第147話 ロイ・オラーノの苦労


「おい、エドガー! しっかりしろ!」


「…………」


 ロイがエドガーの頬をペチペチと叩くも、彼は全然目覚めなかった。


「大丈夫でしょうか……?」


 隣で心拍を確認した騎士が心配そうに問う。少なくとも怪我や病気で気絶したわけじゃないのは確かだ。


「まぁ、大丈夫だろう。大方、新発見が多すぎて興奮しすぎたせいだ。コイツは昔からこうでな」


 ロイは「小さい頃、珍しい虫や動物を捕まえては興奮して鼻血を垂らしていた」と昔のエドガーを語ってみせた。


「しかし、気絶するのも無理はない。本当に何なんだこれは」


 彼の言う通り、目の前にあるのは気絶するのも無理はない光景だ。


 自分達がいる下には巨大で透明な箱。中には木の枝が入っているが、その枝すらも馬鹿みたいに大きい。中に格納されている枝の大きさは太さ三十メートル、長さ四十メートルほどだろうか。


 巨大な枝を格納した透明な箱は台座のような物の上に置かれていて、台座からは無数の太いケーブルが左右の壁に伸びていた。


「下にある物もそうだが、左右にあるガラス管もだ」


 左右の壁にあるガラス管は下から上、手前から奥までびっちりと壁に埋め込まれている。ガラス管の中は液体で満ちていて、一部のガラス管にはまるで標本にされているような魔物の姿があった。


 標本のようにされている魔物が入ったガラス管の付近では、空のガラス管の中に魔物が生まれては壁の中に吸い込まれていくのだ。


 標本になっている魔物はどれも第二ダンジョン内で見られるものばかりであり、一階から十七階で見られる魔物だけだった。


 一部だけ液体も入っていない空のガラス管が並ぶ場所もあるが、それが何を意味するのかは分からなかった。


「閣下、如何致しましょうか?」


「この階層は立ち入り禁止とする。まずは陛下にご報告せねば」


 騎士に問われ、ロイはしばし悩んだ後に判断を下した。彼は気絶したエドガーを背負うと、来た道を戻り始めた。


 階段を登って二十四階へ向かうと、当然ながら待っていたベイル達に驚かれた。何があったのかと問われるが、ロイは「興奮しすぎて倒れた」と素直に理由を語る。


「ベイル。二十五階は立ち入り禁止とする。現段階では誰も入れるな。これは王都騎士団団長による命令である」


「……かしこまりました」


 地方騎士団の上に位置する王都騎士団団長から命令と言われれば、ベイルは黙って頷くしかない。これによって、二十五階は立ち入り禁止となった。


「こちらはどうだった?」


「昇降機は二十階と同様の物でした。前に押しても反応しないボタンがありましたよね? それが反応するようになりまして、三階・二十階・二十四階の行き来が可能になりました」


「そうか。調査が楽になるな」


 これは純粋に嬉しい報告だろう。二十階で昇降機を起動できた時同様に調査がぐっと楽になる。


 まだまだ二十二階の調査も完全には終えていないし、二十三階と二十四階の調査もしなければならない。昇降機が使えれば時短と安全を確保できる。


「ベイル、しばらくは忙しくなるぞ」


「そうでしょうね……。今後のご予定は?」


「しばし、調査に付き合う。ある程度の調査を終えたら王都へ報告しに戻るだろう」


「かしこまりました。本日は夕方まで二十四階の調査を行いたいと学者達が言っていますので、終わり次第地上へ戻ります」


「わかった。では、私はエドガーを連れて地上に戻る。はぁ……。まったく」


 ロイはエドガーを背負ったまま、二人の騎士と共に昇降機へ向かった。


 地上へ戻ろうとするロイを見送ったベイルは、彼が昇降機の中に入り込んだ後に二十五階へ向かう階段に顔を向けた。


「一体、何があったのやら……」


 そう呟いたあと、ベイルは首を振って部下の元へ歩き出した。


 興味は湧くが、命令違反を犯してまで覗きたいとは思わないのだろう。むしろ、見てしまえば厄介な王城の仕事に巻き込まれそうだと考えているに違いない。


 興奮しっぱなしの学者達を抑える仕事もあまり変わらないように思えるが。




-----



 

 地上に戻ったロイはエドガーを病院のベッドに寝かせた後、監視役の騎士と従者であるセルジオをつけて騎士団本部へと戻った。


 彼が監視役を付けたのは目覚めた後に暴走すると睨んでいるからだろう。これまでの行動や発言を鑑みれば当然の判断に思える。昔から彼を知る幼馴染であれば猶更か。


 ロイは第二騎士団で用意してもらった執務室へ入ると、椅子に座って大きく息を吐いた。目頭を指で揉み解したあと、執務机の引き出しから報告書用の紙を取り出す。


「さて、どこから書くべきか」


 女王クラリス宛ての報告書を書こうとするロイであったが、ここ一ヵ月で起きた事や判明した事が多すぎる。


 二十二階のゴーレムに関する報告は既に行っているが、二十三階と二十四階に関する報告だけでもかなりの文字数を要するだろう。それに加えて、アッシュの件と二十五階の件も。


「報告書が束になりそうだな……」


 ロイは思わず「昔は良かった」と零した。


 歳を重ねるにつれて、出世するにつれて、家でも仕事場でも苦手なデスクワークが増えていく。それを苦痛と感じるのだろう。


 それでもやらねばならぬのが現実である。ロイはペンを取ると報告書を書き始めた。


 時系列順に起きた事や判明した事実を書いていき、第二ダンジョンで起きた事全てを記していく。都度、捕捉として自身の考えや判断を下した際の状況などを書き加えた。


 特にアッシュに関する件はかなり詳細に書かれていた。起きた事全てを包み隠さず書き記し、エドガーから聞いた意見もびっちり書き込んだ。


 ダンジョンに関する事になると饒舌で言葉が多くなるエドガーの意見について、普段であればロイが要約しながら短く記す。だが、今回に限っては覚えている限り全て書いた。


 最後に「アッシュの身に起きた事は国益に繋がる」と記すのも忘れない。元王都研究所所長であるエドガーが強い興味を抱いている事を書き記すのもこれで三度目だ。


「二十五階に関する情報か……」


 最後に二十五階の件。報告を纏めようとするも、ロイの手が止まる。


「…………」


 しばし考えたあと、ロイは報告書に「二十五階については直接ご報告しに伺います」と書いた。


 あとは全体を見直しして終わりだろうか。ペンを置いた直後、ドアがノックされる。


「入れ」


 ロイが許可を出すと、入って来たのは一枚の封筒を持った騎士であった。彼は「女王陛下からです」と言ってロイに封筒を差し出し、敬礼してから退室。


 騎士を見送るまで表情を崩さなかったロイであるが、彼が出て行った途端に表情を崩す。露骨に嫌そうな顔をしながら手に持つ封筒を睨みつけた。


 開けたくない。完全にロイの表情がそう物語っているが……。意を決して封を開ける事にしたようだ。


 中には一枚の手紙が入っていて、内容はかなりシンプルだった。


『王城の治癒魔法使いを動かした事で話がある』


「…………」


 便箋の中央に書かれた文字はたったこれだけ。


 一行だけの文。


 見た瞬間、ロイは「ゲェー!?」と叫ぶんじゃないかと思うくらい、焦りながらも体を仰け反らせた。


 恐らくはこれまでの経験上、女王クラリスがこういったシンプルな内容を問う時は決まって「古傷を抉ってくる」と思っているからに違いない。


 手紙を机の上に放り投げた後、ロイは再び指で目頭を揉み解し始めた。


 どうやら書き終えたばかりの報告書は自分の手で運ぶ事になるらしい。


 一体、彼は女王クラリスに何を言われるのだろうか。

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