第117話 新装備お披露目会
戦槌の有効性が立証できてから二週間後。
騎士団本部の敷地内に建設される研究開発室の着工が開始され、騎士団本部の一画は連日建設作業の音が鳴り響いていた。
そんな中、ターニャ達のマッピングが整備を行った箇所まで完了したという事もあって、遂に騎士団は調査隊が壊滅した場所への調査計画を立てた。
「これが対ゴーレム用の武器か」
調査計画立案後、俺達ジェイナス隊と女神の剣は騎士団本部に招集される。その際、学者達より紹介されたのが対ゴーレム用の武器――ピックハンマーと名付けられた武器だった。
形としては戦槌の持ち手を短くしたバージョンといった感じか。つるはしのように鋭いピックと金槌のような平たい部分、両方を兼ね備えた武器である。
持ち手を短くした事で片手で簡単に持てるようになり、狭い通路でも取り回しを気にしないでよくなった点。新型合金製とあって軽くて丈夫な点がウリだろうか。
「つるはしじゃね?」
女神の剣に所属する男性がそう零すが……。うん、まぁ、形はつるはしとほぼ変わらない。作業用から戦闘用に強化されたつるはしと言われても違和感がない。
ただ、片手で持てるだけあってタワーシールドを持った騎士も携帯しやすい。大きな盾を片手に構え、もう片方の手にはピックハンマーを持つといったスタイルで二十二階は攻略を進めるようだ。
「形はそうですけどね。これは魔導兵器です」
皆の反応に苦笑いを浮かべた学者は、テーブルの上に置かれたピックハンマーを一つ持ち上げながらそう言った。
「今回の二十二階調査に限り、ハンター組全員に魔導兵器の携帯が特例で認められた」
ベイルの告げた衝撃的な宣言に対し、女神の剣からは「おおー」と歓声が湧く。これまでにない脅威度と認められた二十二階に限り、騎士もハンターも装備による差を失くすようだ。近接武器を主体にしたハンターにはピックハンマーを。ウルカのように弓を扱う者には魔導弓が貸し出されるとのこと。
本来、魔導兵器は騎士団所属の騎士だけに与えられるもの。しかも、騎士団の中でも一定の実力を持っていて認められなければ携帯はできない。
ハンター達に持たせるには過ぎた武器であり、過剰な力を得て暴走しないよう制限されているし、ハンターが魔導兵器を入手するには国から認められなければならない。
そんな制限のある武器を限定的ではあるものの、全員に装備させるのだ。国と騎士団の本気さが窺える。
「このピックハンマーは魔石を挿入して、持ち手にあるトリガーを握ると魔導効果が起動します。こちらを離すと解除されます」
引き続き、学者達によるピックハンマーのレクチャーが始まった。
今回作られた武器は既存の魔導兵器とは違った起動方法が採用されているようだ。従来品は専用加工された魔石を挿入して起動スイッチを押すと起動するタイプであったが、魔導効果が発動するまでは短いながらもタイムラグがあった。
内部機構の改良に併せて起動方式をスイッチ型からトリガー型にデザインを変えた事でそのタイムラグはより減少したとのこと。
「実はこの機構が開発された切っ掛けは、二十一階で見つかった遺物を解析したおかげなんです。皆さんが命を賭けて見つけてくれた物が活かされています」
これら新機構が誕生したのは調査に参加した騎士やハンター達のおかげであると学者達は言った。今は軍用品に使われているが、ゆくゆくは生活用品用に生産される魔導具にも搭載されるそうだ。
多大な犠牲を払いながらも国家に貢献してくれた皆に国と研究所を代表して感謝します、と学者達が頭を下げる。
こうして功績が認められると、自分達が行ってことは無駄じゃなかったんだなと再認識できる。死んでしまった仲間達の犠牲も決して無駄じゃなかったんだ、とも。
「っと、すいません。話を続けますね」
話を戻して、次は魔導効果の説明に移った。
「魔石を挿入した後、トリガーを引くと武器の先端が赤熱します。ああ、絶対に触らないで下さいね!? 火傷じゃ済みませんよ!?」
柄頭部分にソケットがあって、スティック状に加工された魔石を挿入。トリガーを引くとピックと金槌部分が赤く赤熱した。
真っ赤になったピック部分に対し、隣にいた女神の剣のメンバーが指でそこを触ろうとしているのを見て、学者達が慌てて止めに入った。
「炎を纏うまでには至りませんでしたが、金属に対する攻撃力は上昇しました。王都で検証を続けましたが、魔導効果無しの武器よりもスムーズにゴーレムの体を破壊できます」
蜘蛛型ゴーレムのボディは一撃で穴が開き、ヤドカリ型のボディには二~三発で穴が開いたそうだ。
第二都市騎士団本部内で人型ゴーレムの死体に向けて検証をしたが、こちらも二発程度で金属の体を突き破ったそうで。
軽い、取り回し良し、魔導効果で威力も十分。心強い武器が開発されたと言っても過言じゃない。
併せて、防御面ではタワーシールドの強化も行われた。元々は風魔法による「矢そらし」の効果を有していたが、新しく開発された「ストーンスキン」という盾の表面を強化する効果に変更されたようだ。
こちらは新型合金の上に魔素と親和性の高い魔銀と魔物素材を混ぜ合わせた薬剤を塗布する事で、盾に加わる熱を発散させる(?)らしい。ただ、盾自体が消耗品である事は変わらないので過信はしすぎるなとのこと。
学者は皆に使用した素材の詳細や魔導効果による詳しい説明を専門用語を交えながら語り続けたが、専門知識のない俺にはチンプンカンプンだった。
首を傾げていた俺達に対し、学者達は「とにかく熱に強い盾だ」と簡単にまとめてくれたが。
しかし、何にせよ攻撃面も防御面も万全な準備が整った。これで少しは魔法使いであるレンの負担も減るかもしれない。
調査前に行われた魔導兵器使用の講義が終わり、今日はここで解散かと思われたが――
「アッシュ。君は午後の予定も空けておいてくれ」
皆と一緒に帰ろうとした時、ベイルに呼び止められた。
「ん? 何かあるのか?」
「うん。オラーノ侯爵とベイルーナ卿が来る事になっていてね」
両人とも第二都市の調査に応援として参加するのが本題のようだが、それとは別件で俺に会いたいと事前連絡が入ったそうだ。
一体、どういう事だろう?
