第115話 人形と絵


 選択した通路を片っ端から整備していく俺達であったが、途中で四体ほど人型ゴーレムと遭遇。どれも魔法と魔導弓で討伐して順調に作業は進む。


「レン、大丈夫か?」


「は、はい……」


 魔力のセーブを念頭に置いて戦闘を続けるレンであるが、さすがにそろそろ限界か。


 先日のように顔色が悪いわけじゃないが、精神的な疲労が蓄積して気怠そうだ。


 先の十字路もほぼ整備し終えたし、俺としてはそろそろ地上へ戻るべきかと考えていたが、騎士隊の隊長は最後に見つけた扉の先を調べたいと言う。


 見つけた扉は計六枚。全て十字路の最中にあって、三本の通路にそれぞれ二枚ずつあった。どれも通路の左手側の壁にあって、等間隔に扉が配置されていた。


 この十字路も全て道が繋がっていて、構造自体は入り口からすぐ近くにある十字路と変わらない。


 だが、扉の形は少しだけ違っていた。


 どれも取っ手付きの扉になっていて、押して扉が開くタイプ。しかも立て付けが悪くなったり、錆びたりして開かないという事はなく、かなりスムーズに扉が開けられた。


 その中でも最初に確認したのは十字路左手側にある部屋だ。


 取っ手を握り、押しながら扉を開くと――


「なんだ、ここ?」


 中には棚のような物が壁に沿っていくつも並んでいる部屋だった。中央には三組のテーブルと椅子が置かれていて、どれも経年劣化で壊れたのか足が折れていたり、倒れて床に転がっていた。


 俺達は部屋の中に入ると、それぞれランプで周囲を照らしながら中を観察し始めた。


 俺は右側にある棚に近付き、棚をランプで照らす。すると、棚にあったのは薄い水晶のような材質をした透明の板だった。


「これは何だろう?」


 恐る恐る手に取ってみるが害は無さそうだ。水晶を薄くスライスしたような板の中心には赤い石みたいな物が埋め込まれている。


 棚にランプを置いて、中心に埋め込まれた赤い石を指で触ってみると……。


「うおっ!?」


 突然、水晶板の上に古代文字らしきものが浮かび上がった。金色で描かれたそれは、二十階で遺物を起動させた時に浮かび上がったものと似ている。


「こっちも同じように浮かび上がってきました」


 近くにいたウルカも水晶板を握っていて、同じく赤い石を触ったようだ。彼女が持つ水晶板にも文字がびっちりと並んだ状態で浮かび上がっている。


「これ、全部同じように文字が浮かぶのか?」


 棚の最上段から下段まで並べられた水晶板の数は軽く百枚は越えていそうだ。しかも、俺とウルカが物色していた棚だけじゃなく、その隣に並ぶ棚全てに水晶板が収められているのだ。


 他にも棚から零れ落ちた物が床に散らばっていて、そちらも何十枚とある。そう考えると百や二百どころじゃなさそうだ。


 浮かび上がった文字が何と書かれているかは不明であるが、学者達が喜びそうな物であるのは間違いない。


「なぁ! 見てくれ!」


 背中側からミレイの声が上がった。振り向くと彼女は手招きしていて、俺とウルカは彼女に近寄って行く。


 彼女は棚に置かれていた箱を指差して、中にあったであろう物を俺達に見せた。


「これ、人型ゴーレムじゃないか?」


 彼女が見つけたのは俺達が戦った人型ゴーレムに似た形を持つ人形だった。細部は少し違っているが、大体の形はそっくりそのままだ。


「こりゃ凄いな」


 ゴーレムをそのまま小さくした人形はゴムのような材質で作られていた。しかもちゃんと色まで塗られていて完成度が高い。


 他にも同じような物が無いか探してみると、ミレイが物色していた棚の下段にもう一つ箱があった。開けてみると、今度は四本の足を持った人型ゴーレムの人形が見つかる。


「……なぁ。こいつは実際に遭遇したゴーレムに似ているよな」


「ああ」


「つまり、現実にいたヤツだ。実際に出会ったわけだろ?」


 そう告げるミレイが何を言いたいのかすぐわかった。


「……このゴーレムも徘徊している可能性があるって言いたいのか?」


 俺が見つけた四脚ゴーレムを指差すと、ミレイは静かに頷いた。


 まさか、と思うがあり得なくもない。


 もしかしたら奥に同じ形をしたゴーレムがいるのだろうか? これは実際に存在するゴーレムを模した人形なのだろうか? だとしたら、どうしてゴーレムの人形なんかが?


