第149話 バーにて 1


 ロイの報告を聞いた日の夜。


 黒いドレスと黒いベールを纏ったクラリスが出かけた先は例のバーだった。


 彼女はいつも通り、深夜に店を訪れると――


「いらっしゃい」


 やはり、店の中には被り物を被ったバーテンダー一人だけ。


「いつものを頂戴」


「かしこまりました」


 彼女はいつもの席に腰を下ろすと、注文を告げた。バーテンダーは磨いていたグラスを脇に置いて、カクテルを作る準備に取り掛かる。


「しかし、珍しいね。何かあったのかい?」


「ええ。第二ダンジョンで進展があったの」


 カシャカシャとシェイカーを振るバーテンダーにそう告げながら、クラリスは持っていたバッグから報告書の入ったファイルを取り出した。


 グラスにカクテルが注がれ、そっとクラリスの前に差し出される。グラスを差し出したあとはナッツの入った小皿を提供。


 バーテンダーはこの二つと引き換えに、ファイルを手に取った。


「第二ダンジョンで見つかった施設と遺物のリストも用意しておいたわ。結構数が多くてね。その中に貴方が必要としている物があるか聞きたくて」


「ふぅん」


 ペラペラと報告書をめくっていくバーテンダー。クラリスはカクテルとナッツを楽しみながら彼を観察していた。


 すると、報告書をめくる手が止まる。


「二十三階に関する報告、面白いね」


「あら? てっきり二十二階の方が重要かと思ったけど?」


 クラリスは本気で「意外だ」と思っているらしい。少し驚いた表情をしながらナッツを摘まんで口に放り投げた。


「マキナの製造工場かい? 恐らく、もう使えないよ。長い時間メンテナンスしていないし、材料だって枯渇しているだろうからね。それにマキナを今更製造したところで僕には使い道がないね」

 

 利用価値なし、とばっさり切り捨てるバーテンダーの男。


「私達には利用価値があると思わない?」


「そうかもね。君達がもっと知識を得て利口になれば、紛い物の生産に役立つと思うよ」


 バーテンダーの男がそう言ったあと、それよりもとやや興奮気味に言う。


「この腕から魔石が生えた彼、面白いよ」


「え?」


 彼が興味を抱いたのはアッシュに関する件だった。今度こそ、クラリスは「心底意外だ」と言わんばかりに驚いた。それはもう摘まんでいたナッツを小皿の上に落としてしまうくらいには。


「魔法剣に変化したこと? 貴方なら魔法剣なんて何本も――」


「いやいや、違うよ。いや、まぁ、そこも興味深いけど。でも、もっと興味深いのは彼が後天性魔力保有者になったって件と経緯さ」


「後天性魔力保有者……?」


 言葉の意味が分からない、と首を傾げるクラリス。そんな彼女にバーテンダーの男性は語り始めた。


「君は生まれた時から魔力を持っていて、魔法使いの才能があった。それは親が代々魔法使いであり、遺伝しているからだ。でも、この報告書にある彼は元々魔法を使えない――魔力を保有できない人間だった。そんな彼が今では立派な魔法使いさ」


 報告書に書かれている剣の能力を見るに魔法剣である事は確かだが、アッシュが見せた「人間離れした動き」というのは魔力によるものなのは間違いない。


 人として生まれ変わった……いや、人の構造が作り変わったと言っても良いと彼は言う。


「つまり、魔法使いじゃなかった人間が魔法使いになったって事よね?」


「そう。でも、それは通常ではあり得ない。親が魔力保有者であったとしても、必ずしも子供に遺伝するわけじゃない」


 魔法使い同士が子供を作れば確率はグッと上がる。だが、確実というわけでもない。


 逆に隔世遺伝として魔力保有者となる可能性もあるが、稀なケースであると彼は言う。


「非魔力保有者ってのは魔力を貯蔵する器官が体に無いわけだ。つまり、一つ臓器が欠損した状態なんだよ」


 魔法を使えるか否かの違いは、簡単に言うと体の中に魔力を貯蔵する器官が有るか無いか。


「この違いについて、僕の時代ではかなり問題になっていた。格差問題としてね。まぁ、魔法が使えない者は劣等者扱いされてたってわけさ」


 この問題はかなり深刻だったらしく、一部では紛争や戦争にまで発展する事もあったそうだ。そこで一部の研究者達は格差を失くそうと、非魔力保有者を魔力保有者へと覚醒させる道を模索し始めたと彼は語る。


「魔力保有者として覚醒するには、何かしらの要因を与えなければ後天的な魔力保有者にはなれない。あらゆる研究者がそう結論付けていた」


 違いは器官の有無だ。つまり、魔力を体内に貯蔵して、自分の意思で貯蔵した魔力を使用する為の器官が無ければ話にならない。


「そこで思いついたのが器官の後付けだった。最初は魔力器官の移植から始まった。けど、何度やっても失敗。他人の器官を移植しても、それは移植対象者用にチューニングされていない器官だから正しく機能しないと結論付けられた」


 人が生まれる過程、母親の胎内で体を構成していく過程で本人専用の魔力器官が作られるのでは、と推測された。


 となれば、それは器官を持つ本人にしか扱えない。他人に移植したところで無駄なモノを一つ体に埋め込むだけだと研究結果が発表された。


 それでも諦められなかった研究者達は次の方法を模索していく。


「移植はダメ。じゃあ、代替えとなる物を作れば良いという考えに至った。魔石等の魔力を保有できる物質を人の肉体に埋め込み、それを利用して魔力を保持させようって試みだね」


 だが、それらの実験は全て失敗した。


 そもそも、魔力を保有する石を体に埋め込んでどうなるって話だ。埋め込んだところで、自分の意思によって魔力を使えねば話にならない。他にも色々な物質を試すも全て失敗に終わる。


