第118話 夢か記憶か


 急に視界が暗転した後、俺の目に映ったのは身に覚えのない光景だった。


 場所は薄暗く、金属質の壁と床が奥まで続く。周囲には騎士らしき者達がいっぱいいて、全員が武器を持ちながら何者かと戦闘を行っていた。


 戦っているのは……魔物か? 


 四本の腕を生やした茶色い毛並みの猿――ブルーエイプに似た魔物と戦っているようだ。魔物は奥から続々とやって来て、今にも騎士達を飲み込みそうなほどの勢いがある。


 迫り来る魔物達を前に、騎士達は必死に応戦しながら踏ん張り続けていた。


 応戦する彼等の後ろには騎士達の中には負傷している者が多数。それどころか、既に死亡しているか床に横たわる者の姿まであった。


 再び奥に目を向けると、明らかに周囲の騎士達よりも実力が上だとわかる騎士が一人いた。彼は両手剣を振り下ろし、一太刀で猿の魔物を両断してしまう。まさに剛剣と言うに相応しい力の持ち主だった。


 彼は次々と猿共を屠っていく。彼の奮闘によって魔物からの圧力が多少は減った。そのタイミングで彼は仲間達へと告げる。


「怪我人を連れて早く逃げろッ!」


 頭にはフルフェイス型の兜を被っているせいで表情は見えない。ただ、声音からして彼も焦っているのは感じ取れた。


「しかし、それでは隊長が!」 


「構うなッ! 閣下に状況を伝えろ!」


 部下を守ろうと剣を振るうのは、隊長としての使命感なのだろうか。


「私は誇り高きローズベルの騎士であり、お前達の隊長だッ! 私の責務は国と部下を守る事である! 貴様達も騎士ならば責務を全うしろ! これは命令だッ!」


「隊長……」


 命令であるとまで口にしたのは、部下達に罪悪感を感じさせないためか。


 部下達は手を強く握りしめて、怪我人に肩を貸し始めた。


「隊長! 必ず戻ってきます! 必ず!」


「ああ! 持ちこたえてみせる!」


 部下達は怪我人を連れて道を引き返し始めた。そんな彼等に魔物を近づかせまいと隊長である騎士は、より一層剣を振るう速度が上がっていく。


 一匹、二匹、三匹、四匹……三十五匹を連続で斬り伏せた後、遂に騎士は魔物の一撃を食らってしまう。


「ぐっ!?」


 猿の強烈な一撃が騎士の頭部に直撃。頭にダメージを負ったのか、騎士の体が一瞬ぐらついた。


 それでも剣を振るおうとするが、魔物はその一瞬の隙さえ見逃さない。魔物の群れは騎士の体に取り付いて、彼を床に引き倒すと太い四本の腕で殴打し始めた。


「ぐ、がッ!?」


 次第に騎士の鎧は陥没してしまい、内部の肉体にダメージが蓄積されていく。兜の隙間から血反吐が噴き出るが、魔物にはそのような事を察知する知恵もないだろう。


 だが、それでも。


「わ、私は……。ローズベルの……。騎士……!」


 最後の力を振り絞り、騎士は剣を突き上げた。両手剣は魔物の腹に突き刺さって、一匹だけ絶命させる。


 しかし、まだまだ魔物の数は多い。一匹殺したところで彼の運命が変わる事はなかった。


「わ、だしは……騎士……。あい……もとに……」


 彼の最後の言葉が終わると、水風船が割れるような音が鳴った。


 騎士を殺した魔物の群れは雄叫びを上げると、逃げて行った騎士を追いかけるように走り出す。


 その場に残された騎士の死体はしばらく放置されるが、数時間経った頃に地震が起きた。全体が揺れる中、金属の壁と床が岩によって浸食されていく。


 これはダンジョンの変動が起きたのだろう。


 岩がどんどん周囲を侵食していって、やがて放置された騎士の死体までも飲み込んだ。


 一部始終を目撃した俺の脳裏に浮かんだのは……。


 あの騎士がデュラハン――サビオラ卿か。


 なぜかそう思えるほどの確信があった。


 しかし、どうして俺がサビオラ卿の最後を見ているのか。その理由が分からない。


 これは夢なのか? 俺の妄想が見せる夢なのか?


