第148話 女王クラリスとロイ・オラーノ
王城の廊下を歩くロイの足取りは非常に重々しかった。
廊下ですれ違う者達は、彼の姿を見て「いつもの覇気がないな」と感じたに違いない。
「はぁ……」
目的の場所に到着すると、大きなため息を吐いてからドアをノックした。中から「入れ」と言われると、ロイは背筋をピンと伸ばして入室する。
「失礼します。陛下、参上致しました」
「うむ。座れ」
目的の場所はローズベル王国の頂点である女王クラリスの執務室であった。クラリスは赤いドレスを身に着けて、ソファーに座りながら優雅に紅茶を飲みつつも対面にあるソファーへ座れとロイに命じる。
命じた際、クラリスの表情はニコニコと満面の笑み。
対して、彼女の表情を確認しながら着席したロイの表情は若干ながら口元が引き攣っていた。
「さて、理由を聞こうか」
クラリスはカップを置くと前置き無しで本題に入る。だが、ここで答えようとする相手が喋り出す前に、もう一発プレッシャーを掛けていくのがクラリス流である。
「どうして王城の治癒魔法使いを第二都市に派遣した? 王城担当者は私の許可なしに動かせないはずだが?」
お前なら当然知っているよな? と視線で訴えかけるクラリス。ロイが口を開く前に更なる追撃が始まった。
「もし、派遣中に王家の者が怪我をしていたらどうなっていただろうな? お前なら当然想定していたはずだろう? まさか、昔私がお前に惚れていたという事実を盾に何でも好き勝手できると思ってしまったのか?」
まるで子供を叱るように問うクラリスだが、十中八九わざとやっている。年上であり、既に老人と呼ばれるような人間に対して屈辱を与えるような物言いは、彼女が自ら口にした「惚れていた」という部分に原因があるのだろう。
正にこれがロイ・オラーノの古傷。彼女は毎回何かあれば執拗に彼の古傷を抉るのだ。
「そのような事は……。私は国の事を想って動きました」
「フン。世辞であっても私のためと言え」
長く美しい金髪を手で払いながら言うクラリス。いかにも「面白くない答えだ」と言わんばかりに。
だが、ロイは言葉を訂正しなかった。
「それで? 理由はなんだ?」
言いたいことを好きなだけ言った感のあるクラリスは再度ロイに問う。問われたロイは治癒魔法使いが必要になった理由を語り始めた。
当時の状況からアッシュの状態まで全て包み隠さず語り終えると、先ほどまでぐちぐちと文句を言っていたクラリスはすっかり難しい顔を浮かべていた。
「腕から魔石が生え、人工魔法剣が魔法剣に変化した……か」
「はい」
この二つだけでも異常事態なのは誰でも理解できよう。王国が行う全ての研究を把握しているクラリスであっても、人間の腕に魔石が生えたなんて事態は聞いた事も見た事もない。
「剣で斬り裂いた魔物は灰になり、再生能力を持つ魔物を一撃で滅しました。更には怪我した状態でありながらも見せた驚異的な身体能力にも注目すべきでしょう」
剣による一撃は魔法と比べても遜色ないほどの威力であり、更にはアッシュの見せた驚異的な身体能力も注目するべきだ。
怪我を負い、歩くのが精一杯と思われるようなふらふらな状態だった。にも拘らず、キメラの攻撃をスレスレで躱して頭を越えるほどの跳躍力さえ見せたのだ。
あれを「人間離れしている」と言わずに何と言おう。
「確かに興味深い。ベイルーナの見解は?」
「人工魔法剣が原因ではないか、と言っていましたが……」
まだ詳しく調査が始まっていない。だが、アッシュの身に起きた異常事態の原因は人工魔法剣が作用しているのではないか、とエドガーは推測を口にしていた。
推測に至った理由は、人工魔法剣を受け渡す際にもアッシュの身に異常が起きたからだ。あの時は気を失って夢を見ただけだったが、今回の件に関連していると考えるのは妥当だろう。
「確かデュラハンの素材を用いて製造されたのであったな。魔法剣の欠片も入れたのだったか?」
「はい。一部ですが使いました」
クラリスは組んでいた足を組み替えながら「うーむ」と悩む声を漏らす。
「想定外ではありましたが、ある意味我々が正真正銘の魔法剣を作れたという事でもあります。アッシュから詳しい話を聞き、更に調査を進めれば量産できる可能性もあるでしょう」
だからこそ、アッシュを生かした。
治癒魔法使いを無理矢理派遣させて、事後報告になってしまった理由はこれであるとロイは改めて説明する。
「なるほど。お前の言い分は分かった」
クラリスも話を聞いてロイの行動を理解したようだ。
「ならば、その男が目覚めたら王都研究所に運び込め。徹底的に調べて魔法剣量産の糧とする」
「お待ち下さいッ!」
クラリスはアッシュを王都研究所に監禁――どころか、実験と国益の材料としか見ていないようだった。そんな彼女に対し、普段のロイからは想像できないほどの焦りが露呈する。
「珍しいな」
立ち上がりながら待ったをかけたロイを見て、僅かにクラリスも驚いたようだ。
リアクションを見せた本人も想定はしていただろう。だが、思っていた以上に感情が表へ出てしまったようだ。
ロイは咳払いを一つすると、冷静さを取り戻して語り始めた。
「……お待ち下さい。彼は閉じ込めておくには惜しい存在です。現に優秀なハンターとして活躍していました。調査しながら剣を振るわせた方が我が国の利益となります」
「お前がそこまで言うほど価値のある男なのか?」
「はい。間違いなく」
クラリスは真剣な表情で頷くロイをじっと見つめて、ついには根負けしたようにため息を吐いた。
「その男はどんなヤツなのだ? 詳しく聞かせろ」
結局のところ、ロイの意見に耳を傾けてしまうのは惚れた弱みなのだろうか。
ただ、ロイの語るアッシュの人物像を聞いているうちに……。クラリスの表情は徐々に変わっていく。
「ふむ。昔のお前にそっくりだ」
最終的にはニヤニヤと笑い始めて「お前も昔は無茶していたな」とロイの過去について揶揄うように語り始める。
「エドガーにも言われました」
「だろうな」
ニヤニヤと笑っていたクラリスはたっぷりと時間を使いながら紅茶を一口飲む。
雰囲気をリセットさせて、最終的な判断を下した。
「現段階では考慮しておいてやる。だが、私の最終判断に文句は言うなよ」
「承知しております。ですが、私が期待している男だという点については覚えておいて頂きたく」
「わかっている」
治癒魔法使いを勝手に派遣した件、そしてアッシュについてはこれで終わった。
次の話題は第二ダンジョンについて。
二十三階から二十五階で発見したもの、目撃されたものについて、ロイは報告書を直接提出しながら説明し始めた。
クラリスは二十三階のキメラや二十四階の白骨化死体についても興味を示したが、やはり一番驚いたのは二十五階についてだ。
「巨大な箱に巨大な木の枝。それに次々に誕生する魔物……。お前から聞かされなければ信じられなかったかもしれん」
眉間に皺を寄せながら静かに聞いていたクラリスであったが、話を聞いてもまだ信じられないといった感じ。
「私自身、未だに信じられません。若い頃見せられた王都の
実際に目撃したロイですら目を疑っていたのだから当たり前の反応なのかもしれないが。
「エドガーはアレがダンジョン内に魔物を生み出していた原因なのでは、と言っておりますが」
「まぁ……。考えられなくもない。これまで時間経過で魔物の頭数が完璧に復活していたのだ。繁殖で増えたとは思えないのも当たり前だな」
腕を組みながら言うクラリス。彼女は悩ましい表情のまま、ロイに問うた。
「前に報告されたゴーレムの製造所もだが……。我々が完全に制御できると思うか?」
「……リスクは当然、ありますな。下手に制御しようとして、我々自らが魔物の氾濫を起こしてしまう可能性もありましょう」
ダンジョンはまだ現代に生きる人類にとって未知なる場所だ。そんな未知なる場所の中にあった謎の物を勝手にいじくり回して――制御しようと試みて、結果的には自国民を地獄に叩き落すなんて事が起きてしまうかもしれない。
都市一つが消えるだけならまだマシかもしれない。下手すれば国ごと消えてしまう……なんて事態も想定される。
「……まだ判断できんな」
「はい。学者達の見解を待つべきかと」
「二十五階については引き続き立ち入り禁止にしておけ。ベイルーナにも見学は構わんが下手に触るなと伝えよ」
「承知しました」
クラリスの判断にロイは素直に頷いた。
「まったく、新しいダンジョンも見つけねばならんし大忙しだな」
「そうですな。来年の騎士団編成についても後々ご相談に参ります」
大きなため息を吐いたクラリスにロイがそう言うと、彼女は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「お前は私を休ませないで殺すつもりか? アッシュとやらを救う為に過労死させる気だろう?」
「そんな馬鹿な考えを思いついているようでしたら、まだまだ大丈夫そうですね」
冗談にならないような冗談を言うクラリス。それに対してロイは肩を竦めるだけ。二人は過去に色々とあったようだが、このやり取りには互いを信頼している様子が現れていた。
ここまで話したタイミングで窓の外から鐘の音が聞こえて来た。二人が窓の外に顔を向けると、外はすっかり茜色に変わっている。
どうやら聞こえてきたのは夕方六時を告げる鐘の音だったらしい。
「今日はここまでにしよう。お前は王都での処理を終えたら再び第二都市に戻って状況を見守れ。ダンジョンでの進展もそうだが、例の男が目覚めたらすぐに連絡するように」
「承知しました。では、これにて失礼させて頂きます」
報告を終えたロイはソファーから立ち上がり、騎士礼をしてから退室していく。
彼が出て行ってから、クラリスは座ったままの状態で何かを考え始めた。しばし考え続けた後、彼女はテーブルの上にあったベルを鳴らす。
チリンチリンとベルが鳴った直後、ドアが開かれた。
入って来たのは女王を世話する執事。彼が「お呼びでしょうか」と用件を問うと――
「今晩は外に出かける。用意しておくように」
「承知しました」
執事は頭を下げると、執務室から退室していった。
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