第140話 宿敵


「ふぅ……。何とかなったか」


 俺達はそこら中に転がるキメラの死体を見渡しながら一息ついていた。広場から更に奥へ繋がる通路にもキメラの姿はない。ようやく押し寄せるキメラ共を全て排除できたようだ。


 繭から誕生した変異キメラも騎士達によって全て排除され、脅威は去ったと思って良いだろう。


「怪我人の数はどうだ!? 重傷者はいるか!?」


 戦闘終了後、ベイルが被害状況の確認を行うと騎士隊の中からは「重傷者三名!」「五名死亡!」など、他の班からも次々に人数を告げる声が上がった。


 被害者となった騎士達はどれも変異キメラにやられたようだ。騎士団全体の人的損傷は二割といったところ。


 馬鹿みたいに多かったキメラに対し、二割の被害で抑えられたのは幸いと言って良いものなのだろうか。


「オラーノ様。怪我人と死亡者の遺体を上に運びます」


「うむ。そうしよう。王都から運び込んだポーションは好きに使え。惜しむなよ」


「かしこまりました」


 既に怪我人の治療は始まっているが、改めて確認するようにオラーノ侯爵がベイルに言った。ポーションは貴重な薬であるが、それよりも人命が優先されるのは当然のことだろう。


 ベイルが去っていたので彼の背中を追っていくと――怪我人にポーションを飲ませる騎士の姿が視界の端に映った。


 映った瞬間、俺は違和感を感じる。何がそう思わせるのかと治療中の騎士を見つめていると……。


「あれ? ポーションの色が」


 違和感の正体はポーションの色だ。


 ポーションは青色の液体であるが、ポーションを飲む騎士の口から零れる液体の色が赤だった。一瞬、赤い液体は怪我人の口から漏れた血かと思ったが、どうにも違うように見える。


「あれは王都で新開発されたハイポーションだ」


「ハイポーションですか?」


 横から教えてくれたのはオラーノ侯爵。彼は俺の繰り返した問いかけに頷いた。


「うむ。最近開発されたばかりの新薬でな。従来のポーションよりも効能が二割ほど向上している。ようやく試験を終えて実用化された」


 ハイポーションの実用化によって、これまで以上に怪我人の命を引き留められるようになるだろうとオラーノ侯爵は語る。


 画期的な薬の効能が向上したのは良い事だ。


 ただ、試験とやらについては……。聞かない方がいいのだろうな。


「怪我人達を上へ送ったら進行を再開する。準備しておいてくれ」


「はい、かしこまりました」


 オラーノ侯爵がそう言って、俺の前から去って行った。ベイルと今後について打ち合わせするのだろう。俺は彼の背中を見送ったあと、仲間達の様子を確認しようと首を振るが――


『オォォォォッ!!』


 直後、奥へと続く通路側から大きな雄叫びが聞こえて来る。聞こえたのは俺だけじゃなく、少し離れていたオラーノ侯爵とベイルにも聞こえたようだ。


 広場にいた全員が静かになり、雄叫びに耳を傾けた。継続される雄叫びが止んだと思いきや、今度は奥から何かが爆発するような音が聞こえて来る。


 猛烈に嫌な予感がした。


 ドカン、ドカン、と何かを爆発させるように鳴る音が徐々に近づいて来るように思えた。


 音が鳴る方向は――通路じゃない。音に耳を傾けながら方向を探っていると、俺は横にいたウルカと同時に広場右手側にある壁を指差した。


「壁の奥から!」


「壁の方から鳴っているぞ!」


 俺とウルカの叫び声によって、全員が俺達の指し示した方向へ顔を向ける。


「怪我人と死亡者の移動を急げ!」


 明らかな異常事態を前にして、ベイルは上へ向かうよう指示された騎士達に急ぐよう命令を下す。


 騎士達は慌てながら怪我人を背負い始めるが――直後、広場の壁が爆発を起こすかのように吹き飛んだ。


 ドガンと強烈な破壊音が鳴って、壁は粉々に吹き飛んだ。広場内部には壁の破片と煙が舞う。


「オ"ォ……」


 飛び散った破片に対し、俺は腕で顔を覆った。煙が舞う中、目を細めながら破壊された壁の方を窺うも声しか聞こえない。徐々に煙が晴れていくと、壁を破壊した犯人の影が映った。


 唸り声に似た鳴き声を上げるのは巨大な影。恐らくは二メートル半はあるだろうか。


 ようやく煙が晴れると、影の正体が露わになった。


「オ"ォォォォッ!!」


 壁を破壊しながら現れたのは巨大なキメラだった。


 繭の中で変異したキメラが更に大きくなったような姿をしている。頭部は角が異常に伸びたヤギ頭、上半身と下半身は完全に人型だ。腕と脚なんて大木のように太くて逞しい。


 しかも、問題は手に武器を持っているところだろうか。


「あれは……」


 よく見れば、巨大キメラが持っていた武器は二十二階にも現れた巨大ゴーレムの腕だ。


 腕の先が斧のようになっている事から、二十三階で死亡していた巨大ゴーレムの腕に違いない。という事は、ヤツが巨大ゴーレムを破壊したのか? 破壊して腕を千切り、武器として使用しているのだろうか?


 何にせよ、ヤバい相手であるのは間違いなさそうだ。


「盾兵隊! ヤツの攻撃に――!?」


 突如姿を現した巨大キメラに対し、ベイルは騎士隊に指示を出すがそれよりも早く巨大キメラが動き出した。


 破壊した壁を潜り抜けて、俺達に向かって走り出す。そのスピードはかなり速かった。全員が驚いている間にキメラは大きく跳躍。


 何人かの騎士達を飛び越して、上の階層へ退避しようとしていた騎士達――広場の入り口方向で孤立していた騎士達の近くまで一足で飛んだのだ。


「オ"ォォォォッ!!」


 着地したキメラは怪我人を背負う騎士達に向かってゴーレムの腕を振り上げた。それを斧のように上段から振り落とす。


 凄まじいパワーで振り下ろされた斧は騎士の体を容易く叩き斬った。


「う、うわあああ!?」


 仲間が一撃で殺害されたのを間近で見た騎士が悲鳴を上げる。すると、今度は悲鳴を上げた騎士に巨大キメラの顔が向けられた。


 狙いを定めた巨大キメラは再び斧を振り上げる。それを見た騎士は逃げようとするが……。


「ぎゃっ――」


 肩口から斧の刃が落ちて、荒々しく騎士の体を鎧ごと叩き斬ったのだ。体を破壊された騎士の死体は――二十二階で壊滅した調査隊メンバーの死体と状況が重なる。


「まさか……」


 ヤツなのか?


 二十二階で調査隊を壊滅させたもう一種の魔物。荒々しい刃物の跡を残していた魔物。人型ゴーレムと戦闘していた魔物――これまで不明だった最後のピースはこの魔物なのか?


 推測が固まった瞬間、俺の中にはふつふつと怒りが湧いてきた。

 

「だったら、俺が――」


 俺はピックハンマーを腰に収め、人工魔剣に手を伸ばした。剣を抜いたところで、ベイルとオラーノ侯爵が騎士隊に指示を出し始めた。


「盾兵隊はヤツの動きを止めろ!」


「弓兵隊、一斉射撃!」


 距離を詰め始めた盾兵隊の後ろから魔導弓による炎矢の一斉射撃。何十発もの炎矢が巨大キメラに放たれるが、巨大キメラは雄叫びを上げながら防御もせずに盾兵隊に向かって走り出した。


 途中、巨大キメラの体に炎矢がザクザクと突き刺さる。巨大キメラの肉は焦げ、当たった箇所によっては赤黒い血が噴き出した。


 しかし、効いている様子は無い。よく見れば、炎矢を受けて出来た傷口がみるみる再生していくではないか。


 結果、無傷と言ってもよい。走りながら体を急速再生させた巨大キメラは盾兵隊を間合いに捉えた。


「オ"ォォォォッ!!」


 持っていた斧を横薙ぎに振るう。騎士はタワーシールドを構えて斧を受け止めようとするが――


「ぎッ!?」


 巨大キメラのパワーは人間如きでは止められなかった。分厚い盾を一撃で粉砕して、その勢いのまま騎士を吹き飛ばす。


 吹き飛ばされた騎士は数メートル先にあった壁にまで飛んでいった。強烈な勢いで壁に叩きつけられた騎士はそのまま動かない。兜の隙間から血が流れている。どうやら壁に当たった衝撃でやられてしまったようだ。


「オ"ォォォォッ!!」


 一人を殺害するだけに留まらず、雄叫びを上げながら暴れ回る巨大キメラ。斧を振り回しては盾兵の体を叩き斬り、タワーシールドごと地面に押し込むようにして叩き潰し、後方より放たれる炎矢などまるで気にせず次々に盾兵を殺害していく。


「三人とも、援護してくれ!」


「先輩!?」


「おい、どうする気だよ!?」


 俺は仲間にそう告げてから走り出した。


 これ以上、被害者を出すわけにはいかない。抜いた人工魔剣のセーフティーを解除すると、チラリと魔導刻印の起動状況を確認した。


「アッシュ! どう攻める!?」


 走っていると、横を並走し始めたのはベイルだった。


「あの武器はどうにかせんとならんぞ!」


 更にオラーノ侯爵と王都騎士団所属の騎士までもが続く。


「俺が囮になる! そのうちに相手の腕を!」


「危険すぎる!」


 俺の提案に対し、ベイルは走りながら拒否するが――


「ダメだッ! 奴を仕留めないと先は無いッ!」


 自分がいつもより熱くなっているのは自覚していた。でも、言うのは止められなかった。


 あれはこの場で殺さなければならない。殺さなければ、俺達全員が調査隊メンバーと同じ運命を辿る可能性が高い。


「そうはさせない……!」


 これ以上、仲間は殺させない。


 それに……。


 俺はチラリとウルカを見た。


 一番大切な人を殺されてたまるものか。


 だからこそ、最も危険な役目は俺が担う。しかし、皆の協力もあれば倒せるはずだ。


「ここで仕留めるッ!」


 赤熱した刀身を下段に構えながら、俺は巨大キメラの間合いに入り込んだ。

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