七章 新階層調査 3
第131話 二十二階調査から一ヵ月後
二十二階の調査から一ヵ月。
オラーノ侯爵とベイルーナ卿は王都へ戻って報告を行うべく、一時的に第二都市を離れていたが一週間程度で再び戻って来た。
その間、俺達は騎士達と共に二十二階の整備を完璧に終えるべく勤しんでいた。調査を行った日以降、毎日二十二階に潜ったが人型ゴーレムと遭遇する事はなかった。
蜘蛛型ゴーレムとは何度か遭遇したものの、人型ゴーレムや巨大ゴーレムと遭遇しない事から「材料不足」の線は学者達からも濃厚だと判断される。よって、俺達が整備を行っている傍ら、学者達の階層調査も並行して行われていた。
学者達は二十二階で発見された部屋を順に回って、最終的には製造所の調査も行ったようだ。かなり成果があったらしく、調査期間中の学者達はテンションがおかしなことになっていた。
リンさん曰く、ここ十年間で一番成果が得られたんだとか。
遺物の回収も多く、それらは今後開発される魔導具に活かされていくだろう、と。他にもダンジョンと古代人の関係性もいくつか進展があったらしく、歴史に関する進展も多く認められたようだ。
ローズベル王国としては遺物の回収における魔導具の進歩が一番の恩恵となるだろう。来年は開発部が忙しくなりそうだ、と学者達の間で噂になっているらしい。
次に柱のあった部屋であるが、あそこは限られた者しか入れない最重要区画に認定された。王都研究所所属の学者達であっても許可された者しか入れないようだ。
現在は入り口である扉は完全に破壊されて、王都で製造された専用シャッターによって封印されている。シャッターを開けるには専用の鍵が必要で、それを持っているのはベイルーナ卿のような特別な人達だけらしい。
柱の部屋内でも成果があったようだが、それについては詳しく聞かされていない。国の最重要機密になっているようで、他の学者達も聞かされていないんだとか。
さて、ここまでが二十二階における後日談である。
成果も進展もあった。だが、問題だってある。
特に騎士団が問題視したのは二十三階からやって来たと思われる謎の魔物だ。
遭遇した日、あの魔物は勝手に死んだ。俺達が何をするんでもなく、勝手に死んだのだ。それが余計に謎と気味悪さを増幅させる。
俺達が目にした一部始終はベイルやオラーノ侯爵、ベイルーナ卿や学者達に伝わった。話を聞いた彼等の感想もほぼ俺達と同じようなものであった。
二十三階から上層へとやって来るという行動性を見せた初の魔物というのもあって、騎士団としては「早急に対処すべきである」と答えを出す。ベイルーナ卿達も氾濫の予兆かもしれないと一時的に答えを出すが……。
答えを出した翌日、ベイルーナ卿達は「慎重に調査すべき」と意見を変えた。その理由は、回収した魔物の死体が「腐敗しない」点である。
今後の対応について、パーティーの代表である俺とターニャは騎士団本部の会議室へ呼び出された。
会議室に全員が揃ったあと、始まったのはベイルーナ卿の講義だ。
「通常、魔物の死体はどこかしらが腐敗する。一部の素材を残して腐敗――いや、腐敗せずに残った部分を我々が活用してきたと言うべきか。とにかく、魔物の体は腐敗するとの共通点があった」
しかし、回収された死体は違った。
「確かにこの魔物は気味が悪い。体には皮がなくて肉そのものが露出している。血管らしき場所からは血が噴き出しているし、赤黒い粘液に塗れている。何より体の形自体が奇形である」
血と混ざった粘液性の液体が体中に塗りたくられていて、それが体中から滴っている。その様子は一見すると「腐敗が始まっているのでは」と捉えられていたが、学者達が詳しく調べると「腐敗」しているわけではないようだ。
気色悪い肉を数日間放置してみたが、適切な場所で保存すれば腐敗が始まらない。
「そして、肉体の中からは色付きの魔石が見つかった」
赤い血、色付き魔石、腐らない肉体。これらの共通点から謎の魔物は十八階と十九階にいたリザードマンと同じであると判明。
「つまり、リザードマンと同じく時間経過で復活しない可能性があると?」
「そうだ。そして、これらの種類は今後の研究において非常に重要であると王都研究所は認識している」
他の魔物との違いを探っていけば、魔物そのものが持つ謎を解明できるかもしれない。あとは色付き魔石の活用法がある程度確立された事も大きいのだろう。
「出来る限り死体と魔石は回収して欲しい。もし、二十三階でリザードマンのように生活しているのであれば、その生態も詳しく観察してくれ」
ベイルーナ卿はそう言った後、にへらと笑いながら言った。
「面倒だったらワシが同行しても構わんぞ? なぁ、どうだ?」
「ダメに決まっているだろうが」
彼の提案を即却下したのはオラーノ侯爵だった。
「以前は既に調査が行われていて、ある程度情報が揃っていたから学者達を連れて行った。だが、今回は全く情報がない未知なる階層だ。そこにお前や学者達を連れて行くなどあり得ん。何かあったら騎士団は責任が取れないからな」
