第122話 ゴーレムと眼球


 ゴーレム製造所の内部へ向かうべく、俺達は迂回路を探し始めた。


 透明な壁を右手に沿って進むと、大人一人分の幅を持つ通路があった。


 騎士隊を先頭に一列で進んで行くと、今度は右に曲がる角が。そこを曲がると、製造所の裏手側と思われる地点に到達。


 どこかに製造所内へと入る扉でもあるのかと思いきや、製造所内へ続く入り口は見当たらない。代わりに見つけたのは、階層の更に奥へと続くであろう扉だ。


 既に扉は開放されていて、一本道が続いていた。道の奥には光があって、先にある場所には灯りがあるようだ。


 オラーノ侯爵の指示は前進だった。再び騎士隊を先頭にして先を進む。


 道を抜けると大きな広場があって、四方を囲む壁の半ばには灯りが設置されていた。周囲が見渡せるのは良い事であるが、それ以上に衝撃的だったのは――


「ゴーレムだッ!」


 なんと、広場の奥には人型ゴーレムが三十体もいたのだ。こちらには背を向けているものの、広場の奥に向かって横二列になって並んでいる。


 背を向けているのもあって、幸いにしてこちらには気付いていないのか。そう思っていた矢先、天井から赤いケーブルが次々と垂れて来た。


 だらんと垂れて来たケーブルに全員が驚きつつも、俺達は揃って顔を上に向けながらケーブルを辿っていく。


「あれは、なんだ?」


 近くにいたオラーノ侯爵の呟きが聞こえるが、同じく天井を見上げていた俺は答えられなかった。


 何故なら、天井には巨大な「眼球」が吊るされていたから。


 金属で造られたであろう鋼色の眼球はワイヤーのような物で吊るされていて、中心にある緑色をした水晶体をギョロギョロと動かしながら俺達を見つめて来た。


 全員が「あれは何だ」と疑問に思っている事だろう。だが、誰もが答えられずに沈黙するしかなかった。


 一体、これは何なのか。その疑問に答えるように、天井の目がぐるんと一回転した。


「う、動いた!?」


 天井の眼球が一回転すると、天井からはパラパラと破片が落ちてきた。すぐに「ガゴン」と何かが外れるような音が鳴って、天井にはいくつもの穴が開いた。


 開いた穴からは青色のケーブルが落ちて来る。だらんと垂れた青色のケーブルと既にあった赤色のケーブルが触手のように動き始めた。


 二色のケーブルは近くにいた人型ゴーレムの背中に突き刺さっていく。


 三十体の人型ゴーレムは天井から垂れた二色のケーブルと接続すると「ギギギ」とぎこちなく動き始めた。最初はぎこちなかった動きが次第に滑らかになっていって、最終的には三十体全てが俺達のいる入り口方向に体を反転させた。


 動き出したゴーレム達を見て、俺はとても嫌な予感がした。


 その予感は当たったのだ。


 二列に並んでいた三十体のゴーレムが俺達に向かって手首の無い腕を向けて来たのだから。


「防御だッ!」


 咄嗟に俺が叫ぶと、一拍遅れて騎士達も反応した。タワーシールドを持っていた騎士達が一斉に盾を構え、入り口付近に防御陣形を構築する。


 後方にいた弓兵や俺達、オラーノ侯爵を守るように立ち塞がるとゴーレム達の腕から紫色の玉が一斉に発射される。


 防御態勢を取るのは間一髪間に合った。しかし、三十体から一斉に放たれた魔法の玉を防御しきれるか!?


 盾を構える騎士達の隙間から紫色の閃光が差し込んで来た。同時に爆音が広場に鳴り響く。盾に魔法の玉が直撃したようだ。


「防御隊!」


 慌ててオラーノ侯爵が状況を問う。すると、盾兵からは「損傷軽微!」と反応が返ってきた。


 改良したタワーシールドは正しく機能しているようだ。三十体からの一斉射撃を防ぐとは、さすがは王国の技術が詰まった最新兵器と言うべきか。


 ホッと安堵を浮かべた俺だったが……。前方から「ブシュー」と空気を送り込むような音が鳴り響く。


「え?」


 音がする方向を見ると、人型ゴーレム達の背中から緑色の煙が上がっていた。緑色の煙は微かに輝いていて、どうにも背中に刺さったケーブル付近から煙が上がっているようだ。


 いや……。あれは煙が出ているんじゃなくて、何かを注入しているのか? それが微かに外へと漏れているのだろうか?


 その証拠に天井に吊るされる眼球の水晶体がぐねぐねと動いている。同時に青色のケーブルが落ちてきた天井の穴から緑色の光が漏れ出た。


「何かおかし――」


 何かおかしい。そう叫ぼうとした時、ゴーレム達の両腕が再び紫色に光った。


 それを目視した途端、ゴーレム達の腕からは第二射が発射される。


 どうしてだ!?


 人型ゴーレムの攻撃には間隔があったはずだ。これまでこんなにも短い間に撃たれた事はない。


 まさか、天井から伸びるケーブルが原因なのか?


「ぐっ!」


「うおッ!?」


 再び放たれた魔法の玉は盾兵部隊のタワーシールドに直撃。二射目も防ぐが、タワーシールドからは黒い煙が上がっていた。


 どうにか手を打たなければ、そう思ったタイミングで――


「またか!?」


 再び「ブシュー」と空気を送り込むような音が鳴る。そして、ゴーレム達の背中からは緑色の煙が漏れ出たのだ。


 先ほどと全く同じ流れ。またゴーレム達の腕が紫色に光って、三射目が騎士隊に向かって放たれる。


 三射目も防御は成功。成功したのだが……。


「破損した! 代えをくれ!」


 中には破損してしまう盾も。


 こちらも防御陣形を敷いて迫り来る攻撃を複数人で分散しているが、さすがに三度も連射されれば厳しいか。


「閣下! 人型ゴーレムの連射は天井から伸びているケーブルのせいじゃないでしょうか!?」


 先ほどから発射される前に発光している旨を伝えると、オラーノ侯爵は弓兵隊に指示を下す。


「盾兵隊前進! スペースを確保次第、弓兵隊は全員で天井のケーブルを狙え! あの眼球もだ!」


 オラーノ侯爵の号令によって盾兵隊は僅かに前進した。広場の中に後続が入り込むと、弓兵隊はすぐさま魔導弓を構えた後に天井へ向かって炎矢を一斉に放った。


 放たれた炎矢は吊るされていた眼球とケーブルに直撃。ケーブルに当たった炎矢はケーブルの根本を焼き切って、焼き切れたケーブル数本は下に落下し始めた。


 炎矢を受けた眼球は当たった箇所に焦げ跡を残しながら空中でもがくように暴れ始める。


 効果はありそうだ。


 しかし、暴れていた眼球がギョロリと俺達を見下すと――広場には「ブオォォォ」と重低音が鳴り響く。


 音が鳴り響くと、左右にあった壁から「カシャカシャカシャカシャ」と音が鳴った。顔を向けると、金属製の壁には四角い穴が開き始めていた。どうやら壁の一部はシャッターのような機能を持っていて、壁と同化していたようだ。


 壁に開いた穴の奥から「カツン、カツン」と音が鳴る。人型ゴーレムの足音だとすぐに分かった。


「増援か!」


 左右の壁からは更に二十体ずつ、人型ゴーレムが姿を現わす。


 これ以上人型ゴーレムが増えて、一斉に魔法の玉を発射されたら……。さすがに新型の盾でも防げないのではないだろうか?


「盾兵隊は更に前進! ラインを上げて近接戦闘による圧力を掛けるぞ! 弓兵隊は後方支援を開始! とにかく数を減らせッ!」


 しかし、オラーノ侯爵の判断も早かった。すぐさま騎士隊を前進させて人型ゴーレムとの近接戦闘に移行させる。彼の言う通り、とにかく数を減らさねば全滅は必至だ。


 号令の直後、弓兵隊による一斉射が開始された。ゴーレムに炎矢が着弾した瞬間にタワーシールドを構えた騎士達が一気に前進。


 人型ゴーレム達を盾で押し返すように圧力を掛け始め、同時にピックハンマーの魔導効果を起動して近接戦闘を開始した。


 騎士団のラインが上がったところで、俺はオラーノ侯爵と目が合う。


「アッシュ! 遊撃を頼めるかッ!?」


「承知しましたッ! ジェイナス隊、行くぞ!」


 俺はパーティーメンバーを率いて騎士隊に続く。だが、指示された通り戦列には加わらない。


 騎士達による圧力が弱い箇所を見極めて、盾兵隊を補助するようにパーティーを動かし始めた。

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