首を傾げながらも了承して、俺はそのまま騎士団本部に残る事となった。
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午後、ベイルが言った通り騎士団本部には王都からの応援が到着。
王都騎士団より百名の騎士と王都研究所からは山盛りの物資と現地で研究を行う学者達が。彼等を率いて来たのは、もちろんオラーノ侯爵とベイルーナ卿だ。
俺はベイルの執務室で彼等と対面する事になった。
「久しぶりだな、アッシュ」
「はい。ご無沙汰しております」
二人に挨拶されて、俺は深く頭を下げた。そんな俺の肩に手を置いたのはオラーノ侯爵だった。
「今回の件、王都で聞いた。惜しい仲間を失ったな」
「……はい」
顔を上げれば、オラーノ侯爵は真剣な顔で頷いた。
「魔物と戦う以上、避けられぬ出来事だ。しかし、嘆くよりも剣を振るえ」
魔物との戦いを続けてきたローズベル王国の騎士。そして最強と名高い王都騎士団団長の言葉には、これまでの経験による重みがあった。
「まぁ、お主なら既に分かっていると思うがな」
俺の肩を二度叩いたあと、オラーノ侯爵はベイルーナ卿に顔を向けた。
「ゴーレムに対して苦戦していると聞いてな。なるべく早く完成させようと思っていたのだが、時間が掛かってしまった」
ベイルーナ卿は既に運び込まれていた長い木箱に近寄ると、蓋を開けて中身を取り出した。
彼が俺に向かって差し出したのは、黒い鞘に収められた剣。
「これはお主用に作られた剣だ」
「例の報酬だ。待たせたな」
授与式の際に言われた「すごい剣」とやらがこれなのか?
俺はベイルーナ卿から剣を受け取ると、オラーノ侯爵に「抜いてみろ」と言われて鞘から剣を抜いた。
刀身は銀色。だが、刀身に薄く模様のようなものが刻まれているのが見えた。それを見つけた俺は目を近づけてまじまじと見ていると……。
「それは王国の新しい技術、魔導刻印だ。刀身に特殊な刻印を施すことで魔導効果の出力を上昇させている」
ベイルーナ卿は自慢気に語り始めるが、俺は剣の正体に驚いてしまった。
「え? 魔導効果って事は……」
「そうだ。その剣は魔導剣だ。正確に言うなれば、試作型
「人工魔法剣、ですか?」
魔導剣ではなく、魔法剣。それは神人教が布教する神話にも登場しており、ローズベル王国も存在を否定していない過去に実在した剣である。
デュラハンが使っていた炎を纏う両手剣も魔法剣だと言われていたが……。
「うむ。我々が開発している魔導兵器は過去に発見された魔法剣――魔法武具から発想を得た物だ。我等、王都研究所が魔導兵器開発においてゴールと定めたのはオリジナルと同等の物を完成させること。つまりは現代に生きる人の手で完全なる魔法武具を作る事が最終目的である」
これまで魔導兵器開発という形で積み上げてきた技術力を結集し、二本目の試作品として完成したのが俺の手の中にある人工魔法剣だと言う。
「いやいやいや! 待って下さい! そんな重要な物は受け取れませんよ!?」
これはローズベル王国の技術が詰まった最新兵器なのではないか? 魔導兵器を越える超重要な国家機密の塊ではないだろうか?