 そこまで考えたタイミングで、再び俺の視界は暗転した。



-----



「……ッシュ! アッシュ! おい、アッシュ!」


「あ、は、え……?」


 名前を呼ばれた気がして目を開けると、そこには俺の顔を見下ろすオラーノ侯爵、ベイルーナ卿、ベイルの三人がいた。


 どうやら俺は床に横たわっているらしい。


「おい、大丈夫か!?」


 上半身を起こそうとすると、オラーノ侯爵が介助してくれた。


「お、俺は……」


「お主、人工魔法剣を起動したら急に倒れたのだぞ」


 状況に戸惑っていると、俺の身に起きた事を教えてくれる。どうやら魔法剣を起動した瞬間にぶっ倒れて、数分ほど気を失っていたようだ。


「急に気絶して、しかも剣はずっと離さないし……。アッシュ、本当に大丈夫かい?」


 気絶した俺を介抱しようとしたようだが、俺は剣を強く握りしめて離さなかったらしい。剣を握らせたまま医務室へ運ぶか、と考えを口にしようとした時に俺の意識が戻りそうな兆しが見えたようだ。


「お、俺は……見たんだ」


「見た? 何をだ?」


 オラーノ侯爵に問われ、俺は彼の顔を見ながら告げる。


「サビオラ卿の、最後を……。彼の最後を見ました」


「サビオラ卿……。どういう事だ?」


 俺は三人に自分が見たものを説明した。


 ダンジョンらしき場所で仲間を守って死に、ダンジョンに飲み込まれた騎士の話を。デュラハンになった騎士の最後だ。


 黙って聞いていたベイルーナ卿は眉間に皺を寄せながら唸る。オラーノ侯爵が彼に「どういう事だ?」と問うと、ベイルーナ卿は人工魔法剣を見つめながら推測を口にした。


「この人工魔法剣にはデュラハンの素材が使われておる。剣も鎧もな」


「だが、どうしてアッシュが騎士の最後を見たのだ? ただの夢か?」


 オラーノ侯爵がそう言うとベイルーナ卿は首を振る。


「デュラハンは騎士の死体が魔素を浴びて魔物化したのかもしれん、と前に言ったな。だが、誕生に至るまでに魔素が関係しているのは確かだが、他に要因があるかは未だに不明だ」


 魔素というまだ解明されていない未知なるもの。そこに強い想いが加わってデュラハンと化した。


 当初はそのように推測はしたものの、未だ騎士の死体がデュラハンへと至った正確なプロセス等は解明されていない。


「人の想いや魂が原因で起きたこと。そのような確証もない不確かな要因が絡むと私は信じていない。信じていないが……」


 再びベイルーナ卿は人工魔法剣に顔を向けた。


「製造に使ったデュラハンの素材に騎士の残滓――魂が残っていたとしたら」


「アッシュが見たのは、本当にサビオラ卿の身に起きた事だったと?」


「分からん! だが、そう考えたくもなる! ああ、まったく! 不可思議な事が多すぎる!」


 推測でしか物を言えない自分に苛立ったのか、ベイルーナ卿は頭を抱えて吼えた。


「皆さんが起動した時は何も起こりませんでしたよね? どうして俺の時だけ?」


 不思議なのはそこだ。ベイルーナ卿が人工魔法剣を起動した際は何も起きなかった。


 だが、俺が起動した時にだけ起きた。理由は……俺がデュラハンを討ったからだろうか?


「どうして俺に自分の死を見せたのでしょうか……」


「真意は分からん。だが……。自分の死を見せる事で何かを伝えたかったのではないか?」


 俺の問いにオラーノ侯爵が答えた。


「伝えたい事ですか?」


「ああ。自分のようになるな、とか。もしくは何かしらの後悔があって、それをお主に知って欲しかったとか……?」


 後悔……。


 当初、俺達はサビオラ卿が魔物に殺されてしまった事を悔やんでいるのかと思っていた。だからこそ、騎士として死ぬべくデュラハンになってしまったのかと。


 しかし、俺が見た光景が実際に彼の身に起きた事だったとしたら、彼は仲間を守って死んだのだ。


 それは騎士として誇り高い事だろうと思う。俺が彼の立場だったとしたら責務を全う出来たと思うだろう。


 じゃあ、なぜ彼はデュラハンになった? 魔物に殺された事も仲間を守って死んだ事も関係なかったのか?


 他に後悔があったのなら何だったんだろうか。


「この剣は、本当に自分が使って良いのでしょうか?」


 答えが分からぬまま、この剣を振るっていいのだろうか。それはサビオラ卿にとって侮辱にならないだろうか。


 俺がそう零すと、オラーノ侯爵は首を振る。


「いいや。お主が使うべきだ。この剣はお主以外に振るえる者はいない」


 オラーノ侯爵は俺の肩を掴み、俺の目を真っ直ぐ見ながら告げる。


「騎士の魂は剣に宿る。だとすれば、お主が見た光景は騎士の魂に残っていた記憶かもしれん。お主にだけ見えて、私達には見えなかった。それは資格の有無に思える」


 そう言って、オラーノ侯爵は強く頷いた。


「サビオラ家の者も言っていただろう。勇敢な騎士の魂が宿った剣を存分に振るえ。お主らしく、剣を振るえ!」


 俺もこの剣を振るう事で仲間を守れるだろうか? これから先、何が起きても仲間を守り通せるだろうか?


「分かりました」


 答えは出ない。


 だが、剣に恥じない戦い方をしなければと決意した。

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