「何か見つかりましたか?」


 首を傾げ合う俺達に近寄って来たのは騎士隊の隊長だった。彼にゴーレムの人形を見せると、収納袋に入れて地上に持ち帰ろうと提案される。


「そちらは何かありました?」


「ええ。こっちは棚にボロボロの紙がありました。なんだか文字が書かれているようですが、触ったら破損しそうなので放置しておきます」


 後日、学者達が二十二階を訪れた際に見てもらうようだ。


「隣の部屋に行ってみましょう」


 この部屋を後にして、俺達は隣の部屋へと移動した。


 隣の部屋はがらんとしていて、長いテーブルが四角の形で配置されているだけだった。なんだか会議室に似た雰囲気ではあるが、内装はさっぱりしているのであくまでも雰囲気が似ているだけであるが。


 その次に中央通路にあった二部屋も調べるが、中には何も配置されていないただの空室といった感じ。


 最後に右手側の二部屋だ。


 右手側の二部屋のうち、最初に入った部屋は二十一階で見つけた二段ベッドが一台。それと棚やタンスのような物が配置されているが、中には何も残されていなかった。


 問題は最後に調べた一部屋だ。


「これは……執務室ですかね?」


 最後の一部屋には多くの家具が揃っていた。騎士が呟いた通り、執務机と思われる大きな机と椅子のセット。地面にはボロボロになった絨毯が敷かれていて、壁沿いには棚がいくつか並ぶ。棚の中には最初に見つけた水晶板がいくつか残されていた。


 特に目を惹くのは、執務机の背中側にある壁だ。壁にはぼろぼろになった巨大な布が飾られていて、布の中心には「巨大な木と太陽」らしき絵が描かれている。


「この絵は何でしょうね?」


「古代人が描いた物なのでしょうか?」


 パッと見る限り、王家や貴族家が使う紋章や紋章旗に似た雰囲気を感じる。何かを現していて、それを目印とするような……。


「執務机の中には何も残されていませんね」


 俺達が壁に飾られた絵に注目している間、騎士達は執務机の中を漁っていたようだが何も発見できず。


「さすがに戻りましょうか」


「ええ」


 そろそろ時間も良い頃合いだ。レンの魔力も心配だし、今日の調査はこれで終了となった。


 二十一階に向かう最中、隣を歩く騎士隊の隊長がどこか悩まし気な表情を浮かべていたのが気になって声を掛けてみた。


 すると、彼は悩みながらも考えていた事を口にする。


「何というか……。どうして調査隊は壊滅したのかな、と思いまして」


「どうして、と言いますと?」


「例の人型ゴーレムは攻撃の速度が極端に遅いですよね? 正直、一人が殺されたら他の皆は逃げられたんじゃないか? って思えるんですよ」


 確かに人型ゴーレムの攻撃は驚異的であるが、発射間隔は遅い。誰か一人が殺されたら撤退を指示するのがベターだし、あの速度であれば逃げ切れるかもしれないと俺も思ってしまった。


「複数体と遭遇したのではないでしょうか? 例の広場には複数体が徘徊している可能性は高いと仰っていたではありませんか」


 ただ、発射間隔が遅くとも複数体いれば別だろう。一斉に光の玉を撃たれたら数人が一気に殺されてしまうのも頷ける。現に回収された複数の死体には穴が開いていて、人型ゴーレムの攻撃によって殺された痕跡があった。


「それに叩き斬られたって痕跡もありましたよね? 俺達がまだ遭遇していないゴーレムがいるんじゃないでしょうか?」


「未知のゴーレムも例の広場で待ち構えているのでしょうか?」


「その可能性は高そうですよね。広場に向かう時はいつも以上に人員を揃えるべきだと思います」


 恐らく、近々その広場へ向かう時が来るだろう。


 対人型ゴーレム用の装備が間に合うかどうかは分からないが、いつも以上に人員を揃えて向かうべきだ。最悪、撤退して情報を伝えられる者くらいは残しておいた方が良いと思う。


 そんな提案をしながら、俺達は二十一階へ向かった。


 丁度、二十一階で狩りをしていた月ノ大熊達に挨拶しながら地上へと帰還を果たす。


 本日の成果をベイルに伝えて、協会の前で出くわした女神の剣にも成果報告を行った。本日分の調査・整備が終わったところで、俺達は行きつけの鍛冶屋――カルメロ装備店と向かった。

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