第133話 通路での会敵


 一旦、二十二階まで戻った俺達はオラーノ侯爵に二十三階の様子を報告。


 二十二階に出現した気色悪い魔物は、やはり二十三階に出現する魔物であったことやレンが感じた魔素の濃度などを伝えた。


「ふむ。魔素の濃度か……。それが魔物にも影響しているのだろうか?」


 この辺りは専門家である学者達の意見が聞きたいところ。ただ、悠長に戻る暇も無い。


「次は更に人を増やして先を目指そう。だが、不審な点があればすぐに引き返してくるように」


 二十三階の入り口は確保した。次はその先を行って、二十三階に氾濫の予兆がないかを調べねばならない。


 入り口付近に魔物が固まっていない事を確認できたので、次は五十人の騎士とハンター組全員で二十三階へ向かった。


 先ほどの家畜場のような場所を通り過ぎ、更に先へ。


 飼育スペースの先にあったのは、やや広めの作業部屋だった。作業部屋だと俺達が断定した理由は、部屋の中に動物を解体する為に使っていたであろう作業台や器具が放置されていたからだ。


 ランプを設置して明かりを確保しつつ、作業部屋の中を詳しく観察し始めた。


 作業台は至るところが黒ずんでいて、それは血が乾燥したものだと思われる。放置されていた器具の中に、肉斬り包丁やノコギリのような物が含まれていたのも考えを裏付ける証拠となった。


「あっちで飼育して頭数を増やしつつ、ここで解体して肉にしていたのか?」


 ターニャが室内を見渡しながらそう言ったが、誰もが彼女の考えに同意しただろう。もちろん、俺もその一人だ。


 入り口にあった飼育スペースらしき場所を見たあと、この部屋の中を見ればその考えに行き着くのは妥当だと思う。


「古代人は魔物を食ってたってことでしょうか? いや、でも肉には毒がありますよね?」


「分からんが、古代人にはその毒が効かなかったのかもしれないじゃないか」


 騎士の問いにターニャがそう言った。まぁ、可能性はあるが断定はできない。ただ、ここで何かを解体していたのは確かだろう。


「問題はあのドアだ」


 ターニャが顎で示した先、部屋の奥には両開きのドアがあった。だが、左手側には片開きのドアがある。


「先に左手側を調べましょう」


 騎士の指示に従って、最初は左手側のドアを調べることに。騎士が慎重かつゆっくりとドアを開けると、ドアの隙間からは白い煙のようなものが溢れ出る。


 それに気付いた騎士は慌ててドアを閉めた。毒ガスの類であればひとたまりもない。ただ、ドアを開けて中の空気を吸ったであろう騎士に異変は起きなかった。


「冷気じゃないか?」


 すぐ近くにいたもう一人の騎士がそう言った。あれは毒ガスやら煙ではなくて、この先に充満していた冷気が漏れたのではないかと。


 確かめるべく、騎士が一人だけドアの前に立った。残りの全員、俺達は部屋の入り口付近まで下がって様子を見ることに。


 騎士はハンカチで口と鼻を押さえながらドアを少しだけ開ける。隙間から体を捻じ込んで、ドアの先へと潜り込むと中からドアを閉めた。しばらくして、中に入った騎士が再び姿を現わす。


「中は冷蔵庫になってます」


 やはり白い煙の正体は冷気だったようだ。中に入った騎士曰く、かなり寒いとのこと。


 ドアを全開にして中を見やると、天井には数十本のフックが垂れていて、その先には解体されたであろう魔物の肉がぶら下がっている。


「やっぱり食用肉にしてたのかよ。ううっ! さむっ!」


 部屋の中を見た女神の剣所属の男性ハンターが感想を漏らす。


 部屋に充満する冷気に身を震わせた理由は部屋の奥にあった。


 天井から吊るされた肉塊を掻き分けて奥へ向かうと「ウィーン」と小さな音を立てながら稼働する大きな箱。この箱から冷気が発生しているようだ。


「遺物でしょうか?」


 俺は冷気を吐き出す遺物に近付いてみた。冷気が出る口には霜が付着している。


「でしょうね」


 隣にいた騎士も吐き出される冷気に手を当てながら俺の考えを肯定した。


 遺物から吐き出される冷気はかなり強い。これ一台で部屋の中を冷蔵庫と化しているようだ。


「こっちにも解体された肉が小分けにされている」


 横からミレイの声がして、近付くと見たことのない棚があった。全面がガラス張りになっていて取っ手がある。取っ手を握って引けばガラス張りのドアが開いて、中に小分けされた肉が取り出せるようになっていた。


 棚の中にも冷気が充満していて、棚全体が冷蔵庫のようになっているようだ。


 正直、便利だと思ってしまった。外から棚に並んでいる物が一目瞭然で確認しやすい。俺達が使っている冷蔵庫は開けないと中の物を確認できないが、ガラス張りにすることで僅かな確認作業を省ける作りになっているようだ。


 古代人はこういった細かな仕様や考えを積み重ねていって、現代人よりも遥かに優れた技術を生み出したのだろうか。


「先に続く道はなさそうですね」


 周囲を探ったものの、先へ続くドアの類は見つからなかった。あくまでもここは隣の部屋に併設された冷蔵施設のようだ。


 冷蔵施設から出て、本命であろう奥のドアへ近づいて行く。


 今回も一人の騎士がドアを開けて、最初に中を覗き込んだ。次は冷気が漏れ出るような事はなく、先を確認した騎士が「真っ暗だ」と皆に告げた。


 全員でドアに近付いて、両開きのドアを完全に解放。すると、大人二人分の幅を持つ通路が奥に伸びていた。


 通路には光源がなく真っ暗だった。


 進む前に騎士達と「通路の途中にランプを置いていくか」「いや、ここだけでも整備した方が良いんじゃないか」と相談し合う。


「ん?」


 相談している最中、家畜場と同じように天井に設置されていたであろう光源がチカチカと点滅した。


 まただ。先ほどと同じ現象に俺は嫌な予感を覚える。


 すると、またチカチカと点滅が起きた。ただ、蠢く影は確認できない。先ほどと同じ現象ではあるが、単に光っただけなのだろうか。


 内心で首を傾げていると――奥から「ブシュ」と空気が抜けるような音がした。


 音に気付いて、俺はランプを掲げながら奥の暗闇を睨みつける。


「どうしました?」


「奥から……」


 ウルカの問いに応えつつも、俺の意識は通路の奥に向けられていた。睨みつけるように観察していると、奥にあったであろう扉らしきモノが左右に開かれていくのが微かに見えた。


 開いたと認識した直後、黒い影が動き出したのが分かった。


 黒い影が動く度に「ビシャ、ビチャ」と音が鳴る。もはや、察するにはこの音だけで十分だった。


「魔物だ!」


 俺はそう叫んだあと、持っていたランプを通路の床に置いて奥へとスライドさせた。


 滑っていったランプは奥からやって来たであろう魔物の姿を僅かに照らす。先頭を歩いていた魔物は牛のような頭を持っていた。目玉は半分飛び出していて、脚の本数も四本だけじゃなく六本生えている。


「一体だけじゃないぞ!」


 照らされた魔物の姿はやはり奇形だった。しかし、通路の奥から向かって来るのは一体だけじゃなく、二体、三体……。


「五体か?」


「いや、まだ奥にいるんじゃないか?」


 光源が足りなくて全体が把握できない。だが、複数体いるのは確かだ。


「ここを封鎖しながら待ち構えましょう!」


 俺達がいる場所は丁度通路の入り口だ。ここで待ち構えながら遠距離攻撃を加えてやればいい。


 魔導弓を持った騎士と同じく魔導弓を持ったウルカが一列に並ぶ。弓を構えて、あとは魔法よって形成された矢を放てば良いだけ。


 そのタイミングで変化は起きた。


「ア、ヒ、アァ、ァァァァ!!」


 ビチャビチャと水音を立てながら歩いていた魔物から奇声が上がったのだ。


 目玉が半分飛び出た頭部が痙攣を起こし、舌が垂れ下がった口からは血の塊が溢れ出た。このまま勝手に死亡するのかと思いきや、魔物の体から「メキメキ」と骨が折れるような音が鳴って――


「アアアアアッ!!」


 歪な形をした胴体からは新たに脚が二本生えた。同時に頭部の額が割れて鋭利な角が飛び出す。


「ウ"ゥゥゥッ!!」


 呻き声を上げた奇形の魔物は頭部から飛び出した角を俺達に向けて、新たに生えた脚を使って走り出したのだ。


「は、早い!」


 走り出した魔物の速度はかなり速かった。これまで勝手に死亡したり、呻き声を上げながらノロノロと歩く姿からは想像もできないくらいに。


「撃て! 撃てッ!!」


 慌てた騎士隊の隊長が弓兵隊に射撃するよう叫ぶ。一斉に放たれた炎矢は突進してきた魔物の体に突き刺さる。


 突き刺さった炎の矢は魔物の体を焼いた。攻撃は有効だったようで、一斉射撃によって魔物を殺す事ができたようだ。


 死亡したであろう魔物は足をもつれさせると火達磨になったまま地面を転がった。転がって、俺達の傍までやって来る。


 魔導弓の一斉射を受けて死亡した魔物は、焼け焦げた体から白煙を発生させたまま動かない。


 倒せた。倒せたが――


「まだ来るぞ!」


 通路の奥にいた他の魔物達も奇声を上げて、体からは「メキメキ」と音を鳴らし始めていた。

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