第125話 二十二階の奥にあった物


 広場に出現したゴーレム達を全て討伐し、各隊の被害状況を確認しているとシャッターの中から大量の蜘蛛型ゴーレムが現れた。


 一息つく暇も無く戦闘かと思いきや、蜘蛛型ゴーレム達は俺達が倒したゴーレムの死体に群がっていく。


「出来る限り回収したい! 排除しろ!」


 オラーノ侯爵の指示に従って、俺達は再び動き出す。騎士達はピックハンマーと魔導弓を駆使して蜘蛛型ゴーレムを排除し始めた。


 俺達も戦闘に加わるが、既に人工魔法剣の効果は切れていた。鞘に収めた後、ピックハンマーで応戦を開始。


 蜘蛛型ゴーレムとの戦闘を始めると、向こうも無抵抗でやられるつもりはないようだ。邪魔する人間達が装備する金属系装備に飛び掛かって破壊行動を行う。


 人型ゴーレムや巨大ゴーレムは確かに驚異的であるが、こうも数が多い蜘蛛型ゴーレムは厄介というか、うざったいというか……。排除しようとすると一番面倒なのは数の多い蜘蛛型ゴーレムで間違いない。


 少々の被害を出しながら、そしていくつか死体を喰われながらも蜘蛛型ゴーレムの討伐に成功した。


 特に巨大ゴーレムの残骸や天井に吊られていた眼球の残骸を丸々残せたのは、成果としても上々だろう。こちらは是非とも学者達に見せて情報を得たいところだ。


 蜘蛛型ゴーレムを排除した後、俺達は早々に次の行動へ移る事になった。


「残骸の確保と調査を同時に行うため、隊を分ける」


 ここで再び隊を二分する事になった。


 半数を広場に残して、収納袋に入りそうな残骸の回収。及び蜘蛛型ゴーレムが再度現れた際の防衛を行う隊。


 もう半数はオラーノ侯爵と共に奥へ向かって二十二階の調査を行う隊。


 俺達は調査組に組み込まれた。他にも王都からやって来た中央騎士団の人員は全て調査隊に回される。騎士の割合としては、第二都市騎士団が二割で王都騎士団が八割といった感じ。


 王都騎士団の割合が多い理由は、オラーノ侯爵が指揮を執り易いからだろうか?


 何にせよ、俺達はオラーノ侯爵率いる調査隊と共に奥へ続く通路を歩き始めた。


 広場にあったシャッターの奥を先に調べなかった理由は、恐らくシャッターの先が製造所に続いているだろうという推測からだ。製造所には蜘蛛型ゴーレムが徘徊している事もあって、全員で向かうつもりなのかもしれない。


 奥に続く通路はそう長くなかった。行き着いた先は広場であったが、ランタンの灯りで様子を見るに先ほど戦闘を繰り広げていた広場よりも狭いようだ。


 広場にはベンチらしき物やテーブルが置かれていて、ちょっとした休憩所のような雰囲気が漂う。他にも二十一階にあったような前面がガラス張りになった四角い箱や植木鉢のような物が置かれている。


 そして、続く道は三つ。左右と更に奥へ続く道があった。


「どちらへ向かいますか?」


「まずは右に向かおう」


 部下の問いにオラーノ侯爵は右を選択。俺達としては黙ってついていくだけだ。


 右に続く通路を進むも、魔物に遭遇する事はなかった。向かった先にあったのはやや広めの部屋で、中は執務室のような場所であった。


 以前、俺達が騎士と共に二十二階を調査していて見つけた部屋に似ている。


 執務机のような物と椅子、壁沿いには本棚のような物が並んでいて、床にはボロボロの絨毯らしき布が敷かれていた。


 そして、執務机の真後ろにある壁には以前も見つけた「巨大な木と太陽」の絵が描かれた布が飾られている。


 オラーノ侯爵は執務机の前に歩み寄ると、腕を組みながらその布を見つめた。


「これ、私達が調査した時も見つけましたね」


「二十二階でか?」


「はい」


 同じ物を見た事がある、と俺が告げると、オラーノ侯爵は黙ったまま布を見つめた。横目に彼の表情を見るが……。眉間に皺を寄せたまま何かを考えているようだった。


 何を考えているのかは問えずにいると、王都騎士団所属の騎士がオラーノ侯爵へ「特に何もなかった」と告げる。


 結局、この部屋の正体は掴めないまま次の場所へ向かう事になった。


 元の場所まで戻って、今度は左側の通路を進む。


 左側の通路も先ほどと同じかと思いきや、こちら側は通路の所々に損傷が目立つ。壁の一部が割れていたり、穴が開いていたりと何か戦闘を行った跡のような状態であった。


「壁の中にあるのは……ケーブル?」


 割れて壁の内部が露出している場所に灯りを照らしながら観察すると、壁の中には極太のケーブルが何本も通っていた。壁の中に隠されたケーブルは他の広場にも通じているのだろうか?


