第141話 届かない一撃


 依然として盾兵隊を狙う巨大キメラ。


 俺はヤツの側面から間合いに入った。雄叫びを上げ、興奮するような様子を見せながら戦う巨大キメラは俺に気付いてはいなかった。


 好都合だ。


「おおッ!」


 完全起動した人工魔法剣を構え、俺は巨大キメラの脚を斬る。足を横から一刀する勢いで斬りつけるも、半ばで刀身が止まってしまった。


 切り口は赤熱した剣の熱で焦げ、か細い白い煙が上がる。このまま最後まで斬り裂こうとも考えたが、真上から視線を感じ取った。


「アッシュ! 離脱しろ!」


 同時に叫ばれるベイルの声。俺は相手の足を蹴るようにして、剣を抜きながら大きくバックステップ。直後、俺のいた場所に大きな拳が落ちてきた。


「オ"ォォォッ!!」


 雄叫びを上げる巨大キメラの双眸は完全に俺へと向けられる。どうやら脚を斬った事で注意を向ける事には成功したようだ。


「そうだッ! こっちだッ! 俺を倒してみろッ!」


 俺は叫びながら相手を煽った。魔物が人の言葉を理解しているとは思えないが、それでも巨大キメラは雄叫びを上げるとズンズンと俺に向かって歩き始める。


 視界の端には巨大キメラの左右へ回り込んでタイミングを窺うベイルとオラーノ侯爵。彼等の近くにはミレイとターニャ達の姿もあった。


 ――ここで、大きく隙を作る。そうすればみんなが巨大キメラの両腕に攻撃を加えてくれるはずだ。


「オ"ォォォォッ!!」


 雄叫びを上げた巨大キメラは俺に向かって一歩、二歩、と大きく踏み出した。手に持っていた斧を大きく振り上げて、俺を叩き斬ろうと振り下ろす。


 恐ろしく速い一撃に対し、俺は横へ飛び込むように回避した。かなり早いタイミングで回避したものの、攻撃に対してギリギリの回避になってしまう。


 だが、惹き付けた上に回避もできた。


 これで良い。


「レンッ!」


 回避しながら叫ぶと、直後に太い雷がキメラの脇腹に直撃。恐らくはレンが本気を込めて放った一撃だろう。


 ズドンと大砲のような音が鳴って、雷が脇腹から脇腹へと突き抜けた。


 通常個体のように体が木っ端微塵になる事はなかったが、巨大キメラは悲鳴を上げてその場で固まった。


「今だッ!」


 ベイル、オラーノ侯爵、ミレイ、ターニャ達女神の剣、騎士達。かなりの人数が側面から巨大キメラに殺到する。斧を振り下ろしたまま固まっている腕にそれぞれが渾身の一撃を加えていき、巨大キメラの両腕が切断された。


 切断された両腕は斧を握ったまま、ぼとりと床に落ちる。更に悲鳴を上げたキメラが暴れようとするも――


「今のうちに離脱を!」


 ウルカの叫び声と共に炎矢がキメラの頭部に刺さった。遅れて弓兵隊の一斉射が巨大キメラの体中に突き刺さる。その隙に皆が離脱を始めた。


「よしッ! 後は……ッ!」


 後は魔石の破壊。


 恐らく、通常個体と同じように腹の中にあるのだろうと推測するが……。


 気になるのは、先ほどレンの魔法が脇腹を貫通した件だ。腹の中を魔法が貫通したにも拘らず、まだキメラは活動を続けている。


 もしかしたら、別の位置にあるのか?


「迷っている暇はないか」


 どちらにせよ、腹は斬り裂く。腹から胸にかけて斬り裂き、そこに無ければ心臓部分。順を追って探していくしかない。


 俺は人工魔剣を構え、真正面から斬りかかった。


「先輩!?」


 ウルカの戸惑う声が聞こえた。だが、両腕が失われた今こそ攻め時だと俺は判断する。放っておけば再生してしまうかもしれないという懸念もあったから。


 腹に剣を突き立て、上方向へと斬り裂く。だが、魔石らしき感触はなかった。


 じゃあ、心臓の辺りか? そう思った直後、悶え苦しんでいたキメラが再び動き出す。


「オ"オ"オ"!!」


 雄叫びを上げた途端、俺の視界には赤黒い何かが動くのが映った。その正体は切断されたはずの両腕だ。


 切断された両腕は粘液状に変化して、それは腕の断面に吸い込まれるようにくっついた。


「クソッ! やっぱりか!」


 再生するとは思っていたが、予想以上に早すぎた。


 断面にくっ付いた赤黒い粘液はウゾウゾと動き回り、徐々に切断された腕の形を取り戻していく。やがて完全な腕に変化すると、先ほど切断された事が無かったかのように再生してしまった。


 だが、ヤツが使っていた武器はもう手にない。これだけでも状況は一つ前進したと言える。


「オ"ォォッ!!」


 再生した腕を振り上げて、俺を潰そうとしてくる巨大キメラ。


「離脱しろ、アッシュ!」


 既に離れていたベイルの声が届くが、俺はそうしなかった。決して怒りで思考が鈍っていたわけじゃない。単純にやれると思ったから。


「いや、援護してくれッ!」


 頼もしい仲間からの援護もある。だからこそ、俺達ならやれると思った。


「フッ!」


 振り下ろされる腕へ剣を這わせるようにして、振り落としを躱しながら同時に斬り裂く。赤黒い血飛沫が舞う中、俺の目は巨大キメラの心臓部分を捉え続ける。


 腕を斬り裂かれた巨大キメラは小さく後ろへ飛び退いた。だが、逆に俺は距離を詰める。


 直後、またもや横から雷が飛んで来た。雷はキメラの肩に当たって弾ける。今度は巨大キメラの肩を破壊して、太い右腕が肩口から弾けて落ちた。


 悲鳴を上げるキメラに更なる追撃。ウルカが放ったであろう炎矢が側頭部に当たった。


「オ"オ"オ"ォォォッ!?」


 大きく胸を仰け反らせて悶え苦しむ巨大キメラ。


 やっぱりだ。俺達ならばやれる。仲間と力を合わせればどんな壁も突破できる。


 絶好のタイミングで支援してくれた二人に感謝しながら、俺は突きの構えを取った。同時にチラリと視線をズラせば、ベイルやオラーノ侯爵達も後に続く体勢を取っていた。


 いける。


「もらっ――」


 あとは心臓部分に剣を突き立てるだけ。そう思っていた直後、巨大キメラの背中が爆ぜた。赤黒い血飛沫と肉を撒き散らし、背中から飛び出たのは細長い鞭のような二本の触手だった。


「なにッ!?」


 触手はキメラの胴体に巻き付くようにして、俺の突きを防御する。俺の剣は触手の片方に突き刺さり、赤黒い血飛沫が舞った。


 防御された、と認識した時には既に遅かった。もう片方の触手がしなる。


 だが、触手が動き出すのと同時にレンが放った魔法が巨大キメラに着弾するのが見えた。


 間一髪、レンに助けられた。


 そう思っていた。


 しかし、魔法の直撃を受けた巨大キメラが怯まない。先ほどと威力と遜色ないほどの魔法が放たれたように見えたし、確実に直撃したはずなのに怯まなかった。


 どうして、と疑問に思うと同時に俺の目の前に触手が迫る。


 咄嗟に防御しようと試みるが、想像していた以上に触手の動きは早い。大きく横に振られた触手は俺の体に直撃して、そのままの勢いで後方へ吹き飛ばされてしまった。


「ガッ!?」


 息ができないほどの衝撃を受けると同時に体から鈍い音が鳴った。自分でも体の骨を粉砕されたという自覚があった。


 俺は受け身も取れないまま床に落ちて、そのまま動けなくなる。


「ガ、ハ、あ、あ……」


 苦しい。息ができない。声も出せない。辛うじて耳に届いたのはウルカの悲鳴だ。他にも誰かが叫んでいる声が聞こえたが、誰の声なのか分からなかった。


 その場から逃げようと考えても、体が動かない。


 立ち上がれない。這えない。腕も足も動かない。どうなっているんだ。


 俺の体はどうなっているんだ?


「――――」


 誰かの声がして、俺は掴まれたまま引き摺られていく。


 体が動いたと思ったら、俺の視界にはウルカの顔が映った。すごく焦った様子で、大粒の涙を流しながら何か叫んでいる。


 どうして彼女は泣いているんだ。俺はどうなったんだっけ?


 でも、泣かないでくれ。


 さっきまで体が痛かったけど、もう痛みは消えたよ。だが……。ちょっと寒くなってきた。


 ウルカ、毛布を取ってくれないか。


 それか……。いつもみたいに抱きしめて温めて欲しい。


 未だ泣き続ける彼女に伝えてみても、彼女の表情は変わらない。それどこか、もっと泣き始めた。


 どうしたんだよ、一体……。


 視界が霞んでいき、意識が遠くなっていく……。霞む視界の中、俺の足元に白い光の塊が落ちた。白い光の塊は徐々に形を変えていき、いつの間にか人間の足に変わった。


 茶のブーツを履いた足だ。他の景色は霞んで見えるのに、どうしてかそれだけはハッキリ見えた。


 一体、誰の足だ。そんな事を考えていると、俺の視界に男性の顔が割り込んできた。


 年齢は四十代前半だろうか。顔の造りや雰囲気から察するにローズベル王国人に思える。


 男は俺の傍に近寄ると膝を折って俺に顔を近づけて来た。


 そして、じっと俺の顔を見たあと――


『どちらを選択する?』


 そう問いかけて来たのだ。

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