第123話 増援


 遊撃を任された俺は、近接戦闘を繰り広げる騎士達全体を見回す。


 こちらの防御陣形は横一列であるが、左翼側への攻撃が若干ながら激しい。早くもタワーシールドが破損したとの声が聞こえてきた。


「ミレイ、俺に続け!」


「おう!」


 ミレイに後へ続くよう指示を出して、俺は防御陣形の左翼に向かって走り出す。走っている最中、俺は腰に差していたピックハンマーを抜いて魔導効果を起動させた。


「ウルカとレンはバックアップだ! 狙う敵の判断は任せる!」


「わかりました!」


「は、はい!」


 魔法の玉を防御した騎士の後ろで一拍置いて、射撃後の僅かな隙を見て盾兵の隙間から飛び出す。狙うは騎士が相対しているゴーレムの一つ奥。仲間を盾にして自由に射撃体勢を取る個体だ。


 赤熱したピックを人型ゴーレムの肩口に叩き落し、そのままの勢いで金属の体を引き裂いた。間髪入れずに横からミレイが飛び込んできて、俺が狙ったゴーレムに追い打ちを加える。


「引き裂いた!」


 肩口と胴を引き裂かれた人型ゴーレムの動きがダメージを負った事で鈍った。だが、まだ動いている。


 すぐさま俺達は後ろへ下がると、盾兵隊の影に隠れて相手の射撃をやり過ごす。


「ミレイ、腕を狙おう! とにかく無力化させないとダメだ!」


「ああ!」


 まだまだ人型ゴーレムの数は多く、射撃による面制圧の威力が高い。一撃離脱による即時無効化を繰り返さなければ盾がいくつあっても足りないだろう。


 人工魔法剣による一刀両断を繰り返すべきか。そう考えもしたが……。まだ温存しておいた方がいい気がしてならない。


 となれば、ターニャ達が見せた戦法に倣おうと考えた。完全に倒せなくとも無力化できれば盾兵達への圧力は減るはずだ。


「アッシュさん! 正面三体に撃ちます!」


 敵の射撃が終わった直後、レンが両手に雷を生み出しながら叫んだ。俺が「やってくれ!」と返すと、彼は騎士達の間を縫うように雷を放つ。


 宣言通りの個体に雷が衝突。胴体に黒い焦げ跡を残しながら相手を行動不能にする。


 俺とミレイは両手を上げたまま動かなくなった個体目掛けて走り出し、突き出したままの両腕にピックを叩き落として引き裂いた。損傷したゴーレムの両腕からは大量の火花が上がって、紫色の光が腕の内部で爆発を起こす。


 狙いは成功だ。


「レン、今の感じで頼む!」


「よくやった!」


 俺とミレイが彼を褒め称えると、後ろから嬉しそうな返事が返ってきた。よし、このまま数を減らして――


「先輩、頭下げて!」


 背中側からウルカの声。彼女の指示通りにしゃがんでみると、俺の頭上を炎が通過していった。たった今、頭上を通過したのはウルカが放った魔導弓の炎矢だろう。


 矢の行先は俺が立っている位置から一時の方向に進み、俺とミレイを狙うゴーレムの胴体に着弾。


 直撃を受けたゴーレムは背中側から地面に倒れ込んで、収束していた魔法の玉を天井に向かって撃ち出した。


 危なかった。あのまま別の個体と応戦していたら今頃はやられていたかもしれない。ウルカの察知能力と状況判断はさすがだと改めて痛感した。


「先輩! 左翼端にスペースが空きました! 抜けて!」


 言われて、周囲を一瞬だけ見渡す。近接戦闘に移行した騎士達はもはや乱戦状態。真後ろに退くには場所が無い。


 通り抜けるスペースを見つけてくれたウルカの指示に従って端から抜け出して行く。騎士とゴーレム達の側面に移動した俺達は、そこから再度攻撃を仕掛けることにした。


 ジェイナス隊だけで二十二階の魔物と戦うように、レンの魔法を起点にしながらゴーレムを無力化させていく。数体ほど無力化させたところで、俺達の傍に下がって来る重装騎士がいた。


「アッシュさん! 右翼に行けますか!?」


 声を掛けて来た重装騎士の正体はマックス氏だった。彼はタワーシールドで俺達を守りながら声を上げる。


「右翼側が少し押されています! ここは俺達が引き受けますから!」


 言われて、右翼側を見れば一列だった陣形のバランスが崩れていた。よく見れば数人が怪我を負って後ろに下がった直後らしい。その穴を埋める為に数名の騎士が奮闘しているようだが押し返せていない。


「了解だ!」


 俺が了承すると、マックス氏は近くにいたゴーレムを盾で跳ね返すように押した。若干空いたスペースに詰めて、すぐ近くにいた騎士と共にピックハンマーを振り下ろす。


 その後、仲間の騎士をサポートするように死角を埋め始めた。

 

