第134話 第二家畜場
体中からメキメキと嫌な音を立て始めた魔物達は、呻き声を上げながら体の一部を変化させていく。
最初に突撃してきた個体と同じく頭部に角が生えた個体もいれば、中には頭部がパックリと割れて頭部そのものが大きな口に変わったものまで。
変身――いや、変異と言うべきか。体を変異させた魔物達は呻き声を上げて俺達へと突っ込んで来る。
「ア"ゥゥゥゥ!!」
「う、撃て! 撃てッ!」
通路を走り出した魔物達は弓兵隊の炎矢による一斉射撃を受けた。先頭にいた魔物の体にはザクザクと何本もの炎矢が刺さる。
火達磨になって絶命した魔物が通路上に転がるが、後続の魔物達はそれを乗り越えて向かって来た。第二射が一斉に放たれて、また先頭にいた魔物が炎矢で焼かれて死亡する。
だが、魔物達は止まらない。仲間が目の前で死んだとしても足を止めない。
呻き声を上げて、ビチャビチャと水音を鳴らしながら、奇形の腕をこちらに伸ばして向かって来る。
その姿はまるで知性を感じない。ただただ本能に従って動いているだけ、目の前に餌があるからそれに飛びついているだけの化け物にしか見えなかった。
――結果的に弓兵隊の攻撃によって魔物からの攻撃は受けなかった。射殺された魔物の死体が通路に積み重なって、それを回収してから先へと進む事に。
「ほんと、何なんだよ……」
奇形の死体を集めながら収納袋へ入れる騎士が小さく呟いた。恐らく、ここにいる全員が同じ感想を抱いているだろう。
これまでダンジョンで経験してきた事は不思議な事ばかりだった。ダンジョンという場所自体も、出現する魔物も不思議な事で溢れている。
人を見ても襲って来ない魔物もいれば、積極的に攻撃してくる魔物もいる。動物に似た魔物もいれば、骨が動いていたり、金属の体を持っていたり。とにかく不思議で溢れていた。
だが、二十三階はどうだろうか。不思議で意味不明であるのは間違いないが、もっと、こう……。人の感情を根本から揺るがすような不気味さと不安を煽ってくるような……。
上手く言葉にできないが、二十三階の調査は他の階層よりも不安と緊張に満ちていると自覚できる。
「よし、先を進もう」
死体の回収を終えたあと、騎士隊の判断によって通路に灯りを設置。
その後、先へ進むことに。
通路の先には扉があった。恐らくはこの扉の先から魔物が現れたのだと思うのだが、魔物が自分で扉を開いたのだろうか? そのような知性があるとは思えないが。
そう考えていると、先頭にいた騎士が扉に近付いた。すると、何と扉が勝手に開いたのだ。
「え!?」
騎士が扉の前に立った瞬間、扉が横にスライドして壁の中へ消えていった。驚いた騎士が後ろへ飛び退くと、今度は壁の中から扉が現れて閉まってしまう。
「か、勝手に開閉するのか?」
一定距離まで近づけば勝手に開き、また離れたら勝手に閉まる。これもまた不思議な構造だ。一体、どんな仕組みなのやら。
勝手に開く扉には害がないと判断して、隊は再び前進を始めた。通路は真っ直ぐ伸びていたが、途中で何度か曲がり角があった。道に沿って進むと、出口と思わしき場所には赤色の灯りが灯っている。
辿り着いたのは第二の家畜場だった。
家畜場の天井には赤色の光源があって、家畜場全体を赤く照らす。しかも、今度は最初にあった場所よりもかなり広い。
家畜場内には階段を降りてすぐにあった家畜場同様に、鉄パイプで組まれた飼育スペースが並んでいた。
飼育スペースは縦一列に百以上あって、それが四列ほど並んでいる。
だが、これで広場の半分。
もう半分には小さな飼育スペースが並んでいて、それらは現代の養鶏場にある飼育スペースに酷似していた。
「種類の違う家畜を同じ場所で育てていたのか?」
現代で言うなれば、牛や豚を飼育しながら隣でニワトリを飼育していたって感じだろうか。
「でしょうね。見て下さい」
赤色の光源を頼りに飼育スペース内を観察していた騎士が指を差す。飼育スペース内には草が敷き詰められていて、中には動物らしき骨が転がっていた。
頭蓋骨の形が最初に発見した骨と違う。養鶏場の方を調べていた騎士からも「鳥に似た骨がある」と報告が上がった。
「二十三階は家畜場と考えて良いのでしょうか?」
「見る限りはそうとしか思えませんよね」
俺が隊長に問うと、彼も同じ意見のようだ。
俺達の推測が正しかったとしたら、俺達は本格的に「ダンジョン」というものの本質に近付きつつあるのだろうか?
ダンジョンは古代人が造った施設だというベイルーナ卿の仮説がいよいよ現実味を帯びていくように思える。
「しかし、それが正しかったとして……。どうして地下にこのような施設を建造したのでしょう?」
俺達の話を脇で聞いていたウルカが疑問を口にした。
確かにそうだ。
家畜場を作るとしても地上に作ればよくないか? わざわざダンジョンという地下へと伸びる施設内に作る理由が分からない。
「何か地下に作らなければいけない理由が――ん?」
ウルカと議論を交わそうとした時、視界の端に黒い影が蠢いているのが映った。それに気付いて、俺はそちらに顔を向けて目を細める。
だが、天井で光る赤い光源だけではよく分からなかった。ランプを掲げながら少しだけ近付くと……。
「は……?」
俺の目に映ったのは、一メートル程度の大きさを持つ赤黒い塊。
光を当ててよく観察すると、繭に似ている。赤黒くてヌメヌメした粘液に塗れた繭が飼育スペース内で蠢いていたのだ。
見た瞬間に鳥肌が立ち、人生で感じた事がないほどの強い嫌悪感に襲われる。
「な、なんだ!?」
その繭が微かに蠢く度に俺の中には恐怖が増幅していった。だが、不思議と目を逸らせない。騎士達を呼びながらも観察を続けていると、蠢く繭に亀裂が入る。
亀裂の入った箇所からはブシュッ、ブシュッ、と赤黒い粘液が飛び出す。徐々に裂けていく繭の中からは人に似た腕が飛び出してきた。
「イ、ア、ァァァ……!」
誕生の産声とは程遠い、絶望と狂気が混じったような呻き声。腕の次に呻き声を上げながら外に飛び出したのは、ヤギに似た頭部であった。
頭を外に出すと、今度はもう片方の腕が外に飛び出した。そうして徐々に全身を露わにしていく。
「ア、アァァ……」
繭から誕生した魔物はヤギのような頭部を持って、上半身は人と同じ形。下半身も人に似た太い脚があるが、足の先は鳥のように三つに裂けていた。
繭からズルリと外に出た魔物は、全身赤黒い粘液に塗れながらも震えながら立ち上がる。
「ア、アァァァッ!!」
震えながら立ち上がった化け物は雄叫びを上げた。ヤギの鳴き声に似た高い声が家畜場内に響き渡る。
雄叫びを聞き、雄叫びを上げたモノの正体を見た騎士達から嫌悪感を吐き出すような声が続く。だが、俺は自然と腰にあったピックハンマーに手が伸びていた。
腰から抜くと魔導効果を発動させる。赤熱したピックをヤギ頭目掛けて一気に振り落とした。
迂闊な行動だとは自分でも自覚している。だが、こうした方が良いと俺の直感が告げるのだ。コイツは生かしておいてはいけないと、頭の中で警鐘が鳴り続けていたから。
脳天に叩き落したピックが突き刺さり、同時に魔物の悲鳴が上がった。魔物は震える腕を動かしていたが、構わず何度も頭にピックを叩き落とす。
魔物が地面に倒れてもお構いなし。俺は魔物が完全に絶命するまで何度も武器を振るった。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
気付けば、頭部を完全に破壊された魔物を見下ろしていた。ピクリとも動かぬそれを見て、俺は少しだけ安堵するが――
「ア、アァ……」
俺の耳には再び不快感のある呻き声が届いた。呻き声の方向に顔を向けると、その方向にあった飼育スペース内から「ブシュッ」と液体が飛散する音が聞こえる。
どうやら繭は一つだけじゃないようだ。
「ま、また出たぞ!」
ようやく騎士達も正気に戻ったのか、再び生まれた魔物に向かって声を上げた。
先ほどと同じように震えながら立ち上がったのはヤギ頭の魔物だ。不快感に満ちた呻き声を上げながら、ぎょろっとした双眸が俺達を捉えた。
「ま、待て! 奥にも!」
新たに誕生したのは一体だけじゃなかった。奥に続く飼育スペースからは、連鎖するように次々と呻き声が上がっていく。
赤い光に照らされながら誕生した魔物の数はざっと見て二十体程度。その全てがヤギ頭の魔物であった。
「メ、ア、アァ……」
新たに生まれたヤギ頭の魔物達はゆっくりと飼育スペースの外に出てきた。体中に滴る粘液をボタボタと垂らして通路を濡らし、人型の腕を俺達に伸ばしてくる。
「と、討伐! 討伐するぞ!」
その不気味さに耐えられなくなったのか、騎士隊の隊長が悲鳴のような叫び声を上げた。彼の声に反応した弓兵が魔導弓を構え、炎矢を放っていく。
動きの遅い魔物達は良い的だ。ザクザクと体中に炎矢が刺さって、火達磨になりながら地面に倒れていく。立ち上がっている魔物全てを射抜いて殺害すると、ようやく全員から安堵の息が漏れた。
「ふぅ、ふぅ……」
不気味で恐怖心を煽る魔物はいなくなった。全て殺した。皆がそう思っていただろう。
しかし――
「メ、アァァ……」
再び呻き声が上がったのだ。呻き声の発生源は……俺が殺害したはずの個体だった。
「は、はぁ……!?」
もはや、俺は自分の見ている光景が信じられなかった。頭部を完全に破壊したはずの魔物が立ち上がっていたから。
完全に殺したはずなのに、完全に破壊したはずなのに。
俺が壊したはずの頭部はこねて丸めたような肉塊になっていて、徐々に元の形へと再生していく。
俺達が驚愕しっぱなしで攻撃しないことをいいことに、魔物は死ぬ前の形を完全に取り戻した。
「メェェェ……」
頭部を完全再生させた魔物の声は、よりヤギに近付いたと言うべきか。殺す前よりもハッキリとした鳴き声に変わっていた。
「う、嘘だろ」
後ろからそう呟く騎士の声が聞こえて、俺は自分が殺したヤギ頭の魔物から視線を外す。すると、弓兵達が殺したはずの個体までゆっくりと立ち上がり始めていた。
火達磨になって焼け焦げた体にはピキピキと亀裂が入っていく。焼け焦げた部分だけがカサブタのように剥がれ落ちて、再び元の肉体に再生していたのだ。
「メェェェ……」
「メェェェ……」
ヤギ頭の魔物達は鳴き声を上げながら――ゆっくり、ゆっくりと俺達へ近づいて来た。
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