第146話 ダンジョン再調査 2


 白骨化死体が散らばる二十四階の調査を進めるも、他に小部屋や二十五階へ続く階段は発見できなかった。


 現状では二十階と同じく巨大なワンフロア構造になっていると判断され、一行は地上に戻って学者達を迎えに行く事に。学者達と合流すると、再び二十三階を目指して進み始めた。


 二十三階に到着すると、学者達は階層の様子に驚きの声を上げる。


 二十二階に続き、二十三階の様子が明らかに「施設」であったからだろう。しかも、二十二階にあったゴーレム製造所なんて意味不明な施設とは違い、現代に生きる人間にも馴染みのある家畜場となれば驚くのも無理はない。


「まさかダンジョン内に家畜場があるとは」


「ここで魔物を飼育していたのでしょうか?」


「ベイルーナ卿の説が正しかったとして、古代人が魔物を食肉用として飼育していたと? あり得ない! 魔物の肉は毒性があるんだぞ!?」


「もしかしたら、我々には存在しない器官があって毒性を無効化していたかもしれないじゃないか! もしくは我々にとっては毒かもしれないが、古代人にとっては毒じゃなかった可能性だってあり得る! 早々に否定するのは君の悪い癖だ!」


 ギャーギャーと騒ぎながら勝手に議論を続ける学者達を見守る騎士達は「また始まった」と言わんばかりにため息を零していた。


「エドガー、お前はどう思う?」


「うーむ。まぁ、どう見ても家畜場であるな。隣の部屋に食肉らしき物が保存されているのが良い証拠だ」


「そうか。だが、騎士団としては家畜場であるか否かよりも奥にあるモノについて詳しい意見が欲しい」


 騎士団は興奮する学者達を引き連れて、巨大キメラと戦った広場を目指して進み始めた。途中、第二家畜場にてエドガーが壁にこびり付いた赤黒い粘液に興味を抱いた。


「これはキメラの粘液か」


「そのようだな。奴等の体も同じような粘液に塗れていた」


「ふむ……」


 エドガーは厚手の手袋をはめると、壁の粘液を指で触った。ヌチャッと糸を引く粘液を指で擦り合わせたあと、部下に粘液の一部を回収するよう命じる。


 指示された学者はピンセットで粘液を剥がして透明なガラス瓶に入れて蓋をした。


 目的の広場まで辿り着くと、ロイは広場の奥に放置されていたキメラの繭を指差す。


「あれが例の繭だ」


 既にロイからキメラの繭について話は聞いていたのエドガーは、一目散に繭へと近付いていく。まだ粘液が乾ききっていない繭の中を覗き込み、再び手袋をはめた手で繭を触り始めた。


「確かキメラの体自体が繭になったと言ったな?」


「ああ。そうだ」


 ロイの言葉を聞きながら、エドガーは手で繭をコツンコツンと叩く。


「うーむ。キメラは不思議な存在だな。この繭はかなり硬い。そして中から変異したキメラが生まれたという事は……。肉体を蛹化させるのと同時に繭までも作り出したのだろうか?」


 エドガーは繭について「赤黒い粘液で作ったのだろう」と口にしながら、繭の一部を剥がしてガラス瓶の中に保管した。


 彼が保管作業を進めていると、横から小さな袋を持った学者がやって来る。


「閣下。巨大キメラの灰を集めて来ました」


「ああ、ご苦労」


 袋を受け取ったエドガーは中にあった灰を指で摘まむ。指で擦り合わせるとロイに顔を向けた。


「見事に灰となっているな」


「ああ。正直、見た時は信じられなかった。刀身が赤熱するだけだった剣が完全に変化して、魔物を斬った瞬間に灰へ変えるのだぞ?」


 心底意味不明だ、とロイは首を振った。


「まさか自分が開発した人工魔法剣が本物の魔法剣らしき状態に変化するとはな。開発している時には想像もしなかった」


「それはそうだろう」


 まさか剣が勝手に変化するなんて誰が想像できるだろうか。アッシュの腕に生えた魔石――あの現象が原因であるのは明白であるが、こればかっかりはアッシュが目覚めてから訳を聞かないとどうしようもない。


 繭の一部や灰を回収した学者達は、再び騎士団と共に奥へ進む。


 次の目玉は最奥にあった巨大キメラの繭だ。恐らく順に大きくなっていったであろう繭の説明を聞いて、エドガーは「なるほど」と頷く。


「その推測は正しいだろうな。一気に体が大きくなるのではなく、順を追って成長していったのだろう。そう考えると巨大キメラはかなり前から生息していたように思えるな」


「他のキメラも巨大キメラに変異した可能性は?」


「大いにあり得るだろう」


 そう言ってからエドガーは推測を語り始めた。


「キメラがどうやって生まれたかは分からない。だが、恐らくは二十二階で目撃された奇形型が第一段階か何かなんじゃないだろうか? そこから順に姿を変えて人型に近付いて行く。もしかしたら巨大キメラでさえ最終形態ではないかもしれない」


 どうして途中に動物の形をしているかは不明だがな、とエドガーは推測を締めた。


 最奥の部屋をある程度調べたあと、遂に一行は二十四階へ向かった。


 二十四階にあるのは白骨化した死体だ。それらを見たエドガーは遂に口を半開きにさせながら固まった。いや、彼だけじゃない。あれだけ騒がしかった他の学者達も一斉に静まり返る。


「おお……」


 フラフラと白骨化死体に近付いて行くエドガー。彼はボロボロになった簡易ベッドの前で崩れ落ち、震える手で白骨化死体の頭蓋骨に触れた。


「まさか、これは、古代人……?」


 ふるふると震える手で頭蓋骨を掴むと、エドガーはゆっくりと天に向かって掲げ始めた。


「ウオォォォォ!!」


 自分の唱えた説が濃厚となってきたせいか、それとも重要で大きな過去の痕跡を見つけたせいか、エドガーは大泣きしながら頭蓋骨を掲げ続ける。


「大発見かもしれん! これは大発見かもしれんぞッ! これだからフィールドワークはやめられないッ! ダンジョン、大好きッ!」


 大興奮しながら大泣きする幼馴染の姿を見て、ロイは片手で顔を覆いながら「はぁぁぁ~……」と大きなため息を吐き出した。


「いい歳した大人が……。いや、爺が泣くな。みっともない」


 ロイが彼を見下ろしながら言うも、エドガーは「大発見なんだぞ!」と笑い泣きし続けた。


「骨は回収しますよね?」


「もちろんだ! 全部、全部回収するぞ! 王都研究所で検査する! このワシがなァ!」


 ベイルの問いに対し、エドガーは何度も頷いた。もはやテンションはぶっ壊れ状態である。


 大興奮するエドガーと学者達が白骨化死体や階層にあったベッド等を調べている間、騎士団は次の階層へ続く道が無いかを改めて調べ始めた。


 二十階に倣うのであれば、床の下に遺物があるかもしれない。それを起動すれば更に先へ続く道が開かれるかもしれない。そう考えたのか、壁だけじゃなく床まで細かく調べ始めた。


 ただ、次なる階層への道を明らかにする仕掛けは床には無かった。発見できたのは偶然だったろう。


「おや?」


 仕掛けを発見したのは、壁に刻まれていた古代文字を調べていた学者だった。壁に刻まれた文字は石か何かで刻まれたようで、その文字の下には腕を伸ばした状態で死亡していた白骨化死体があったのだ。


 状況的にこの死体になった者が何かを記していたのかもしれない。そう思い、紙に古代文字を書き写している最中――


「うーん。この文字は複雑だな」


 熱中するあまり、学者は持っていた紙を壁に押し付けた。壁を机代わりに文字を写そうとしたのだ。


 押し付けた瞬間、ズズズと壁の一部が奥へ押し込まれた。ズズズ、と音を立てて壁の一部がスライドしていき、壁の中にあった隠し通路が姿を現した。


「ええ!?」


 まさかの展開に学者も困惑。音に気付いて駆け付けた騎士も驚愕。とにかく、こうして隠し通路が見つかった。


「奥に何があるか分からん。慎重に行け」


 見つかった隠し通路の先に次の階層へ向かう為の手掛かりがあるかもしれない。そう判断したロイは騎士数名を通路の奥へ向かわせた。


 騎士達はランプを掲げながら暗い通路の奥へと歩いて行き、十分程度で戻って来ると「奥に小部屋がありました」と状況を伝えた。


「小部屋はかなり狭いです。部屋の中には箱のような物が複数台あって――」


 どこかで聞いた話だ。だからこそ、話を聞いていたエドガーはピンときたのだろう。


「二十階と同じか!」


 そう叫び、エドガーは騎士と共に隠し通路の奥へ向かった。彼等が向かってから三十分程度経つと――階層中に「ブウゥゥゥゥン」と何かの起動音が木霊する。


 直後、階層内に灯りが点いた。天井や壁に埋め込まれていたランプにエネルギーが注入されたのだろう。


 階層内が明るくなると、今度は奥側の壁上部に光る古代文字が浮かび上がる。


 古代文字は『 Safe and Secure □□□□Pharmaceutical Company □□□ Shelter 』と一部文字が欠けた状態で浮かび上がった。だが、浮かび上がった古代文字は点滅してすぐに消えてしまう。


 更には右手側の壁の一部がスライドして昇降機らしき物の扉まで出現。


「どうだ!?」


 大急ぎで戻って来たのか、肩で息をしたエドガーが通路から飛び出して叫ぶ。明るくなった階層を見て「おお!」と歓喜の声を上げた。


「奥にあった箱とは――」


「ああ、そうだ! 二十階と同じだった!」


 ロイの言葉を遮りながら興奮気味に報告するエドガー曰く、どうやら二十階と同じく遺物を起動したおかげで二十四階にエネルギーが巡り始めたようだ。   


 各種設備が起動し始めたあと、今度は奥の壁がスライドし始める。


「階段だ!」


 遂に二十五階へ続く階段が現れた。興奮しっぱなしのエドガーは階段へと走って行き、ロイに「早く降りよう」と急かし始める。


「待て、待て! 魔物がいるかもしれんだろうが!」


「ならば偵察してこい! 早く、早くせんか!」


 白骨化死体を発見してからエドガーの様子がおかしい。古代人らしき者の遺骨を発見したせいで、真相へ近づいていると思い込んでいるのだろうか。


 エドガーの要望を満たす為ではないが、次の階層に脅威が潜んでいないかどうかを調べるのは重要な事だ。ロイは騎士に二十五階の偵察を命じて、どのような状況になっているかどうかを探らせた。


 しかし、戻って来た騎士達は一様に「よく分からない」と言う。


「下は何と言いましょうか……。周辺に壁などはなく、無数のケーブルが奥に続いていて、それが壁のようになっています。床は金属の一本道が奥まで続いていまして……」


 そして、奥には小さく青白い光が見えたと告げる。


 周辺の様子については反応しなかったが、青白い光という部分を聞いたエドガーとロイが顔を見合わせた。


 青白い光といえば二十二階にあった巨大な柱が放っていた光の色だ。まさか、と二人は思ったのかもしれない。


「ベイル、王都騎士団はエドガーを連れて二十五階へ向かう。お前達はここで待っていてくれ」


 そう言われて、ベイルは「どうして王都騎士団だけ?」と思ったはずだろう。それにまだ安全を確保できていない状態でエドガーを連れて行くと告げた事にも疑問を抱いたはず。


「すまんな、任務だ」


「……かしこまりました」


 多くは語らずに「任務」とだけ口にしたロイ。それを聞いて、ベイルは合点がいったようだ。


 ベイル率いる第二都市騎士団と女神の剣を残し、ロイとエドガーは王都騎士団所属の騎士数名を率いて二十五階へ降りた。


「本当にケーブルが壁のようになっているな」


 二十五階にランプの類は無かったが、奥にある強烈な青白い光のおかげで視界を確保できていた。


 報告された通り、階段を降りた直後は金属製の床が奥へ続く。そして、左右には太いケーブルが束になって壁のようになっていた。


 カツン、カツンと足音を鳴らしながら青白い光の元へと歩いて行くロイ達。


 金属の床とケーブルの壁を抜けた先、青白い光の元にあったのは――


「な、なんだこれは……」


 道を抜けた先にあったのは、超巨大な空間だった。


 空間の奥行は百メートル以上、横幅もかなりある。天井も見上げるほど高いし、下だって落ちたら死は確実と言えるほど深かった。


 ロイ達が歩いた道は空間の丁度真ん中に出るよう続いていて、道の終点には落下防止用の手摺りが備わっていた。


 そして、この空間の目的は――空間内に横たわった巨大かつ長方形の透明な箱を格納する施設なんだろう。


 ロイ達が立っている場所の下にある箱の大きさは、恐らく五十メートル以上あるだろうか。彼等はそれを見下ろしつつも箱の中身に驚きの声を上げる。 


「あれは、木の枝か?」


 透明な箱の中には巨大で太い木の枝が入っていて、淡い青色の光を放っているのだ。


 そして、左右にある壁には二メートル程度の大きさを持つガラス管のような物が無数に、壁一面びっしりと埋め込まれている。


 ガラス管の中には透明な液体が満たされているようだが……。


「閣下、見て下さい! 壁のガラス管が!」


 一人の騎士が指差した先にあったガラス管。そこは元々液体以外何も入っていなかったのだが、青白い光が充満すると液体の中に魔石らしき物が生まれた。


 液体に浮かぶ魔石が発光すると、魔石を包み込むように肉のようなモノが付着していく。肉の塊が出来上がると、今度はそれが徐々に大きくなっていった。


 ロイ達が経過を観察していると、ガラス管の中に浮かんでいた肉塊は魔物の形へと変化していった。


 ガラス管の中に浮かぶ魔物の正体は、第二ダンジョン十層から十二層に出現する「ブルーエイプ」に間違いない。


「な、なんで魔物が……」


 ロイはあまりにも衝撃的な光景にそれ以上の言葉が出ない。彼が絶句していると、誕生したブルーエイプはガラス管と密着していた壁の中に液体ごと吸い込まれていく。


 ガラス管の中が空っぽになると、再び中には透明な液体が注入された。


「い、一体、何なんだこれは!? おい、エドガー!」


 幼馴染に答えを求めようと、ロイは隣にいたエドガーへ顔を向けるが彼の姿がない。


「エドガー?」


 ロイがゆっくりと下に視線を向けると……。


「…………」


 いつの間にかエドガーは泡を吹いて床に倒れていた。

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