第116話 試し打ち


 俺とウルカの行きつけである装備店、カルメロ装備店。窓の外から店内を窺うと、客は誰もいないようだ。


 ドアを押して中に入るといつも通りドアベルが鳴った。奥にいるであろうおやっさんに来客を告げる。


 奥からヌッと顔を出したおやっさんは、俺の顔を見て「よう」と気さくに声を掛けてきた。


「おやっさん、頼みたい物があるんだが」


「おう、どうした」


 おやっさんは相変わらずハンターでもやっていけそうなほどの筋肉質で太い腕を組みつつ、店内の商品を見て周っているミレイとレンを視線で追いながら俺の言葉に頷いた。


 ああ、そういえばミレイとレンが店を訪れるのは初めてか。彼のリアクションを見て思い出し、先に二人の名を教えつつもパーティーメンバーである事を告げた。  


「そうかい。ウルカ嬢ちゃんと二人きりは危ねえと思ってたからよ。二人も増えて良かったじゃねえか」


「ああ。頼れる仲間が増えて幅も広がったよ」


 雑談もそこそこに、後回しにしていた本題へ。俺が注文したい武器――戦槌はないかと問う。戦闘相手はゴーレムで、金属の体を破壊したいと告げるとおやっさんは顎髭を撫でながら頷く。


「ちょっと待ってろ」


 注文を聞いたおやっさんは店の奥に引っ込んで在庫を探しに行った。しばらくして戻って来ると、想像していた通りの戦槌を持って戻って来た。それをカウンターの上に置いて俺に見せてくれる。


「ほらよ。これだろ?」


 注文通り、先端には金槌のように平らな部分とつるはしのようなピック部分がある。


「相手にするゴーレムの強度がどんなもんかはわからねえが、ある程度は通用するんじゃねえか?」


 武器の材質は主流となっている魔鋼合金製。討伐に用いた大槌も魔鋼合金製であったし、十分に通用するんじゃないだろうか。


「最近、ゴーレムが生息する階層が見つかったって協会から連絡があったけどよ。例の事件があった場所がそうか?」


 戦槌を持ち上げて軽く振りながら感触を試していると、おやっさんがそんな質問をしてきた。


 おやっさんが言う「例の事件」とは調査隊の壊滅事件のことだろう。


「ああ。協会から何か言われたのか?」


「いや、詳しくは言われてねえ。だが、この前の会合で今後は対ゴーレム用の装備を発注する可能性があるって言われてよ」


 協会が発注……となると、売店に並べる装備だろうか?


 確かに二十階から先が一般開放されたらゴーレム狩りが流行りそうな気配はある。対ゴーレム用の武器が飛ぶように売れそうだ。ただ、他のハンター達が倒せるかどうかが問題だが。


「ゴーレムってのは他の魔物に比べて狩り難いって聞くからな。いざって時に備えて有効な装備は揃えておきたい」


 おやっさんの言う「いざって時」は氾濫時を指すのだろう。あんなゴーレム達が外に溢れたら都市が大打撃を受けるのは明白だ。


「今、俺達が検証している最中だけど、とんでもなく硬いのは確かだ」


「硬いか。なるほどなぁ」


 ううむ、と悩み始めるおやっさん。何度か頷きを繰り返して、自問自答に納得いったのか再び顔をこちらに向けてくる。


「数年後には新しい合金が作られてるかもしれねえな。今のうちに準備しとかねえと」


 さすがに王都研究所がゴーレムの素材を元にして新型合金の試作品を既に製造した事は言えなかった。極秘事項であるそれには触れず、俺は握っていた戦槌に視線を戻す。


「とにかく、これ買っていくよ」


「おお、まいどあり」


 目的の物を手に入れた俺達はおやっさんの店を後にした。本日はこれで解散だが、明日からさっそく戦槌を試してみるとしよう。



-----



 翌日になって、再び騎士隊と共にダンジョンを訪れると昨日購入した戦槌を試す事になった。


 戦闘の流れは先日と同じだ。まずはレンが魔法を撃って、人型ゴーレムの動きを鈍らせる。その後、俺が前に出て戦槌のピックで攻撃といった感じ。


「いきます!」


 道中に遭遇した人型ゴーレム一体に対し、レンが放った雷がゴーレムの胴体を貫く。バチンと弾けるような音が鳴って、相手の動きが止まった。


「よしッ!」


 すかさず俺がゴーレムに向かって駆け出し、上段に振り上げた戦槌を肩口に叩き落した。


 鋭いピックが肩口に振り落ちると、一撃目で金属がへこんだ。間髪入れずに二撃目を叩き込むと金属に亀裂が入った。続けて三撃目にはガギャッと金属を破砕する音を立てながら先端が僅かに突き刺さる。


「これで、どうだッ!」


 浅く突き刺さった先端を引き抜いてからの四撃目。遂にピックは肩口の金属を完全に突き破った。


 破壊した肩口からは大量の火花が飛び散った。戦槌のピック部分は人型ゴーレムの金属を突き破って内部パーツまで食い込んだようだ。


 俺がゴーレムの腹を蹴飛ばしながらピックを引き抜くと、ゴーレムはそのまま地面に倒れた。


「おおおおッ!」


 そのまま追撃。今度は雷が当たったことで黒く焦げた腹目掛けて振り下ろす。すると、先ほどの肩口よりもスムーズにピックが突き刺さる。


 一瞬だけ「おや?」と違和感を感じた。だが、それよりも早く倒すべきだと思考を切り替える。


 腹に突き刺さったピックをそのまま抜かず、抉るように引き抜いた。突き刺さった部分の金属がめくれ上がり、人型ゴーレムの内部が少しだけ露わになる。


 人でいうなれば内蔵が露出しているような状態だ。表面の金属よりも脆そうだと感じた俺は、再びゴーレムの内部パーツに向かってピックを振り下ろす。


 ピックがゴーレムの内部パーツを粉砕するとガラスが割れるような音が鳴って、パーツ内部にあった半透明の液体が飛散する。そして、ゴーレムの赤い目がチカチカと点滅し始めた。