そんな物を受け取れるはずがない。報酬だったとしてもやりすぎだ。
俺は頑なに首を振って受け取れないと言い続けるが、オラーノ侯爵とベイルーナ卿のリアクションが「想定通り」みたいな雰囲気を出して笑い出した。
「いや、そう身構えるものでもないのだ。確かに研究の成果は詰まっているが、試作品は既に五本ほど製造している。それに……」
ベイルーナ卿はそう言うと、剣を貸してくれと言った。彼に剣を渡すと、ガード部分にあったスイッチを押して魔法効果を発動させた。
すると、刀身に刻まれていた魔導刻印がガード側から剣先までゆっくりとオレンジ色に光っていく。
魔導刻印が完全にオレンジ色に変わると――
「このように魔法効果が発動するのだが……。これを見てもファイアソードと言えるかね?」
発動した効果は午前中にレクチャーを受けたピックハンマーと同じく、刀身が赤熱する効果だった。
確かに「ファイアソード」とは言い難い。恐らく、この名を聞いて想像するのはデュラハンが持っていた炎の両手剣と同じく「刀身が炎に包まれる」とか「炎を纏った剣」といったイメージだろう。
「実はな。この剣はデュラハンの持っていた魔法剣の一部とデュラハンの鎧を用いて作られたのだ。あれらを素材にして剣を作り、我々が考えた機構を組み込めば魔法剣が作れると思ったのだが……」
当初、ベイルーナ卿を筆頭とする開発者達はデュラハンの持っていた「炎の剣」を再現しようとした。しかし、技術が及ばず「刀身が赤熱する」までにしか至らなかった。
「まぁ、この技術の一部はピックハンマーに転用されたのだがな」
開発は失敗かと思われたが、意外なところで役に立ったようだ。
しかし、魔法剣の完全再現としてはイマイチ。しかも、発動する魔導効果は魔導刻印に因るところが大きく、一度刻んでしまうと既存の魔導兵器のように効果を変更するのは容易ではない。
要は失敗作に近い。
「魔導剣と違う部分であり、この剣の最大のメリットは魔石の交換がいらないところだな」
「え?」
ただ、魔導兵器と比べて利点もある。それが「魔石の交換いらず」であった。
ベイルーナ卿はガードの中心に埋め込まれた赤い宝石を指差す。
「これは色付き魔石だ。例のリザードマンから採取されたものであるが、この魔石は時間経過で内部魔力が復元する」
「それは凄いじゃないですか!」
魔導兵器は挿入されている魔石の魔力が尽きたら交換しなきゃいけない。前に騎士達から聞いた話だと、戦闘中での交換は非常に面倒だし厄介だと聞いた。
その手間が省かれるだけでも大きな進歩なんじゃないだろうか? というか、新しい魔石を必要としなくなるだけで凄まじい事なんじゃないか?
「ただ、効果時間がな……」
「うむ。起動時間は僅か十分。魔石の自然充填は一日掛かる」
オラーノ侯爵が苦い顔を浮かべて、ベイルーナ卿がそのコストパフォーマンスの悪さを口にした。
「ただ、デュラハンの素材を使っているだけあってよく斬れる。それにとんでもなく頑丈な剣に仕上がった」
「切れ味がよくて頑丈な剣。そこに限定的であるが魔法効果のオマケ付きだ」
二人は「想定と違った出来になってしまってすまない」と言うが、これは十分に「凄い剣」なのではないだろうか?
貴重な素材を使った剣であり、尚且つ魔導兵器と同様の魔法効果まで発動するのだ。効果時間は十分と短いが、それでも魔石の交換はいらない。
ハンターである俺が持つとしても過分な物なんじゃないか、と改めて思うのだが……。
「アッシュ。これはお主が使うべきだ。デュラハンを討伐したお主がな。素材を提供してくれたサビオラ伯爵家の意思もある」
オラーノ侯爵は一枚の手紙を俺に差し出した。中を読め、と言われたので目を通すと――中にはサビオラ家当主からの言葉があった。
『どうか、当家の騎士が残した魂を受け取って下さい。貴殿に騎士の加護がありますように』
手紙の中にあった一文を見て、俺は目頭が熱くなった。
「閣下……」
「継げ。これは偉大な騎士を救った者へ贈られた名誉だ」
ここまで言われては……。俺は深く頭を下げて、再び鞘に収められた剣を受け取った。
「一応、起動のレクチャーをしておくか。既に知っているかもしれんがな」
改めて剣を受け取った俺はベイルーナ卿から魔法効果を起動する手順を教わる事に。
鞘から剣を抜いて、ガードの部分にあるセーフティレバーを解除してからスイッチを押す。ピックハンマーのようにトリガー式ではないのは、こちらの方が開発時期が早かったからだろう。
スイッチを入れると刀身に刻まれた魔導刻印が徐々にオレンジ色へと変わっていき、完全に染まり切る瞬間――
「あ、え……?」
刀身を見つめていた俺の意識は、剣の中に吸い込まれていくように遠くなる。
視界が急に暗転して……。謎の浮遊感に襲われた。
瞼を開けようとしても開けられない。まるで金縛りにあったような感覚だ。
そんな感覚を感じながら身をよじっていると――
『ここは任せて逃げろ!』
誰かも分からない声が聞こえた。
声に反応して目を開くと、俺の目の前には謎の光景が浮かんでいた。
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