第126話 二十三階へ続く階段
謎の柱を発見した後、俺達は来た道を引き返し始めた。
三つの道が伸びるエリアへ戻ると、俺は奥へ続く通路を指差してオラーノ侯爵へ問う。
「閣下。恐らくは奥に次の階層へ続く階段があると思いますが確認していきますか?」
「ふむ。そうだな。せっかくここまで来たのだし、先の様子だけでも確認しておくか」
謎の柱が見つかった事で王都騎士団に課せられていたであろう任務は終わっていたのかもしれない。
だが、第二ダンジョンの調査自体はまだ続くのだ。
次の階層を調べるのは二十二階の調査をもっと進めてからとなりそうだが、奥へ続く通路の様子や通路の先に何があるかだけでも見ておくことになった。
暗い通路をランタンで照らしながら歩き始めていく。道自体は真っ直ぐ伸びているだけで、何も小細工はなさそうだ。
しばし歩いていると、床に何かが倒れているのが見えた。隊全体が足を止めて、倒れている物体に注目すると――
「あれは人型ゴーレムか?」
通路の端には横倒しになった人型ゴーレムらしき死体があった。らしき、と表現したのはゴーレムの死体がバラバラになっていたからだ。
腕や胴体、下半身などが叩き壊されたかのように損傷している。
「先にもありますね」
最初に見つけた死体の先にはもう一体の死体があって、そちらは下半身と上半身が引き千切られていた。
「こっちには蜘蛛型ゴーレムの死体もあります」
二体目の死体、胴体を引き千切られた状態で放置された人型ゴーレムの傍には、胴体を踏み潰されたような状態で死亡する蜘蛛型ゴーレムの死体まで。蜘蛛型ゴーレムの死体は一つや二つではなく、複数体の死体が転がっていた。
「どうしてゴーレムの死体が?」
明らかに何かと戦闘して破壊されたような状況である。
この状態を見て、俺は以前発見したゴーレムの死体を思い出した。調査中に同じような状態の人型ゴーレムを発見したではないか。
あの時も妙だと思った。ダンジョンに潜っているのは俺達しかいないはずなのに、俺達以外の何者かによって破壊された跡があったから。
「ゴーレムと敵対した者がいるのか?」
死体を観察するオラーノ侯爵も俺と同じことを思ったようだ。
「ですが、ここには私達しかいませんよ?」
「ああ。だが、エドガーの言っていた仮説が正しければ遥か昔に起きた戦闘の跡かもしれん……。いや、違うか」
オラーノ侯爵は推測を語るもすぐに自分で否定した。その理由は、彼が人型ゴーレムの死体を指でなぞった事で察する。
「長く放置されていたならば汚れが積もってそうだが。それは無さそうだ」
死体を指でなぞっても彼の指には汚れがなかった。長く放置されていたら塵や埃等の汚れが積もりそうなものであるがそれがない。
俺も触ってみたが、人型ゴーレムの金属ボディ表面には傷の凹凸なども感じられない滑らかな状態だ。まるで生産したて、作られてすぐに破壊されたような雰囲気があった。
「それに長く放置されていたら蜘蛛型ゴーレムが死体を回収しそうじゃないか?」
「確かにそうですね。ですが、今もまだ回収されていないのも気になります」
広場での戦闘が終わった直後、蜘蛛型ゴーレムが現れて死体を回収しようとしていた。だが、ここは手付かずだ。それも気になる点だろう。
「……閣下。床に血痕のような跡があります」
すぐ近くを探っていた騎士がそう告げた。そちらに移動して観察してみると、確かに床には飛散した血の跡が残っていた。
既に乾いてしまっているせいで血痕の色は黒く変色しているが……。これは何者の血なのだろうか?
「魔物の血か? それとも……」
人の血なのだろうか?
「全員、警戒態勢のまま進むぞ」
オラーノ侯爵に命じられ、俺達は警戒しながら先を進んだ。通路を進んで行くと、通路に沿ってゴーレム達の死体が転がっていた。
やがて通路は終わり、奥に階段らしき出口が見えた。だが、その階段も様子がおかしい。
いや、階段だけじゃない。
「階段の傍に死体があります!」
ランタンの光によって発見された死体は複数あった。先ほどと同じく人型ゴーレムの死体。その中に混じって、ゴーレムではない別の死体があった。
「な、なんだこれ……?」
転がっていたのは、ぐちゃぐちゃになった肉塊だった。
血だまりの上に落ちている肉塊は、恐らく魔物のものだろう。しかし、原型を留めていないせいでどんな生物だったのかは確認できない。
ただ、肉塊の傍には太さと長さがそれぞれ違う脚が二本落ちていた。それらは辛うじて原型を残していて、どちらも馬の脚に似ていた。
「脚の先は……蹄? 馬みたいな動物型の魔物ですかね?」
「サイズがそれぞれ違いますし、少なくとも二体はいたのでしょうか?」
体の大きさは違えど、種類は同じ魔物が二体いたのだろうか?
しかし、二十二階にはゴーレム以外の魔物は出現しないのかと思っていたが……。
「肉が腐っていない」
何より、死亡したと思われる魔物の肉が腐っていない。
通常の魔物であればすぐに腐敗が始まって、どろどろの液状になるはずだ。しかし、この場に残っていた肉塊は腐敗が進んでいなかった。
丸い穴がいくつも開いていて、穴の周囲には焼け焦げたような跡がある。
「この丸い穴は人型ゴーレムが放った魔法の玉が着弾した跡ではありませんか?」
「ゴーレム達はこの魔物と戦ったのか?」
騎士が言うように、丸い穴は人型ゴーレムが放つ魔法の玉と同じくらいの大きさだ。この肉塊になった魔物は人型ゴーレム達による射撃を受けて死亡した可能性は高い。
しかし、オラーノ侯爵も口にしたが、どうしてゴーレム達はこの魔物と戦ったのだろうか?
他の階層には種類の違う魔物同士が共生している場所もあるが、種類の違う魔物がお互いに敵対行動を行うといった話は聞かない。だが、明らかにこの魔物は人型ゴーレムと戦っていたように思える跡が残っている。
「階段の入り口にも破壊の跡がありますね」
騎士の一人が階段の入り口を照らして観察していた。階段付近の壁には穴が開いていて、階段付近の壁全体が損傷を受けていた。
恐らく、開いた穴はゴーレム達の射撃による被害だろう。だが、一部には何か硬い物で殴り壊されたような跡まで残っている。
「死体の位置と階段の状況……。もしかして、この魔物は下から来たのではありませんか……?」
ウルカはハンカチで口元を押さえながらも、死体の位置関係とゴーレム達の射撃方向から推測を口にする。
「待て。この死体は二十三階の魔物だと言うのか?」
「位置的にそう思えませんか?」
ウルカの推測は当たっているように思えた。
もしかして、この魔物が二十三階から上がって来たからゴーレム達は戦闘を行ったのか? ゴーレム達は下の階層から襲来した魔物をこれ以上進ませないように阻止しようとしていた?
「……正しいかもしれませんよ。見て下さい」
もう一人の騎士が階段付近の床を照らしながら指差す。そこには血痕があって、階段の下に向かって続いていた。
「攻撃を受けた魔物が二十三階へと引き返した跡か?」
「かもしれませんね」
「基本的に魔物は階層間を移動できないはずですよね?」
オラーノ侯爵と騎士達の会話を聞きながら、俺も内心で同じ感想を浮かべた。
以前も考えた通り、階層間を移動するのはネームドだけだった。もしや、この肉塊になった魔物もネームドなのだろうか?
それとも別の条件か何かがあるのか?
ただ、オラーノ侯爵や騎士達も階層間の移動については「分からない」と口にして首を傾げていた。
「……まずはこの死体は回収する。二十三階の調査はまだ行わんが、研究所の連中に調べさせよう」
穴だらけになって肉塊と化した魔物の死体を回収して、俺達は不穏な階段の前から立ち去った。
来た道を引き返し始めた途中、俺は後方にある階段へと振り返る。
二十三階には何があるのだろうか? 何が待っているのだろうか?
……今、考えても仕方ないことか。そう自分に言い聞かせながら、まずは二十二階の調査に集中しなければと首を振った。
しかし、首を振った後に通路に転がっていたゴーレムの死体が目に入る。
胴を引き裂かれた死体が――壊滅した調査隊メンバーの死体と重なった。
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