第110話 人型ゴーレム対策案


 地上に戻った俺達は、騎士団本部にて騎士隊隊長と共にベイルに報告を行った。


「なるほど。遠距離攻撃を行うゴーレムか。ある程度、想像していた通りだったね」


 ダンジョンで目撃したゴーレムの情報をベイルに伝えると、彼は腕を組みながら頷く。


 彼の言う通り、脅威対象である未知の魔物に関する正体は、俺達が想像していた範疇に収まったといった感じ。だからといって、脅威度が下がるわけじゃないのだが。


「試作品であるタワーシールドの有効性も確認できました。ただ、確実に全ての攻撃を防げるとは言い切れません」


 隊長は参考として持ってきたタワーシールドをベイルに見せた。


 ゴーレムの紫色に光る玉を受け止めた盾には大きく抉れたような跡が三つほどあって、縁の辺りには欠けて砕けてしまっている部分まである。


 盾としては機能しているのかもしれないが、会敵から僅か五分から十分程度の戦闘を行っただけでこの有様だ。貫通しなかっただけマシ、ともとれるだろう。


「受け止めた攻撃の数は三発です。たった三発でこの有様ですから……」


 ゴーレムが放つ攻撃の射撃間隔はそう早くない。


 ただ、弾速はかなり早くて射撃が行われたと思ってから一瞬で着弾する。発射を見てから躱すのは不可能に近い。もう少し観察できれば射撃を行う態勢や予兆などを見破って、事前に回避する策も取れるかもしれない。


 だが、まだまだ魔物に対する情報が少ない現状では、攻撃を受け止める盾は必須の装備となろう。


「更なる改良が求められるか」


 さすがにもう少し耐久力が欲しいところ。


 今回は一体だけの遭遇であったが、これが二体、三体と増えたらさすがにマズイ状況となる。たとえ一体の射撃間隔が遅くとも、複数体となれば射撃による面制圧をされてしまう可能性が高まるだろう。


 加えて、タワーシールドが大きすぎて収納袋に入らない点も欠点の一つだ。既存の合金よりも硬くて軽量な合金で仕上がっているとはいえ、さすがに手持ちで持ち歩くには限りがある。ダンジョン内で安易に交換できない点も考慮した耐久性が求められる。


「これ以上の改良を求めて、要求が通るのか?」


 盾を改良してくれ、と王都研究所に求めても、そう簡単に聞いてくれるのだろうか?


 加えて、改良するといっても人間が頭を捻って行う作業なのだ。そう簡単に改良案が次々と出てくるものだろうか?


 俺がそう問うと、ベイルは苦笑いを浮かべて告げる。


「この盾を要求した際に無茶を言うなと言われたよ。主に開発期間についてね。でも、やってもらわないとこちらも対応できないからね」


 事態を重く見た王都の上層部はベイルの意見を了承してくれたらしいが、実際に装備品を開発する部署の実務担当者達からは悲鳴が上がっているとの噂が第二都市まで届いているようだ。


 やはり試作品から感じた「ヤケクソ感」は正しかったのだろうか……?


 俺も苦笑いを浮かべると、彼は話を続けた。 


「あと王都研究所から簡易開発室の設立を提案されていてね。現在、騎士団本部の敷地内に学者達が滞在して研究・開発を行う施設の建設が行われようとしているんだ」


 この案は王都にいるベイルーナ卿からの要請だったようだ。さすがに何度も王都へ成果を報告したり、連絡したりとワンクッション置くのが「非効率的」だと判断されたらしい。


 そこで、現在ダンジョン調査の最前線とも言える第二都市に学者達が滞在しながら研究と開発を行える施設の建設が王都で認可されたようだ。


 ただ、魔導具開発の秘匿性もあって都市内の区画内にドカンと建設するのは難しく、騎士団本部の施設内に建設するよう決まったらしい。


 現在では倉庫や緊急時用の備品庫となっているエリアを急ピッチで整理しつつ、施設建設用にスペースを確保しているんだとか。  


「それと、盾に関しては既に王都で研究と改良が進められているからね。今回の報告を添えて使用済みの試作品を返送すれば、すぐに改良へ取り掛かってくれるよ」


 先ほどの話にも出たが、王都上層部には第二ダンジョンの状況はしっかり伝わっているらしく、第二ダンジョン都市からの要請は最優先で処理してくれるんだとか。


 何だかんだ無理難題を押し通そうとする第二都市騎士団に対し、王都研究所がここまで優先してくれる訳の裏側には、その上層部に所属するベイルーナ卿とオラーノ侯爵の働きもあるらしい。


「まぁ、さすがに騎士とハンターが何も出来ずに死亡したとなれば王都でも騒がれるよ。向こうではひと昔前みたいにダンジョンの脅威を思い出しているようでね」


 ローズベル王国がダンジョンを制御しようと動き出した頃、大量の人が死んだ。


 大量の死人を出し、大量の屍を乗り越えながら魔導兵器が開発されて、ようやくダンジョンと対等に渡り合えたと思っていた。


 だが、今はどうだろうか。


 他のダンジョンは通用しているが、第二ダンジョンでは「数十年前の再来」と言われるほどの脅威が突きつけられた。


 魔物が強すぎて調査が進まない。人の手に負えない。人では勝てない。そんな魔物が氾濫を起こしたら?


