第130話 王国の道化師


 アッシュ達がロイ・オラーノ率いる騎士団と共に二十二階の調査を進めている頃、ローズベル王国外交省に勤める男性が帝国帝都に向かい始めた。


 男性はローズベル王都から魔導列車に乗車して、そのまま王国領最南端にある街まで向かう。街の駅で下車すると、今度は帝国領土内へ向かう帝国魔導列車に乗り換えるのだ。


 下車した男性は王国側の出国管理所で手続きをした後、駅構内にある帝国線のホームへ向かった。


 帝国側が管理する帝国線ホームへ向かう通路の途中には、ローズベル王国側と同様に入国審査所という外国人向けの特別な窓口が用意されている。因みに反対側には出国審査所という窓口も存在している。


 これら窓口の役割は、名の如く「入出国する人物を審査する」ということ。


 窓口にいる係員から入出国の目的について質問されるのだが、この質問についてはあまり重要ではない。実際のところ、帝国で犯罪を犯した人物がローズベル王国内へ向かおうとした際も止められる事はなかったという噂もあるくらいだ。


 じゃあ、何をしているのか? しっかりと入出国審査を行っている王国側とどこが違うのか?


「外交目的ですね。では、入国料のお支払いをお願いします」


 違いは金を要するところ。


 入出出国審査とは名ばかりで、帝国へ出入りする人物から金を毟り取るのがこの窓口の役目だ。


 外国人が帝国に出入りする際は、入国審査所とは名ばかりの強制徴収所で金を払わねばならない。払わなければ入国を認めてもらえないし、当然ながら他国の貴族や役人が仕事で訪れた際は「入国しないと仕事ができないでしょう?」と足元を見られる。


 外交省勤めの男性は鞄の中から換金したばかりの金を取り出して、指定の額を窓口に支払った。


 金額としては百万程度。たった三日間の滞在を行うだけでこれだけ払わなけばならない。


 支払いながら、男性は反対側にある出国審査所に顔を向けた。男性は表情を変えないが「帰りも支払うのか。次は倍額かな」と思っているに違いない。


 先に語った通り、帝国人であっても外国に向かう際は金を払わねばならない。ただし、平民に限った話であるが。


 この出国審査所があるせいで、帝国の平民が他国へ足を伸ばす、正規ルートで国を離れる機会を失っている。いや、機会を奪っていると言うべきか。


 帝国はガチガチの貴族主義であり、平民に対する扱いはかなり悪い。平民家庭に生まれた者は貧しいまま一生を終える人がほとんどなんだとか。


 中には人生を変えようと他国へ逃げ出そうと考える者も少なくはない。だが、魔導列車を使ってローズベル王国へ向かおうとしても出国審査所で多額の金を要求される。払わなければ即捕まって国内へ逆戻りだ。


 まぁ、そもそも帝国の平民が魔導列車に乗れるほどの金などまず持っていないだろうが。


 もちろん、魔導列車以外の方法で出国しようとしても同じである。他国との国境線は厳重な警備体制が敷かれているし、万が一見つかればその場で即処刑もあり得るほどの重罪とみなされる。


 こういった体制を敷いているせいで、ローズベル王国へ入国してくる帝国人の数は少ない。まぁ、帝国の貴族には関係ない話である。


 ただ、逆に言えば金さえあれば重罪人だろうが国を出られるという事だ。


「ああ、そういえば……」


 窓口の係員が金を数えている間、男性の口からは小さな声が漏れた。


 きっと、この男性が思い浮べているのは帝国からやって来た元騎士の話だろう。最近何かと話題の絶えない第二ダンジョン都市で活躍しているという元帝国騎士のハンターだ。


 生粋の騎士であり、王国最強と謳われるロイ・オラーノ侯爵に気に入られた男の話は王都でも何度か噂になっている。


 最初話題になった時、外務省の仲間が彼について徹底的に調べたという話を男性は聞いていた。その中で彼が魔導列車でやって来たという話を思い出したのだろう。


 男性は出国審査所を見つめながら小さく頷いた。


 恐らく彼も出国審査所で金を払ったに違いない。無事に入国できたという事は、それなりに金はあったのだろう――などと考えている顔だ。


「確認しました。どうぞ、お通り下さい。該当の列車は二番ホームです」


「ありがとうございます」


 男性はにこやかに係員へと笑いかけ、礼を告げた後に二番ホームへ続く通路を歩き始めた。


「……全く。笑い話だな」


 入国審査所を背にして、男性は鼻で笑った。



-----



 男性の乗った魔導列車は線路の上を走って帝都へと到着。


 駅を出ると煌びやかな帝都の景色が目に入り込む。駅の周辺には高級品を扱う商会や高級宿といった上流階級向けの商業施設が揃っていて、派手さを「高級」とはき違えた品の悪い店が魔導列車利用客をお出迎え。


