第120話 二十二階調査 1


 調査開始当日。


 俺達ハンター組は二十階に集められ、騎士達と共に準備を行っていた。


 今回、ハンター組と共に二十二階へ向かうのは五十名の騎士達である。騎士の内訳は第二ダンジョン都市騎士団から四十名。オラーノ侯爵が連れて来た王都騎士団の精鋭が十名。


 指揮を執るのはオラーノ侯爵。本来であればベイルが指揮を執るのが通常であるが、二十二階では調査隊が壊滅したという事実がある。


 そこでオラーノ侯爵が「死ぬなら老兵から」と自ら手を挙げた。もちろん、ベイルは自分が行くと言ったがオラーノ侯爵が譲らなかったらしい。


 オラーノ侯爵のかなり強引な参加に対し、騎士達の間では「女王命令」が関係しているのではないかと噂が出ていたが真偽は不明である。


 とはいえ、誰が指揮を執ろうとも俺達ハンター組のやる事は変わらない。


「もう一度、計画を確認しておこう。本日の調査では事件のあった広場に突入する。そこに何がいるのか、何があるのか。それを確かめることが最優先目的である」


 有能な騎士とハンター達が死亡するまでに至った場所。そこにどんな魔物がいるのか。どんな場所なのか。それを確認して地上まで持ち帰るのが俺達の任務だ。


 まずは広場まで一直線に向かい、現場を確保する事が第一段階。様子を見て、魔物の掃討が可能であれば決行。


 周囲の安全を確保した後に、第二段階として広場とその先に何があるのかを探る。


「我々の力と国の技術力。それが魔物を上回っていると私は信じている。だが、無理は禁物だ。ダンジョンとは何が起きるか分からない場所だからな」


 無用な犠牲はこれ以上出せない。オラーノ侯爵の指揮能力が問われる事になるが、これについては心配無用だろう。


「では、出発する! 第一小隊から前進!」


 騎士達を先頭にして、予備戦力であるハンター組は最後尾付近に配置された。進む間に魔物と遭遇したら騎士隊が相手する。ハンター組は広場までのマッピングや記録を行いながら進むようにと命じられている。


 二十一階に降りて、中央エリアを通過しながら二十二階へ。途中で蜘蛛型ゴーレムの小規模な群れと遭遇するが、新型装備であるピックハンマーが早速役立った。


 二十二階まで到達すると、事前にマッピングしていた地図を片手に騎士隊が目的地を目指して前進を開始。


「十字路を過ぎたが人型ゴーレムと遭遇しないな」


 目的地へ向かっている間、気になったのは魔物との遭遇率だ。


 二日前まで行っていた新型装備の試し斬りでは十字路で人型ゴーレムと百パーセント遭遇していたが、今回に限ってそれがない。


 ただ単にタイミングの問題なのかと思ったが、十字路を越えて広場方向へと続く長い通路を歩いていても遭遇する事はなかった。二十二階入り口からここまで、歩きで約三十分ほど掛かっているが一度も遭遇しないのはさすがに違和感を感じる。


「おかしくないか?」


「ああ」


 横を歩くターニャに同意を求めると、彼女も神妙な顔をしながら頷いた。


 この数日で人型ゴーレムを相手に戦いは続けて来たが、それが影響しているのだろうか? それとも別の要因が?


 考えを巡らせていると、先頭から「前方よりゴーレム!」と騎士の叫び声が聞こえてきた。


 そのせいで余計に分からなくなってしまう。今回、遭遇しないのはたまたまか?