 そういった恐怖が王都にいる上層部を駆り立てて、本気で対抗できる手段や作戦を考えているんだとか。


 ベイルが言うには「恐怖心を紛らわそうとしている」とのことだが、その皺寄せが研究所の開発チームに向かっているのかもしれない。


「だけど、戦うのは我々だからね。無理難題を要求するくらいの権利はあるって事さ」


 ただ、その無理難題を王都に伝えたら、結果として本部に最前線研究・開発室が建設される事になってしまった、とベイルは肩を竦めながら言った。


「でも、良いことじゃないか。研究室が出来れば最新装備が常に配備されるんだろう?」


「最新装備と言えば聞こえはいいかもしれないが、実質試作品の実験に付き合わされるって感じかな。王都からも実験部隊を編制するように命令が下ったよ」


 実際、今回のように試作品の装備が開発されると、今までは王都騎士団の人員が試作品を持って各ダンジョンで実験を繰り返していた。


 しかし、ここへ来て第二ダンジョン都市騎士団もそれに加われという事になったようだ。


 第二ダンジョン都市騎士団は現地で必要となるカスタマイズや仕様の大幅変更を行う権利を与えられたといったところだろうか。


 あくまでもメインは王都研究所であるが、現地改良を加えた物に関しては第二ダンジョン都市騎士団が実験を行う。その成果を王都で管理しつつ、他の場所でも応用できるか検討をしていくらしい。


 だが、実験を行う騎士達は常に危険が伴うだろう。持たされた試作品が実際にはダンジョンで通用しなかった、なんてこともあるかもしれない。


 そう考えるとベイルが言った通り「実験に付き合う」という意味合いは強そうだ。


「それは置いといて。とにかく、今は試作品のタワーシールドでどうにかするしかないね。最低でも王都の応援が来るまでには、二十二階の入り口付近だけでも整備は進めておきたい。欲を言えば全体の把握までは進めたいが……」


 さすがに全体像を把握するのは難しいか。


 例の人型ゴーレムに遭遇する頻度や徘徊している通路は把握しておきたい。だが、試作品のタワーシールドを持ってしても最悪の事態が訪れる可能性もある。


 その辺りのリスクをどう取るべきか。


「それともう一つの懸念もある。遠距離攻撃を行うゴーレムが目撃できたが、もう一方の攻撃方法を行う相手がいるかどうかだ」


 もう一方の相手とは、死亡した騎士とハンター達を両断した相手である。


 学者や軍医の話では重量のある武器で攻撃されたと言われているが、そのような相手も徘徊しているのだろうか。もしくは、あの人型ゴーレムが遠距離攻撃の他にも攻撃手段を持っていて、それが成した事なのだろうか。


 確認したいところではあるが、タワーシールドで防げるだろうか? 

 

「王都の応援はいつ来るんだ?」


「二週間後には到着するって話だね」


 王都からの応援が到着したら、人員を増やして調査と整備を行う予定だそうで。それまでに出来る事はしておきたいのは同意見だ。


「さて、今日はこれくらいにしておこうか。未知の魔物が人型ゴーレムであるという情報だけでも貴重だ。全員に通告しておくよ」


 こうして報告会は終了した。


 俺はベイルの執務室を後にすると、その足で隣接された病院へと足を運ぶ。


 目的はタロンの見舞いだ。


 手土産も無いが……。顔を見るくらいは構わないだろう。


 病院に到着すると、受付で見舞いであると告げて彼の病室へ。ドアを開けて病室に入ると、ベッドの上にはタロンが眠っていた。


「やぁ、まだ寝ているのか?」


 事件が起きて病院に運ばれ、俺達と一言二言会話した後に意識を失ったタロン。腕を失った事もあるが、酷い怪我を負っていた彼は非常に危ない状況だった。


 ただ、唯一の生き残りともあってタロンから得られるであろう情報は「非常に重要」と判断された。そこで、王都より呼び寄せた治癒魔法の使い手――王都中央医療会の院長による治癒魔法が行使される事となった。


 治癒魔法を受けたタロンは傷ついていた内臓等は完治したらしい。ただ、失った腕はそのままだ。これは、切断された腕がその場になければくっ付けられないのだとか。治癒魔法をもってしても、失った腕がまた生えるなんて奇跡は起きないようだ。


 そして、未だ眠り続けている理由であるが……。


 死を目前とした者を治癒魔法で癒した時、急激な再生力に体が適応するまで時間が掛かるそうだ。これには個人差があるようだが、なんでも眠りながら治った体との整合性を取る? とかなんとか専門的な事を言っていたが。


 あとは患者の負った精神的ショックが影響する事例もあったとか言っていたな。


 彼は眠りながら自分なりに体と心を癒しているのだろうか。


 とにかく、結果としてタロンは生き長らえた。だが、彼が自力で起きるまでは待たねばならない。


 一ヵ月が経過した今でも寝たままのタロンは、いつ起きるんだろうか? 週に何度か見舞いに来て呼びかけているが、穏やかに眠るだけで反応は返って来ない。


「タロン、出来ればお前が寝ている間に片付けておきたい」


 彼が起きた時、全て終わったと言ってやりたい。起きて早々、まだ敵討ちはできていないと言われるよりは幾分か楽になるんじゃないか。


「必ず仕留めるからな」


 まずはあの人型ゴーレムだ。


 絶対に仕留めてやる。

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