第121話 二十二階調査 2


「どうして人型ゴーレムは向こうを向いていたのだ? アッシュ達が見た大量のゴーレムはどこに消えた?」


 後方にて待機していた者達も含め、全員が広場の入り口付近に集合。その後、広場の調査が開始されてからオラーノ侯爵が疑問を口にした。


「出現したゴーレムが向かった先は奥でしょう。私が聞いた微かな唸り声も奥から聞こえました」


「ふむ……。ゴーレム達は奥にいる何かを警戒していたのか?」


「分かりません。しかし、音が鳴ったのも唸り声が聞こえた後でした」


 俺はゴーレム達がシャッターの奥から出現した前後を語る。改めて自分で語ってみても、俺の考えは当たっているように思えた。


 広場の奥にはまだ何かがあって、その奥にはゴーレム達が敵対するような何かがいる。俺は奥に続く真っ暗な通路を睨みつけるが、先は全く見えなかった。


「蜘蛛型ゴーレムが消えた先も奥でした。二十二階の中枢たる何かはこの奥にあるんじゃないでしょうか?」


「かもしれんな……」


 腕を組みながら唸るオラーノ侯爵。すると、横から騎士が「見て下さい」と声を掛けてきた。


「閣下。こちらに」


 声を掛けて来た騎士は俺達を広場の奥へと案内。すると、先ほどまでは見えなかったモノが騎士のランプで露わとなった。


「これは戦闘の跡か?」


「はい。恐らく床にある血痕は……。例の調査隊のものではないでしょうか?」


 広場の奥側には刃物が床に叩きつけられてできたような跡があった。しかも、床に残る跡は一つや二つだけじゃない。


 他にも床や壁には丸い形に抉れた跡があった。こちらの跡は人型ゴーレムが放った魔法の玉が着弾してできた跡だろうか。


 そして、それら付近には人間の血が大量に飛び散ったような跡が残っている。調査隊壊滅後、第二陣として二十二階へ向かった騎士に問うと「間違いなくここに遺体が散らばっていた」と語る。


「やはり、調査隊はここで人型ゴーレムと遭遇したのか」


「位置的に……。奥へ向かおうとしていたのでしょうか?」


 血痕が残る位置は広場のやや奥側。調査隊は広場を発見したあと、広場内に進入したのだろうか。


 広場を発見して調査している間に、俺達と同じ状況――シャッター内からゴーレムが出現したのだろうか? そして、出現したゴーレム達にやられてしまったのか?


「だが、どうして調査隊は広場まで来たのだ? 命令では二十二階に降りてから階層の整備とマッピングを行うはずだったのだろう?」


「はい。ベイルもそう命令を下していました。未知の階層なので無理はするなと言っていましたし……」


 そもそも、調査隊はどうしてすぐに引き返さなかったのだろうか。どうして二十二階を進んで広場まで到達したのだろうか?


 ベテランであり、ダンジョンの脅威をよく知る騎士とハンターが揃っていれば迂闊なマネはしないように思えるが。


「二十二階の構造は回り道も多いですよね? 十字路付近で人型ゴーレムと遭遇して、逃げている間に迷って辿り着いてしまった……という可能性はありませんか?」


 二十二階を整備中、俺達も背中側から人型ゴーレムがやって来る事態は何度か遭遇した。暗い通路でゴーレムと遭遇して、逃げている間に帰り道を見失ったという可能性も考えられなくはない。


 初めて遭遇した人型ゴーレムから逃走して、迷いながらもこの広場に到達。そして、広場で何かが起こった?


「床についた跡を……。位置関係的に見て……。床に傷跡をつけたモノはこちら側に立っていたのではないでしょうか?」


 現場の様子を見て推理する騎士は、奥に続く通路を背にして立っていた。そこから刃物を振り下ろすようなジェスチャーを行う。


 奥から何かがやって来て、人型ゴーレムはそれと対峙していた。その間に調査隊のメンバーが立っていて……。調査隊は何らかの戦闘に巻き込まれたのか?