 そして、最奥まで進むと――


「金属製の扉か」


 左側の通路奥にあったのは、これまで見た事もないような金属の扉だ。かなり重厚で中の物を守っているように思える。


 開けるにしても取っ手のような物がなく、騎士達数人が押しても引いても開きそうにない。


 これは諦めて学者達に任せるべきなのでは? と思っていると、王都騎士団所属の騎士が所持していた収納袋の中から小さな箱のような物を取り出した。


「全員、下がって下さい」


 騎士は扉と格闘していた第二都市騎士団所属の騎士達を下がらせ、銀色の小さな箱を重厚な扉の中央に貼り付ける。貼り付けた後、箱の下部にあったピンを抜いたら大急ぎで後ろに下がった。


 ピンが抜けた途端、小さな箱全体の色が徐々に銀から赤へと変わっていく。全体が赤に変わると、か細い白い煙がいくつも上がって――ボン! と箱が爆発。


 爆発が起きると箱の残骸と扉の破片がバラバラと床に落ちた。爆発箇所には穴が開いていて、直後に「ガゴン」と何かが外れるような音が鳴った。


「よし、内部へ向かう」


 爆発した箱も魔導具なのだろうか? オラーノ侯爵達は詳しく語らず扉に近付いて行く。


 ただ、第二都市騎士団に所属する騎士達の表情を見るに彼等も「箱」については初見のようで、顔には驚きの表情が張り付いていた。


 王都騎士団所属の騎士達が重厚な扉を引くと、ゆっくりと扉が開き始めた。中からは青白い光が漏れ始めて、扉の向こうには何か光る物があるようだ。


 以前見つけた宝石に似た光だ。また光る宝石が置かれているのだろうか?


 俺はそう予想していたのだが……。


「な、なんだ、これ……?」


 重厚な扉の向こう側にあった部屋はかなり広かった。広さ以上に天井もかなり高い。恐らく、十メートル以上は高さがあるだろう。


 そして、その広くて天井の高い部屋に鎮座していたのは巨大な柱。柱は金属製の台座の上に建っていて、ピカピカと青白い光を点滅させていた。


 明らかに人工物である柱を見上げて呆けていると、オラーノ侯爵と王都騎士団の騎士達は柱の台座に近寄って行った。


 慌てて俺達も彼等に続く。


 柱の台座は黒い金属で作られていて、黒くて太いケーブルといくつも繋がっていた。台座から伸びたケーブルは部屋の中にある箱型の遺物らしき物に繋がっていて、更にそこから壁の方へとケーブルが伸びていた。


 先ほどの通路で見つけた壁の内部に隠されたケーブルの始点がここなのだろうか?


 俺達がこの部屋に圧倒されている間、王都騎士団所属の騎士達は何かを探し始めた。そして、目的の物を見つけたのか、オラーノ侯爵に近寄ると「見つけました」と報告する。


 一体、この柱は何なんだ? 見つけた物とは何なのか? オラーノ侯爵達はこの柱が元々ある事を知っていたのか?


 俺達のように驚く事もなく、ただ淡々と任務をこなしているようなオラーノ侯爵と王都騎士団。彼等のリアクションを見るに「知っていた」と思えてならなかった。


「……よし。では、他の隊と合流して地上に引き返すぞ」


 目的の物を見つけたからか、オラーノ侯爵は冷静な声音でそう告げた。


「閣下。その、これは……?」


 俺はオラーノ侯爵に近寄ると、小さな声で問うた。この柱が何なのか、放置してよい物なのか、どうにも気になったから。


 しかし、俺の問いに対してオラーノ侯爵は首を振る。


「アッシュ。こればっかりは話せん」


 詳しく語らない……。いや、語れないのだろう。恐らくは女王命令や王都研究所絡みの命令なのかもしれない。


 機密性の高い情報となれば、ただのハンターが耳に入れられるような内容ではないのも理解できる。


 言った後に出過ぎた質問だったかと気付いてしまった。


 俺が謝罪しようとすると、オラーノ侯爵は俺の表情を見て真剣な顔を向けてきた。


「アッシュ。ここまで多くの犠牲を出した。騎士もハンター達も大人数が死んだ。その対価がこれだ」


 尊い犠牲に対する対価が、この巨大な柱だとオラーノ侯爵は語る。


 この柱に何百人……。いや、ローズベル王国が長年継続してきた『ダンジョン制御計画』の中で起きた、何万人もの犠牲と釣り合う対価がこの柱なのだと。


 二十二階の調査において死亡したラージやカイルさん達の死に釣り合う対価なのだと。


「……彼等の死は無駄ではありませんか?」


「無駄なものか。今後、数十年。いや、数百年。ローズベル王国の国益に繋がる重要な物だと認識している」


 そう言ったあと、彼は俺の目を見て言葉を続けた。


「信じろ。少なくとも、ワシとエドガーだけでも信じてくれ」


 そう言ったオラーノ侯爵の声音は、心から国と国民を守ろうとする王国貴族らしいものだった。


「はい」


 だから、俺は信じることにした。


 国の政策や考えは不透明で分からない。この柱を見つけた目的も分からない。だが、目の前にいるオラーノ侯爵は信頼にたる人物であると知っているから。

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