第129話 巨大な柱と不気味な魔物
柱がある部屋に入ったロイとエドガー。
エドガーは巨大な柱を見上げて、青白い光に目を細めた。
「どうだ?」
そんな彼にロイが問う。
「うむ。王城地下にあるモノと同じだろうな」
どうやら目の前にある柱は第二ダンジョンだけにあるモノではないらしい。彼は柱の全体像を観察した後、柱が乗っかっている台座へと近付いた。
台座の一部には半透明なガラス板が埋め込まれていて、その下には二つのボタンと上下左右を向いた三角形が十字に並ぶ操作盤があった。
「例の物を」
「はい」
エドガーは騎士の一人にそう言った。言われた騎士はセルジオから預かっていたリュックを下ろすと、中の収納袋に手を突っ込む。
騎士が取り出したのは金属の箱だった。箱の蓋にはローズベル王国王家を示す『鷹』の紋章が描かれていた。
取り出した箱をエドガーに手渡すと、エドガーは箱の蓋を開けた。
中身は銀色をした長方形の鍵だ。掌サイズのそれを取り出して、操作盤の脇にあった窪みへと差し込む。鍵が差し込まれると、半透明だったガラス板がパッと明るくなって背景が白色に変わった。
ここまでエドガーの行動に迷いが無い。手慣れているのは、この柱と同じ物が王城の地下にあるからだろうか。
ガラス板が白くなってから数十秒後、今度は板の中央に文字が出現する。
『 Please stand by... 』
現れた文字はダンジョン内でよく見られる古代文字。
『 Login:Class C 』
『 Access Level:C 』
『 Please stand by... 』
順に表示されていく文字が何を意味するのか、エドガーだけじゃなくこの場にいる全員が理解していないだろう。
出現した文字をそのままに、更に数十秒ほど待つ。すると、ガラス板にはいくつかの項目が出現した。
「さて、地図は…」
その中にあった『MAP』という項目にカーソルが合うようエドガーは操作盤を操作し始めた。操作するエドガーの手つきには迷いがない。未だ多くの文字が解明されていない古代文字であるが、先ほど彼は「地図」と口にした。地図という単語だけは理解しているらしい。どうしてかは、恐らく過去の経験からだろう。
項目が選択されると、ガラス板に表示されていた文字が消える。一瞬だけ白い背景が映し出されたのち、今度はガラス板全体に地図が表示された。
表示された地図は大陸図であった。それも現在ローズベル王国が存在する大陸の形に似ている。少し地形が変わっているのは古い地図だからだろうか。
少々形の違う大陸図の上には赤い点がいくつか示されている。エドガーは再び操作盤を使って、大陸の中心付近を拡大させた。
彼が拡大した場所は――現在のローズベル王国が所有する領土に似ている。
「地図を重ねてくれ」
エドガーが騎士に言うと、騎士は白くて大きな紙を取り出した。丸まっていたそれを広げると、どうやら現在のローズベル王国領土を描いた地図らしい。
地図をガラス板の上に重ねると、下に表示された過去の地図が透けて見える。重なった地図を見比べると、現在のローズベル王国領土はガラス板に表示されているものより領土が小さくなっているのがわかる。
「ここが第一で……。ここが第二……」
エドガーが確認しているのは、透けて見える赤い点の位置だ。彼の漏らす言葉からして、どうやら赤い点はダンジョンの位置を示しているらしい。
第一、第二、第三……と位置を確認していくが――ガラス板の地図には他にも赤い点がある。
一つは領土の中心。ローズベル王国王都のある位置だ。
そして、もう一つは王国領の南側。帝国との国境線と重なっていた。
「やはり帝国か」
エドガーが小さく言うと、横からロイが覗き込んできた。南側の赤い点を確認した途端、彼は眉間に皺を寄せる。
「厄介な場所にあるもんだ。……北にもあるな」
ロイは帝国との国境線と重なる赤い点を睨みつけた後、今度は視線を北側へ。三つ目の赤い点は第三ダンジョンがある場所よりも更に北側にあった。
「こっちはギリギリ領土内だろう? どちらを優先するかは陛下次第であるが、我々としては北を優先してもらいたいところであるな」
「それはそうだが、国益に繋がる物が無ければ意味がなかろう」
どちらも開けてみなければ分からない、とエドガーはロイに言った。
エドガーは赤いえんぴつで現代版の地図上に赤い点を書き写した。点を書き写した後、彼は地図を丸めていく。
丸めた地図を騎士に渡すと、操作盤の下にあった鍵を引っこ抜いた。光っていたガラス板はブツンと光を失って、元の半透明な色に戻ってしまう。
