第109話 二十二階、遭遇


 衝撃的な事件から一ヵ月。


 調査隊が壊滅して以降、二十二階への調査は慎重さを求められるようになった。


 調査に向かった騎士とハンターが一人を残して全員死亡したという事実は、第二都市だけではなく王都でも非常に大きな話題となったらしい。


 いたずらに被害を広げないためにも慎重さを求められ、同時に王都から派遣される応援を待つよう指示されたとベイルが教えてくれた。


 さすがに女王命令が下されていようと、被害を多数出してまで「急げ」とは言われないらしい。


 ただ、それでも何かしらの情報は取っておくべきだとの判断はされた。故に現状では少数でのアタックを繰り返し、二十二階へ降りた周辺の整備を行っている状況だ。


「本当に狭い通路が続きますね」


「はい。魔物が見えたら即時撤退しましょう」


 二組ものパーティーを失ってしまったせいもあって、ハンター組で現状動けるのは俺達ジェイナス隊と女神の剣だけだ。


 月ノ大熊は二十一階での素材集めを任されているので二十二階には降りれない。加えて、第二都市上位パーティーが二組も壊滅した知らせを聞かされて、二十一階以降は辞退すると判断を下したようだ。


 よって、現在では騎士隊の中に俺達と女神の剣が交代で混じりながら作業を進めている。


「魔物に遭遇したら魔法が効くかどうか試さないのか?」


「さすがにまだ無理はできませんね。まずは試作品である盾が有効かどうかを試さないと」


 通路の壁片側にランプを設置しながら、ミレイが騎士に問う。すると、騎士達は最近になって王都研究所から送られてきた新型の盾を掲げた。


 騎士達が持つ新型の盾は、二十一階で狩られたゴーレム素材を用いて開発された新型試作合金が使われているらしい。


 既存の合金よりも硬く、そして軽い。次世代を担う合金が開発できたと王都研究所では注目されているんだとか。


 その試作合金を早速使って製作されたのが「試作型魔導タワーシールド」である。


 盾の大きさは人間の体を下から上まですっぽり隠せるほど。騎士団で採用されている既存の盾よりも遥かに厚みがあって、形はやや湾曲している。無駄な装飾等が施されていない、完全に無骨な巨大盾といった感じ。


 ただ、盾の裏側にある持ち手の近くには専用加工した魔石を挿入するソケットが備わっており、魔導剣や魔導弓といった武器種と同じく魔法効果を発動させる事が可能となっている。


 全部で十枚ほど製作された試作品が発動できる効果は、盾の表面に風の膜を作る「矢そらし」という効果だ。風を纏う事で矢の威力を直前で減衰させる効果があるという。


 この能力が採用された理由は、二十二階に遠距離攻撃を行う魔物がいると推測されているからだろう。有効かどうかはまだ検証されていないが、無いよりはあった方が良いのは勿論だ。


 まずは魔導効果搭載の物を騎士達に配備させ、検証を繰り返して有効と判断されれば、ハンター達も使える通常タイプ――魔導効果をオミットした物を開発。


 それを持ったハンター達が二十二階での狩りを行う……といった流れが今後の狙いか。


 検証はこれからであるが、見た目から防御面は十分に思える。しかも、硬くて軽い。魔導効果も搭載された盾となれば期待も高まるところ。


 だが、新素材を活かした合金の利点に対し「合金が軽いから既存の盾より分厚くして防御力アップだぜ! え? 重量? 合金が軽いから(省略)」みたいな開発者達のヤケクソ感がどことなく漂うのは俺の気のせいだろうか。


「ただ、大きすぎて通路では……」


 しかし、唯一の欠点が狭い場所での取り扱いだ。


 広場での戦闘であれば問題無いが、二十二階の大半が通路であると予想されている。大人二人が並んで歩ける程度の幅しかない通路では、タワーシールドを装備した騎士が構えながら二人並ぶと通路はほぼ塞がってしまう。


 仮にタワーシールドが有効だった場合、撤退戦であれば最高の壁として機能するだろう。通路を塞ぐという意味でも非常に使える手段になる。


 ただ、攻勢に出る時には工夫が必要だ。こちら側も通路が塞がってしまうので、後方にいる者が手出しできない可能性が高い。特に剣を軸に使う俺なんて、完全にお荷物状態だ。


「積極攻勢は控えろと言われていますからね。取り扱いと連携も考えねばなりません」


 今後は俺達もハンター達との連携より、騎士達と連携を取り合いながら戦う場面が増えるだろう。少なくとも今回の調査に限ってはそうなるに違いない。


 ……いくつかパターンは考えておくべきか。


 パーティーメンバーであるウルカ達とは違って、同行する騎士は毎回人が変わる。毎回複雑な連携を考えても実戦で使えるとは限らないし、簡単な連携パターンを考えて実戦する方が良さそうだ。


 例えば、俺が前に出る際は二列になっていた騎士が一列になるとか。前で戦って離脱する際は何かしらの声を掛けて退いて、直後に別の騎士が盾で射線を塞ぐといったパターン化を作っておけば楽に狭い場所でも戦闘が出来そうだ。


 ちょっとベイルにも話してみよう。そんな事を考えながら作業していると、通路の奥で「カタカタ」と音が鳴った。


 奥はまだ未整備で灯りが確保できていない。暗い通路の先に顔を向けると――赤い目が複数浮かび上がった。


「あれは……。蜘蛛型ゴーレムですかね」


 カタカタと鳴る独特な音は二十一階でよく聞いた音と全く同じだった。故に全員揃って魔物の姿を想像していただろう。


 騎士の一人が廃棄品である剣を通路に投げると、やはり寄って来たのは蜘蛛型ゴーレムだ。


「処理します」


 ヤドカリ型に攻撃命令を下された状態であれば別だが、通常時の蜘蛛型ゴーレムはもう脅威とは感じない。俺達ハンター達もそうだが、騎士達も慣れた手つきで剣に釣られたゴーレムの頭部を潰していく。


