第124話 老騎士との共闘


 前方には人型ゴーレムと巨大ゴーレム。既に人型ゴーレムは魔法の玉を発射する準備を終えていて、巨大ゴーレムはブレード状の腕を振り回しながら盾兵隊を圧倒する。


 更には後方からも人型ゴーレムが迫って来る状況。早く手を打たなければ俺達は全滅してしまうだろう。


 打開する手段は……。


 俺は腰に差した人工魔法剣へ顔を向けた。たった十分しか起動できない魔導効果であるが、威力はピックハンマーよりも高い。


 奥の手として温存してきた剣を抜くタイミングは――いや、今ここで抜かなければダメだ。


 しかし、剣を抜いてどちらを狙うかが重要である。


 一体だけしか存在しないものの、大暴れして騎士達を圧倒する巨大ゴーレムに立ち向かうか。


 それとも数の多い人型ゴーレムへと向かうか。


「アッシュ!」


 一瞬だけ迷っていると、オラーノ侯爵の声が聞こえた。顔を向けると、彼は疲労感の漂う表情で俺を見ていた。


「アッシュ。副官に指揮を任せた。私は巨大ゴーレムに向かう。一度戦闘経験のあるお主等も共に来てくれんか?」


 オラーノ侯爵は騎士隊に人型ゴーレムを任せ、巨大ゴーレムとの戦闘経験を持つ俺達ジェイナス隊と共に戦って欲しいと言ってきた。


「お任せ下さい」


 指示を得て、俺は強く頷く。仲間達も同意してくれた事で、俺達はオラーノ侯爵と共にゆく事になった。


 ただ、どう動くべきか。オラーノ侯爵の動きに合わせるべきだろうが、俺達は彼の判断や得意な戦い方をそこまでよく知らない。咄嗟の判断で上手く連携が取れるだろうか。


 少し悩んでいると、オラーノ侯爵がニヤッと笑った」


「お主等の連携に合わせよう。老体の私はそう早く動けんからな。体力よりも経験と技術で補わせてもらう」


 あくまでも主体は俺達ジェイナス隊。その不足分をオラーノ侯爵が補ってくれるようだ。


 ありがたい。俺達はいつも通り戦って、経験豊富な騎士がサポートしてくれるとは。これほど心強いサポートが他にあるだろうか。


「わかりました」


 俺はピックハンマーを腰に収めると、代わりに人工魔法剣を抜いた。


 親指でセーフティを解除して、魔法剣を起動させる。刀身に刻まれた魔導刻印が徐々にオレンジ色に輝いて、完全起動すると刀身はみるみる赤熱していく。


「行きます! ミレイ、続け! ウルカ、レン、支援を頼む!」


「おう!」


「はい!」


「任せて下さい!」


 俺とミレイが巨大ゴーレムへと駆け出すと、少し遅れてオラーノ侯爵が続く。後方では雷を両手に生み出したレンと魔導弓を構えたウルカが準備を終えた。


 最初はウルカの炎矢だ。放たれると、巨大ゴーレムは己に飛んで来た矢の存在に気付く。ブレード状の腕で頭部を守るように防御すると、炎矢がブレードに直撃して黒い焦げ跡を残した。


 直撃したものの、あまり効果は見られない。だが、それで良いのだ。


 防御する事で足を止めた巨大ゴーレムに向かってレンの雷が放たれる。


 こちらが本命。


 紫色の太い雷が巨大ゴーレムの腕を貫き、そのまま体にまで達した。バチンと音が鳴った後、巨大ゴーレムの体が僅かに跳ねる。


 明確な隙が出来上がったところで、俺達の出番だ。


 まずは相手の機動力を奪いたい。自由に動き回れる状態で威力の高い四本の腕を振り回される方が厄介だ。


 刀身が赤熱した人工魔法剣を構えた俺は巨大ゴーレムの足へ向かう。


「フッ!」


 一番手前の足に剣を振り下ろした。以前の合金製であれば弾かれて終わりだったが今度は違う。


 赤熱した剣の刃が足の表面を切り裂いて、そのまま半ばまで埋まる。一撃で斬り抜く事はできなかったが、それでも確実にダメージは与えられた。


 剣を引き抜いた直後、今後はミレイの持つピックハンマーが追い打ちとばかりに同じ場所へと突き刺さった。ミレイは突き刺さったピックを捻りながら強引に引き抜くと、攻撃を与えた足がぐらぐらと揺れた。


 俺達によって切り裂かれた足は辛うじて繋がっているような状態だ。あと一撃加えれば完全に切断できるだろう。


 しかし、このタイミングで巨大ゴーレムが雷による攻撃から復帰。


 目がギョロリと動いて、俺とミレイを睨みつけた。そのまま腕を振り上げて、俺達を追い払おうとするが――


「アホウめが!」


 俺達とは逆側の足に風を纏う剣を突き刺すのはオラーノ侯爵。彼の持つ特別な剣によって放たれた突きは足を貫いた。


 彼の狙った箇所は、的確だった。くの字に曲がる脚の稼働部だったらしく、俺達が与えた一撃よりも効果が大きかったようだ。突きによる一撃のみで足から火花が噴き出して、巨大ゴーレムの巨体が前のめりに揺れた。


