第132話 二十三階へ
早急に調査が必要と判断された二十三階は、二十二階の整備が終わった時点で調査を開始すると宣言された。
俺達は一部残っていた通路や区画の整備を終わらせて、一日の休養と取った後に再び招集される。オラーノ侯爵率いる騎士団と共に二十二階の出口まで進み、遂に二十三階へ向かう事になった。
前回の壊滅事件を踏まえて、初日から動員された人員の数は百を越える。予備隊も二十階に残しており、何が起きても対応できるようにとハンター組も含めて魔導兵器を装備して万全の状態だ。
今回の目的は二十三階に氾濫の予兆があるかどうかを調べること。できれば二十二階に出現した魔物が二十三階の魔物であるかどうか、二十三階に生息する魔物であるならどうして二十二階に出現したか。そこまで調べたい。
まずは入り口に偵察を行う事になって、騎士二十人と俺達ジェイナス隊が先行偵察を行う事となった。
騎士達の後に続きながら階段を降りると、先頭を行った騎士達がランプを掲げてその場を照らす。すると、二十三階入り口の景色がさっそく露わになった。
「これは……」
「家畜場?」
二十三階の入り口付近はかなり広かった。最近調査した二十一階や二十二階の様子とは違って、どちらかと言えば二十階よりも上層にある各階層と同じ雰囲気である。
階段のすぐ傍には農具のような物が置かれていたり、物を運ぶための手押し車が放置されていた。
数メートル分のスペースを確保した後、奥には厩舎に似た雰囲気の光景が続く。中央を貫く通路の両脇には鉄パイプを組み上げて作られた仕切りとスペースがあって、現代の家畜場にある厩舎に酷似した飼育用のスペースがあった。
そして、僅かに腐臭のような匂いがする。
全員が二十二階とはまたガラッと雰囲気が変わった事に驚いていると――奥の天井一部がチカチカと光った。
光の色は淡い黄色。室内灯が接触不良を起こしたような、連続して光が点滅した。そちらに顔を向けると、奥で何かが素早く動いたのが見えた。動いた物の正体は分からないが、牛に似た影を俺の目が捉えた。
「え?」
俺が影に気付くと同時に点滅していた光が消える。
『オォォ、ォォォ……』
光が消えた瞬間、奥からは呻き声のような鳴き声が聞こえてきた。
「な、なんだよ……」
周囲の景色、急に点滅した灯り、それらも相まって二十三階には不気味な雰囲気が漂っていた。
「と、とにかく灯りを確保しよう」
入り口付近の灯りを確保するのが最優先だと騎士隊の隊長が告げる。手分けしてササッとランプを置いていき、明るさを確保していく。
十分な明るさを確保すると、今度は飼育スペースの調査を開始。鉄パイプで区切られた飼育スペースの中には乾燥した草が敷かれていて、草の上には魔物の骨らしき物が転がっていた。
「これ、俺達が見た魔物の骨でしょうか?」
骨を観察するに動物型だ。頭部は牛っぽくも見えるし、ヤギっぽくも見える。胴体部分の骨に混じって脚らしき骨が四本分。綺麗に全身全ての骨が残っているように思える。
そして、胴体部分の骨に混じって青色の魔石が埋もれていた。魔石の大きさは直径四センチくらいだろうか。
「回収しましょうか」
「ですね」
魔物の正体を掴む為にも判断材料は多い方が良いだろう。たとえ骨と魔石だけであっても学者達の助けになるかもしれない。
骨を回収した後、更に飼育スペースを観察。壁際には長細い器具とゴムチューブが合わさった道具が落ちていて、チューブの先は銀色のタンクに繋がっていた。
「これ、搾乳機じゃないですか? ほら、牛の乳を搾るやつです」
「確かに似てますね」
他にも餌箱っぽい物もあるし、天井から伸びたパイプと接続された透明なタンクが見つかった。透明なタンクの中には水が入っていて、どうやらタンクと接続されたパイプから水が供給されているらしい。
「やはり、ここは家畜場っぽいですよね」
「そうとしか考えられません」
動物の白骨死体。搾乳機や餌箱、それに未だ供給されている水入りタンク。これらを見るにここで動物、もしくは魔物を育てていた可能性は高い。
これはかなり重要な発見なんじゃないだろうか? ベイルーナ卿の仮説を完全に裏付けているように思える。
「この後、どうしますか?」
「そうですね。入り口付近の灯りは確保しましたし、まずは報告を走らせて――」
俺が隊長と話をしていると、奥から「ビチャッ」と音が鳴った。水が垂れたような小さな音ではない。
……だが、聞き覚えのある不快な音だ。
飼育スペースから出て、中央を貫く通路の奥に顔を向ける。すると、また天井の灯りがチカチカと点滅した。
点滅した灯りによって一瞬だけ奥にいた物の正体が露わになる。
「メ……ァ、ァ……」
びちゃ、びちゃ、と音を立てながら俺達に向かって来るのは、二十二階に現れた奇形の魔物。
頭部は牛のようだった。目玉が半分飛び出していて、口からは長い舌がだらんと垂れている。歩行するための脚の位置は正常なのだが……。
「ア、ヒ、ァ……」
何故か、胴体から人の腕に似たモノが生えているのだ。
「な、なんだ?」
「き、きもちわるっ!?」
あまりにも嫌悪感のあるフォルムに騎士達からも声が上がった。
「うっ……」
「きめぇ……」
ウルカはたまらず口を押さえながら蹲ってしまって、ミレイは魔物から視線を外さないが顔が引き攣っていた。
二人の様子も気になったのだが、それよりもレンの様子が気がかりだ。
「はぁ、はぁ……」
レンは顔を真っ赤にした状態で息が荒い。熱を出した子供のような状態であるが、フラフラしているわけでもなくしっかりと立っていた。
しかし、彼は視線の先にいる魔物をじっと見つめていて、ゆっくりと腕を上げる。
「ア、アッシュさん、あれ、倒していいですか?」
腕を上げたまま、俺に対して問いかけて来るのだ。だが、俺の顔は一切見ない。魔物に視線を向けたまま、荒い息を吐き出し続ける。
「倒しましょう」
俺が許可を出す前に騎士隊の隊長がそう言った。
隊長の言葉を聞いたレンは両手に雷を生み出す。バチバチと弾ける雷の玉を生み出すと、それを徐々に大きくしていく。
本人の拳よりも大きくなった雷の玉は、彼の魔力を全力で絞り出したかのように見えた。そんな事をすれば魔力切れを起こして体調が悪くなる、と俺が注意する前に彼は雷の玉を魔物に向かって放った。
放たれた雷の玉は目で追えない程の速さで魔物に飛んでいく。途中、通路両脇にあった飼育スペースの鉄パイプを何本か吹っ飛ばすほどだ。更には地面に焦げ跡を残して、雷の玉が飛んでいった軌跡を残していた。
当然、そんな威力の魔法を食らった魔物はひとたまりもない。バヂンと音が鳴ったと思えば、気色悪い魔物の体が強烈な閃光と共に爆散した。
「うわっ!?」
体内にあったであろう血は一瞬で蒸発してしまったのか、周囲には黒く焦げた魔物の肉だけが飛び散って、焦げた匂いが充満した。
「これじゃ回収もクソもありませんね……」
とんでもない威力の魔法を放ったせいで、死体は回収できるレベルではない。苦笑いを浮かべる騎士隊の隊長に対して、魔法を放った本人はというと。
「ふー……」
明らかなオーバーキルを見せたレンは、どこかスッキリしたような顔をしていた。先ほどまで真っ赤だった顔はいつも通りに戻っているし、かといって魔力切れを起こした様子もない。
「レン、大丈夫か? 魔力切れを起こしそうな威力だったが」
「あ、はい。全然大丈夫です。むしろ、絶好調と言うか」
彼はこの階層に降りてからやたらと「暑かった」そうだ。そう言われても俺は暑さなんて感じない。むしろ、春の過ごしやすい気温にしか感じられないのだが。
「もう暑くて暑くて。あと魔力の
いつもは集中しなければ雷を綺麗な球体に纏められないらしいのだが、今日に限っては調子が良いらしい。頭に思い描いたイメージが簡単に具現化されて、魔力を放出しても疲労感は全く感じないのだとか。
「原因はこの階層に普段よりも魔素が充満しているからでしょうね! たぶん!」
ふんす、ふんす、と鼻息を荒くしながら言うレン。確かにテンションもいつもより高めだ。
「魔素が充満しているってのは? どういうことだ?」
「いや、詳しくはわかりません。ただ、感じられる魔素の濃度が高いとしか」
地上や他の階層よりも魔素の濃度が高く、そのせいで暑く感じてしまうらしい。俺は一切感じられないし、これは魔法使い限定の感覚なのだろう。
今なら何発でも魔法撃てる、とレンは胸の前で拳を握り締めた。
「どうしてこの階層だけ濃度が高いんだ?」
それがこの階層にいる魔物の姿に関係しているのだろうか?
関係性は不明であるが、俺達はとにかく二十二階へと一旦戻る事になった。
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