第144話 命を救う魔法
大急ぎで地上に戻った騎士団は周囲の視線など気にせず病院へ直行した。
「重傷者だ! どいてくれ!」
病院の中に一番早く飛び込んだのはロイだった。彼は顔中汗まみれになりながら、病院の待合室にいた看護師に「至急、医者を呼べ」と命じながら、担架に乗せられたアッシュと怪我人達を連れて廊下を進む。
途中、貴族の要請に慌てて現れた医師であったが、ロイが重傷だと言う患者を一目見て目を疑う。大量の吐血を繰り返したであろう状態も驚きだが、何より腕から生えた「魔石」が目に映ったからだろう。
「と、とにかく処置室へ!」
処置室へ運び込まれたアッシュに対し、医師はすぐさま診察を開始。患者の状態を確認した医師は、大量のポーション投与と輸血の開始を看護師や他の医師に指示したところで廊下にいたロイを呼んだ。
「閣下。彼は非常に危ない状況です。このまま手術を行って助かるかどうかはわかりません」
「どうにか生かしてほしい。失うには惜しい存在なのだ!」
ロイの焦り様から医師は「何かある」と察したようだ。
ここまで察しが良いのは理由があった。
この病院は騎士団本部に隣接した病院であり、勤めている医師も軍務省によって採用された医師達である。何が言いたいかと言うと、ある程度は騎士団や王都研究所に関する情報を持っている者達だ。だからこそ、アッシュに対して国へ何らかの「情報」や「価値」がある人物だと見抜いたのだろう。
加えて、侯爵位を持つ人間が酷く焦る様子もこれから彼が告げる判断の一つとなったに違いない。
「閣下。確実に助けるならば治癒魔法が必要になると思われます。彼の腕に関しても私では対処できません」
アッシュの腕は明らかに異常であり、通常の患者とは思えない。これまで多くの患者を治療してきた彼の人生において、今のアッシュは人生初めて見る状態なのは明白だろう。
何らかの事情――国家機密に関する事項が絡んでいると察したが故に、医師は「自分では責任が取れない」と正直に告白した。通常の医学知識しか持たぬ自分が治療して、後々何かが起きても対処できないとも。
「ならば、延命処置を続けよ!」
「かしこまりました」
話を聞いて、ロイはとにかく「生かせ」と命じる。命じた彼はすぐに両手で顔を覆いながら何かを考え始めた。
しばし考えた後、ロイは廊下に座り込んでしまっていたウルカ達に近付いた。
「か、閣下……。先輩は……」
ウルカは顔面蒼白になりながらでロイを見上げた。もはや、貴族を前にして立ち上がる気力すらないようだ。
「ウルーリカ、よく聞け」
ロイは血塗れになったウルカの手を握りながら、彼女に目線を合わせるよう膝を折る。そして、真剣な顔で告げた。
「アッシュを助けたいか?」
「はい」
「助ける手段はある。だが、それを使えば……。アッシュの人生は大きく変わってしまうかもしれない。自由気ままなハンター生活とは遠くかけ離れてしまうかもしれん。お主がアッシュと一緒になるとすれば、お主の人生も変わるかもしれん」
ロイの告げた言葉を聞いて、ウルカは一瞬だけ固まった。
だが、すぐに答えを告げる。
「せ、先輩を助けて下さい……。今後何が起きようとも、死んでしまうよりはずっとマシなはずです……」
言い切ったあと、ウルカは顔を歪ませて再び泣き始めた。
彼女の顔を見つめながら、ロイは強く頷く。
「分かった。悪いようにはせん。私も最大限力になる」
ロイの言葉にウルカは顔を覆いながら頷く。彼女との会話が終わったあと、ミレイとレンに「彼女を頼む」と言ってロイは病院を飛び出した。
向かったのは隣にある騎士団本部だ。
騎士団本部でも病院に入りきらなかった怪我人――主に軽症者が溢れ返っていた。軍医や看護師が廊下で怪我の手当を行っている間を縫いながら、ロイは騎士団本部にある作戦司令室へと向かう。