「何にせよ、この刃物を振るったヤツが気になるな」


 調査隊の身に何が起きたのか、正確には分からない。だが、この場に人型ゴーレムとは違う「何か」がいたのは間違いない。


 その何かは、俺が聞いた「唸り声」の正体なのだろうか。


「閣下。シャッターは開きません」


 多くの騎士がシャッターを開けられるかどうか調べていたが、力押しでも開けることは不可能だったようだ。


 中にまだゴーレムがいる可能性もあるが、それは承知の上で調査を行っていた。むしろ、シャッターの中にまだゴーレムがいたとしたら、ここ狩っておかないと先に進んだ際に挟撃される恐れがある。


「……半数をこの場に待機させよう。挟撃を警戒しつつ、半数は奥を偵察。問題があればすぐに引き返そう」


 半数は退路の確保。残り半数は奥に進んで何があるのかを調べることになった。


 俺達ジェイナス隊はオラーノ侯爵率いる騎士隊と共に奥へ。ターニャ達と残りの騎士達は広場に残って退路の確保を行うよう命令される。


 ランプの灯りを頼りに俺達は先へ向かう。広場から伸びる通路は真っ直ぐ続いていて、歩くこと約十分程度。通路の先にあったのは二メートル以上ある大きな扉だった。


 扉には取っ手もなく、横にスライドさせるような引っ掛かりもない。まぁ、これだけ大きな扉であれば、人力で開けるのは不可能に思えるが。


「人の手で開くんでしょうか?」


 先頭にいた騎士が扉に触れた。恐らくは材質や仕掛けが無いかを確かめようとしたのだろう。しかし、騎士の手が扉に触れた瞬間――音も無く扉が左右に分かれたのだ。


「え?」


 扉は左右の壁に吸い込まれるように開いてしまった。呆気なく開いた扉に俺達は驚いて一瞬だけ固まってしまったが、扉が開いた事で遂に二十二階の中核たる「施設」が明らかになる。


「これは……」


 扉の向こう側にあったのは、先ほどの広場より二倍は大きい場所だった。扉から先に進入すると、まずはガラスのように透明な壁が俺達の前に立ち塞がる。


「整備所?」


 全員が透明な壁に近寄って奥を見つめる中、俺の横にいたミレイが小さく言った。


 それについて問うと、彼女は壁の向こう側にあった設備の一部を指差した。


「あの床から伸びている金属の骨みたいなモンあるだろ? あれと同じ物を第一都市にある魔導列車整備所で見た」


 透明な壁の向こう側には金属で作られた道具や設備が並んでいるが、一際大きく目立つのはミレイが指差した「クレーン」と呼ばれる道具だ。


 第一都市にある「魔導列車整備所」では、クレーンで巨大な列車の車体を吊り上げて整備する事があるらしい。透明な壁の向こう側にあるクレーンも巨大な鉄の塊のような物をぶら下げている。


「先輩、あっち」


 右隣りにいたウルカが俺の服を引っ張りながら右奥を指差す。そちらに顔を向ければ、金属製の台座の上には人型ゴーレムの下半身がズラッと並んでいるではないか。


 並べられた下半身の傍にはクレーンを小さくしたような物がいくつもあって、それらは忙しなく動きながら金属を加工していた。


 小型クレーンの種類は一つだけじゃなく、先端が針のような物になっていたり、トングのように物体を掴む事に特化したような……。これは、クレーンというよりも人の腕を模した物と言った方が正しいのだろうか?


 それらは加工した金属を人型ゴーレムの下半身と思われる物体に取り付けていく。


 すると、床がスライドして金属の台座が動き出した。動いた台座は右の壁に開いた穴に吸い込まれていき姿を消してしまう。


 まるで流れ作業のようだ。忙しなく動くクレーンが人型ゴーレムを製造しているような……。


「これは何だ? ゴーレムの製造工場とでも言えばいいのか……?」


 見る限り、そうとしか思えなかった。


 首を回して別の場所に顔を向けると、左奥の壁には溶鉱炉らしき設備があった。溶鉱炉は壁に埋め込まれているのか、やや斜めになった口が開放されている。


 溶鉱炉の付近には金属の小山があって、そこに蜘蛛型ゴーレムが群がっていた。よく見れば、小山に尻を向けていて尻から砂状の金属を排出しているようだ。


 尻から金属を排出した蜘蛛型ゴーレムは近くの壁に歩き出した。そのまま壁を登って行き――天井に開いていた穴の中に姿を消した。


「まさか、ここで……?」


 もしかして、二十二階を徘徊する人型ゴーレムはここで作られているのか?