尤もな意見だ。一緒に行って、いざ全滅しました。学者達が死んでしまいましたでは笑い話にもならない。
それに階段付近で死亡していた人型ゴーレムは胴体が両断されていた。やったのが二十三階から来た魔物のせいだとすれば、調査隊を壊滅させた魔物である事も考えられる。
「まずはいつも通り騎士団とハンターで調査するべきでしょう。今度は慎重に。人数も増やして」
ベイルの提案にオラーノ侯爵が頷いた。
「私と王都騎士団は、引き続き第二都市の支援を行う」
王都から支援物資も届いて、第二ダンジョンの調査を行う準備はばっちりだ。
第二ダンジョン都市騎士団本部に建設予定の研究室もほとんど完成しており、学者達によるレイアウトの作成が始まった。数日後には学者達が使う機材や家具が運び込まれるらしい。
本格的に騎士団本部が最前線基地化しつつある。
「しかし、どうしてあの魔物は奇形なのだ?」
腕を組んだオラーノ侯爵がそう問うたが、ベイルーナ卿は首を振る。
「どこからどう見ても奇形であるが、もしかしたらあの姿が正しい可能性もある」
謎の魔物は誰が見ても「奇形」だと言うだろう。だって、脚が生えている位置からしておかしい。目玉だって半分くらい飛び出していた。
一言で言うなれば生物の形を冒涜した「悪魔」みたいな魔物だ。しかし、ベイルーナ卿はサンプルの数が少なすぎて、あれが「正しいか否か」もはっきりしないと言う。
俺達の前に出現したアレが奇形なだけだったのか。それとも下にいる魔物は全てあのような形をしているのか。
確かめるためには、やはり二十三階に向かわねばならない。
となれば、いつから調査を開始するかだ。ベイルが中心となって調査開始日の日程を考え始めたのだが――会議室のドアが乱暴に叩かれた。その後、こちらの返事を待たずに勢いよくドアが開く。
「何事だ!?」
部屋の中へ駆け込んで来たのは、第二ダンジョン都市騎士団所属の騎士だった。彼は肩で息をしながらベイルに報告を告げる。
「ご、ご報告します! 二十二階の巡回を行っていた騎士達が、はぁ、はぁ……。二十三階へ続く階段付近で謎の魔物を目撃!」
報告がなされた途端、会議室内がざわついた。
「例の魔物か!?」
「は、はい!」
俺達が目撃した謎の魔物が再び現れたようだ。あれ以降、一ヵ月経過しても再び二十二階へ現れることはなかったのだが……。
「騎士と学者達に被害は!?」
「あ、ありません! 学者の中に数人ほど気分が悪くなった方がいますが、体調には問題ないと申告されております」
学者の中に気分が悪いと言い出した者がいるようだが、本人の申告によると気色悪い魔物を見たせいではないかと言っているようだ。吐き気を催しただけで体調に変化は無いと言っているらしい。
「魔物はどうした?」
「魔物は目撃した騎士達の前で死亡したのですが……。その数分後、再び階段方向から謎の魔物が現れました」
どうやら今回は立て続けに二体ほど現れたようだ。
二体とも勝手に死亡したようであるが、驚きの内容はまだ続いた。
「その、死亡した魔物なのですが……。どうにもお話を聞かされていた形とは違います」
「形が違う?」
真っ先に喰い付いたのはベイルーナ卿だった。どのような形だったのか問うと、騎士は嫌な物を思い出すかのように顔を歪ませた。
「二十階に引き上げられた死体は……。牛とヤギの頭両方を備える奇形の化け物でした。もう一体は頭が一つだけなのですが、何の頭なのか判別できません」
一体は牛とヤギに似た二つの頭を持つ双頭の魔物。もう一体は牛なのかヤギなのかすらも分からない状態だったようだ。
「やはり、奇形である事が正しいのか……?」
報告を聞いたベイルーナ卿は腕を組みながら考え始めた。
「被害が無かったのならば一安心ですね。君、人を増やして監視を続行するよう伝えておいてくれ。また現れたらすぐに知らせるように」
「ハッ!」
報告に来た騎士はベイルの命令を持って、再びダンジョンへと向かって行った。
ドアが閉められたあと、俺達は顔を見合せる。
「どうやら、早々に調査せねばならなくなったようだな」
「はい。これがもし氾濫の予兆であれば最悪の事態に繋がりますから」
今回の件によって、前回の目撃が「たまたま」じゃないと判明してしまった。どんな理由があるかは分からないが、二十三階にいるであろう魔物が二十二階へやって来るのは確かになった。
一ヵ月の間が空いてから再び発生したという点も気になる。もしかしたらベイルの予想が当たっていて、一ヵ月の間に数が増えて氾濫が起きそうになっている可能性もある。
ベイルとオラーノ侯爵は検討していた日程を白紙に戻し、前倒しで調査を行う事を決定した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます