第119話 新装備と人工魔法剣


 広場突入計画決行日があと二日に迫った頃、俺達は新装備の最終試験を行っていた。


 既に有用性は確立されているので、あとは俺達自身が使い勝手を確かめるだけだ。俺達ジェイナス隊と女神の剣、それに突入計画に抜擢された騎士達が二十二階での戦闘を繰り返していた。


「発射態勢を取ったぞ!」


「防御隊!」


 通路の先にいる二体の人型ゴーレムが手首の無い両腕を騎士達に向けて来た。タワーシールドを持った二人の騎士は盾を構え、足を踏ん張りながら防御姿勢を取る。


 紫色の玉が発射され、タワーシールドに直撃。以前ならばタワーシールドの一部を抉って破損していたが――


「損傷無し!」


 新しく搭載された魔導効果と改良された合金の耐久力もあって盾は無傷……とは言わないが、多少の傷がつく程度で収まっていた。これくらいの損傷ならば許容範囲内だろう。


「前進!」


 盾を構えた騎士達が前進を開始。


 彼等の右手には盾の安定性を補助するべく、タワーシールドの持ち手部分から伸びるベルトと繋がったガントレット。左手には新武器であるピックハンマーを下段に構えて。


 前進しながらピックハンマーの安全装置を親指で弾いたあと、トリガーを握ってピック部分を赤熱させる。


 前進中に再び紫色の玉が発射されるが、二度目の攻撃を受け止めても盾は壊れない。そのまま人型ゴーレムに接近して、武器の間合いまで詰め寄ると騎士達は赤熱したピックを人型ゴーレムの肩口に振り下ろす。


 以前、俺が振るっていた戦槌や大槌のように重量のある武器じゃない。そして、騎士達も両手持ちの武器のように武器自体の重さを利用した攻撃方法は行っていない。


 あくまでも片手持ちの武器として、しかも二人とも左腕は利き腕じゃないそうだ。


 だが、それでも振るったピックは人型ゴーレムの肩口に突き刺さった。突き刺さった部分からは煙が上がって、騎士がピックを押し込むと徐々に深さを増していく。最終的にはピック部分の半ばまで突き刺さった。


 その状態から今度は抉り取るように武器へと力を込めていく。バギバギと音を立てつつ、金属を捲り返しながら引き裂いていく。ピックが外れた時には肩口から大量の火花が散った。


 肩口から腕の付け根までを引き裂かれた人型ゴーレムは片腕がだらりと下がった。尚も抵抗しようとするが、もはや時間の問題だ。


「食らえ!」


 今度は赤熱したピックが頭部に突き刺さる。顔のど真ん中が先ほどと同じように引き裂かれると、人型ゴーレムは膝から崩れ落ちた。


 どう見ても効果は抜群だ。あれだけ苦戦していた人型ゴーレムに対し、防御も攻撃も十分に通用している。


「後ろからも来たぞ!」


 騎士達の戦いぶりを観戦していると、後方よりもう一体姿を現わした。


「私達がやるぞ!」


 声を上げたのは待機していた女神の剣。


 ターニャを含む三人が魔導効果を発動させたピックハンマーを片手に盾を構える騎士達の間をすり抜けていく。


 ゴーレムへと最初に到達した女性剣士がゴーレムの右腕にピックを突き刺した。そのまま走り抜ける勢いで右腕を無理矢理引き裂く。次に到達した男性も左腕にピックを突き刺して損傷を与える。


 二人による強襲によってゴーレムは腕が使い物にならなくなったのか、火花を散らす両腕が動かない。


「所詮は魔物だッ!」


 最後のトドメとして、ターニャが頭部にピックを突き刺した。脳天から顔の半ばまでを引き裂くと、ゴーレムは頭部から黒煙を上げながら背中から倒れていった。


「何度使っても魔導兵器ってのはすごいな。見た目はただのつるはしみてぇなのによ」


「確かに。普段使っている武器よりも楽に魔物が倒せちゃうね」


 女神の剣のメンバーである男性と女性剣士はピックハンマーの威力に驚きの声を上げた。既に何度か戦ってはいるものの、それでも魔導兵器の凄まじい威力に感心してしまうのだろう。


 いや、どちらかといえば「憧れている」かな? 男性の方が「いつか俺も手に入れて」なんて零している。魔導兵器の魅力に囚われそうになるのは何となく理解できてしまうが。


「アッシュさんだけズリィよな」


 そして、お菓子をねだる子供のような眼差しを俺に向けてくるのだ。彼の視線は俺の腰にある剣に向けられていて、報酬として与えられた人工魔法剣を「羨ましい」と何度も口にする。


「ははは……」


 つい反応に困ってしまうが、間に入ったのはターニャだった。


「武器が強いからといって本人の力量が上がるわけでもあるまい。武器に振り回されるなよ」


 メンバーである男性に注意を促す姿はさすがリーダーだ。貴族令嬢が持つ優雅さもあって様になる。


「とはいえ、特別なのは違いないがな」


 だが、男性を叱った本人も結局は人工魔法剣へと視線を向けてしまうのはどうなんだ?


