第145話 ダンジョン再調査 1
アッシュが治癒魔法を受けた翌日から騎士団と女神の剣によって二十三階の調査が再開された。
多数の被害を受けた第二都市騎士団であったが、王都騎士団からの増援を得て人数を確保。再び二十三階へと潜り始めた。
「魔物の姿はありません」
先日、巨大キメラと戦った広場まで進んだ騎士団。ここまでやって来るまでに魔物との遭遇は無し。そして、広場にもキメラの姿は無かった。
「まずは最奥まで進む。細かい調査はそのあとだ」
巨大キメラが出現した壁の穴がどこに繋がるのかも気になるが、まずは最奥まで進む事を優先とした。
警戒しながら奥へ続く通路を進む一行。何度か曲がり角を曲がりながらも通路に沿って進んで行くと、三つ目の家畜場に到達した。
三つ目の家畜場もこれまで発見した家畜場とほとんど同じ設備が用意されているが、唯一違ったのは家畜場全体の状況であった。
「これは……。赤黒い粘液だらけですね」
施設内に足を踏み入れた騎士達が驚きの声を上げたように、家畜場全体が赤黒い粘液で覆われているような状態だった。
床や壁、鉄パイプで組み上げられた飼育スペースなど至る所に赤黒い粘液がへばりついている。そのせいか、空間自体が異様で不気味な雰囲気を醸し出していた。
「団長! こっちにキメラの繭があります!」
家畜場の奥を調査していた騎士がベイルを呼んだ。ロイと共に騎士の元へ向かうと、既に
「これの中身は昨日倒したヤツだろうか?」
「だといいですけど……」
他にも家畜場の奥には数個ほど繭があったが、どれも空の状態だった。第三家畜場を調べ終えた一行は、再び奥へ向かって進み始める。
第三家畜場から先に繋がる通路の壁や床にもキメラの赤黒い粘液がへばりついていて、その状況は二十三階最奥にある部屋まで続いていた。
そして、肝心の最奥にあった部屋であるが――
「これは……」
最奥にあった部屋は、これまで見つけてきた家畜場や広場よりもやや狭い場所だった。
しかし、部屋全体は赤黒い粘液によって完全に覆われている。更に部屋の中には大小含めて数百もの繭があった。
「どれも中は空ですね」
どの繭も既に割れていて、中身は空の状態だった。更には繭全体が乾燥していてカラカラに干上がったような状態だった。
「で、だ。これが巨大キメラの繭だったと思うか?」
「そうとしか思えませんね」
部屋の中にあった繭の中でも一際目を惹くのが、二メートルは越えているであろう大きさを持つ繭だ。他の繭に比べて、この巨大な繭だけは乾燥していなかった。繭に付着した粘液はまだヌメヌメと水気を含んでいる。
大きさからみて、恐らくはこの繭の中に巨大キメラが入っていたのであろう、とベイル達は結論付けた。
「巨大繭の横にある少し小さな繭はなんだ?」
気になるのは巨大繭の横にある別の繭だ。そちらは巨大繭よりも少しだけ小さい。更にその近くにまたもや小さな繭があって、順々に大きくなっていっているように見えた。
これら巨大繭の傍に並ぶ繭はどれも乾燥していて、今にも割れて崩れそうな状態である。
「これって、順を追って大きくなっていってるんではないでしょうか?」
それぞれ違う繭の大きさを見て、ベイルは小さい順に指を差しながら追っていく。
「最初は通常個体と同じだったのかもしれません。ですが、捕食するにつれて繭化を繰り返して……」
一番小さな繭を指差して、順番に大きくなっていく繭を辿っていく。一番小さな繭は乾燥しているどころかボロボロだ。一番小さな繭が出来てからかなりの時間が経過しているのだろう。
「最終的には巨大キメラになった、と」
「ええ」
ベイルの推測に対し、ロイは「なるほど」と頷いた。
「その仮説が正しければ、キメラを一匹たりとも生かしてはおけんな。再び巨大キメラが誕生したら厄介だ」
「ですね」
巨大キメラを倒せたのは多大なる犠牲とアッシュの存在があったからだ。再びそれを繰り返すなど騎士団にとっては悪夢に等しい。仮説が正しいのであれば、キメラをどうにかして根絶やしにしなければならない。
「閣下、横穴を見つけました」
ロイがベイルと話していると、王都騎士団所属の騎士が報告にやって来た。部屋の右手側に崩落した跡があって、中には道があるようだ。
キメラがまだいるかどうかの確認も含めて、騎士団は崩落して出来上がった道を進み始めた。道の壁には矢印が描かれていて、進むべき道を示しているようだ。
それらの事実から、どうやらこの道は緊急避難路のような隠された道だったんじゃないかとベイル達は推測する。
道中では一定間隔で隔壁のようなものがあったのだが、何者かが力任せに突き破ったような跡があった。それらを見て「巨大キメラが通った跡」だと推測される。
その証拠に、辿り着いた先は巨大キメラと戦闘を行った広場だった。