 相手の弱点と思わしき場所を的確に見抜く観察力は見事としか言い様がない。


 両側にある前足二本が機能不全になって、巨大ゴーレムのバランスが崩れた。これで動きを封じられるかと思いきや、巨大ゴーレムはハンマー状の腕を支えにして器用に姿勢を直す。


「腹が立つほど器用だな!」


 オラーノ侯爵の言う通りだ。


 姿勢を直した巨大ゴーレムはブレード状になった両腕を真横に広げると、俺達を横一文字に狩ろうと腕を振るった。


 慌てて俺達は体を屈めて攻撃を回避すると、巨大ゴーレムは無事な足と支えに使っていた腕を駆使して大きくバックステップ。俺達から距離を取ると、再び両目をギョロギョロと動かした。


「ギジジジ!」


 威嚇するように腕を振り上げながら鳴き声のような音を発する巨大ゴーレム。ただの鳴き声かと思ったが――


「先輩、十一時方向!」


 ウルカの注意を受けて、そちらに顔を向ける。すると騎士と戦っていた人型ゴーレムが、目の前の騎士を無視して俺達へと腕を向けているではないか。


「指示を出したのか!?」


 発した鳴き声はただの威嚇目的ではなく、ヤドカリ型ゴーレムのように周囲のゴーレムに指示を出す意味もあったようだ。


 向けられた腕は既に紫色の光が収束していて、今すぐにでも発射できる態勢がとられていた。回避しなければ、と考えた瞬間に俺達と人型ゴーレムの間に割って入る騎士が一人。


「アッシュさん! 行ってくれッ!」


 タワーシールドを構えながら割って入って来たのはマックス氏だった。彼は至近距離で魔法の玉を受け止める。


 攻撃を受け止められたものの、タワーシールドが破損してしまい、彼の体は大きく仰け反った。 


 体を仰け反らせ、盾を放してしまうマックス氏。それでも兜のバイザーから見える瞳には「行ってくれ!」と言わんばかりの強い意思があった。


「助かった!」


 だからこそ、俺は期待に応えなければならない。


 再び前へと駆け出して、巨大ゴーレムへと迫る。だが、相手は俺達を寄せ付かせないようブレード状の腕を振り回し始めた。


 腕を振り回しをどうにか止めないと、弱点である顔面に近付く事すら不可能だ。


「動きを止めます!」


 そう言って、再びレンが手に雷を生み出した。


 それを見たのか、巨大ゴーレムは赤熱したブレード状の腕を床に突き刺した。何をするのかと思えば、突き刺した腕を強引に振り上げて床を抉り飛ばしたのだ。


 床の破片を俺達に向かって飛ばして、即席的な遠距離攻撃を放ってきた。細かな破片が俺達を襲い、俺達の足を止めるには十分だった。


「うわッ!?」


 後方へ流れた破片はレンにも迫り、慌てて彼は魔法を中断して回避する。むしろ、こちらが目的だったのかもしれない。


「ギジジ!」


 レンの魔法を阻止した巨大ゴーレムは飛ぶように俺達へと距離を詰めてきた。この隙に俺達を殺そうとしているのか、ブレード状の腕を振り上げる。


 相手の狙いは体勢を整えたばかりの俺だった。


「アッシュ!」


 頭上に迫るブレードは……回避できない。ならば、受け止めるしかない。


 咄嗟にそう判断した俺は、握っていた人工魔法剣でブレードを受け止めた。がくん、と地面に押し込まれるような強い力が俺の体に圧し掛かる。今にも膝が折れそうだが、何とか耐えた。


 だが、赤熱したブレードに耐えられるか? 離脱できるか? 危機感で頭の中がいっぱいになるが、よく見れば俺の剣はブレードと対等に鍔迫り合いを行えていた。


 以前の合金製であれば切断されてしまっていたかもしれないが……。この人工魔法剣は特別製だ。デュラハンの素材を使い、ブレードと同じく赤熱する魔導効果。


 ほぼ互角――いや、こちらの剣の方が。人工魔法剣は落ちて来たブレードを、下から徐々に切断していく。


 あとは俺の気合と根性だけだ! 