司令室まで向かうと、既に中にはベイルがいた。彼は部下に何か指示をしていて、ロイの姿を見つけると彼に駆け寄る。
「既に王都へ繋げておきました。中央医療会の院長は視察で不在です。王城の方は捕まえましたが……」
ベイルの報告を聞いて、ロイは一瞬だけ驚きを露わにする。ロイは「私の行動を予想したか?」と言ったあと、首を振った。
「私が動かなかったらお前の名で呼ぶつもりであったか?」
ロイが問うとベイルは真剣な顔で頷く。
「治癒魔法の使い手を動かすにはそれなりの立場と理由が必要だ」
治癒魔法使いを地方都市に呼ぶには、それを要請するなりの強い理由と地位が必要だ。
前回、調査隊で唯一の生き残りであるタロンに治癒魔法を施したのは「ダンジョン調査」に関わる重要な情報を持っているからという理由があった。要請した際も王都騎士団長であるロイに伝えて、彼を経由しながら要請してもらったのだ。
つまり、ロイの言う「立場と理由」が揃っていた。
では、今回はどうするつもりだったのか。
「承知しております。ですが、王都研究所もアッシュの腕に価値があると見るでしょう? ならば、生きていた方が良い。それを理由にするつもりでした」
まだ伯爵家の跡取り、地方騎士団の団長というベイルの立場では少々弱い。だが、今回はアッシュ自身がアッシュの命を救う強い理由となる。
腕から魔石が生えるなんて現象は聞いた事がない。すなわち、ローズベル王国内では初めて起きた現象だ。そのような状態になった人間がいると言えば、研究所は食いつくに違いない。
「アッシュを助けるにはこれしかありません。彼の身を売るような行為ではありますが、このまま黙って死なせるよりはマシです」
もしかしたら、このまま死んだ方が幸せだった……なんて可能性もあるかもしれない。
だが、ベイルはそれでもアッシュに生きて欲しいと願った。
何より、そうならないとする計画もあったようだ。
「王都研究所がアッシュに興味を抱くのは確実。非道な実験体になってしまう可能性は……極めて低いと思っています」
「ほう?」
「オラーノ様とベイルーナ様がいるでしょう? 貴方達の力と立場があれば何とかなると思っていますよ」
老人二人すらも利用しようとしていたベイルに対し、ロイはニヤリと笑った。
「当然だな。王都の方は気にするな。実験体になんぞさせん。エドガーだって同意見のはずだ」
そう言って、ロイは司令室内にあった魔導具――相互連絡機と呼ばれる魔導具に近寄った。
これは対となる魔導具同士であれば、遠く離れた場所でも会話を可能にする魔導具だ。会話には少々のタイムラグが発生するが、王都と瞬時に連絡を取れる便利な魔導具であった。といっても、まだ重要施設にしか配備されない貴重な物であるが。
ロイは受話器を取って、既に繋がっていた王城の担当者と会話を始める。
「こちらは王都騎士団団長ロイ・オラーノである。第二都市にて、重要人物が重傷を負った。至急、治癒魔法使いを第二都市へ派遣してくれ」
受話器の向こう側から「お待ち下さい」と声が返ってきた。その後、担当者と一言二言話しているとロイの怒声が響く。
「良いから早く派遣しろッ! あやつを死なせれば王国の進める研究が遅れる可能性があるッ! 王都研究所からネチネチ文句を言われても私は庇わんからなッ!?」
それでも話が進まなかったのか、再びロイは怒声を上げた。
「ヴィレーン卿に借りを返せと伝えろッ! それで通るはずだッ!」
最後の怒声から数分後、ようやくロイは「分かった」と言って受話器を置いた。彼はベイルの顔を見ると大きくため息を零す。
「要請は通った。特急便でこちらにやって来る。あと三十分くらいで到着するだろう」
「さすがです」
「貸しは作っておくものだな。お前も上を目指すのであればそうしておけ」
「そうしましょう。では、駅に迎えを派遣しておきます」