 あの金属の小山に群がる蜘蛛型ゴーレムは、二十一階に出現する蜘蛛型ゴーレムなのか? 二十一階で見せた壁の中へと消える行動。その果てはここに行き着くのか?


 そう考えていた俺が次に見つけたのは、見覚えのある大きなパーツだった。


「あれは巨大ゴーレムの腕か!?」

 

 エリア中央の奥、クレーンの影に隠れていたのはブレード状の腕だった。よく見れば脚らしきパーツまであるじゃないか。


「もしかして、あの巨大ゴーレムもここで製造されたのか? だとしたら……」


「ま、待って下さい。じゃあ、あの巨大ゴーレムはここで作られて、上の階層へやって来たって言うんですか?」


 どうやらレンも俺と同じことを思い浮べたようだ。


 もし、それが正解ではあれば……。


「巨大ゴーレムはネームドじゃないのか?」


 以前、リンさんが言っていた。あの巨大ゴーレムは「誰かに造られた」感じがすると。彼の予想は正しくて、ここで製造されていたんじゃないか?


 各ダンジョンで発見されてきたネームドは突然変異で生まれたと言われているが、俺達の目の前に出現した巨大ゴーレムは突然変異なんかじゃない「ここで造られた魔物」であったら。


「いや、でもな……。通常個体の魔物は階層を移動しないと言われているし……」


 ダンジョンの基本事項として、各階層にいる魔物はその階層から移動しない。一定の時間が経過すると復活して、あまりにも放置しすぎると数が溢れて氾濫に繋がると言われている。ただの魔物であれば、生まれた場所であろう二十二階から移動はしないはずだ。


 この移動に関して例外があるとすればネームドだろうか。かつて、デュラハンも発見された場所は十四階だった。しかし、十三階まで移動した実例がある。


 これらの常識を考えた際、俺の頭には「どうしてだ?」という別の考えが過った。


 どうして他の魔物は階層を移動しないんだ? どうして氾濫が起きた時だけ移動するんだ? どうしてネームドだけが例外なんだ?


 魔物の行動原理や行動範囲については、学者達が調べ続けているが未だに解明されていない。現状では「そうじゃないか」と推論を述べているだけだ。


 逆に言えば間違っている可能性もある。もっと言えば――


「ゴーレム種には適応されない? いや、ゴーレムは魔物じゃない?」


 もし、ゴーレム種にだけこの常識が当てはまらない――もっと言えば、他の魔物とは違う別物であったら。


 ここで製造されたであろう巨大ゴーレムが二十一階に現れたこと。天井の穴に消えた蜘蛛型ゴーレムの行先が二十一階かもしれないこと。二十一階で金属を採取した蜘蛛型ゴーレムが行き着く場所がここかもしれないということ。


 調査が開始されて、俺達が二十二階を進んでいる間に人型ゴーレムとの遭遇率が低かった事もそうだ。


 仮にゴーレムが他の魔物とは違う存在で、二十二階で造られている存在だとすれば。他の魔物と違って時間経過で一定数が復活しないのだから、俺達が製造数を越える数を討伐してしまえば遭遇率も低くなる。


 ゴーレムが他の魔物とは違った存在で、ダンジョンの常識とされる行動制限に引っ掛からない存在だとしたら?


