第138話 キメラとの戦闘 1


 二十三階に再進出した俺達は、先日到達した場所である二か所目の家畜場――第二家畜場まで再び進んだ。


 道中で魔物に遭遇する事はなく、以前よりも短い時間で到達できたのは幸先が良いのかもしれない。


 第二家畜場に到達した後、警戒しながら周囲を探る。出発前にキメラが誕生した繭があれば破片でも良いから回収して欲しいと学者達に言われていたので、前回戦闘になったキメラが生まれた繭の一部を回収。


 回収作業をしつつ、三十分ほど調査をした後、第二家畜場の左手側にある壁にドアがあると判明。判明までに時間が掛かったのは、壁に付着した赤黒い粘液のせいだ。


 家畜場の床や壁の一部には赤黒い粘液の塊が張り付いていて、そこにあったはずのドアを隠していた。


 壁に張り付く赤黒い粘液に騎士が手を伸ばした。もちろん、素手ではなくガントレットをはめた上での行動だ。


 触った騎士が指で粘液こそぎ取り、指を擦るとネバネバとした粘液が糸を引いた。


 加えて、簡単には除去できないと思っていたが、熱を加えると簡単に焦げ落ちる事が分かった。壁を炙るようにして粘液を焦がし落とし、隠れていたドアの先を確認する。


「第一家畜場にもあった冷蔵室ですかね?」


 中には天井から吊るされたフックに肉塊が引っ掛かっていて、それらが何個も放置されていた。ただ、第一家畜場のように冷蔵用の遺物が稼働していない。


 冷気を吐き出す遺物は最近停止したばかりなのか、吊るされた肉塊は腐っていなかった。


「報告は聞いていたけど、本当に食用肉を生産する施設みたいだね」


 二十三階を初めて見たベイルは興味深そうに冷蔵室内を見渡しながらそう言った。


「ダンジョンが本当に古代人の造った施設だったとしても、食に関してはあまり変わらないのかな」


 これら家畜場のような施設を見ていると、やはり彼もベイルーナ卿の説が濃厚だと思えたようだ。


 だが、確かに彼の言う通りだ。この吊るされた肉が何の肉かは不明であるが、解体方法や保存方法は現代に生きる家畜業者が行っている手法とあまり変わらないように思えた。


 遺物等の技術差はあれど、食べ物の種類に関してはそう変わらないのかもしれない。


 冷蔵室を出たあとは、更に奥を目指す事になった。


 ここからが本番だ。奥には何が待ち受けているのだろうか。例の雄叫びを上げた魔物はどんなヤツなのだろうか。


 奥へと続くであろう両開きのドアを開けると、先にあったのは通路――いや、廊下と言うべきだろうか?


 大人三人分程度の幅がある廊下が続いていて、廊下の途中には小さなドアがあった。そのドアを開けて中を覗くと、小さな部屋の中には道具が色々と放置されていた。


 放置されていた道具は農業で使うようなフォーク、肉の解体に使っていたであろうナタのような刃物。あとはノコギリのように細かい歯がついている円盤状の金属がいくつか。


 他にもロッカーのような収納場所が壁に沿って並べられていたが中は空だった。


「家畜場で使う作業用の道具を置いておく部屋ですかね?」


 そう言った騎士の推測は当たっていそうだ。いくつか用途不明な道具も置かれていたが、もしかしたら遺物の一部なのかもしれない。


 備品室らしき部屋のドアを閉めて、廊下を更に進もうとすると――ビチャッという水音が聞こえた。


「聞こえたか?」


「はい」


 横にいたオラーノ侯爵に問われ、俺は廊下の奥を睨みつけながら頷いた。


 真っ暗な廊下の先にはゆっくりと動く影があった。目を凝らしながら見つめていると、影は立ち上がっているように見える。


「キメラで間違いないでしょう」


「一体だけならばエドガーの推測を試すぞ」


 びちゃ、びちゃ、と水音を鳴らしながらこちらに向かって来る影を睨みつけつつ、オラーノ侯爵は騎士達に指示を出した。


 最前列でタワーシールドを構えた騎士達が待機して、その後ろには槍を構えた騎士が。奥から向かって来る魔物の姿を捉えようと、他の者達がランプを掲げて先を照らす。


 しばしそのまま待機していると、ようやくこちらの光源内に影の正体が進入した。


「メ、ア、ァァ……」


 やはり影の正体はキメラだったようだ。


 ヤギの頭を持つ人型の魔物。ただ、この個体は腕が極端に細かった。まるで鳥の足が腕に装着されたような造形をしている。


「一体のようです!」


「いや、待て!」


 光源に照らされた魔物は一体だけ。だが、最前列にいた騎士の一人が待ったをかけた。彼が向かって来るキメラの奥を指差して、俺達は再び目を凝らしながら廊下の奥を睨みつけた。