「よし、終了だ」
「うむ」
柱から得られる物はこれで全てなのだろうか。いや、今の彼等からすればこれが全てなのだろう。
エドガーは最後に再び柱を見上げた。
「恐らく、この柱の全貌が分かるのは……。ワシが死んだ後なのだろうな」
自分で言った言葉が悔しかったのか、彼は眉間に皺を寄せながら奥歯を噛み締めた。
-----
柱のある部屋へと向かったオラーノ侯爵とベイルーナ卿を見送ったあと、俺達は広場で待機となったわけだが……。
「ゴーレム、来ませんね」
この場を確保する為に残された俺達の元には、人型ゴーレムどころか蜘蛛型ゴーレムすら現れない。いや、現れて欲しいわけじゃないのだが、何というか……。ただ待つだけは暇だ。
「明日からはまた整備ですかね?」
レンが明日からの予定を問うと、ターニャが「そうだな」と頷いた。
「今回は奥まで全て調べはしたが、詳細な調査を行わねばならんだろう。学者達が調査する為にも階層全体の整備は完璧に行わねばならん」
今、学者達は二十二階にいるが、これは限定的な処置だ。
例の眼球型を解体して持ち帰る為に連れて来ただけだし、明日からはまた階層の整備とマッピングを行うようベイルから指示が出るはず。
「あ、そうだ」
そんな話をしていると、女神の剣に所属する男性ハンターが声を上げた。彼は収納袋に手を突っ込むと、中から整備に使う道具や資材を取り出して床に並べ始めた。
「前にやった分が残ってたわ。暇だし少しだけ整備するか?」
このまま何もせずに待つのも時間の無駄か。騎士達にも相談してみると「整備しましょうか」と許可が出た。
ただ、警戒任務も怠らない。半数を残して、残り半分が整備を行う事に。主に男性陣が整備を行う事になった。
まずは現在地。この広場から始める事に。
俺はレンを補助役にしつつ、二人の騎士と共に作業を始めた。
王都在住である騎士達とフレンドリーに雑談を交わしながら作業を進めていると、自然と雑談の内容は俺が王都について質問をするといった流れになった。
「王都ってどうなんですか? 自分はまだ行った事がなくて」
「あー……。第二都市よりも大きいですが、その分ゴチャゴチャしていますよ。住宅区画も新しく整備された場所は住宅同士が密集していますし」
「ピーク時になると道は人で溢れ返りますね。最近では交通整備が常に行われています」
王都は都会的なイメージがあるが、そのイメージは正しかったらしい。
「文化的には地方都市とあまり変わりありませんよ」
レンも元は王都で暮していた貴族のお坊ちゃんだからか、彼もまた王都と地方都市の違いを口にする。彼の意見に対し、騎士達も頷いて同意した。
「イメージ通りですね。人が多くて活気があって、最先端の商品を扱う店や美味しいレストランがあったり……。いつか、観光で行ってみたいです」
俺がそう言うと、騎士達は「あー」と揃って口にした。
「美味しい食事となると、王都よりは第三都市でしょうか?」
「そうだな。前に出張で行ったけど、第三都市はメシが美味いイメージが強い」
「そうなんですか?」
騎士達の意見に俺は首を傾げてしまった。どうも第三都市は「農業地」といったイメージが強い。
第三都市はあくまでも生産地であって、料理として洗練されるのは都会である王都のイメージがあったが。それを伝えると騎士達は首を振る。
「いや、むしろ第三都市の方が食事に関しては積極的ですね。ダンジョン栽培だけじゃなく、周辺に農地や家畜場やら酪農場もありますし。都市観光に力を入れているってのもあるんですが」
「あー、第三都市で食べられるチーズは最高ですよ。都市から少し離れた場所にワイナリーもありますし、酒場で美味いワインと一緒に食べられます」
これがたまらない、と言われてしまった。想像するだけで口の中は涎まみれだ。
「チーズも良いけど、やっぱりローズベル牛のステーキじゃないか?」
「ああ、ガッツリとステーキも良いですね。それでビールをグイッと」
何かと酒の情報も教えてくれる二人とは気が合いそうだ。
いかん、腹が減ってきた。
「……今すぐ第三都市に行きたくなりますね」
「ははは! 確かに! 美味しい物を食べる目的での旅行なら、王都より第三都市の方がいいですよ」
第二ダンジョンの調査が終わって、落ち着きを取り戻したらウルカと王国内を旅行するのも楽しそうだ。
その時は第三都市に行こう、なんて考えていると――
「ん?」