「いつか人型ゴーレムも二十一階に出現するのか?」


「ちょ、ちょっと待って下さい。アッシュさんの考えが正しいとしたら二十一階どころか……」


「氾濫時だけじゃなく、二十階、十九階……上層どころか地上付近まで足を伸ばす可能性もあるのか?」


「最悪ですよ、それ!? 人型ゴーレムが上層に出現したら対処できなくなります!」


 現状、人型ゴーレムを倒せるのは一部の者だけだ。仮に上層まで人型ゴーレムが登って来たら討伐用の装備を持っていない他のハンター達が被害に遭う。被害に遭うというよりも阿鼻叫喚の地獄と化すだろう。


「いや、でもな……。第一ダンジョンにもゴーレムは出現するんだよな……」


 仮に俺の考えが当たっていたとしても、第一ダンジョンに出現するゴーレムはどうなんだ? 階層移動に関する習性が違っていたら、以前からゴーレム狩りを行っている第一ダンジョンの方から報告されているはずだ。だとしたら、学者達が知らないはずもないし、俺達にだって協会経由で情報が入っているはず。


 第二ダンジョンのゴーレムだけが違うのか?


「……わからん」


 いかん、色々考えすぎて頭の中がごちゃごちゃだ。訳が分からなくなってきた。


 俺は首を振って考えを整理しようとするが――


「そもそも、この場所をどうにかしなきゃ氾濫が起きる可能性があるんじゃねえか?」


「確かにそうですよね。ゴーレム達がゴーレムを製造しているんですよ? 上手く間引いて管理できれば良いかもしれませんが、少しでも失敗したら最悪の事態が起きるんじゃないですか?」


 横からミレイとウルカがそう告げてきた。


 確かにゴーレム達の行動範囲うんぬんの前に、ゴーレムが製造されているという事実が問題だ。


 他の魔物のように一定時間を過ぎたら復活するのではなく、時間に囚われないで淡々とこの場で製造が続けられていたら。


 ウルカが言ったように管理できれば問題無いかもしれないが、少し間違えば……。いつか必ず氾濫に似た問題が起きるんじゃないか? 氾濫どころか、先ほど俺とレンが想像していた事態が本当に起きるんじゃないか?


「危険すぎるな……」


 この場所を放置するにはあまりにもリスクがあるように思えた。


 ただ、一介のハンターが決めるような事じゃない。ここはまず、オラーノ侯爵に進言するべきだろう。


 俺は少し離れた場所でゴーレム製造所を睨みつけるオラーノ侯爵に近寄った。


 彼に近寄ると―― 


「本当に実在していたとはな」


 確かにオラーノ侯爵は小さな声でそう言ったのだ。


 まるで誰かからこの場所が存在する事を事前に聞かされていたような……。そうとも取れる言葉を零した。


 彼の言葉を聞いた途端、俺の足はピタリと止まってしまった。


 しかし、向こうが俺に気付いた。


「……アッシュ。どうした?」


「いえ……。この場所についてお話が出来ればと思いまして」


 俺の言葉には少し戸惑いの色が含まれてしまったかもしれない。だが、彼は「俺がこの場所を見て動揺している」と受け取ったようだ。


「確かに異質で奇妙な場所だ。動揺するのも分かる。だが、調査はせねばな」


「……はい」


 俺が返事を返すと、オラーノ侯爵は手で透明な壁を二度ノックした。


「この壁がある限りは中に入れんだろう。迂回路を探す」


「承知しました」


 彼の決断に頷くと、オラーノ侯爵は部下達を動かし始めた。


 俺達の前を塞ぐ透明な壁は左右に向かって伸びている。オラーノ侯爵は「右手側に向かう」と判断を下した。


 俺は仲間達の元に戻って騎士隊と共に行動し始めた。だが、やはり俺の脳裏には疑問が浮かぶ。


 この場所は一体何なのか。これまでのダンジョン構造と比べて異質すぎる。


 以前、ベイルーナ卿はダンジョンを古代人が造った施設だという仮説を披露した。では、この製造所はどんな役割があるのだろうか? 古代人は何を目的として造ったのだろうか?


 その答えをオラーノ侯爵達は既に知っているのか?


 ……いや、王国は長年ダンジョンを調べて来たのだ。何か情報を掴んでいてもおかしくはない。


 それにオラーノ侯爵だって女王陛下と近しい存在なのだ。何かしら事前に聞かされていてもおかしい話じゃないんだ。


 俺は自分自身に言い聞かせるように脳内で繰り返した。


 ただ、この先に何が待っているのか。


 たまらなく嫌な予感がした。






※ 2/5 お知らせ


 アッシュの元婚約者の家名と名前を変更しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る