 ただ、頭部を潰したゴーレムを回収していると――


「ん?」


 カッシャン、カッシャン、と通路の奥から微かに音が聞こえた。


 なんだろうか。サバトンを履いた人間が歩く音に近い。微かに金属が擦れるような音も混じっていて、どう考えても蜘蛛型ゴーレムやヤドカリ型ゴーレムが近づいて来る音とは違うように思える。


「奥から何か来る。聞いた事がない音だ」


 俺がそう告げると、騎士達の顔に緊張が走った。


 俺達ジェイナス隊は作業を中止して最後尾に退いた。タワーシールドを持った騎士二人が盾を構え、後続を守るように立ち塞がる。


 陣形を整えながら、徐々に近づいて来る音の正体を待っていると……。


「人……?」


 現れたのは人型の何かだった。ただ、完全に「人間らしい」とは言えない。人を模した何かである。


 首から下は人と同じ構造をしており、やや太い上半身と下半身があった。胴体の上には首が無く、楕円形に近い兜らしき物が胴体と一体になっている。兜の目の部分には緑色に光る目が二つ、こちらに向けられていた。


 体全体の色はくすんだ銀色で、両腕の先には手首が無い。歩き方も人間の歩行姿と似ていて「カッシャン、カッシャン」と鳴っていたのは金属の足が鳴らす音のようだ。


 相手を見て、直感的に思った事は一つ。


 未知のゴーレムであり、これが調査隊を壊滅に追い込んだヤツかもしれないという事だ。


 騎士達も同じ事を思ったのか、盾を構える騎士達の後ろに控えた騎士達からも緊張が窺える。


「ゴーレム、停止!」


 盾を構えた二人の騎士のうち、一人が敵の様子を後方に控える仲間へ伝える。


 俺も最後尾から魔物の様子を窺っていると、相手は手首の無い両腕を持ち上げて盾を構えた騎士達に向け始めた。


『…………』


 そして、緑色だった目が赤に変わった。ヤドカリ型のように異音等は発しないが、何かしらのアクションを起こす前兆であるのは確かだろう。


 赤に変わった瞬間、人型ゴーレムのくるぶし辺りから何かが落ちたように見えた。注視してみると、くるぶしから金属製のパーツが可動して、地面に突き刺さったようだ。


 足を固定したのか。そう思った直後、今度は手首の無い腕の先が紫色に光り始める。ヒュゥゥと風を吸い込むような音が鳴って、ゴーレムの両腕から飛び出したのは紫色の玉だった。


 発射された玉の大きさは十センチくらいだろうか。超スピードで発射された玉は騎士達が構えていたタワーシールドに直撃する。


 直撃した瞬間、大きな爆発音と共に紫色の煙が上がった。


「ぐぅぅぅ!」


 直撃を受けた騎士は脚に力を込めながらぐっと耐えた。それでも後ろに体は押し流され、背中に隠れていた仲間が支える。


 たった今、あのゴーレムが行った攻撃は遠距離攻撃だ。つまり、コイツが調査隊を壊滅に追い込んだゴーレムに間違いない。


「盾は!?」


「貫通していない! でも、マズイぞ!」


 騎士達の声を聞くに、盾は貫通していないようだ。だが、大きく抉れたとの報告が叫び声で伝えられた。


 次は耐えられないかも、と。


「撤退! 撤退だ! 早く!!」


 騎士隊の隊長に「走れ!」と指示されて、俺達は一目散に上へ続く階段まで走り出した。後方を振り返ると、騎士達もタワーシールドで防御しながら後退を続けている。


 ゴーレムはその場から動かず、腕の先を光らせながら騎士達に光の玉を発射していた。発射間隔はそう早いわけじゃなく、一撃を受けた騎士が別の騎士とポジションを変えるくらいの時間はあるようだ。


 騎士達が警戒しながら後退を続けると、ゴーレムは光の玉を発射しなくなった。一定の距離を離れると、その場でジッと赤い目を騎士に向けているだけとなる。


 更に騎士達が距離を取ると、赤い目が緑色に変わった。目の色が変わった瞬間、ガゴンと音が鳴ってゴーレムの体が反転した。騎士達に背を向けて、暗い通路の奥に向かって歩き出すのが見える。


 それを見た瞬間、俺は足を止めた。騎士達も足を止めて、去っていくゴーレムの背中を見送る。


「逃げた……?」


「いや……。一定の距離を取ると追いかけて来ないのか?」


 騎士達は去って行くゴーレムを見つめながら言葉を零し始めた。


 二十二階に出現する人型ゴーレム。ヤツも二十一階のゴーレム同様に何らかの仕組みやパターンがあるのか。


「ただ、情報は得られた」  


 最後にそう言ったのは騎士隊の隊長だった。彼の言う通り、調査隊を壊滅させたと思われるゴーレムの姿と攻撃は見ることが出来たのだ。


 同時に試作品であるタワーシールドも、懸念点はあるが有効性は感じられた。


「上に戻って報告しましょう。これらの情報は絶対に持ち帰らなければ」


「ですね」


 俺は隊長が言った言葉に同意して、彼等と共に地上へと戻って行った。

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