第150話 バーにて 2


「そこまで言うほどのモノなの?」


 キメラに関するモノ全てを破棄しろ、と命じられたクラリスは眉間に皺を寄せながら問う。


「ああ。あれは史上最悪の生物兵器だよ」


 剣と魔法でドンパチするような時代だ。生物兵器と言われてもクラリスにはピンとこなかったろう。


「プロトタイプ――いや、君達流に言うならばキメラか。報告書にキメラはヤギの頭を持った人型の化け物だったと書かれているね。他にも牛頭だったり、奇形だったと……。なぜ個体の形態が種類豊富なんだと思う?」


 そんな事を問われてもクラリスには分かりっこない。彼女は素直に首を振る。


「キメラはね、どこぞの馬鹿が作り出した新しい生命体なんだよ。既存の生命体とは全く違う、最低最悪の生命体。あらゆる可能性と進化を期待して作られた失敗作さ」


 それがどう最初の問いに繋がるのか。彼は再び語り出す。


「キメラの元は……小さい糸状の生物なんだ。我々の肉眼では見えないほど小さいよ。一番最初に作り出されたキメラ、僕等はこれをプロトマザーと呼んでいた」


 バーテンダーの男はクラリスにも理解できるよう噛み砕いて説明を始めた。


「それほど小さな生き物が?」


「うん。それがね。他の動物を食らうんだ。最初は動物に寄生して殺し、死体を苗床として繁殖していく。苗床で生まれた新たな個体を吸収して一つの塊になっていくのさ。徐々に数を増やしつつも大きくなっていくと言えばいいかな。そして、繁殖する過程で苗床とした動物の情報を自分の物として取り込むんだ」


 最初は小さな生命体。そこから、たとえばヤギの死体を苗床にして細胞分裂のような現象を繰り返す。その過程で苗床となった生命体の情報を自身に取り込んでいく。


 最終的には取り込んだ生命体と同じ見た目や能力を持ったキメラが誕生。それを起点として、別の苗床を探し始める。


「特徴の一つとして、凄まじい狂暴性が挙げられる。まぁ、これは創造主が設定した生存本能に起因していると思われるがね」


 体を手に入れたキメラは非常に狂暴である。自分自身を増やす為に、更なる苗床を求めて徘徊。見つけ次第、襲い掛かる。


 そして、新たな苗床を得たキメラは自分の複製――赤黒い粘液を苗床に撒き散らして侵食・寄生させる。こうして、第二、第三の自分自身を増やしていくわけだ。


 恐ろしいのは個体数を増やしていく過程で、大元となった個体も拡散した粘液を通して別の個体からの情報を取り込める点である。常に情報が最新の状態に更新されていき、状況に合わせて進化していく。


「多少の差はあれど、キメラは他の生物から得た情報で自分自身を環境に合わせて最適化させていくんだ。例えばだよ? 四足歩行の動物みたいな状態で暮らすより、人間のように手があった方が器用さが増すと思わないかい? 物を掴むのであれば、蹄よりも五本の指があった方が掴みやすいだろう?」


「それは……。そうね」


「そういった生物の特徴や長所を獲得していくのさ。ある個体は速く走りたいから、獲得した情報を参考に細く筋肉質な四本の脚を自主的に作った。ある個体は物を掴まなければいけない環境だったから人間の手と同じような形態を望んだ。なんて具合にね」


 その環境時々で自身の形態を選択できる多様さを秘めている。


 恐らく自我はない。ただ単に生命としての本能を垂れ流すだけの生物であるが、その本能が凶悪なのである。


「ただ、初期段階は情報の最適化に時間が掛かるようでね。何度か苗床となる獲物を捕食しないと正常化しないんだ。だから、報告書にある『奇形』だって状態は初期段階だって事だね」


 この状態ではまだ形も生命体としても安定していない状態らしく、自滅したり歪な形を取り易いんだとか。


 キメラの弱点を挙げるのであれば、初期段階の不安定さと言えるだろう。


 しかし、ここから更に獲物を捕食して情報を取り込んでいくと最適化が加速していく。そうなった際の状態が、第二家畜場で遭遇した個体なのだと。


「ただ、この繭化する現象は見た事がないね。新たに得た能力なのか、あるいは……」


 再生能力は知っている。だが、繭化して即時変異するという能力は見た事も聞いた事もない、と彼は言った。


「待って。じゃあ、報告にあった人型になった理由は……」


「うん。十中八九、人を喰ったんだろうね」


 人を喰い、人の情報を得た。故に人型として変異したようだ。ただ、初期段階のキメラもいる事から、全ての個体に情報が共有されているわけじゃないようだ。


 しかし、彼の知っているキメラであれば拡散された粘液で情報が共有される。どうしてダンジョン内で見つかったキメラは最適化がバラバラの状態だったのか。


 そこが不可思議な点だ、と付け加えた。


「あとはどうしてダンジョン内にいたか、だね」


 誰かが持ち込んだのか、それとも勝手に入り込んだのか。その辺りについては彼にとっても不明な点なのだろう。


「これ以上は話が長くなってしまうから、昔話の結論から言おうか。昔、研究所で事故が起きて成長実験中のプロトマザーが逃げ出した。その過程で人を喰ったんだ。そして、人の形を得て自身の複製を増やしまくった。研究所から脱走したあと、外で他の動物も喰らいまくった。そうして出来上がったのが、最低最悪の生命体というわけだね」


 最初の個体――プロトマザーから複製された個体は世界中に広がった。各地域による個性等も見え始め、色々な個体が増えていったようだ。


 再生能力といった珍しい能力自体も自身を複製していく過程で得た能力なんだと彼は語る。


「プロトマザーは消滅させたし、複製された個体も消滅させたよ。だけど、ひっそりと生き残っていたってことかもしれないね。ほら、君達の時代になってからもキメラの登場は今回が初めてじゃない。英雄譚にも描かれていただろう?」 


「英雄譚?」 


 そう言われるが、クラリスは首を傾げた。彼女のリアクションを見て、バーテンダーの男は「ええ!?」と驚愕の声を上げる。


「君、読んでないのかい? ローズベル王国で超ベストセラーになっているじゃないか」


「ああ、あの本か……」


 言われて合点が言ったようだが、彼女は英雄譚を読んでいないらしい。


「あれは君の遠いお婆さんが書いた本だよ? 未来に向けた警告のつもりでね。まぁ、出版されていく過程で警告自体が薄れてしまったようだが……」


 なんとあの英雄譚は王家の者が執筆した物語らしい。初版は現在販売されている内容とかなり違うようだが、時代が進むにつれてエンターテイメント化していったのかもしれない。


 そうなってしまったのは、執筆者不明な点だろう。大元の執筆者が不明だったせいで、他者がコピーしながら本の出版を続けてきた。その過程でコピーライターの脚色がどんどん付け加えられてしまったようだ。


「どうして執筆者不明になってしまったの?」


「あー、書いた後に亡くなってね。建国した後は戦争時代に突入したし、ゴタゴタで有耶無耶になったんじゃないかな?」


 この辺りは彼も知らないようだ。気付けば英雄譚としてコピー本が出版されていた、と語る。手に取った時は懐かしさを覚えたという感想も。


「あのキメラもねぇ。倒すのは大変だったんだよ。放置しておいたら確実に今の君はこの世にいないだろうね。むしろ、ローズベル民族自体が全員喰われていたね」


 昔を懐かしむかのように語り出したバーテンダーの男。彼は「民族の集落近くにキメラが出現してねぇ」なんて言い出した。


「貴方が倒したの?」


「そうだよ。僕が倒したの。そこら辺に落ちてた木の枝と魔法でね。倒した後は大変だったよ。僕の事を崇めようとしてくるんだもん。面倒になりそうだったから、ベイリューン君が倒した事にしてね」


 あの時は大変だったな~、なんて言いながらグラスを磨くバーテンダーの男。


 英雄譚の主人公である「ベイルーン」は本当に実在していて、正しい名は「ベイリューン」だったらしい。これは時が進むにつれて、発音が少し変わったせいなんだとか。


 もっと衝撃的なのは、キメラを倒したのはベイリューンじゃない事だ。まさか、倒した人物はクラリスの前でグラスを磨く男だったとは。


「まぁ、そのおかげで君の一族との交流が始まったんだけどね。本当に人生とは何が起きるかわからない。あの時、僕に感謝の食事を振舞ってくれた人の系譜と未だ交流が続くとは、当時の僕も思わなかったよ」


 フフフ、と笑うバーテンダーの男は磨き終わったグラスを棚に仕舞った。


「そんな事があったのね。原本を探せば見つかるのかしら……?」


「さぁ? どうだろう。おっと、話が逸れてしまった。とにかく、二十三階にいたキメラは過去の生き残りなんじゃないかな。ただ、初期段階のキメラが発見された事も考えると、創造初期の個体が運び込まれていた可能性が高いね。魔物や動物を喰らって独自進化した個体なんじゃないかな」


 プロトマザーは消滅した一体だけじゃなく、他にも同時期に創造された別の個体がいたのかもしれない。この辺りの開発経緯や当時の状況については、彼も詳しくは知らないように見える。


 キメラの概要は理解できたかい? と問うバーテンダーの男。彼の問いに対し、クラリスは頷きを返した。


「キメラは放置しておくと最悪な事態を引き起こす。今回はダンジョン内で見つかったからいいものの、外に出れば最悪の事態になりかねない。君達もまだ文明を維持していきたいだろう?」


「私達がキメラの研究を行って、再び生み出さないようにしたいってこと?」


「そういう事だよ。キメラという存在は、世界から完全抹消した方がいい。二度と悲劇を繰り返さない為にもね」


「分かったわ。研究所には破棄するよう命令を出しておく」


 理由に納得がいったのか、クラリスはキメラの素材を全て破棄する事に同意した。


「でも、どうしてそんな生命体を作り出したの?」


「言ったろう? 馬鹿なんだよ。自分達が神にでもなった気でいたんだ。まぁ、元々は再生医療について研究していたんだけどね。どこぞの馬鹿が兵器転用しようとしたのさ」


 心底呆れるように首を振るバーテンダーの男。彼は生物兵器を作った人物に対して「身の程を弁えない愚か者、正真正銘の馬鹿、文明崩壊に拍車を掛けた大罪人」だと更に罵倒する。


「ふぅん。優れた技術を持っていても、阻止できない悲劇というのもあるのね」


「そりゃそうさ。僕達は神じゃないんだからね」


 彼がそう言ったあと、クラリスはカクテルをもう一杯注文した。雰囲気が一度リセットされると、今度はクラリスから口を開く。


「ついでに二十四階と二十五階についても教えてくれないかしら? 特に二十五階について。危険性があるかどうかだけでも知っておきたいわ」


「ふぅむ。そうだね……。それくらいなら良いかな」


 バーテンダーの男は注文されたカクテルをグラスに注ぎ、彼女の前に置いた後で途中だった報告書を再び読み始めたのだが――


「え……?」


 途中で報告書を捲る音が止まった。


「ん? どうかした?」


 思わず困惑するような声音が聞こえて、クラリスはバーテンダーの男の顔を見た。彼は何度も報告書をめくって、前後のページを見比べる。


「この資料に書いてある事は全て真実なんだね?」


 何度か見比べたあと、クラリスにそう問うた。


「え? ええ。信頼できる家臣が書いたものだし、その本人が直接見た事を報告してくれているわ」


 突然の質問に戸惑うが、彼女は正直に答えた。すると、再びバーテンダーの男は報告書に視線を落とす。


「そうか。いや、嘘を書く理由なんてあるわけないか……」


 バーテンダーの男は小声でブツブツと独り言を繰り返したあと、何度か頷いた後にクラリスへ顔を向ける。


「先ほど言ったキメラの件だが、破棄するのは無しだ。その代わり、集めた物は僕に全て提出してくれ」


「……ええ。いいわよ。何か気になる事があるわけ?」


 先ほどの命令が撤回され、今度は自分に提出しろと言い出した。あれほどキメラの創造主を愚かだと言っていたのだから、彼がキメラを悪用しようとは思っていないはず。


 では、どうして全て寄越せなどと言い出したのか。


「そうだね。まだ確証はない。でも、調べたい事ができた」


 そう告げる彼の声音は、かなり深刻そうに聞こえた。

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