 騎士団で学ぶ、基本的な連携の取り方だ。どうやら彼は少し前よりも冷静に判断を下せる力を得たのだろう。


「さぁ!」


 マックス氏はゴーレムを押し留めながら、俺達が右翼側へ移動できるよう道を作ってくれる。


「ああ!」


 成長した彼に頷きながら、俺達は右翼側へと移動。到達した頃には先ほど確認した時以上の乱戦状態になっていた。


「アッシュ!」


 どこから攻めるべきか。頭の中で状況を整理していると、右翼の奥からオラーノ侯爵の声が響く。


「私が斬り込むッ! 続けッ!」


 オラーノ侯爵は愛用の剣に風を纏わせ、単身で人型ゴーレム達の密集地に飛び込んで行った。


 無謀だと一瞬だけ思ってしまったが、それは間違いだった。風の纏った剣を振るうオラーノ侯爵は人型ゴーレムの体を紙のように斬り裂いていくのだ。


 その動きは「理想の騎士」と言っても過言でない。


 上段からの振り下ろし、返すように斬り上げる動作。間合いを詰めるまでの足運び、剣を振るうに十分なスペースを確保する為の押し引き。敵を盾とするような位置取り。


 これらは恐らく、ローズベル王国騎士団で習う剣術の基本的な動作だろう。


 その一つ一つは基本に忠実で飾り気のない動きであるものの、戦闘において確実かつ最大限の威力を発揮する効率的な動きだ。


 オラーノ侯爵の剣術とは、その基本を磨きに磨いて――人そのものが剣になっているかのようだった。


 間合いに入った敵を斬り払い、貫く。確実に、的確に。


 基本的かつ最も効率的な動きの極地に至った男の剣は、もはや完璧すぎて美しさすらも感じてしまうほどであった。


 王国十剣の一人。王国最強の騎士。その肩書は確かなものであると、あれこそが騎士としての頂点なのだと痛感させられる。


「ミレイ、行くぞ!」


「おうよ!」


 だが、俺達だって遅れを取るつもりはない。単身飛び込んで行ったオラーノ侯爵を援護するように、俺とミレイも確実にゴーレムの腕を狙って無力化していく。


 そして、後方からはウルカとレンによる援護射撃が加われば、無力化していく速度は更に増していく。


 オラーノ侯爵の奮闘と騎士達による粘り強さもあって、状況はやや俺達人間側に好転し始めた。人型ゴーレムの数は見るからに減って、正面より放たれる攻撃の圧も減った。


 特にオラーノ侯爵が剣を振るう付近からは一発も放たれていないのはさすがと言うべきか。


「弓兵隊、状況はどうか!?」


「ケーブルはほとんど破壊しました! あとはあの眼球を!」


 天井から垂れていたケーブルはほとんど破壊されていて、半ばから千切れている物もあれば天井にある根本から破壊されている物まで様々だ。残っているのはあと三本程度であるが、それもすぐに弓兵隊によって破壊された。


 これでケーブルの接続による人型ゴーレムの連射も機能しなくなっただろう。最初よりも射撃間隔が長くなっているのが良い証拠だ。


 あと一押し。あとは天井の眼球と人型ゴーレムを全て破壊してやれば。


 誰もがそう思っていた矢先、ダンジョンは俺達の希望をへし折りにくる。


 天井の眼球に向かって炎矢が放たれ、ザクザクと突き刺さった。悶え苦しむように揺れる眼球は、瞼を閉じるように緑色の水晶体を鋼色の金属で覆う。


 覆われた瞬間、再び眼球から「ブォォォ」と重低音が鳴った。


「まさか……」


 重低音が鳴った直後、左右の壁が再び開放される。中からは更に追加で三十体ほどの人型ゴーレムが現れた。


 ただ、今回はそれだけじゃない。


 人型ゴーレムが現れた直後、右側の壁が大爆発を起こす。壁の破片が飛び散って、周囲には煙が漂った。煙が晴れると、そこにいたのは二十一階に出現した巨大ゴーレムの姿が。


 しかも、今度はツギハギボディじゃない。全身がくすんだ銀色をしていて、背中には何も背負っていなかった。


 姿を現わした巨大ゴーレムは威嚇するように四本の腕を上げて、二本のブレードを赤熱させていく。


「だが、一度は倒せたんだ。前と同じように――」


 前と同じように戦えば良い。そう自分に言い聞かせようとした矢先、巨大ゴーレムが六本の脚を動かし始めた。


「なっ!? はやっ!?」


 背中に何も背負っていないせいか、巨大ゴーレムが動くスピードは二十一階の時よりも早い。ガシャガシャと足を動かして、盾を構える騎士達へと突進していく。


 騎士達へと急接近した巨大ヤドカリは赤熱したブレードを上から叩き落す。


「う、うわあああ!?」


 不運にも狙いを定められた騎士は恐怖しながらもタワーシールドを掲げて防御するが――盾に触れたブレードはジィィィィと嫌な音を立てて盾を切断し始めた。


 その状況に、騎士は慌てて盾から手を離す。そのまま距離を取ろうとするも、今度は間髪入れずに上からハンマーが落ちてきた。


「ぎゃ――」


 真上から落ちて来たハンマーから逃れられなかった騎士は、地面に押し潰されて姿が消えてしまう。嫌な音と共に地面とハンマーの隙間からは赤い血が飛び散った。


 素早い動きを実現させた巨大ゴーレムだけでも驚異的だ。だが、その後方には両腕に紫色の光を収束させた人型ゴーレムまで。


 これはさすがにマズイ。撤退を進言するべきか、と俺は後方を見やる。


 だが……。


「か、閣下! 後方よりゴーレムが接近してきます!」


「なに!?」


 後方で弓を構えていた騎士が、俺と同時に気付いて声を上げた。騎士が言った通り、後方からは更に十体ほどの人型ゴーレムが歩いて来るではないか。


「クソッ!」


 俺は持っていた武器を強く握りしめて、後方よりやって来るゴーレム達を睨みつける。


 俺達は退路を断たれて包囲されてしまった。


 この窮地を脱出するには……。


 俺は腰にある剣――たった十分しか起動できない人工魔法剣に視線を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る