奥からビチャッと何か水音が聞こえたような気がした。作業の手を止めて、俺は奥へと続く通路に顔を向ける。
「どうしました?」
「いや、何か音がしたような」
作業を中断して、奥の通路に近付こうとした。すると、同時にウルカとターニャも動き出すのが見えた。
「もしかして、音が聞こえたか?」
「ああ」
どうやらウルカ達も聞こえたらしい。これは間違いではなさそうだ。俺は声を上げて全員を注目させたあと、ハンドサインで奥へ続く通路を指差す。
和やかな空気は一変し、全員が真剣な表情に切り替わる。
シンと静まり返った広場。次の瞬間、再び「ビシャッ」と音が鳴った。
やはり、何かある。
俺はランタンを点けて通路に近付いた。このまま不用意に奥へ向かうのはマズイと感じ、持っていたランタンを床に置いて奥へとスライドさせる。
滑っていたランタンが止まると、通路の先が僅かに見えるようになった。だが、音の正体はまだ判明しない。
その間も「ビシャッ」「ビチャッ」と音が鳴り続けた。徐々に音はこちらへと近付いて来るのが分かる。何かがこちらに移動していて、移動する際に音を発しているようだ。
自然と俺の手は腰にある武器へと伸びていた。ターニャとウルカも武器に手を伸ばして奥を睨みつけていると――
『ア、オ、ォォ……。メォ、ォ……』
先ほどの水音と一緒に聞こえてきたのは呻き声。掠れるように小さい声であるが、確かに聞こえた。
何かが来る。もうすぐ、姿を現わす。
そう感じた俺は、ターニャとウルカを下がらせた。俺も一緒に通路の入り口から距離を取る。
全員が警戒心を最大にしながら音の正体を待ち構えていると、遂にソレはランタンの光を浴びて露わになった。
「ア、ァ、オォォ……。メ、ォ、ォ……」
光を浴びて露わになったのは魔物だった。
「は……?」
「な、なんだあれは……」
だが、その姿を見て俺達は驚きを隠せない。
露わになった魔物の姿は、これまで見た事もないくらいに奇形であったから。
魔物の姿を無理矢理一言で表現するなら……。動物のヤギだろうか。
動物のヤギに似た頭部があって、頭には角が生えていた。しかし、頭部にある目玉は半分ほど外に飛び出していて、口は大きく裂けていた。
そして、体は二体のヤギがくっ付いたような状態だ。
歪な形で結合した体には八本の脚が生えているのだが、生えている位置もおかしい。前足らしき四本の脚は体全体にばらけていて、後ろ脚らしき四本足は体の真横にあったり背中に生えていたり……。
それでいて、体全体から体毛が抜けたような状態だった。赤黒い肉が露出していて、ヌメヌメした赤黒い粘液が体中から滴っている。
……ヤギと表現するのもかなり苦しいか。意味不明な奇形の魔物と表現するのが正しいだろう。
だが、その形は俺達人間の嫌悪感を強く煽る。
「ウッ……」
堪えきれなかったのか、ウルカが手で口を押さえた。俺は彼女の前に体をズラして、壁になってやる。
「メ、オ、ォ……」
ずる、ずる、と足を引き摺るように動く魔物。もはや、どうやって歩いているかすらも不思議に思える。
動く度に粘液で濡れた足からピチャ、ピチャと音が鳴って、気色の悪い魔物はゆっくり、ゆっくりと確実に俺達へと近付いて来た。
俺達は武器を抜いて構えるが――
「ア、ォ、ォ……」
半分飛び出た目玉をぎょろっと動かした奇形の魔物は、その場でばたりと崩れ落ちた。何度も体を痙攣させたのち、遂にはピクリとも動かなくなる。
ミレイが槍を伸ばして魔物の体をつつくが、全く反応しない。どうやら死亡しているようだが……。
「な、何なんだよ……」
不気味で気色悪い魔物に対し、全員が同じような感想を抱いただろう。同時に「コイツは一体何なんだ」と疑問が湧く。
この魔物は二十三階へ向かう階段がある方向からやって来た。
「ゴーレムが戦っていた魔物の正体はこいつか……?」
俺達が辿り着いた時、謎の肉塊が転がっていた。その近くにはこの魔物の体から生えている脚と同じ形をした脚が千切れて転がっていた。
それらの事実から考えて、俺の推測は当たっているように思える。
だが、どうしてゴーレム達はこの気色悪い魔物と戦ったのか?
そして、どう考えてもコレが人型ゴーレムを破壊できるとは思えない。
「二十三階……」
一つ下の階層は、一体どんな場所なのだろうか。目の前で勝手に死亡した気色悪い魔物が大量にいたとしても、俺達は行かねばならないのだ。
そう考えた瞬間、俺の体はぶるりと震えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます