第151話 ダンジョンの正体とクラリスの思惑


「さて、話を戻そうか。二十四階と二十五階についてだったね。ざっと読んだ限り、二十四階には危険性はないよ。ただのシェルター区画だったんじゃないかな」


「シェルター?」


 言葉を繰り返したクラリスに対し、バーテンダーの男は頷きを返す。


「君が君の母親に連れられてここへ来た時も言ったと思うけど、君達がダンジョンと呼ぶ場所は僕等の時代に造られた地下施設だ。君達が第二ダンジョンと呼ぶ場所は、元々娯楽施設だったと教えたのは覚えているかい?」


 娯楽施設の区画分けとしては――


 一階から二階は子供用の迷路として建設。宝箱を探してちょっとしたオモチャを貰えるアトラクションだった。


 四階から十二階までは植物園と動物園の複合施設。十三階から十五階までは大規模な体験型ホラーアトラクション。十六階は試験的に作られた冒険型アクティビティ施設。十七階から十九階はオールシーズン楽しめるリゾート施設。


 二十階は娯楽施設としての終点、及び休憩所。二十一階は施設運営スタッフ用のスタッフルーム兼警備員用の区画だったそうだ。


「まぁ、娯楽施設だったのはまだ僕等の時代が正常だった頃の話だけどね。末期になるとクルール派が各施設を改装して、研究所に変えたんだよ。二十二階の製造所が改装の起点だったんじゃないかな」


 終焉を迎える少し前、まだ彼等の時代が辛うじて正常だった頃から地上は人が住めないほど汚染されていた。だから施設は地下へ伸びていったのだと語る。


 末期になると地上での活動は死に直結する状況となり、僅かに生き残っていた人々はクルール派が建造したシェルターで暮らすようになった。


 それらシェルターの中には研究所も兼ねている場所があったらしく、その代表が現在では第二ダンジョンと呼ばれている場所なんだとか。シェルター区画であった二十四階に住んでいたのは、研究所に勤める者達の家族だったのではと彼は推測した。


 シェルターの内装が野戦病院のように大雑把だったのも急造されからだろう、と。


「二十三階が家畜場のようだったって書かれているけど、まさにその通り。僕等だって食事をしないと生きていけなかったからね」


 推測通り、二十三階はシェルターで暮らす人々が自給自足するための家畜場だったようだ。まだ発見されていないが、もしかしたら二十三階に小さな畑や植物プラントが見つかるかもしれない。


 しかし、どういうわけかキメラに占拠されてしまっていた。


「次に二十五階だけど、君達が見つけたガラスケースの枝は施設全体を稼働させる動力源なんだよ。壁のガラス管は、報告書を見るに手が加えられているようだがね」


 あの巨大なガラスの箱に入っていた枝が、施設全体を動かすための動力源。壁のガラス管も植物や動物を生産・維持する為に造られた物だったが、研究所として改装された際に手が加えられているはずだ、と彼は語る。


「枝が動力源ってどういう事なの?」


 遺物のような技術的要素の詰まった物が動力であると言われるなら違和感は感じないが、が動力源と言われてもあまりピンとこないのも当然だ。


 クラリスがそう問うも、彼は「うーん」と悩み始めた。恐らく、どう言えばクラリスに伝わるか考えているのだろう。


「あれはこの星が生んだ奇跡なんだよ。超巨大な魔石と言ったら伝わるかな? 報告書に書かれている大きさから推測するに……。五十万年くらい使い続けてもエネルギーが枯渇しないだろうね」


 あの枝は魔石と同じように、内部には魔力が満ちている。それも莫大な量の魔力が保有されており、それを利用して施設の稼働を維持しているようだ。


 更にバーテンダーの男は衝撃的な事実を語った。


「魔石の発祥もあの大樹だった。あれはね、魔石を実らせる大樹だったんだ」


 恐らく、彼が言う魔石は純粋で正確な「魔石」なのだろう。人工的に作られた物ではなく、自然が作り出す正真正銘の魔石。それはガラス箱の中にあった枝の元である、大樹と呼ばれるモノが実らせていたらしい。


「そんな凄いモノがどうしてダンジョンの中に? 動力源として安置されているの?」


「そりゃあ、どこぞの馬鹿が切り倒したからさ。昔は神とまで崇めていた大樹を自ら切り倒して、己の欲望を満たす為にエネルギー源へと変えた。なんて愚かな行為なんだと思わないかい?」


 心底呆れているのか、彼は肩を竦めながら小馬鹿にする。


 ただ、声音には憎しみが強く含まれているようにも思えた。大樹を切り倒した者達によっぽどの恨みがあるらしい。


「まぁ、とにかく。君達がダンジョンと呼ぶ施設はどこぞの馬鹿が造った欲望の塊だ。そして、二十五階にある枝は巨大な動力源であるって事だね。内部のも動力源から供給される魔力と魔石を核にして生産されているってわけさ」


 これまで語った内容を要約して告げるバーテンダーの男。クラリスはそこまで聞いて「なるほど」と頷いた。


「じゃあ、あの動力源をどうにか利用できれば――」


「ああ、それは止めた方がいいね。まだ君達には早いよ。下手にいじれば大陸が消し飛ぶほどの大爆発が起きるから。もっと勉強してお利口になってから触りなさい?」


 まるで無理に背伸びする子供を諭す母親のような言い方だ。言われてクラリスもムッとした表情を浮かべるが、バーテンダーの男は「くくく」と笑い声を漏らした。


「いいかい? 未知を探求、研究するのは悪くないよ。だがね、理解できない事を理解できないまま実戦するのは破滅に繋がる。僕はそれを実際にこの目で見てきたからね」


 君達にはそうなってほしくない、と彼は言った。


「まぁ、これからも地道に頑張りなよ。僕のリストをクリアすればご褒美をあげる。このルールは変わらないよ」


「分かったわよ……」


 改めてルールを説明されてしまったクラリスは、残っていたカクテルを飲み干して席から立ち上がる。


「聞きたい事は聞けたわ。今日はこれで失礼するわね」


「うん。例の件、よろしくね」


 例の件とはキメラの素材についてだろう。念押しされると、彼女は「後日、届けるわ」と言って店を出て行った。


 バーテンダーの男は退店していく彼女の背中を見送り、残されたグラスを回収した。その後、店の奥に向かって行った。


 奥には黒い通信機が置かれている。受話器を取って、中央に取り付けられたダイヤルをぐるぐると回し始めた。


 プ、プ、プ、と音が何度か鳴った後、受話器の向こう側から「はい」と籠った声が聞こえてきた。


「やぁ、アルケミスト。ああ、いや、依頼じゃないよ。一つ、頼みたい事があってね」


 受話器越しにそう告げる彼は、先ほど得た情報を語っていく。内容はキメラについてだった。


「ああ、そう。元オファーレン地区の娯楽施設を改修したハンプトン製薬の研究所だよ。そこで見つかった『Prototype-S.S』がどうにも怪しい。僕等が滅ぼしたプロトマザーとは違う個体に思えるんだ」


 本題を伝えると、受話器の向こう側から「その根拠は?」という返答が聞こえた。


「あれは何でも喰らうだろう? 猛威を奮ったのもその性質が強かったからだ。ただね、アレが生息していた区画の下にシェルターがあったんだよ。シェルター区画には白骨化死体が綺麗に残っていたんだって。おかしいと思わないかい?」


 そう問うと、受話器の向こう側からも「確かに」と聞こえてくる。


「狂暴暴食な生物兵器が真下にいる餌を喰わないなんてあり得るかい? 封印されていたらまだしもさ。しかも、報告には人型だったとある。巨大化しているし、僕等が知らない能力も持っていたようだ」


 報告書に書かれていたキメラの概要を伝えると、受話器の向こう側にいる人物は興味を示したようだ。それは凄い、などと言葉が返ってくる。


「だろう? だから、君の力を借りたくてね。近いうちにサンプルを送るから調べてくれないかい?」


 お願いを伝えると、受話器の向こう側からは「わかった」と了承する返事が返ってきた。バーテンダーの男は「よろしくね」と言ってから受話器を置いて通信を切る。


「さて、これが痕跡になれば良いけど」


 被り物の中から「フフッ」と笑い声が漏れた。この発見は、彼の「探し物」に繋がるのだろうか。



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 一方で、店から王城へ帰還した女王クラリス。彼女は翌日になると、朝一番でロイ・オラーノを自身の執務室へ呼びつけた。


 彼が執務室に現れると、彼女はソファーで足を組みながら告げる。


「ロイ、アッシュという男が目覚めたら私の前に連れて来い」


「は?」


 昨日の段階では「そいつに価値があるのか?」とまで言って、ただの実験材料としか見ていなかった。急に意見を変えた彼女に対し、ロイは「また何か思いついたのか」と疑惑の視線を向ける。


「その男を見てみたい。あとは戦闘能力もだ。体が変異した事で何が出来るのかも気になる。私の前でその男と戦ってみせろ。私の目に適う男であれば、王国十剣の称号をくれてやっても良い」