 騎士達がゴーレムとの戦闘を終えたのか、再び列が進み始めた。唯一の戦闘から更に十五分程度進むと、またもや列が停止する。


 どうしたのかと思っていたら、前方から騎士達の間を掻き分けて伝令役が俺達の元にやって来た。


「すいません、ちょっと先頭まで来てもらえますか? オラーノ侯爵がハンター組からも意見が欲しいとのことです」


 そう願われて、各パーティーのリーダーである俺とターニャが先頭に向かった。先頭にいた騎士達と会話しているオラーノ侯爵へ歩み寄ると、俺達は彼に手招きされた。


「アッシュ。ターニャ嬢。日頃ダンジョンに潜っている君達の意見が欲しい」


 そう言って、オラーノ侯爵は通路の先――十五メートルほど先にある曲がり角を指差した。どうやらこの先は右手側に曲がる道が続いているらしい。


 俺達はタワーシールドを持った騎士二人とオラーノ侯爵と共に曲がり角ギリギリまで進む。そこで、オラーノ侯爵は「先を覗いて見ろ」と命じた。


 言われた通りに曲がり角の先をターニャと共に覗くと――暗い通路の先には赤い光が点滅していた。


 赤い光の点滅と言えば蜘蛛型ゴーレムの目を思い出す。だが、蜘蛛型ゴーレムの目よりも光は大きく、広範囲に光っているようだ。


 いや、よく見れば赤い光は光ながら回っているのか……? 


「あの光、どう思う?」


 どうやらオラーノ侯爵は謎の光に判断を迷わせていたようだ。


「魔物が発している物ではないように思えますが……」


「しかし、警戒すべき点であるのは確かですね」


 あの光が何を示しているのか。何を意味しているのか。それで対応が変わるのは当然だ。


 ただ、光の位置は例の広場にあるようだ。しかも、広場の上側にあるようだが。


「ゆっくり近づいてみますか?」


「そうしよう。少数偵察を行う」


 オラーノ侯爵はタワーシールドを持った騎士を二人、魔導弓を持った騎士を二人。計四人に先行偵察に命じる。そこに状況判断の助けになればと俺も加わった。


 前衛役である騎士二人がタワーシールドを構えながらジリジリと前進。その後ろに魔導弓を起動させた騎士が続き、最後尾に俺が続く。


 じっくり、じっくりと前進し続けて――俺達は遂に広場の入り口に到達。到達するが、迂闊に足は踏み入れない。入り口で止まって、最後尾にいた俺がランプで周囲を照らした。


「赤く光っているのはランプでしょうか?」


「少なくとも魔物ではないようですね」


 目を凝らしてみると、赤い光の正体はランプのようだ。壁の上側にランプが取り付けてあって、ガラス体の中にある赤い発光体がくるくると回転しているようだ。


「広場は……。何もない?」


「いや、見て下さい。左手と右手側に何かあります」


 騎士が指差す方向を見てみれば、壁の材質が一部違う。壁を構成するコンクリートとは違い、鉄のような感じだ。


「あれ、シャッターですかね?」


 第二ダンジョン都市騎士団所属の騎士がそう告げた。


「シャッター?」


「ほら、氾濫防止用に群れを塞き止めるやつです。入り口の上に取り付けて、鉄のカーテンを下に伸ばすやつですよ」


 ああ、俺が第二都市へ来たばかりの頃に起きた氾濫で使われていた魔導具か。


 しかし、どうして壁にシャッターが設置してあるんだろうか? 左右どちらの壁にも二つずつシャッターらしき物があるが……。


 赤い光で照らされた広場全体を観察していると、不意に俺の耳には何かが微かに聞こえた。


「静かに!」


 考察していた騎士達を静かにさせて、俺は耳に集中する。すると、広場中央にある暗闇の先。恐らくは最奥に通じているであろう通路の先から唸り声のような鳴き声が聞こえて来た。


「聞こえました?」


「あ、ああ」


「魔物の鳴き声……?」


 二十二階で遭遇した魔物は、これまでゴーレムしかいなかった。


 ゴーレムは鳴き声なんて上げない。


 つまり、この先には他の魔物がいるのか?


 俺達が顔を見合せていると、今度は広場に変化が起きた。壁の上部にあった赤いランプが急回転し始めて「ピーピーピー」とどこから音が鳴り始めたのだ。


「な、なんだ!?」


 急に鳴り始めた音に焦っていると、左右の壁からは「キリキリキリ」と油が切れた金属が擦れるような音が聞こえて来る。異音の正体を掴もうと顔を向ければ、壁にあった四つのシャッターが開いていくではないか。


「シャッターが開いていく!?」


 キリキリキリと不快な音を立てながら開いていくシャッター。完全に開かれた後、現れたのは人型ゴーレムであった。


 しかも、一体や二体じゃない。それぞれ開いたシャッターの奥から一列になって何体も現れ始めた。カシャン、カシャンと足音を立てて、どんどん出て来る人型ゴーレムの数は十を越えてもまだまだ続く。


「ま、マズイ!」


「退避!」


 俺達は慌ててその場を後にした。曲がり角の手前で待機しているであろう本隊まで全力ダッシュ。途中、背後を振り返るがゴーレムは追って来ていなかった。


 曲がり角に到達すると、慌てて姿を隠す。肩で息を繰り返しながら恐る恐る広場を覗き込むが、やはりゴーレム達は追って来ていない。


「何があった!?」


 報告を無視して広場を覗き込む俺達が落ち着くと、オラーノ侯爵が険しい表情を浮かべながら問うてくる。


「ご、ゴーレムです。広場の壁には四つのシャッターがあって、異音と共にシャッターが開放されました。中から人型ゴーレムが大量で出て来て……」


 慌てて戻って来た、と騎士が説明する。


「では、少なからず先には十以上のゴーレムがいるというのか?」


「はい」


「…………」


 騎士の報告を聞いて悩む姿を見せたオラーノ侯爵。彼は腕を組みながら顎髭を触りながら唸る。


 その後も騎士から広場の大きさ等を聞き出し、悩みながらも遂に決断を下した。


「騎士を二隊ほど突入させる。アッシュ、お前達も続いてくれ」


「承知しました」


 オラーノ侯爵は騎士二十名と俺達ジェイナス隊を率いて広場へと向かう。いつ攻撃されてもいいように、先頭の騎士達はタワーシールドを構えながらゆっくりと進むが……。  


 先頭にいた騎士が後ろに続く仲間達へ「停止」のハンドサインを送る。隊が停止すると、後ろにいたオラーノ侯爵に向かって手招きする。


 オラーノ侯爵が近付いて行くと、騎士は前方を指差しながら小さな声で彼に囁く。騎士達の背中越しに広場を見れば、広場の中央には二体の人型ゴーレムが背を向けた状態で立っているのが見えた。


 恐らく、先頭の騎士は状況を伝えると同時に奇襲するかどうかを問うているのだろう。


 状況を確認したオラーノ侯爵は列の半ばにいた魔導弓隊を先頭まで歩かせた。背を向けているうちに倒してしまおうと判断したようだ。


 魔導弓を構えた騎士が一斉に人型ゴーレムへと炎の矢を放つ。ザクザクと背中や後頭部に矢が突き刺さって、人型ゴーレムは何も出来ないまま討伐された。


 ここまでは想定内。だが、広場へ突入しようとした瞬間に異変が起きた。


 広場の奥へと続く通路から「カタカタカタ」と足音が鳴ったのだ。


「蜘蛛型ゴーレムの足音……?」   


 聞き覚えのある足音に俺が気付くと、先頭の騎士やその近くにいたオラーノ侯爵も音に気付く。


 全員がその場で状況を見守っていると、奥から姿を現わしたのは大量の蜘蛛型ゴーレムだった。奴等は騎士隊が討伐した人型ゴーレムの死体に群がり、二十一階で見せたように死体を解体していく。


 二体分の死体を解体すると、俺達には目もくれずに再びやって来た道を引き返し始める。


「先輩、どう思います?」


 ウルカに問われて、俺は首を振った。


 どうして普段は姿を見せない蜘蛛型ゴーレムが姿を現わしたのか。それにシャッターの奥から出現した他の人型ゴーレムはどこへ消えたのか。


 そして、俺と騎士達が聞いた謎の鳴き声は何なのか。


 答えは広場の奥へと続く通路の先にあるかもしれない。


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