第135話 木っ端微塵


 ゆっくりと近付いて来るヤギ頭の魔物に対し、弓兵隊による射撃が開始された。


 炎矢は魔物の体に突き刺さって先ほどと同じように火達磨に変えた。火達磨になった魔物は悲鳴のような鳴き声を上げて地面に倒れる。


 効いている。確かに攻撃は効いているのだ。


「な、なんで……」


 だが、それでも結果は変わらなかった。


 二度も火達磨になったにもかかわらず、魔物は再び立ち上がった。


 黒く焦げた体がカサブタのようになって、黒く焼け焦げた体の表面がパキパキと割れた。その下にある肉体はまたもや再生しているのだ。


「なんでだよッ!」


「このッ! このッ!」


 タワーシールドとピックハンマーを装備した騎士が接近戦にてヤギ頭の魔物を殺害した。頭部を破壊して、確実性を求めるように。


 それでもやはり、ヤギ頭の魔物は再び立ち上がる。


「どうして死なないッ!?」


「魔石だ! 十三階の骨戦士みたいに魔石を狙うんじゃないか!?」


 再生する魔物といえば、十三階から十五階に出現する骨戦士の存在が思い浮かぶだろう。あれは骨の間に浮かぶ魔石を取り出さないと何度も再生する魔物だった。


 じゃあ、このヤギ頭も同じなんじゃないか。騎士達は応戦しながら議論を交わすが、問題はどの位置に魔石があるかだ。


「一度殺してくれ!」


 騎士がそう叫ぶと、仲間の騎士は魔導弓でヤギ頭の魔物を火達磨にした。三度目の死を迎えた魔物は地面に倒れ、ピックハンマーを装備していた騎士が胴体にピックを突き刺す。


 ザクザクと胴体にピックを刺しながら魔石を探るが――


「メ、メェェ……」


「くそったれがッ!」


 探している間にヤギ頭の魔物は再生を開始。諦めなかった騎士が再生中も攻撃を加えるが、胴体がぐちゃぐちゃの状態でありながらも両腕が動き出した。


 ヤギ頭の魔物は自分を攻撃する騎士の体を抱きしめて、口をガパリと開いた。


 口の中には鋭利な歯が生え揃っている。


「ぐ、た、助けてくれ!」


 今にも噛みついてきそうな魔物の頭部を押さえて、どうにか拘束から逃れようとする騎士。仲間に助けを求めて、求められた仲間も彼を助けようとした。


「ぐ、ぐああああッ!」


 だが、結局騎士は首筋に噛みつかれてしまう。鋭利な歯が首筋に食い込んで、ヤギ頭の魔物は騎士の首筋にある肉を噛み千切った。


 大量の血が噴き出して、血塗れになりながらも魔物は人間の肉を咀嚼する。仲間を助けようとした騎士がヤギ頭を剣で刎ねるも、首筋を食い千切られた騎士は致命傷を負ったことで絶命してしまった。


「メェェェッ!!」


 その直後、魔物達に変化が起きた。


 何度も死んでは再生していた魔物達は一斉に雄叫びを上げる。雄叫びを上げたヤギ頭の魔物は興奮状態になったように荒い鼻息を繰り返して、騎士達に向かって走り出したのだ。


 ようやく体が目覚めた、と言わんばかりに俊敏な動きを見せる魔物達。


 一気に接近された騎士達は盾で押し留めるが、魔物達は騎士達が構えるタワーシールドに拳を叩きつけた。


 叩きつけた瞬間、盾を構えていた騎士が後方に吹き飛んでしまう。とんでもないパワーを見せた魔物達に騎士達は唖然としてしまった。


「メェェェッ!!」


「お、応戦だッ! 近づけるなッ!」


 スピードもパワーも急に覚醒した様子を見せる魔物に対し、騎士隊の隊長は遠距離攻撃による排除を試みる。


 魔導弓による一斉射が行われるが、当たったのは数体だけ。他の個体は矢を避けて、盾を構える騎士に殺到した。


「ぎゃっ!?」


 複数体で一人の騎士を襲い出した魔物達。奴等が見せた行動は残虐性に満ちていた。


 複数体が一人の体を掴むと力任せに引っ張り出したのだ。人間の体を容易く引き裂いた魔物達は、引き裂くだけじゃなく地面に叩きつけたりと暴力を繰り返した。


 気が済むまで暴力を繰り返した魔物達は、絶命した騎士の体を食らい始めて満足気に鳴き声を上げる。


 足を止めて死体を貪り始めた魔物達に炎矢が刺さった。またしても火達磨になって死亡するが、次の瞬間には何度目かの再生が始まった。


「どうにかしないと」


 騎士隊の後ろに控えていた俺は頭をフル回転させた。


 魔物は体が火達磨になろうとも、頭部を破壊されようとも再生してしまう。仮説の段階だが、骨戦士のように体の内部にある魔石を除去しなければ完全に死亡しないのかもしれない。


 だが、あれだけ狂暴で俊敏性のある魔物を足止めするのは一苦労。体のどこにあるかも分からない状態で接近するのは非常に危険だ。


「レン、入り口で放った魔法はもう一度打てるか!?」


 だったら、体ごと吹き飛ばしてしまえば良いのではないだろうか?


 二十三階の入り口で見せたレンの魔法。あれは着弾した魔物の体が木っ端微塵に吹き飛んだ。体全体を吹き飛ばしてしまえば、魔石のある位置なんて関係ない。


 まずはレンの魔法で数を減らして――そう考えた俺はレンに顔を向けて問う。


「やれますッ!」


 入り口で見せたリアクションと同じく興奮気味に頷くレン。むしろ、ようやく言ってくれたかといった感じだ。


「とにかく数を減らしたい!」


「はい!」


 俺の指示を聞いたレンは胸の前で両手を合わせた。彼の両手の間からは「バチバチバチ」と紫色の雷が迸る。


「いけッ!」


 紫色の雷が騎士隊の間をすり抜けて、ヤギ頭の魔物を何体も貫いた。


 着弾した箇所はバラバラであったが、胴体を貫かれた魔物は黒焦げになりながらも体全体が木っ端微塵に。腕や脚など体の一部に直撃を受けた魔物は半身が焼け焦げて爆発した。


 俺はまず最初に全身が木っ端微塵になった魔物へ注目する。黒焦げになった肉片が辺りに飛び散るも……再生はしない!


 だが、腕や脚などの体の一部だけが吹き飛んだ魔物に関しては再生が始まっているようだ。


「いいぞ、レン! まだいけるか!?」


「はい、やります!」


 興奮気味に頷くレンは魔法を連発し始めた。撃ち漏らしはあるものの、胴体に着弾しては全身が木っ端微塵になる魔物を量産し続けた。


 魔物の数が徐々に減っていく。魔物の数が減ったせいで騎士達の動きにも余裕が見え始めた。


「レン、そろそろ――」


 だいぶ数が減った。あとは騎士達に任せて魔石の位置を探れば良い。そう思って俺は彼に「魔法を止めていいぞ」と言おうとした。


 だが、彼の顔を見ると……。


「フーッ! フーッ!」


 レンは目を血走らせながら歯を食いしばっていた。しかも、鼻からは鼻血が垂れている。


「おい、レン! 止めろ!」


 明らかに様子がおかしい。彼の状態に気付いたミレイが慌てて制止しようとするも、レンは魔法を撃つのを止めない。ミレイと俺が繰り返し「もう撃つな!」と繰り返すが、俺達の声が聞こえていないようだ。


「フーッ! フーッ!」


 興奮気味に鼻息を荒くしながら、何度も何度も魔法を放ち続ける。魔法のおかげで魔物の数はみるみる減っていく。だが、今度は魔物よりもレンを止めなければ間違いが起きそうな気がしてならなかった。


「レンッ!」


 しかも、彼の放つ魔法は徐々に精度が失われつつあった。魔物に当たるだけじゃなく、ダンジョン内の壁や天井に当たって雷が周囲に迸る。


 もしかして、レンは暴走状態にあるのだろうか?


「レン、もういい! レン!!」


「おい! 正気に戻れッ!」


 俺はレンの腕を掴んで呼びかける。反対側にいたミレイは何度もレンの頬を叩いては名前を呼び続けた。すると、ようやくレンに反応が起きる。


「フーッ……。フーッ……。あ、あ、は、はい……」


 今、ようやく俺達の声に気付いたようなリアクション。鼻血を出したままキョロキョロと首を動かして、自分でも何が起きていたのは把握していないようだ。


「あ、あれ? あれ?」


 正気に戻ったレンの体からフッと力が抜けて、尻餅をつきそうになったところを支えてやる。


「大丈夫か?」


「え、ええ……」


 大事は無いようだが、体が動かないと彼は言う。


「ま、魔物は?」


「おかげで倒せたよ」


 俺が顎をしゃくりながら前を指し示すと、そこには黒焦げになって木っ端微塵になった魔物の死体。それに雷のせいで焼け跡が残る地面や天井があった。


 どうにか彼のおかげで助かった。何度も再生する魔物を完全に殺害することは出来たが……。


 レンの暴走は彼の言っていた魔素の濃度とやらが関係しているのだろうか? だとしたら、この階層で魔法を使わせるのは彼にとって危険かもしれない。

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