 しかも、ロイと戦わせて実力が認められれば王国の剣士において最高の称号まで与えると言い出したのだ。


「……一体、どういった心変わりで?」


「なんだ? 昨日、お前が力説していたではないか。その男は国の利益に繋がるのだろう?」


 確かに彼はそう言った。だが、急に意見が変わり過ぎじゃないだろうか。しかも、与える待遇もかなりのものだ。


「その男に女はいるのか?」


「え?」


「女だ。妻がいるのかと聞いている」


 この問いに対し、ロイは「まさか」と思ったのだろう。


「います。まだ結婚はしていませんが、将来を誓ったパートナーがいます」


 特定の男性に相手はいるか? と問う理由として、導かれる答えは二つだ。


 一つ目は優秀であれば貴族の娘と結婚させ、貴族位を与えながら保護・確保すること。


 アッシュは元々優秀な男であるが、キメラを倒した際に見せた力を思い出すと更に強くなったと言える。簡単に言えば優秀な剣士が魔法を使うようになった感じだろうか。


 となれば、最早ただの剣士ではない。王国初の魔法剣士へ至った優秀な人材と言えよう。それなりの『格』を与えようとするのも納得できる内容だった。


 ただ、ロイの経験上――この線は「薄い」と感じたようだ。


 女王クラリスは確かに優秀であるが、時に馬鹿みたいな事を言い出す。国のトップとは思えないほど、とんでもなく馬鹿みたいな事を言い出すのだ。


「まさかと思いますが……」


 二つ目の答え。それはアッシュが本当に優秀で自身の目に適う相手だったら自分の物にしようとする考え。


 彼女は二十になった頃に結婚したが、結婚相手は既に死亡している。つまりは未亡人。


 子供は娘を一人産んでいるが、次期女王として王城内で教育係によって育てられている。


 周囲に「世継ぎを」と急かされて産んだからか、クラリスは娘への愛情が薄い。普段から親子の会話なんてものは無く、同じ王城内で暮しているのに顔すら合わせない。


 ただ単に「世継ぎを産む」という王族の義務を果たしただけ、そんな雰囲気を感じさせる。


『だから今度は気に入った男を』


 いや、いや。そんな馬鹿なと思うだろう。だが、そんな馬鹿で斜め上の考えを平然と口にするのが女王クラリスという女性である、とロイは十分に理解している。


 既にクラリスの年齢は四十を越えているし、この路線で考えれば娘に宛がう案の方が現実的かもしれない。


 しかし、クラリスは特別だ。魔法使いであるせいで容姿が未だ若い。アッシュの隣にいても何ら違和感がないのである。


 ……恐らく、ロイは二つ目の考えを頭に浮かべながら「間違いであってくれ」と思ったに違いない。彼の顔には巨大キメラを見た時以上に「信じられない」と困惑の表情が浮かんでいた。


 繰り返しになるが、信じられないと相手が考える案を平然と口にするのが女王クラリスという女性である。家臣からすればたまったもんじゃないだろう。


「お前が考えている事も面白そうであるが、さすがによくも知らん男を王家の一員に迎えようなどとは私も思わんよ。だが、場合によってはアリかもしれんな。アレを使うよりも意外性があって面白そうだと思わんか?」


 ロイに向かって挑発的な笑みを浮かべる彼女。その姿は、恋した男を揺さぶっているようだ。


「さすがに自国民の……。しかも、相思相愛の中を掻き回すのはどうかと思いますが?」


 ロイの本音としては「冗談じゃない」だろうか。彼の表情には本音が完全に滲み出ているが、相対するクラリスは「ハッ」と鼻で笑う。


「そうか? 私はこの国の女王だぞ? まぁ、種だけ貰うのもいいかもしれんな。お前らも散々言っていただろう? 子供を増やせと」


 それとこれとは話が違う、とロイは内心で思っているに違いない。彼はこれまでの人生で最大級のため息を零しながら首を振る。


「とにかく。そのお話は私以外の者に話さないで下さい。問題が大きくなりそうです」


「善処しよう。だが、連れて来いというのは本気だ。お前と戦わせるのも本気だ。分かったな?」


 承知しました、とロイが承諾すると、彼女は「話は以上だ」と言って退室を促した。ロイは騎士礼を行ったあと、素直に執務室を出て行く。


 きっと、廊下に出た彼は大きなため息を吐き出しながら、重い足取りで王都騎士団本部に戻って行くに違いない。


 そんな彼を見送った女王クラリスは、テーブルの上にあったカップを持ち上げて小さく呟いた。 


「私は切り札が欲しいだけだよ、ロイ」


 既に退室した男の後ろ姿を想像して、未だその背中に恋焦がれているかのように。

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