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結果から言うと、アッシュは一命を取りとめた。
ポーションの投与と輸血、応急処置によって延命が続けられていた最中に王城勤めの治癒魔法使いが病院に飛び込んで来たのだ。
治癒魔法を受けたアッシュの体は全快するも、腕の魔石に関してはそのままの状態が維持された。
腕については治癒魔法使いも「治癒魔法を使っても治らなかった」と告げる。更には「どの患者よりも治りが早い。通常よりも少ない魔力量で全快に至った」と首を傾げていた。
いくつか謎は残ったが、アッシュが助かったことにはかわりない。
治癒魔法使いが過剰と思えるほどの護衛に囲まれながら病院を出て行ったあと、ウルカはベッドで眠るアッシュの手を握りながらロイやベイルに感謝を繰り返していた。
「気にするな。それよりも……」
ロイはアッシュの左腕を握るウルカの反対側にいる人物――魔石の生えた腕を観察するエドガーに顔を向けて問う。
「どうだ?」
「ううむ……。初めて見る現象だな。人間の腕から魔石が生えるなど……」
エドガーはアッシュの腕に生えた魔石を観察しつつ、指で魔石に触れた。
「恐らく、これは骨から生えているのではないか? どうにも皮膚を突き破って露出しているように思える」
魔石に触れて動かそうとしても、魔石は全く動かなかった。エドガーが軽く引っ張ってみても抜けるような気配はない。それどころか、引っ張った魔石につられてアッシュの腕が若干浮く。
「アッシュが目覚めてから詳しく検査せんと人体に影響かあるか否かは判断できん」
「問題はいつ目が覚めるか、か」
治癒魔法を受けた患者はしばらく眠った状態になる。怪我の具合を見た治癒魔法使いが言うには、少なくとも一ヵ月以上は眠るだろうと言っていた。
「ウルーリカ。アッシュは君に任せる。何かあったらすぐに知らせてくれ」
「はい。かしこまりました。その、本当にありがとうございます」
頭を下げるウルカに見送られつつ、ロイ達は病室を後にした。病院を出たあと、三人は騎士団本部へ移動する。
ベイルの執務室に移動したあと、お茶を飲みながら今後についての話し合いを始めた。
「ベイル。第二騎士団の被害状況はどうだ?」
「動かせるのは五十人といったところでしょうか」
今回の調査で多くの人員が怪我を負った。それに死者もかなりの数が出ている。ただ、それでも二十三階の調査は進めるべきだとロイは言う。
「アッシュのおかげで一番の脅威は排除できた……と思いたい。今のうちに調査を進めるべきだろうな」
「では、明日から再開しますか?」
「ああ。早急に二十三階の全体像を掴んで、エドガー達を連れて行こう」
「そうしてくれると助かるな。あと、アッシュの腕についても詳細を聞かせてくれ」
三人で話し合ったあと、ロイとエドガーはベイルの執務室から退室していった。二人で廊下を歩いている時、エドガーがロイに話しかけた。
「今回の件、治癒魔法使いを呼んだのは正解だった。アッシュの腕は未知なる現象だ。理由としてはバッチリであるな。王都研究所の奴等は涎を垂らしながら歓喜するに違いない」
「そうか」
「問題は女王陛下が何を思うかだ。剣の状態を見たが、完全に魔導刻印が変化していた。それどころか、当時の状況を聞く限りは人工魔法剣が本物の魔法剣になったとしか思えん」
アッシュ自身と彼の使った剣についてはこれから調査が始まる。だが、この件を聞いた女王が何と言うかが心配だとエドガーは首を振った。
「無茶な事を言わなければ良いがな」
「…………」
エドガーは肩を竦めながらため息を吐いていたが、隣にいるロイは無言でぶるりと体を震わせていた。
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