ん? もしや……」


 俺の腕をじっと見つめながら何かを考え始めるベイルーナ卿。考えながら俺の腕を持ち上げたり、魔石をじっくり見たりを繰り返して――


「アッシュ、今日はこれで終わりにしよう。まずは大きく深呼吸を繰り返すのだ」


 言われた通り、俺はウルカの膝に頭を乗せながら深呼吸を繰り返す。吸って、吐いて、吸って、吐いて……。それを繰り返していると、徐々に脱力感が緩和していく。次第に指先も動かせるようになった。


「恐らくは魔力切れだな。脱力感の他に何か感じるか?」


「無性に腹が減りました」


 素直に状態を申告すると、ベイルーナ卿は顎を撫でながら「うーむ」と声を漏らす。


「それがお主の魔力回復法なのかもしれんな。まずは自分の欲求に応えてみることだ。おっと、深呼吸はまだ続けておけ」


 ベイルーナ卿の言葉に頷きつつ、俺は深呼吸を繰り返す。徐々に体全体に力が戻っていくが、それに比例して腹が減るのだ。こうしている間もどんどん腹が減っていく。もう自分の指に齧りつきたいくらい腹が減って仕方がない。


 異常なほどの飢餓感を理性で抑えつけながら、ようやく俺は自力で立ち上がるまで回復した。


「すいません、お騒がせしました」


 言いながらも俺の腹がグゥグゥと鳴る。ただ、腹が鳴ってしまった恥ずかしさより飢餓感を抑えつけるのに必死だった。


「いや、構わん」


 ベイルーナ卿に謝罪すると、彼は「これも検証の一つだ」と言う。


「今日はこれにて解散だ。明日にまた経過報告をしてくれ。特に腹を満たした後の事をな」


 彼の言葉を最後として、今日の検証作業は終了となった。


 検証を終えた俺達は食堂に直行した。


 マジで腹が減ってヤバイ。とにかく何か食いたくてしょうがない。


 恐ろしいくらい押し寄せてくる飢餓感を何とか抑えつけ、仲間達に心配されながら行きつけの食堂に到着。


 席に案内されたあと、俺は覚えているメニューをすぐ頼んだ。料理を待っている間、届いたピッチャーの水をがぶ飲みして欲求を抑えつける。


「フゥーッ。フゥー……ッ!」


 ああ、だめだ。全然だめだ。


 俺は目を瞑って必死に欲望を抑え込む。だが、食堂に漂う料理の匂いが余計に感じられてしまい逆効果だ。


「先輩、本当に大丈夫ですか? 水のおかわり貰ってきますね」


「マジでヤバそうだな」


 ウルカとミレイに本気で心配されてしまった。ただ、俺の行動を見ていたレンはそう心配する様子がない。むしろ「よく分かる」と言うかのように何度も頷いていた。


「魔力切れの症状って苦しいですよね。僕の場合は動けなくなって、甘い物が欲しくなります。むしろ、動く事のできるアッシュさんの方が辛そうですが」


 レンの場合は自力で動けない。だから何となく諦めがつくそうだ。


 ただ、俺の場合は自力で動ける。だから湧き上がる欲求を満たそうと焦燥感にも駆られる。辛さは理解できるが、度合いとしては俺の方が苦しそうに思えるとレンは言った。


「でも、最初のうちに魔力切れを経験しておいた方が良いですよ。あと、回復方法の模索と経験も」


 レン曰く、何度か経験すると慣れてくるらしい。今は欲求が爆発しているかもしれないが、何度も経験しているうちに自ずと欲求をセーブする方法を確立できるのだとか。


「魔力切れがこんなに辛いとはな……。レン、ダンジョンで魔力切れにさせてすまなかった」


 経験して、ようやくレンの辛さを理解できた。前にダンジョン内で魔力切れを起こしたレンに対し、他人事みたいに意見してしまったが……。確かにこれは辛い。


「いえ、僕はもう慣れてますから」 


 レンはそう言って、苦笑いを浮かべながら首を振る。


 彼のリアクションを見つつ、今後はレンも魔力切れは起こさせないようにしようと誓った。


 その後、ウルカが持って来てくれた水を腹の中にいれて欲求を誤魔化していると――


「焼肉定食、お待ちどうさま~」


 ようやく来た。飯だ。


 俺はもう欲求のままに喰らいついた。


 肉を喰らい、パンを喰らい、スープを流し込む。ものの五分で定食を平らげるも、まだまだ俺の飢餓感は収まらない。


 結局、俺はいつもの五倍は食った。馬鹿みたいに食べた。


「お前、どこに喰ったモンが消えてんだよ……」


 ミレイにそう言われるのも当然だろう。もう腹がはちきれるんじゃないかってくらい食べた。だが、俺の腹は少し膨れているだけだった。


 しかしながら、感じていた飢餓感は治まったのだ。満腹になって、今は幸福感に満ち溢れている。


「ああ、今度は眠たくなってきた……」


 腹が満たされ、今度は睡眠欲が増していく。自分でも「俺は子供か」と思えてしまうほどの情けなさだ。


 自分でも抗えないほどの睡魔に襲われるが食堂で眠るのはマズイ。顔を上げながら何度も瞬きを繰り返して必死に抗った。


「今日は戻りましょうか」


「だな。ウルカ、先にアッシュを連れて戻っておけよ」


 悪いと思いながらもミレイに会計を任せ、俺はウルカと共に宿へ戻った。


 部屋に戻ったあと、俺はベッドの上に倒れ込む。ふかふかのベッドがいつも以上に心地良い。


「ふふ。好きなだけ眠って下さいね」


 ベッドに腰掛けたウルカは俺の髪をさらさらと撫でた。彼女に撫でられると安心感も増していく。


 もうだめだ。


 遂に俺は睡魔に負けてしまい――気が付けば、翌日の朝になっていた。 

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