「く、この、おおおおッ!!」


 足に力を入れて、押し返すように剣を持ち上げる。剣とブレードの接触面から火花が散るも、遂にはブレードを完全に切断した。


「―――!」


「ハッ!」


 ブレードを切断された巨大ゴーレムが驚いたように見えた。そう見えてしまった自分がいて、何となく笑ってしまう。自分でも口角がつり上がっていると自覚してしまうほどに。


 ここは仲間と共に再び攻めるのがセオリーかもしれないが、自然と俺の足は前に進む。


 魔導効果はあと何分持つだろうか? そんな事を考えながらも、俺の足は止まらない。視界に映るのは巨大ゴーレムの頭部だ。


 前へ。前へ。


 残ったブレード状の腕が届かないほど内側へと潜り込んで、遂には顔面へと到達。


 駆け込んだ勢いのまま突きの構えをとって、巨大ゴーレムの口目掛けて剣を突き出した。剣の先端が口に突き刺さると、内部を溶かしながら突き進む間隔が腕に伝わってくる。


「ギジジジ!」


 巨大ゴーレムが暴れ始めると、俺は咄嗟に剣を引き抜いた。引き抜いた箇所からは大量の火花が散る。


 そのまま巨大ゴーレムから離れようとすると、頭上にあった目がギョロリと動いた。口から火花を散らす巨大ゴーレムは、支えにしていたハンマー状の腕を使って、体勢を崩しながらも俺を潰そうとしてくる。


 まだ完全には倒せていない。このまま距離を取ったら再び小細工を駆使して接近を許してくれないかもしれない。


 どうにかまだ間合いを離したくない。だが、頭上から迫るハンマーを回避しなければ。


「そのまま行け!」


 後方よりオラーノ侯爵の声が届き、直後に雷が巨大ゴーレムの目を貫いた。もう片方の目には炎矢が連射された。


 頭上にあった腕がピタリと止まって、視界の端には人の影が映る。


 ミレイだ。


「オラアアアッ!!」


 彼女はピックを口に差し込むと、口部分の装甲を引き裂いた。彼女が離脱すると、次に突っ込んで来たのはオラーノ侯爵。


 彼もまた剣を口の中に突っ込んで――


「弾けよッ!」


 オラーノ侯爵が剣を握り締めると、口の中で「バン」と空気が破裂するような音が鳴った。

 

 口の中から大量の金属片が飛び散って、巨大ゴーレムの内部パーツが露わになった。 


「アッシュ! もう一度だ!」  


 オラーノ侯爵に言われて、俺は再び突きの構えを取った。


 基本的な突きの構え。父から習った通りの理想的とされる動き。頭に思い描いた動きをなぞるように再現して。


 口の中へと突き入れた剣は内部パーツを突き破って、俺は更に奥へと剣を突き入れる。突き入れた後、強引に剣を捻じった。刃の向きを縦から横に変えて、そのまま強引に真横へ切り裂いていく。


 金属を溶かすように切り裂いて、剣が抜ける時には口から真横に一文字の傷が出来上がっていた。赤熱した切断面から火花が散り始め、火花が徐々に炎へと変わっていった。


 それを見て、俺は慌てて距離を取った。直後、巨大ゴーレムの頭部から爆発が起きる。


 ドカン、ドカンと小さな爆発を起こすゴーレムの頭部。両目が爆発で飛び散って、口の中からは大量の火が生まれた。内部を破壊され、爆発を起こした巨大ゴーレムの体が地面に沈む。


 巨体が地面に沈むと、更に爆発が起きた。今度はかなり大きく、俺の体は爆風で吹っ飛ばされてしまった。


「うぐっ!?」


 吹っ飛ばされて、背中から地面に転がってしまった。一瞬だけ息ができなくなったが、そこまで強い痛みは体から感じない。怪我という怪我は負っていないようだ。


 煙が充満する中、横を見れば同じく吹っ飛ばされたミレイとオラーノ侯爵がいた。彼等も自身の体を確認しているようだが怪我はなさそうだ。後ろを見ればウルカとレンが立っていて、彼女等は腕で顔を覆い隠していた。


 全員の安否を確認してから再び前を向く。


 すると、爆発を起こした巨大ゴーレムは腕やら脚やらがバラバラになった状態で火達磨になっていた。


「どうにか倒せたようだな」


「ええ……」


 最後の爆発は想定外だったが、オラーノ侯爵が言う通り巨大ゴーレムは討伐できた。


 騎士隊はどうなっているのかと周囲を確認すると、騎士隊も人型ゴーレムの処理を丁度終えたようだ。最後の一匹を騎士が倒していて、他の騎士達は周囲警戒を行っていた。


 そして――


「頭上注意!」


 そう叫ぶ声が聞こえて「何事か?」と声の方向を見た。すると、天井に吊られていた眼球は弓兵隊によって破壊されたらしく、破壊された金属片がパラパラと地面に落ちてきた。直後、巨大な眼球が天井から落ちて来る。


 広場を揺らすほどの振動が起きるも、地面に落ちた眼球は戦闘終了の合図にも見えた。


「向こうも終わったようだ」


 他にゴーレムが出現する気配もない。


 オラーノ侯爵が言った通り、俺達は完全にこのエリアを制圧できたようだ。

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