 こういった高級志向の店が駅周辺に並ぶ理由は、帝国国内で魔導列車を利用する客は上流階級しかいないからだろう。


 視線を動かす度に金色が目に入る。帝国人は金ピカであれば良いとでも思っているのだろうか。


 男性はため息を漏らすと、まず向かったのは帝国帝都にあるローズベル王国大使館だ。


 煌びやかな商店通りを抜けた先。帝国帝都北区にある大使館に到着すると、大使の役割を女王より拝命した王国貴族と面会を行う。


「キーラ卿。お久しぶりです」


「ええ。カラル君もご苦労様です」


 二人の面会は非常に和やかなムードで始まった。互いに握手を交わした後、ソファーに腰を下ろすとカラルという名の男性は鞄の中から封筒を取り出した。


「こちらを」


 封筒には王家の紋章がなされた封蝋が押されていて、これが王家より届いた指示書である事が窺える。


 和やかだったムードはこの封筒が出されただけで消え去った。キーラ伯爵は真剣な表情を浮かべて、中にあった指示書に目を通し始めた。


 ゆっくりと時間を掛けながら熟読して、ようやく顔を上げたキーラ伯爵が頷いた。


「……既に荷物は大使館に届いているよ。しかし、本当に帝国上層部へお披露目して良いのかね?」


「はい。女王陛下の決定でございます。上司の話によりますと……。少しの間だけ良い夢を見せてやろう、だそうです」


「なるほど」


 カラルの話を聞いたキーラ伯爵はニコリと笑う。


「しかし、女王陛下も大胆な事をお考えになる。上手く行くだろうか?」


「上手く行くからこそ、ではありませんか? 第二世代を相手に渡して……。恐らくは我々が開発した技術を解析される事も織り込み済みでしょう」


 キーラ伯爵の質問に対し、カラルは肩を竦めながら言った。


「技術を模倣されたとしても……。仮に量産されたとしても手を打てると?」


「はい。しかし、上司の口ぶりでは量産される前に決着がつくようですが。むしろ、上司から聞いた話では、女王陛下は帝国に魔導兵器を見せてどう反応するかを見たいようだ、と」


「なるほど。帝国が魔導兵器を独自開発するかどうかかね?」


「さて。私には分かりかねます」


 カラルの言葉を聞いたキーラ伯爵は紅茶で喉を潤したあと、次の懸念を口にした。


「帝国の切り札である帝国魔法部隊もどうにか出来るのかね?」


 キーラ伯爵が口にした「帝国魔法部隊」とは、長年帝国を最強たらしめる象徴のような者達だ。


 人口の多い帝国は全国民の中から魔法使いをとにかく中央に集める。これに関しては貴族や平民などの身分は一切関係ない。


 たとえ貴族の嫡子であっても、貴族当主が妻に内緒でこしらえた隠し子……平民の子供でも絶対に招集されてしまう。


 中央に魔法使いを集めたあと、英才教育と称した地獄の訓練を強制して最強の魔法使い部隊を作り上げているのだ。


 部隊中では厳しい階級制が敷かれているらしいが、近年は総勢二百を越える魔法使いを揃えてキープし続けている。


 特殊な訓練を施された魔法部隊は過去に起きた戦争で何度も活躍し、各国に届く噂の中には「一時間も満たないうちに、たった数人の帝国魔法使いが一国の首都を更地に変えた」などという話もあったとか。


 それら輝かしい戦果は北の宿敵であるアロン聖王国への抑止力にもなっていて、大陸南側に位置する盟国が帝国へ従属に近い形で従っているのもこれが理由である。


「はい。上司の話では、女王陛下は問題無いと仰っているようです。作戦決行後のプランも既に構築されつつあって、各省の代表が連日顔を突き合わせていますよ」

 

 王都にいる仲間達の反応や考えを聞いて、キーラ伯爵の表情は更に明るくなっていく。


「そうか。それを聞いて安心したよ。こんな国からは早々にオサラバしたかったからね」


 さっさと故郷に帰りたい、と言ったキーラ伯爵の言葉を聞いて、カラルの肩がビクリと跳ねた。


「あの、非常に申し上げ難いのですが……。外務省では後始末をキーラ卿に手伝って頂く前提で話が進んでおります」


「……そう、か」 


 王都の意向を聞いて、キーラ伯爵は目に見えて落胆した。どうにかフォローしようとしたカラルは「後始末はたった二年です」とか「研究所の成果次第では早まるかも」などと焦りながら口にした。



