第139話 キメラとの戦闘 2


 広場へ押し寄せて来たキメラとの戦闘が開始された。


 まずは弓兵による魔導弓の一斉射だ。炎矢が放たれ、それらはキメラの腹に命中する。


 キメラは生まれた直後、動きが鈍い。呻き声を上げながらノロノロと動く奴等の腹を射抜くなど、弓の扱いに長けた騎士達にとっては良い的だ。


 ザクザクと何本もの炎矢が腹に突き刺さって、腹の内部にあったであろう魔石を破壊された個体はその場で倒れて動かなくなった。


 しかし、放った全ての炎矢が百発百中とはいかない。いくつかの個体は肩や胸に炎矢が突き刺さって、炎矢によって出来上がった損傷個所の再生が始まる。


「行けッ! 行けッ! 行けッ!」


 再生が始まった個体を優先的に攻撃しようと試みたのが盾兵隊だ。


 彼等はタワーシールドで他のキメラ達を押し返しつつ、ピックハンマーのピックを再生中であるキメラの腹に突き刺した。


 突き刺したピックを抉るように捻りながらキメラの腹を破壊して、内部にあった魔石を露出させる。あとは魔石にピックを突き立てて破壊するか、もしくは抜き取るかで殺すことができる。


 キメラは凶悪な再生能力を持った魔物であるが、弱点が分かってしまえば脅威度もグンと下がる。いたずらに再生を繰り返させず、俊敏さとパワーを向上させていない状態であれば猶更だ。


 ただ、問題は数だろうか。


 百以上のキメラが押し寄せて来たと思ったが、どうにもまだまだ奥からやって来ている様子。広場へ入り込んで来るキメラの波が全然止まらない。


「おおおッ!」


 俺達ジェイナス隊も最前列にいる盾兵隊に混じって応戦を開始した。


 俺とミレイはピックハンマーを振り回して腹の魔石をとにかく破壊する。ウルカは後方より援護しながら俺とミレイの位置取りを補助。レンは魔法を連発してキメラを木っ端微塵にしていた。


「レン、あまり無理はするなよ!」


「はい!」


 張り切るレンに声をかけながら討伐を続けた。横目で周囲を見ると、女神の剣も続々とキメラを倒しているようだ。


 騎士団とハンター組が上手く機能し合って、続々と入り込んで来るキメラを塞き止め続ける。だが、異変が起きたのは戦闘開始から三十分程度経った頃だった。


「オォォ、ァァァ……」


 広場に進入しようと押し寄せるキメラ達がピタリと足を止めたのだ。その後、キメラは四つん這いになって死亡した仲間の死体に近付いた。


 キメラ達は口を開けて、赤黒い粘液を垂らしながら床に転がっていた死体を食らい始める。


「な、なんだ!?」


 突然始まった捕食行動に全員が戸惑いを隠せない。


 死亡したキメラの死肉を腕や口を使って千切り取り、それをバクバクと食べ続ける。口の周りはキメラの血で染まって、貪るように喰いまくる姿はあまりにも気色悪かった。


「オォォォ、オォォォ……」


 死肉を食らった個体は続々と低い唸り声を上げて、両腕で体を包み込むようにその場で丸まった。丸まった個体の体から赤黒い粘液が滲み出て、粘液で体全体がコーティングされていく。


 次第に体の形が完全に分からなくなるくらいコーティングが進んで、キメラは赤黒い粘液で作られた繭に変化した。


 ――それは、第二家畜場で見つけた繭と全く同じ。


 これら目の前にいるキメラ達は繭から生まれた存在ではないのだろうか? だとしたら、二度目の繭化を行ってどうなる? どう変化する?


 この行動が一体何を意味しているのかは不明であるが、俺の脳裏にはとてつもなく嫌な予感が過った。


「レ、レン! 魔法だ! 魔法で阻止してくれ!」


「はい!」


 レンは俺の指示に従って赤黒い繭に雷を放つ。雷が着弾した繭は爆発を起こし、繭の中からキメラの肉片と赤黒い粘体を飛散させた。


 しかし、とてもじゃないがレンだけでは全ての繭を破壊しきれない。


「弓兵隊も射撃を開始しろ!」


 ベイルの指示に従って、魔導弓を構えた騎士が繭に向かって一斉射を行う。炎矢を受けて繭は火達磨になり、やがて破裂して中身を撒き散らした。


 続々と破壊されていく繭。このまま全て破壊できるかと思っていたが、そう甘くはなかった。


「繭にヒビが!」


 騎士がそう叫んだ直後、赤黒い繭がドクンと脈打つ。そして、硬化した繭がバキバキと割れた。中から赤黒い液体と共に飛び出したのは、よりマッシブな人型に近付いたキメラだった。


 頭部が動物の形をしているのは変わらない。だが、首から下が完全に人を模していた。上半身と下半身は筋肉質になっていて、腕も脚も太く逞しい。何より、個体によってバラバラだった見た目が均一化されている。


「オ"ォォォォッ!!」


 鳴き声は掠れたような呻き声からハッキリとした唸り声に。頭部にある二つの目がギラリと光って俺達を睨みつける。


 残っていた繭から続々とキメラが再び生まれ始めた。その数は五十を越えて、まだ広場に進入して来ていないキメラも死肉を食らい始めている。変異した個体はこれからもっと増えていくに違いない。


「オ"ォォォォッ!!」


 粘液に塗れたままの状態で唸り声を上げたキメラは盾兵に向かって走り出した。そのスピードは明らかに再生を繰り返して力を取り戻した個体と同等かそれ以上のもの。


「早い! くっ!」


 走り出したキメラを前にして、盾兵はタワーシールドを構える。両足に力を入れて、完全に受け止める体勢を取っていた。


 しかし――


「オ"ォォッ!!」


 騎士に向かって走り出したキメラは、構えていた盾に右ストレートを叩き込む。キメラの右ストレートが盾に当たった瞬間、爆発するような音が鳴った。


 盾の表面が大きくへこんで、盾を構えていた騎士の体が後方に吹き飛んだのだ。


 人を容易く吹き飛ばすパワーに全員言葉が出なかったが、騎士を吹き飛ばしたキメラが後を追うように走り出した事でようやく我に返る。


「彼を助けろッ!」


 追撃を図るキメラの後を他の騎士が追うも、途中でキメラは大きく跳躍。吹き飛ばされて倒れていた騎士に飛び掛かった。


「オ"ォォォッ!」


「うわ、うわ、うわ!! やめろ、やめろおおお!! あああああッ!?」


 騎士に飛び掛かったキメラは騎士の顔を手で押さえつけると、首元に食らい付いたようだ。騎士の首を食い千切り、返り血を浴びながらも人の肉を食らい始めた。


「ふざけるなッ!」


 後を追った騎士がキメラを盾で弾く。馬乗りになっていた騎士から剥がすことは出来たが、首元に食らい付かれた騎士はぴくりとも動かない。


 俺は恐るべきスピードとパワーを持ったキメラを目で追っていたが――


「まだ来るぞ!」


 ベイルの声で再び前を向いた。前を向けば、繭から生まれたキメラが雄叫びを上げながら走り出していた。


「複数人で対応しろ!」


 盾兵達にそう指示を出したベイル。


「俺達が受け止める!」 


 指示を受けて、キメラを受け止めようと前に出たのはタワーシールドを持った重装兵達だった。彼等は自慢の体躯でキメラの攻撃を受け止める。やや体が後ろに流れたが、それでも受け止める事には成功した。


 突進を受け止められたキメラは唸り声を上げて腕を振り被った。先ほどと同じように盾へパンチを繰り出す気なのだろう。


 だが、騎士達だって馬鹿じゃない。


「挟み込め!」


「このッ!」


 盾を持った騎士が両サイドからキメラに向かって盾を押し込む。ガッチリと盾でホールドされたキメラの動きが一瞬だけ封じられた。


「そのまま拘束しておけよ!」


 そして、後ろからもう一人の騎士がピックハンマーを背中に突き刺す。何度も何度も突き刺して、背中側から魔石を破壊しようと試みた。


 ザクザクとピックが突き刺さる背中からは血が噴き出し、拘束されていたキメラからは苦悶の声が上がる。


「効いているぞ! 肉は硬くない!」


 繭から飛び出したキメラ――より人型へと変異したキメラであったが、そう防御力はないようだ。応戦していた騎士達は彼等と同じようにキメラを拘束しつつ、何とか魔石を破壊しようと戦闘を続ける。


 変異したキメラは騎士達に任せれば大丈夫そうだ。だとすれば、俺達が取る行動は――


「ベイル、俺達は後続を叩く!」


 俺は応戦する騎士達を通り越して、広場へ入り込もうとする後続を狩る事にした。これ以上、死肉を食らって繭化させるのは防ぎたい。 


 指揮を執っていたベイルに叫び、仲間を連れて前進を開始。俺達が前進を始めると女神の剣も後に続いた。


「弓兵隊はアッシュ達の援護だ! これ以上、キメラを強化させるな!」


「お前達は私に続け! 我等も後続を食い止めるぞ!」


 ベイルは弓兵に援護射撃の指示を出し、オラーノ侯爵は王都騎士団所属の騎士を引き連れて俺達と共に前へ出た。


 奥へ向かっている途中、俺達の真横を炎矢が通り抜けていく。それらは広場に入ろうとしていたキメラの腹に突き刺さった。援護射撃を確認しながら、俺はミレイと共にキメラの死体を飛び越しながら前へと進んだ。


「死肉を食らうヤツから優先的にやるぞ!」


「分かってる!」


 ミレイに声を掛けながら走っていると、俺の真横についたのはターニャ率いる女神の剣。  


「左は我々が!」


「右はこちらが引き受ける!」


 ターニャ達が「左」と宣言したあと、後方から追って来ていたオラーノ侯爵が右と告げた。二人に返事を返しつつ、俺は真正面を見据えた。


 広場に入り込んだ個体が床に転がっている死肉へ腕を伸ばしている最中だ。これ以上、変異させるものか。


「おおおッ!」


 俺はその個体に向かって駆けて、ピックハンマーを下から上に振り上げる。顎下に突き刺さったピックハンマーを思いっきり振り上げて、死肉に伸ばす腕を何とか阻止した。


 その直後、横からミレイの攻撃が腹に突き刺さる。彼女は横に大きく腹を裂いた。顎から武器を抜いた俺は腕を引き、今度は腹の中に埋まっていた魔石に狙いをつけた。


 ミレイとのコンビネーションで腹の魔石に一撃を加える。ピックの突き刺さった魔石はキメラの体内で割れ、割れた直後にキメラの動きが止まって床に崩れ落ちた。


「次ッ!」


 一体目を処理した俺は、次の個体に狙いを定める。だが、キメラ達は俺達を排除しないと死肉が食らえないと思ったらしい。


 死肉に向けられていた視線が俺達に向けられて、キメラは両腕を伸ばしながら俺達に組み付こうとしてくる。キメラの腕を武器で弾きながら腹を狙う機会を窺っていると、後方より飛んで来た炎矢が俺の真横を通り過ぎて行った。炎矢を目で追うと、すぐ近くにいた別の個体の頭部に突き刺さる。


 頭部に炎矢が刺さった個体は俺を狙って腕を伸ばしていたようだ。


「先輩! 魔石を!」


 俺の死角を埋めるように援護してくれたウルカがそう叫ぶ。俺は顔が燃える個体の腹をこじ開けて、中にあった魔石を破壊した。


「次だッ!」


 崩れ落ちるキメラを最後まで見届けず、俺は次の個体に狙いを付けた。


 武器を振るい、キメラの腹を壊して。援護射撃によって一撃を受けた個体にトドメを刺し――それを何度繰り返しただろうか。戦闘開始からどれくらい時間が経過したかもわからない。


 だが、俺達ジェイナス隊とターニャ率いる女神の剣、オラーノ侯爵と騎士隊の奮闘もあって、広場内に入り込もうとしていたキメラの殲滅に成功した。

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