 しかし、この路線は別のアプローチが試される事となった。


「魔法薬や外科的手術によって、人の体そのものを魔法物質に変えてしまおうという試みさ。魔法物質というのはどれも例外なく魔力を含んだり、自発的に吸収したりするからね。その性質を利用しようと考えた」


 彼曰く、この実験以降からはかなり酷かったらしい。


 最初は格差を失くし、全人類を平等にしようなどと建前を掲げていたようだが、実験が進むにつれてどんどんと非道な内容が増えていった。


 ある者は片腕を切り落とされて、金属と魔石を組み合わせたマキナユニットを強制装着させられた。こんな内容はまだマシな方である。


 もっと実験が進むと、全身が金属と生身の肉体が融合したような体になった者がいた。別の者は魔法薬漬けにされて精神が破綻した。


 他にも色々とあったようだが――


「で、だ。中には魔法薬や外科的手術を行いつつ、超超高濃度魔素を与えて人間の骨を魔石に変えるという実験があった」


「骨を魔石に変える……?」


「そうだよ。骨が魔石になれば骨に魔力を貯蔵できると考えたんだよ。骨としての役割と魔力保有器官としての役割、二役こなさせようとしたんだ。本当に馬鹿だよね?」


 骨を魔石に変えた上で魔力を使用するための補助ユニットを体に埋め込む。この方法で魔力を使用できるよう試みた。


 ただ、実験の過程で問題がいくつも浮かび上がったようだ。結果からして実験は失敗に終わる。


 ははは、と笑うバーテンダーの男。彼は笑ったあと、報告書を手の甲で叩く。


「この彼はその実験体と症状が似ている。骨を魔石化された被験者も内側から肉を突き破って魔石が露出していた」


 まだアッシュに関しては詳しい調査が行われていないが、見た目の症状としてはかなり似ている。バーテンダーの男は「同じじゃないかな」とほぼ考えを確定させているようだ。


「その被験者はどうなったの?」


「全身の骨が魔石になって生きられると思うかい? そもそも、超超高濃度魔素を浴びた時点で死亡確実だよ」 


 彼は「有毒なガスの中で一晩放置されたようなもの」とクラリスに分かりやすよう例えを口にした。


「ただ、この彼の場合は片腕だけのようだね。それが生き延びられた理由なのかも」


 だとしても、彼の身に起きた奇跡は簡単に説明できないと語る。


「魔物の攻撃を食らって瀕死になったあと、腕が光って魔石が生えた。剣まで魔法剣に変わった――なんて、意味不明にも程がある。まるで存在しているかどうかも分からない神様からのギフトでも貰えたのかと疑いたくなるよ」


 本当に意味不明、全くどうやってこんな現象が起きたのか分からない、と笑いながら首を振るバーテンダーの男。彼がここまでリアクションを露わにするのは珍しいことだった。


「まぁ、とにかく。面白い存在であるのは確かだね。ある意味、と同じさ」


「貴方と同じ?」


「そう。奇跡的な確立で生き残ったって意味でもね」


 そう言われて、クラリスは黙ってしまった。眉間に皺を寄せながら、口元に手を当てて何かを考え始める。


「ねぇ、彼の血液や肉体の一部を僕にくれないか?」


 じっと何かを考えて続けていたクラリスにバーテンダーの男はそう告げた。


「え?」


「血液を数本。あとは魔石の生えた腕の肉を少しだけ切除して。あとは生えた魔石も欲しいな。魔石の一部を切断してくれないか?」


 もちろん、お礼はするよと彼は言った。


「構わないけど、そこまで興味を惹かれるの?」


「当然さ。これは凄い事なんだよ? なんたってこうなった原因が分からないんだからね」


 何か特殊な薬品や手術を施されたわけじゃない。実験されたわけでもない。報告書を読む限りでは、自然的に成ったとしか思えない。


 多くの知識を持つ彼にしても意味不明な現象。となれば、ここまで興奮しつつも要求を行うのは自然な行為なのかもしれない。


「ねぇ、もし貴方が彼を調べて、何かわかったら教えてくれる?」


 たとえば、生死に関わる事とか。そう問うと、彼は頷いた。


「それくらいなら構わないよ。被検体には長く生きて欲しいしね。じゃないと観察の甲斐がないよ」


 できるだけ長く観察して、現象について解き明かしたいのは自分も同じだと彼は言う。


「彼は目覚めるのかしら?」


「目覚めるんじゃないかな。ただ、腕がどうなるかが最初の疑問だね。目覚めたあと、ちゃんと動かせるのか。腕が魔石化した後遺症があるのかどうか。……楽しみが増えたな」


 フフ、と笑い声を漏らす彼の声音は、心から楽しんでいるように思えた。


「ああ、そうだ。人体実験の話をしたついでに忠告しておこうかな」


 嬉しそうで、楽しそうで。彼が初めて見せる態度を不思議そうに見つめるクラリス。そんな彼女に対し、バーテンダーの男は咳払いをすると雰囲気を一変させる。


「このキメラと名付けた魔物の素材は全て破棄した方が良い。いや、これじゃ言い方が優しすぎるか。全て破棄しろ」


 まさかの命令口調にクラリスの体がビクッと跳ねた。まるで親に怒られた子供のようなリアクションだ。


 彼とは長い付き合いになるが、命令されたのはこれが初めてだったからだろう。


「そこまで……?」


「ああ。あれは最悪の象徴とも言える存在だ。君達がこれからも生きて文明を築いていきたいのであれば、即座に破棄した方がいい」


 アッシュの件を語っていた時と態度がまるで違う。心の底から忌まわしきモノを語るかのように、バーデンダーの男はキメラについて語り始めるのであった。

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