「三体だ! 奥から三体来る!」


 奥から更に三体分の動く影が見えた。


 先頭の一体とは距離がある。どうするのか、と指示を待っていると――


「先頭の一体を拘束しろ! 例の検証を行う! それと、アッシュ!」


 オラーノ侯爵に呼ばれて返事を返すと、彼は俺に「奥の三体は魔法で倒せるか?」と問うてきた。レンの魔法で倒して欲しいという事だろう。


 言われて、俺はレンに顔を向ける。彼の顔はいつもより赤身を帯びていて、若干の興奮状態にあるようだ。


 ベイルーナ卿は適度な魔力の発散を行えと言っていた。今回の指示は丁度良いかもしれない。むしろ、オラーノ侯爵はレンの話を聞いて、提案してくれた可能性もある。


「承知しました。レン、いけるな?」


「任せて下さい!」


 ふんす、と鼻息を荒くしながら頷くレン。彼は周囲に人がたくさんいるにも拘らず、さっそくとばかりに両手の間に雷を生み出した。


 俺が「ちょっと待て」と止める暇もなく、レンは生み出した雷を地面に叩きつけるように放出する。すると、雷はまるで自我があるかのように人を完璧に避けながら地面を疾走していった。


 地面を走る雷は廊下の奥へ進んでいき、動く影に着弾。動いていた影の真下から一条の雷が発生して、雷が廊下の天井に向かって伸びた。


「――――!」


 影の真下で発生した雷は魔物を木っ端微塵に吹き飛ばす。断末魔を上げる暇など与えないほどの一瞬だ。バヂンと弾ける音と強烈な閃光が廊下の奥で発生して、周囲の壁や床に焦げた肉片が落ちる音が響いた。


 レンはそれを二回繰り返す。廊下の奥で強烈な閃光が発生して、動く影は消え去った。


「このッ! 今だッ!」


 一方で、先頭にいたキメラは盾を持った騎士のタックルを食らって床に押し倒されていた。


 押し倒されたキメラは複数の騎士によって押さえつけられる。もがくように手足をばたつかせるが、まだ動きが鈍いせいで何とか制圧できているようだ。


「やるぞ!」


 押さえつけられたキメラの腹に向かって、赤熱したピックハンマーのピックが叩き落される。腹に深く刺さったピックを抉るように返しつつ、騎士は魔物の腹をほじくり返し続けた。


 血飛沫が舞う中、ようやく目的の物が見つかる。


 魔石だ。


 青、赤、濃い紫色が入り混じった色付き魔石。大きさは成人男性の拳一つ分くらいだろうか。


 ベイルーナ卿の推測は正しかった。まさか英雄譚と同じく腹の中から魔石が見つかるとは。本当にこの魔物は英雄譚に登場する「キメラ」と同じなのか?


 腹の中から見つかった魔石を騎士が引き抜くと、押さえつけられていたキメラは断末魔を上げた。


「ギィャァァァッ!!」


 キメラの上げた断末魔は……。何とも言い難い。ヤギの鳴き声を甲高くしたようにも思えるし、聞きようによっては人が上げる声の質にも似ている。どちらにせよ、あまり聞きたくはない種類の断末魔だ。


 魔石を引き抜かれたキメラは断末魔を上げたあと、ぴくりとも動かなくなった。裂かれた腹が再生する事もない。やはり弱点は魔石だったようだ。


「……当たりか」


「そのようですね」


 一部始終を見ていたオラーノ侯爵とベイルが顔を顰めながら言い合う。


「次回遭遇時からは腹を狙え。魔石の破壊、もしくは除去で討伐を行う」


 検証結果を得て、オラーノ侯爵は騎士達にそう通告した。これで何とか討伐は可能になるだろう。最悪の場合はレンに頼る他無いが。


「前進再開!」


 検証が終わった後、死体と魔石を回収して騎士団の前進が再開された。


 廊下の奥へ進むと、先ほどレンが木っ端微塵にした魔物の肉片が転がっている。それらは回収せずに更に奥へ進むと、再び両開きのドアがあった。


 警戒しながらゆっくりとドアを開けると、今度はだだっ広い広場があった。家畜場らしい設備もなく、ただただ広い広場だ。


 広場の四方は壁で囲まれており、四方を囲む壁の一部に光源が設置されている。


「あれは何だ? 何か散らばっているぞ?」


 ドアを開けた騎士がそう言って奥を指差した。僅かな光で照らされた場所には、何かバラバラになった物が散らばっている。


「入りますか?」


「うむ」


 扉を開けた騎士が広場の中に一歩踏み出した。彼が足を入れた瞬間、広場全体が一斉に明るくなった。高い天井や壁に設置された灯りが進入と同時に起動したようだ。


 一体、どういう仕組みなのだろうか。ただ、明るくなった事で広場に散らばっていた物の正体が判明する。


「ゴーレム!? ゴーレムの死体か!?」


 散らばっていたのはゴーレムの死体だった。二十二階で戦った人型ゴーレムが四肢を引き千切られた状態で倒れている。


「あっちには巨大ゴーレムまであるぞ!?」


 広場の右側には体がボコボコに陥没した巨大ゴーレムの胴体。四本の腕のうち三本が引き千切られていて、残っていたのはのような形状をした腕だった。


「ど、どうしてゴーレムが二十三階に? 二十二階から下に降りて行ったのか?」


「見ろ、こっちにはあの粘液が付着しているぞ。キメラと戦ったのか?」


 俺達は広場の中に進入しながらも、この惨状についてそれぞれ疑問を口にし始めた。  


 どうして二十三階にゴーレムの死体があるのだろうか? これまで進んでいる間、ゴーレムとは遭遇しなかったし、死体も見つからなかった。戦闘が起きたであろう跡すら無かったのだ。


 しかし、この広場だけは別だ。


 奥の壁には人型ゴーレムが放ったであろう魔法の玉が着弾して出来上がった跡が無数にある。広場の床には所々赤黒いシミが多数残っている事も加味すると、やはりキメラとゴーレムが戦っていたという推測は当たっているように思えた。


「ゴーレムがキメラと戦闘していたとしたら、あの巨大ゴーレムすらも倒したって事か?」


 広場に残された巨大ゴーレムの死体は俺達と戦った後よりも悲惨な状態だ。ボコボコに陥没したボディに引き千切られた腕と脚。どう考えても力任せに破壊したようにしか見えない。


「一体、どういう――」


『オ"ォォォォッ!!』


 横にいたベイルが言葉を発した直後、広場から更に奥へ続いているであろう両開きドアがある方向から雄叫びが聞こえてきた。


 ハッキリと聞こえたそれは、俺達が何度か聞いた雄叫びに似ていた。腹に響くような低い鳴き声を聞いて、全員がドアの方に顔を向ける。


 次に起きるのは何なのか。全員に緊張感が走りながらも、誰一人として言葉を発しなかった。


 シンと静まり返った広場。俺達の耳に聞こえてきたのは――ビチャ、ビチャ、ビチャという大量の水音。それとキメラが発しているであろう複数の呻き声。


 緊張感が増していく中、両開きドアの向こう側から「ドン、ドン」と叩く音がした。やがて、扉が強引に開かれる。


「キメラだッ!」


 現れたのは大量のキメラ。扉の向こう側にあった通路を通ってやって来たようだ。

 

 キメラ達が我先にと広場へ進入してきて、床に倒れたキメラを踏み越えながらどんどん流れ込んで来た。


 恐らく、ざっと見てもキメラの数は百を越えている。


「メ"ェェェッ!」


「モ"ァァォォッ!」


 広場に進入して来るキメラの外見は第二家畜場や通路で遭遇した人型だった。


 人型である事は共通しているのだが、頭部の形状はヤギ頭だけに限らない。


 ヤギ頭だけじゃなく、牛に似た頭部を持つ個体やニワトリに似た頭部を持つ個体も混じっていた。中にはヤギと牛それぞれの頭を持つ双頭の個体までいるのだ。


 あまりにも突然の出来事、かつ気色悪くて不気味な魔物が大量に出現した衝撃でほとんどの者達がその場で固まってしまう。


「弓兵隊、構えッ!!」


「狙いは腹だッ! とにかく数を減らす!」


 だが、ベイルとオラーノ侯爵の号令によって騎士達は我を取り戻す。ハッとなった彼等はすぐさま戦闘態勢を取って魔物達を睨みつけた。


「弓兵隊による一斉射の後、接近してきた魔物は各個撃破せよ!」


 俺は腰からピックハンマーを抜くと、仲間達に顔を向けた。ウルカ、ミレイ、レンは真剣な表情のまま黙って頷く。


「行くぞッ!」

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