「アッシュ! 動いているぞ!」


 後方よりミレイの声が掛かり、見ればゴーレムは腕を痙攣するように動かし始めた。まだ目もチカチカと点灯していて、反撃しようとしているのが読み取れた。


「させるか!」


 俺は執拗に内部パーツに向かってピックを振り下ろし続ける。ガッシャン、ガッシャンと何度も破砕音が鳴って、遂には少しだけ持ち上がっていたゴーレムの腕が完全に地面へ落ちる。


 頭部を見れば点滅していた目から光が失われて、半透明に変化していた。


「ふぅ」


 試した感じは大槌よりもスムーズに倒せたように思える。だが、もっと気になったのはインパクトの瞬間に感じた手応えだ。


 肩口に振り落とした時よりも黒く焦げた腹を攻撃した時の方が、叩いた時の感触が柔らかく感じた。そのおかげでピックはより深く突き刺さっていた気がする。


 それを皆に伝えて、次に遭遇した個体で検証を行う事に。


「奥から一体来ます!」


「後ろからも来ているぞ!」


 通路を歩いている最中、進行方向から一体が。後方より退路を塞ぐようにもう一体が現れる。


「後方は我々が!」


 後方は騎士隊が相手する事になって、進行方向にいるゴーレムを俺達が相手する事になった。


 ある意味、今の状況は一番試したいシチュエーションだと言える。


「レン!」


「わかってます!」


 レンは短く集中すると、進行方向にいるゴーレムへ雷を放つ。すかさず後ろに振り返って、騎士隊を補助するように雷をもう一発放った。


 後ろは騎士隊が魔導弓の炎矢で倒すのだろう。こちらは俺の検証に付き合ってもらおうじゃないか。


「行くぞ!」


 俺は動かなくなったゴーレムに向かって駆け出した。今度は上から振り下ろすのではなく、横に構えて横薙ぎに振るう。もちろん、狙うのは胴体の黒く焦げた部分だ。


「くらえッ!」


 腰を入れてフルスイング!


 ガッシャンと破裂音が鳴り響きながら、ピックが腹に深く突き刺さる。やはり思った通り、黒く焦げた部分は金属が脆くなっているようだ。


『―――!!』


 しかも、今回は当たり所がよかったのか、一撃でゴーレムの目が点滅し始めた。バチンバチンと腹から火花を散らして、ゴーレムの両膝が折れる。


 膝立ち状態で固まったゴーレムの腹からピックを引き抜くと、今度は頭部に向かって戦槌を振り下ろす。


 ガツンと当たったピックは頭部を陥没させて、そのままの勢いでゴーレムを地面へと叩き伏せた。うつ伏せになったゴーレムに対し、手を緩めずに後頭部へ向かって全力で振り下ろす。


 が、少し狙いがずれて後頭部と背中の間部分にピックが落ちた。しかし、意外にも叩いた部分は頭頂部よりも若干ながら柔らかい。ゴーレムの装甲は部位によって強度の違いがあるのだろうか。


 突き刺さったピックを利用して装甲を抉る。再び内部のパーツを露出させて破壊してやろうと思ったが……。


「これは……」


 抉った装甲の中には拳二つ分くらいの大きさをした魔石があった。魔物から採れる魔石にしては、今まで見た事もないくらい大きい。


 もしや、これを抜き取ったら十三階の骨戦士のように動かなくなるか? そう考えた俺はゴーレムの内部に両手を突っ込んで魔石を無理矢理引き抜いた。


 引き抜く際、魔石にはゴムのような材質の何かが付着していて上手く外れない。無理矢理引っ張り続けると「ミチミチ」と嫌な音を立てながらゴム質の何かが千切れ取れた。


 最終的には魔石を引き抜く事に成功。すると、ゴーレムは体を痙攣させて動かなくなった。


「先輩、大丈夫ですか!?」


「ああ。魔石を引き抜いたら動かなくなったな。この辺りは骨戦士と同じなのか」


 引き抜いた部分をよく観察すると、ゴム質の何かと半球体をした金属の入れ物らしき物が内部に残されていた。魔石はこの半球体の入れ物に入っていて、ゴム質の物質でくっ付いていたのだろうか?


 この辺りは学者に報告すべき事だな。


「大きな魔石ですね」


 騎士隊も戦闘が終わったようで、隊長が俺の持つ魔石を見て大きさに驚いていた。


「戦槌の効果も十分に発揮できました。これは有効な武器になり得そうです」


「それは団長に良い報告が出来そうですね」


 試行錯誤と観察の末、俺達は遂に人型ゴーレムへ有効な武器の形を見つけられた。


 まだレンの魔法頼りな部分もあるが、検証と改良を続けていけば人型ゴーレムに怯える日々も早いうちになくなるかもしれない。

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