-----



 カラルが大使館に到着した翌日、帝都にある帝城の庭では帝都住まいの貴族と帝国騎士団の重鎮達が勢揃いしていた。


 彼等、帝国貴族達のお目当てはローズベル王国よりお披露目された『試作魔導兵器』である。


「これが魔導剣とやらか」


 王国より届いた試作品を握るのは帝国騎士団の副団長リュードリヒ。


 彼は製の剣を握りながら何度か素振りを始めた。素振りする姿はさすが騎士といったところ。


 だが、肝心の剣が少々不格好であった。


 剣のガード部分には魔導具で使われる装置類がいくつも付着していて、いくつも色付きコードが装置間を繋いでいる。


 お世辞にも「美しい剣」とは言い難い。どちらかと言えばゴチャゴチャしていて、剥き出しのコードや装置類が帝国人の目に「本当に信用できるのか」と疑問を与えていた。


「こちらのボタンを押して頂くと起動します。ああ、そうです! そうです! さすがは副団長、飲み込みが早い!」


 魔導剣の説明を行っているのはキーラ伯爵である。彼は揉み手をしながらあからさまなヨイショを連発していた。


 ただ、彼が帝国人に見せる態度はいつも通りである。いつも媚びるような態度を取って、帝国人の機嫌を損ねないよう努めている。


 帝国貴族からしてみれば、屈強な帝国を敵に回したくないと必死な様子が笑えると評判のようだ。本日も見学に来ている帝国貴族達は見下すような笑みを彼に向けていた。


「ささ。起動した後はどうぞ試し斬りを」


「ああ」


 試作魔導剣を起動したリュードリヒは目の前に置かれた鋼の塊に顔を向けた。上段に構えた後、自然な動作で剣を振り下ろす。


 すると、風の魔法を纏った剣はスルリと紙を斬るように鋼を切り裂いたのだ。恐らく、リュードリヒの腕には手応えすら感じなかっただろう。それほど軽く分厚い鋼の塊を斬り裂けてしまった。


「これは……。すごいな」


 大陸最強と自負する帝国騎士団に所属していて、しかも副団長の位を拝命した男から出た感想は素直でストレートなものだった。


 ダンジョンに苦労している小国が開発した物だと事前に認識していても、そのような考えが頭から抜けてしまうほどの衝撃を受けたのだろう。


「確かにこれは魔物にも有効だろう」


 リュードリヒはそう言いながらも、内心では「対人戦でも」と思ったに違いない。これが何本もあれば最強の軍団を作れる、と。


「ただ、その……。まだ試作品でして。まだまだ研究不足もあって万全とは言えません」


 キーラ伯爵はリュードリヒの顔色を窺いながら、おどおどした態度で告げる。


「問題点は?」


「稼働時間が十分以下といった点でございます。一定の威力は現実にできましたが、魔石の消耗が激しく稼働時間の実現はまだ……。他にも動力である魔石を交換する際は技術者の手が必要な点も欠点と言えましょう」


 威力は確保した。だが、その分だけ使える時間が短い。他にも問題点は山ほどある。キーラ伯爵は苦しそうな表情を浮かべて現状を告げた。


「しかし、貴国の騎士団は既に魔導兵器を使用していると聞いているが?」


「はい。確かに使用しております。ですが、魔物の氾濫が起きた際や予兆を観測した時のみに限定して使用しております。奥の手と言いますか、切り札と言いますか」


 限定的な使用として、開発国であっても気軽には使えていない。非常事態の時に使用した際は技術者に魔石の交換を行わせながら鎮圧任務を遂行している、とローズベル王国の現状を語った。


「魔導兵器の実用化に向けて魔石も大量に使用します。ですので、以前頂いた魔石の輸出価格も――」


「その話は担当者と話してくれ。私の領分ではない」


「失礼致しました」


 ピシャリと言われて、すぐに頭を下げるキーラ伯爵。


「しかし、実用性がある事は認めよう。これは世界を変えうる力だ。王国が研究に尽力できるよう、私からも上に進言しておく」


「ありがとうございます!」


 礼を述べた後、キーラ伯爵はニッコリと笑った。


「しかし、ご機嫌取りはしなければな」


 そう言いながら、リュードリヒは背後にいる貴族達を見た。彼の言葉に対し、キーラ伯爵は「勿論にございます」と返答。


 その後、何度かリュードリヒの質問に答えた後に次のお披露目に移った。


 先ほどまで騎士団向けに営業していたキーラ伯爵であったが、今度は見学者として訪れた帝国貴族達を相手にする。


「今回お披露目致しますのは新型の生活用魔導具にございます。これから暑い日が続くと思われますが、それにピッタリの物を開発しました」


 魔導兵器と共に帝都へ持ち込まれたのは「冷風機」と呼ばれる魔導具だ。家の壁に設置して、設置した部屋全体を冷やしてくれるという。


 起動した魔導具からそよそよと出て来る冷風をお披露目すると、帝国貴族達の反応は良好だった。既に気温も高くなってきた事から、寝室に置けば暑さで眠りを妨げられることがないという点に期待の声が上がる。


「勿論、こちらは帝国に輸出させて頂きます。それとこの場にいらっしゃる皆様には二台ずつ贈呈させて頂きます」


 キーラ伯爵がそう宣言すると、帝国貴族達の態度は「当然」といった感じ。だが、新しい魔導具を手に入れた事で機嫌はすこぶる良さそうだ。


「どうぞ、今後ともローズベル王国をよろしくお願い致します」


 最後に彼は深く頭を下げた。下げた頭を上げると、彼の顔にはいつも以上にニコニコとした笑みが浮かんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る