「なるほど。この道を通って奴等は来たのか」
「道中でキメラと遭遇しませんでしたし、完全に駆逐できたのでしょうか?」
「分からんな。どうやら上層に出現する魔物のように時間経過では復活しないらしいが……」
何の要因があってキメラが生まれるのか、または増えるのかが分からない。今は姿が見えないが、完全に「いなくなった」と安心するには早いのではないかとロイは語る。
以降、再度奥へと向かいながら調査が進められるもこれといって新しい発見は無かった。
巨大繭のある最奥まで再び戻り、そこから今度は二十四階層へと続く階段を見つける作業に移った。全員でたいまつを持って、ひたすら壁を炙って回る地味な作業である。
しかし、地味な作業を続けた甲斐もあって一枚のドアを見つけた。
ドアの先には短い通路が。更に先には階段があって、遂に二十四階への入り口を発見したのだ。
「どうしますか? 先に学者達に二十三階を見せますか?」
「先に二十四階の様子を偵察しよう。二十三階の例もあるからな」
ベイルとの話し合いでロイは二十四階の偵察を決定。五人の騎士を二十四階へ向かわせた。
五人が下に向かってから数分後、彼等は二十三階へと戻ってきた。あまりにも早すぎる帰還に「何かあったか?」と問うロイに対し、騎士達は険しい表情のまま見たモノを告げる。
「恐らく、二十四階はニ十階のようにワンフロアしかない階層かと思われます」
「ふむ。では、広いだけで何も無かったのか?」
ロイの問いかけに対し、騎士達はお互いの顔を見合わせた。そして、別の騎士が報告を続ける。
「下は、その……。なんと言うか……。野戦病院のような雰囲気です。ベッドのようなモノがたくさん置いてあって、それで……」
そう告げた騎士は一拍置くと、再び口を開いた。
「ベッドの上には人と思われる白骨化した死体がありました。床にも死体や骨が散らばっていて……」
報告されて、ベイルとロイは言葉を失った。二人も互いに顔を見合わせると、我に返ったかのように質問を続けた。
「魔物の姿は無さそうか?」
「はい。物音一つしません」
となれば、実際に見た方が早いと思ったのだろう。ベイルとロイは二十四階へ向かうと騎士達に指示を出した。長い階段を下っていき、一行は二十四階へと到達。
「……本当に野戦病院のようだ」
各自、ランプを掲げながら二十四階を照らす。すると、先行偵察した騎士が言っていた通り野戦病院のような雰囲気があった。
広さとしては二十階と同じくらいだろうか。だだっ広い広場にはボロボロな状態の簡易ベッドらしき物が横に五列ほど、そして階層の奥までずらっと並んでいる。
ベッドとベッドの間には朽ちかけの仕切板のような物があったり、ベッド同士がくっ付いていたり。ベッドの傍には小さな棚が置いてあったりと生活感が残されていた。
そして、ベッドの上や近くには白骨化した人の死体らしきモノが転がっている。他にも壁を背に座り込んだ状態になっていたりと様々だった。
「魔物……には見えんな」
近くにあった白骨化死体に近付いて観察を始めるロイ。
彼が観察していた死体は床で膝を抱えるような体勢で白骨化しているが、全身が綺麗に残っていた。
骨の形は人間とそっくりだ。背骨があって、腕と脚があって、頭部も人間の骸骨と全く同じに見える。
ベッドに残ったシミは死体の肉が腐った跡だろうか。それとも別の理由があるのだろうか。
「オラーノ様。こっちを見て下さい」
ベイルに呼ばれて、ロイは彼の元に歩み寄る。すると、ベイルはベッドの上で横たわっていた白骨化死体が握り締めるようにして置かれていた布を指差す。
「この布の絵は、前に二十二階で報告された絵と同じじゃないでしょうか?」
ボロボロになった布には絵が描かれていて、それは二十二階で見つかった「巨大な木と太陽」だった。
「ふむ……。またこの絵か」
何度もダンジョン内で発見されているこの絵は一体何を意味するのか。しかし、ダンジョンに関わりがあるのは確かだろう。
「この死体は一体何なんでしょうね」
そして、二十四階に放置された大量の死体。これらは一体何の死体なのだろうか。
見た目は死んだ人間が白骨化したといった状態にそっくりだ。しかし、ここはさっきまで誰も足を踏み入れた事のないはずの場所。
ベイル達よりも先にここへ到達した人間がいたと考えるよりは、遥か昔からここに「あった」と考える方が自然に思える。
となれば、この白骨化した死体の正体は――
「何にせよ、エドガー達に見せるべきだな。別の部屋や階段へ続く道を探してから学者達を呼ぼう」
既に見えかけた結論を先送りするように、ロイは学者達を連れて来ようと判断を下した。
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