第111話 一歩ずつ
二十二階の調査における一日の流れを説明しておこう。
まず、午前中から俺達ジェイナス隊と騎士隊が現地へ突入。少しずつ進みながら通路の整備を進めていく。
午後からは女神の剣が別の騎士隊と突入して、俺達が整備した場所までのマッピングを行う。
基本的にはこの繰り返しだ。現在、二十二階の整備は入り口周辺まで完了した。
本日も俺達が整備を進めて、先日の人型ゴーレム遭遇地点から少しだけ先に進めた。そこから先にあったのは十字路で、どの道も先が長そうに見えた。
騎士隊と相談した結果、俺達は十字路の左側に進んで整備を進めることに。途中、資材が切れたのもあって、本日の作業はそこまでとなっていた。
その後に女神の剣がマッピングを行ったのだが、帰還したターニャから報告があると言われて騎士団本部に招集が掛かる。
「マッピングをしていて分かった事がある」
ジェイナス隊の代表である俺、騎士団からはベイルと騎士隊の隊長達を前にして、ターニャは会議室の机に作りかけの地図を広げて見せた。
二十二階のマップを広げ、彼女が指差したのは俺達と騎士隊が最初に人型ゴーレムと遭遇した地点。
「最初、アッシュ達が人型ゴーレムに遭遇したのはこの地点。次に今日我々が遭遇したのがここだ」
ターニャが次に指差したのは、十字路の右手側通路の入り口。俺達が整備した左手側通路の途中までマッピングを終えて、十字路の中心に戻った際に遭遇したと言う。
「タワーシールドで攻撃をやり過ごしながら退避したんだが……。ゴーレムが立ち去った後、距離を取りながら少しだけ後をつけてみた」
随分と大胆な行動をしたものだ。
ただ、そのおかげで少し判明した事実が語られる。
「私達が遭遇したゴーレムは十字路の右手側からやって来た。その後、私達から興味を失くすと左手側へと直進して行った」
ターニャは地図に書かれた十字路の上を右から左へと指でなぞっていく。
「後を追ってどうだった?」
答えを急くようにベイルが問うと、ターニャは頷きを返しながら再び口を開く。
「まず、奴等には人を感知する範囲があるようだ。我々は五十メートルほど距離を取ったが、ゴーレムが振り向く事はなかった。もしかしたら、背中側にいたら感知されない可能性もあるかもしれないが」
背中がガラ空き、という可能性は低いだろう。感知できる距離があると考える方が妥当か。
「そして、追って行くと途中でゴーレムの姿が消えたんだ」
左手側に続く道を追って行くと、途中でゴーレムの姿を見失った。まだ通路の整備が終わらっておらず、灯りが届くギリギリの距離まで追ったとの話だが、途中で体の向きを変えたように見えたと彼女は言う。
「私の予想だが、この十字路は繋がっているんじゃないか?」
ターニャは広げた地図に描かれた十字路の上に白い紙を乗せると、まだ判明していない通路の予想図を描きだす。彼女が描いたのは十字路全ての方向が繋がっている予想図だ。
左手側は進んだ先に右へ向かう通路が伸びていて、その通路を直進するとまた右に伸びる道がある。辿り着いた先は十字路を直進した先であって、右手側も同様に迂回するような道が続いているのでは、と。
「で、問題はここからだ」
後を追った際、感知範囲(?)のおかげかターニャ達が襲われる事は無かった。暗闇の中に消えて行ったゴーレムを追跡するのは危険と判断して、今度こそ地上に戻ろうと道を引き返して行くと――
「また右手側から人型ゴーレムと遭遇したんだ」
帰り道、再び同じ地点でゴーレムと遭遇。すぐに階段側へと撤退して事無きを得たようだが。
「二体目か?」
「と、思われます。人型ゴーレムの歩みは遅い。さすがに追っていたゴーレムが超スピードで通路を一周した、とは思えませんわね」
ベイルの問いに答えたターニャ。彼女の考えでは、十字路周辺に最低でも二体は人型ゴーレムが徘徊しているという事か。
「だが、俺達が整備している時は遭遇しなかったぞ?」
「そこが謎だ。報告を聞いていると、私達の方が遭遇率が高い。時間帯に因るものなのか、それとも私の予想が外れていて通路は繋がっていないのか」
この答えは十字路周辺の整備を進めないと分からないだろうな。
「なるほど。何にせよ、十字路周辺の人型ゴーレムを討伐しなければ危ないか」
最低でも二体いるとしたら、整備中に後ろからやって来る可能性はあるのだ。そうなれば退路を断たれ、俺達は暗闇の道をランプの光で照らしながら進まねばならない。
ターニャの予想通り、道が全て繋がっていれば良いが、それが間違っていたら最悪の事態に陥るだろう。下手すれば壊滅した調査隊と同じ状況になってしまうかもしれない。
「次回、タワーシールドの他に魔導弓による攻撃も試そう。防御手段の確立はほぼ出来上がっているし、今度は攻撃手段の検証もしないとね」
防御も大事だが、それ以上に魔物を殺害する攻撃手段の確立も重要だ。
検証は明日から始めることとなり、その日は解散となった。
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――といった経緯があって、階層整備を行う俺達は普段よりも多くの騎士達と行動を共にする事に。
計十二名の騎士を六名ずつに分け、俺達は騎士達に護衛されるように囲まれながら階層の整備を行って行く。
本日の整備箇所は十字路の左手方向。ここを最奥まで整備して、ターニャの予想が合っているか確認しておきたい。
「よし、次の杭をくれ」
「おう」
俺は杭をミレイから受け取って、ハンマーで壁に打ち込んでいく。俺の作業が終われば、ウルカがランプを設置。さすがに慣れた事もあって、流れるように作業を続けていた。
そうして俺達は左手側の通路最奥まで到達。
「ターニャの言う通りだな」
彼女の予想通り、左手側の通路を奥まで進むと右方向へ曲がる道があった。やはり十字路周辺は迂回路のようになっているのだろうか?
俺達が通路の先をランプで照らしていると、後ろにいた騎士が何かに気付いて声を上げた。
「来たぞ」
そう言われて、何が来たのか簡単に予想できる。後方からはカッシャンカッシャンと鳴る足音が微かに聞こえたからだ。
「防御隊は前へ。弓兵は攻撃準備だ」
騎士隊の隊長が告げると、タワーシールドを持った二人が盾を構えながら通路を封鎖。封鎖するように立つ騎士達の真後ろに魔導弓を持った騎士が待機。
「魔導弓の炎矢が通用しなかったら盾で体当たりだ。その後、全員で一気に撤退する」
簡単な作戦を立てて、向かって来るであろうゴーレムを待った。やがて、ゴーレムの姿が見えると――
「魔導弓、放て!」
先手必勝。これはどんな戦いでも変わらない。
盾と盾の間、僅かなスペースを縫うように魔導弓から魔法で形成された炎矢がゴーレムに向かって放たれた。
ターニャの言っていた感知範囲は正しかったのだろうか。ゴウゴウと燃える炎矢は、まだ戦闘態勢に入っていなかったゴーレムの胴体に命中。
貫通はしない。だが、確かに胴体へ突き刺さった。
炎矢が霧散すると、くすんだ銀色の胴体には穴と黒く焦げた跡がある。直撃を受けた胴体周辺は金属が溶けたように変形しているが――
『―――!』
攻撃を受けも尚、ゴーレムの動きには以前と変化が無かった。目の色が変わって、手首の無い両腕を騎士達へと向ける。
「光の玉を撃たせるな! 二射目! 放て!」
隊長が指示を出し、魔導弓から二射目が放たれる。だが、残念ながら矢の発射と同時にゴーレムも光の玉を撃ち出した。
両者撃ち出した攻撃はすれ違い、二射目の炎矢はゴーレムの鎖骨辺りに突き刺さる。ゴーレムの撃った光の玉はタワーシールドに当たる。
「ぐっ」
衝撃を受けた騎士は両足を踏ん張って耐えた。ゴーレムの方は着弾した箇所から火花が散っている。
効いている。
騎士達もその確信があったのか、更に攻撃を激化させた。
三射、四射、五射と続けて放ち、その全てがゴーレムに直撃。次第にゴーレムの全身には焦げ跡が増えていき、一部からは溶けた金属が滴った。特に当たり所が良かった箇所からは体中から火花が散り始めて、炎矢の有効性を証明する。
あと一押し。そう感じたところで、俺の耳には「カッシャン、カッシャン」と鳴る音が届く。
音に気付いた俺は慌てて首を回した。音の発生源は……。
「向こうからも来ているぞ!」
まだ整備を行っていない通路の先、暗闇の中に赤い点が浮かんでいるのが見えた。
既に目の色が変わっている事からヤドカリ型ゴーレムと同じように仲間が攻撃を受けると察知する習性を持っているのだろうか。
「防御陣形!」
慌てて騎士達が俺達を守るように通路の先へと飛び出した。
タワーシールドを構えて防御態勢を取ると、暗闇の中に紫色の光が収束していくのが見える。収束が終わると紫色の玉が飛んで来て、騎士の持つタワーシールドに直撃した。
「そっちは!?」
光の玉を受け止めた騎士は、一体目のゴーレムと戦う仲間へ叫ぶ。
「もう少し! もう少しだ!」
未だ魔導弓を連射して攻撃を加えてはいるものの、人型ゴーレムは予想以上にしぶとい。
俺達に何かできることは……。そう考えて、俺はレンに顔を向けた。
「レン、暗闇の中にいるゴーレムへ雷魔法を撃てるか?」
「え? で、でも、暗くて当たるかどうか」
敵が見えれば当てられる。そう解釈した俺はランプを持って防御する騎士の真後ろに駆け寄った。
彼等の足の隙間からランプを奥へとスライドさせると、僅かにゴーレムの姿が光に晒される。
「レン、これでやれるか!?」
「は、はい!」
レンは俺と同じように騎士の真後ろへやって来て、じっとゴーレムの姿を見つめる。
「あまり長く持たない!」
試作型のタワーシールドは確かにゴーレムの攻撃を防げるが、そう何度も耐えられない。出来る事なら一撃で終わらせたい。
「集中します!」
目を瞑りながら眉間に皺を寄せるレンは、両手の間にバチバチと鳴る雷を作り出す。音を鳴らしながら紫色の雷が徐々に大きくなっていき――
「いけッ!」
騎士の間を縫うようにゴーレムへと放たれた。
紫色の雷は一瞬でゴーレムへと到達し、伸ばされていた腕に直撃した。腕に雷が直撃した瞬間、ゴーレムの腕からは大量の火花が散る。火花が散った後、腕に収束していた光が爆発を起こした。腕が爆発を起こすと、爆発はゴーレムの体全体へと連鎖していき、最終的には胴体からも激しい爆発が起きる。
人型ゴーレムの体は内部から弾け飛んで、腕や脚などのパーツを飛散させながらバラバラになった。
どうにか被害を出さずに倒せたようだ。
やはり魔法は凄まじい。驚異的な人型ゴーレムまでも一撃で葬れるとは。ゴーレムに対して一番有効な攻撃は雷魔法に違いない。
「はぁ、はぁ……」
ただ、レンも全力全開で魔法を放ったせいか、肩で大きく息を繰り返し始めた。顔中に脂汗を浮かべて、少しばかり顔色が悪い。
いくら一撃で倒せるとはいえ、常に全力で魔法を放っていたらレンの体がもたない。有効性は確認できたが、何か別の手も考えなければいけないな。
「こちらも討伐したぞ!」
後ろから炎矢で応戦していた騎士達の勝利報告が聞こえてきた。
どうにか最悪の事態は回避できたようだ。
「よくやった。さすがだ、レン」
「は、はい……」
俺はレンを褒め称えると、彼は疲れた顔でぎこちなく笑った。
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