「だが、通常の魔導兵器と違って効果時間がすごく短いんだぞ?」


「分かっている。だが、切り札にはなるだろう?」


「そうそう。なんつーかさぁ。こう、ロマンっつーかさぁ。限定的だけど最強の一撃を! みたいなさぁ」


 彼女等の言わんとしている事は理解できる。


 ただ、扱う側としては本当に使い所に悩むんだよな……。この剣を使うようになってからの悩みどころは、いつ魔法効果を起動させるかだ。


 ここで使って良いのか? でも、ここで使って先にゴーレムがいたら……。なんて毎度毎度悩みすぎてしまう。


「使わないで倒せるならそれはそれで良いんじゃねえの?」


 悩みの種をターニャ達に告げると、脇から声を掛けてきたのはミレイだった。


「確かにそうですね。本当に困った時に使えば良いと思いますよ? 普段は私達もいるんですし」


 ミレイとウルカの言う通り、俺には頼もしい仲間がいるんだ。彼女等と共に協力して倒せるならそれでいい。無理に使う必要もないだろう。


 使う場面が訪れるとしたら……。


「なんですか?」


「いや」


 俺に顔を向けられて首を傾げるレンが魔力切れになった時だろうか。対ゴーレム戦だとピックハンマー無しでは彼の魔法に頼りきりになってしまうしな。


「後方よりゴーレム!」


 俺達が暢気に話し合っていると、最後尾にいる騎士の叫び声が響く。


「おでましだ。アッシュ、剣を使ったらどうだ。今日は人数も揃っているし、使い所には悩まんだろう?」


 ターニャに試し斬りしてこいと言われて、俺は素直に頷いた。


 人工魔法剣に搭載された魔法効果の有効時間は十分と聞いているが、この効果時間が切れるタイミングを体に染み込ませなければならない。いざという時に「時間配分ができませんでした」では笑えないからな。


 俺は騎士達に試し斬りしたい旨を伝えて、後方よりゆっくりと接近して来るゴーレムに向かって歩き出した。


 歩きながら剣を抜き、ガード部分にある起動スイッチを親指で押す。刀身に刻まれた魔導刻印が徐々にオレンジ色へと染まっていく中、俺は剣を握り直して準備を終えた。


 完全に魔導刻印が起動し終わると同時にゴーレムが俺を認識して足を止める。次は腕を上げて俺に紫色の玉を発射しようとするのだろう。


 だが、そうはいかない。


 ゴーレムが見せる行動と行動の間、一瞬のタイムラグがあるうちに駆け出した。走っている最中、チラリと剣の刀身に視線を向けると徐々に刀身が赤みを帯び始めていた。


 ここから剣が完全起動するまで体感で三秒程度。頭の中でカウントをして――ゴーレムの真横へ位置取れるよう飛び込む。


「フッ!」


 腕を伸ばしたゴーレムの真横を取ると、俺は赤熱した剣を腕に向かって振り下ろした。


 剣が腕に当たると、あれだけ驚異的な硬さを感じていたゴーレムの金属がバターのように溶けて切断されていく。威力としてはピックハンマーよりも高い。一撃でゴーレムの両腕――肘から先を同時に切断した。


 切断面は未だ赤熱していて、白く細い煙が立ち上る。


 俺は振り下ろした剣を戻しつつ、そのままの立ち位置から胴を横一文字に振るった。


 この一撃も俺の腕には何の引っ掛かりも感じない。赤熱した刀身がスルスルと金属を溶かしながら進んでいき、ゴーレムの胴体が真っ二つになる。


「おおー」


 見守っていてくれた騎士達から声が上がった。


「ふう」


 ゴーレムの討伐を確認した後、俺は剣の魔法効果を解除した。赤熱していた刀身は白煙を上げながら元の銀色に戻っていき、オレンジ色に光っていた魔導刻印も光を失っていく。


 俺は剣を鞘に収めながら改めて思う。


 ベイルーナ卿はこの剣を「想定していた効果を再現できなかった」と言っていたが、これでも十分すぎないだろうか?


 効果時間は有限かつ短いものの、それでもピックハンマーよりも威力は高い。何と言ってもゴーレムの金属を易々と断ち斬れるのだ。この剣を使えば、以前遭遇した巨大ゴーレムにも苦戦しない気がする。


 そう感じながらも、俺は皆のところへと戻ると――


「やっぱりズリィや」


 魔導兵器の魅力に憑りつかれた者達から不満の声を浴びるはめになった。

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